第1章(2) 見返りはなんですか。
強い日差しが降り注ぐ中、土と水が混ざった匂いと稲の匂いが鼻をかすめた。
農家たちは汗水垂らして、農作業に勤しんでいる。
その様子を僕は木陰で気を背もたれに座って、訝しげに、頬杖をついて見ていた。
暫くすると、僕の隣に女性がやって来る。
オレンジの髪を肩まで伸ばした緑の目をした女性だ。
女性は僕の表情を見て、眉間に皺を寄せながら、馴れ馴れしく頬を人差し指で突いてくる。
「何その顔は、また変なこと考えてないでしょうねぇ?」
僕は頬を突かれながら、無言で目線を逸らした。
この馴れ馴れしい奴はカナデという。
先日、村で倒れてしまった僕を家まで運んで介抱してくれたのだが、申し訳なさに自害しようとしてしまった所をカナデとカナデのお爺さんに止められた。
止められて、2人にこっぴどく叱られた。
僕は"不老不死"の能力を持っているので、いくら自殺行為をしても死なない事は伝えたが、そういう問題では無い。と更に怒られて、それからというもの、カナデは僕が自害しないように見張りをするようになっていた。
すぐに村から出ようともしたが、まだ体調が万全ではない。と引き止められ、体調が完全に回復するまで村から出して貰えなくなってしまった。
この村は"カナリア村"と言って、小規模の村らしく、僕の存在はカナデのお爺さんが、村長である事も合わさって、全村人に知れ渡ってしまい、村から出られないように、出口に見張りが付けられてしまっていた。
「…ほっといてくれよ。」
僕は小さくそう言うと、彼女の手を振り払った。
すると、彼女は僕の前に立つと、僕の両頬を抓った。
「なんでそーゆことしか言えないのかなあ?君は!もう少し愛想よくできないの?!」
そう言われても、今まで誰にも愛想良くされたことないからな。僕自身が他者に愛想良くするなんて、したことも無いし、やり方もわからないよ。
頬を抓られながらも、無言を貫く僕を見て、彼女は手を離す。
抓られていた頬がじんじん痛む。
彼女は僕に背を向けると、そのままどこかへ行ってしまった。
さすがにこんな僕に彼女は愛想を尽かしたのだろう。
それでいい。
僕は別に人との関わりなんて求めてないし、寧ろ関わらないで欲しい。関わってきたところでどうせ、やましい事を考えてるんだ。彼女だってそうだ。
倒れた僕を介抱したのだって、僕が女神から貰った装備品が少々金になるから、助けてやったという恩を着せて、お礼として頂こうという魂胆かもしれない。はたまた、助けた礼として、僕を奴隷にするつもりかもしれない。
奴隷にして、僕に過酷な農作業を強いるつもりなのか…。
もしかすると、僕は倒れたのは彼女は何らかの魔法を使って、わざと意識を失わせたのかもしれない。
もしかすると…
「冷たっっっっっ?!?!?!?!?!」
冷やっと僕の頬に何かが当たった。あまりの冷たさにビックリして大声を上げて、仰け反って、見ると目の前にカナデが立っていた。カナデの右手には、水滴の垂れた無色透明な液体が入った瓶が握られていた。
「ラムネだよ。飲む?」
僕は静かに彼女からその瓶を受け取ると、恐る恐る瓶口から匂いを嗅いだ。ほのかに甘い香りと、炭酸がぱちぱちと弾けて軽く鼻に当たった。
「これ、毒とか入ってるじゃ…」
「入ってるわけないでしょ!どうして君はそんな疑い深いの?!」
僕の言葉を一刀両断して、彼女は僕の左横に来て気に持たれかかると、もう1本持っていたラムネを飲む。それを見て、僕は恐る恐る貰ったラムネに口をつけて、1口飲んだ。日差しの暑さでカラカラに乾いた口内に冷たい液体が流されていく。炭酸が喉を軽く痺れさせた。
「カナデ〜、こっち手伝ってくれ〜」
嗄れた男の声が聞こえた。
声の主はカナデの祖父の村長であった。
彼は太陽照り付ける畑で鎌を右手に農作業に勤しんでいた。
左手を振って、カナデを呼ぶ。
「今行くね〜」
僕の横で片手を振り返す。
そのまま、走ってカナデは祖父の元へと行ってしまった。
僕はその場から動くことなく、カナデ達の様子を見て、こんな暑い中よくやるなぁ…と思いながらゆっくりとラムネを飲む。
んねわ
カナデは祖父の手伝いをしながら、合間を見つけては僕の元に来て、話しかけてくるのだった。
僕はそんな彼女に対して、特に相槌を打つでもなく、静かに彼女の話を聞いていた。
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日が沈み出して、カナデに引っ張られるようにして、カナデの家まで戻らされた僕は、今日の農作業で採れた野菜を使った天ぷらやら、炒め物を村長とカナデと共に食べる事になった。
どの料理もカナデが作ったらしかった。
僕が1口食べる度、「どう?美味しい?」とカナデは聞いてくるが、僕は何も答えず、ただ黙々と食べていた。
その様子にカナデも村長も嫌な顔1つせず、お替りなんて進めてくるのであった。
…何が目的だろうか?
僕の思考はその事でいっぱいで料理を味わう暇がなかった。
僕に対して、採れたての野菜で作った料理を食べさせるのも恩を着せる為だろう。こんな僕に対して、嫌な顔1つしないのも、きっと、最後の最後で僕から礼として金を奪い取るつもりだろうし、それにやはり農作業をしているのを見せつけたのは、過酷な肉体労働を強いるつもりだからだ。
僕の頭はそんな事で埋め尽くされる。
その後、食事を終えると、村長がお風呂沸かして、僕に入るように声をかけていた。
僕は大分遠慮したが、カナデに「お風呂は毎日入るものだよ!昨日入ってないんだから、今日はちゃんと入りなさい!」と一喝され、やむを得ず入ることになった。
屋外にあるドラム缶の風呂で、薪火で温かさが調整されていた。
入浴を終えると、用意されていたタオルで身体を拭いて、用意されていたTシャツとジャージを着た。サイズは少し大きかったが、着れなくはなかった。
自分の装備品や元着ていた衣類はそのまま、用意されていたタオルと共にその場に置いておいた。
女神がくれたものだから、多少金にはなるだろう。
僕は「無色透明」という身体を透明にする能力を使って、その場から立ち去った。
透明化した身体では誰にも姿を認識されずに動き回る事が出来る。だから、村の出口の見張りにも気付かれずに出て行く事が出来る。しかし、もしかすると探知系魔法を持っている人間だと厄介なので、「探知不可」の効力も付可しておいた。
そのまま暫く立ち止まる事なく、歩き続けた。今日行った畑を超えて、その先を行くと民家がチラホラと見えた。まだ外にいる人達も見えたが、誰も僕の存在には気がついていない。
そのまま進むと、民家が見えなくなった。大分歩いた筈だが、もう村から出たのだろうか。
草原が続いていた。暫く草原を進むと金木犀のせいような香りが鼻を掠めた。
はっとして顔を上げてみると、そこには最初に見たオレンジ色の花が咲いていた。花畑、というまでではないが、雑草と雑草の合間に咲いていた。いい匂いだった。
そういえば、この花はなんていう花なんだろ。前世では見たことない花だ。
そういえば、この花はなんだか、カナデの髪の色と同じオレンジをしている。なんだか、カナデを連想させるな…。
僕はその場で立ち止まって、そんな事を考えていると、ふと後ろに人の気配が感じた。
「それは"カナデ"っていう花なんだよ」
僕は咄嗟に後ろを振り返った。
そこにはオレンジの髪を風でたなびかせたカナデがいた。
カナデの目は僕を捉えていた。
何故だろう?僕は[無色透明]と[探知不可]で姿は愚か、気配すら感じないはずなのだが。彼女は僕の事を認識している。
「お風呂からなかなか帰ってこないなぁ。て思ってたら装備品置いてどこにもいないんだもん。びっくりしちゃった。」
彼女はあっけらかんと話を続ける。
やはり僕に対して話している。
「…何で。僕のこと認識出来ないはずなのに…」
僕は無意識に独り言を呟くように声を出した。
彼女は少し驚いた表情をすると、
「何か能力でも使ってたの?でも、私[無効化]ていう能力使えるから、余っ程強い能力じゃない限り、私の前じゃ消えちゃうんだよー。みんなはこの能力をすごいって言うんだけど、私はこれしか能力がないし、強い能力だと[無効化]出来ないから、使い勝手悪いんだよねー。」
と話した。成程。そういう訳で僕の事を認識する事が出来たのか。てか、それチート能力じゃないか。なんだ。[無効化]って。僕のステータスにはそんなのなかったぞ。
…まぁ、[不老不死]の能力があるから、そんなの要らないのかもしれないが、…ん?ちょっと待てよ。
「その能力なら、僕の[不老不死]を[無効化]して、殺す事が出来るんじゃないの?!」
僕はハッと思いついて、彼女に近寄った。多分大分距離を縮めしまった。僕の目の前に彼女の顔がある。
彼女は慌てて、後ずさりすると、両掌を前にして
「む、無理だよ!言ったでしょ、強い能力は[無効化]出来ないって![不老不死]の能力は強すぎて、私には[無効化]出来ないんだよ!」
なんだ。僕は一気に落胆して、彼女から離れた。
確かに使い勝手が悪い。やっぱり早く"魔王の聖剣"を手に入れて、死ぬしかないか。既にもう死にたいんだけどなぁ…。
僕がそんな事を考えながら、歩を進めて行くが何故か彼女も後ろから僕についてくる。
僕は一旦立ち止まると、後ろを振り返った。
「なに?金目のものは置いていったよ。まだなんかある?他には何もないよ。強いて言うなら、僕を売り飛ばすくらいなら出来るだろうけど。でも僕なんて多分金にならな…。」
「ねぇ。なんで君はそんな風に自分を卑下するの?」
僕の言葉を遮るようにして、カナデが不思議そうに言う。
眉をひそめて、訝しげに僕を見ている。
「気になってたの。私たちといても君はすごく警戒している様だった。確かに知らない村で知らない人達に囲まれたら、多少警戒はすると思う。でも君の警戒の仕方は異常だよ。何も話してくれないし、自分の事を卑下しまくるし、ましてや、名前すら教えくれない。」
…警戒の仕方が異常だって?そりゃそうだろ。
僕の中で何かが弾けた。溜まっていたものがとめどなく溢れていく。
「…だって、こんな僕を助けたってなんも無いじゃん。別に僕はどこかの金持ちでもない。ただの人間だ。強いて言うなら、装備品が少し金になるくらいだ。でもそれ目当てだけで助けた訳ではないだろ?…何かみかえりが欲しいんでしょ。もしかして肉体労働をお願いしようと思ってた?別にいいけど!僕はそんな動けないし、役には立てないと思うよ!…それとも僕を奴隷にするとか?売り飛ばすつもりかな!?金にはならないと思うけど、まあ、でもそれで気が済むなら売り飛ばしてもらっても…。」
「分かった!じゃあ肉体労働してくれるかな?!?!」
僕の言葉を遮るように、カナデが叫んだ。
…やっぱり、見返りを求めてたんだ。
肉体労働か。何をさせられるんだろ。異世界だから、寝ず食わずで鉱石発掘。魔物の囮とかかな。
普通なら、死ねそうな肉体労働だな。まぁ、[不老不死]だから死ねないんだよな。
いや、過労死ならいけるのでは。いや[不老不死]だから無理か。んー、まあ、大体やったら途中逃げ出して、最果てを目指せばいいか…
「農作業の肉体労働!とりあえず野菜の収穫と水やり!それから秋に向けての収穫祭の準備もしなくちゃいけなくて、これが結構人手が足りてないのよねぇ。だから、手伝ってもらえると助かるな!」
「…え。」
彼女が言う肉体労働は肉体労働では無かった。
それはただの農作業の手伝いというのでは…?
僕がそれを言おうと口を開こうとした所、それを遮るように僕の口元に人差し指を当てた。
「拒否権はないからね!明日からしてもらうんだから、今日は早く帰って寝ないと!朝早いんだから!」
そう言って僕の手を掴んで、強引に引っ張った。
僕は特に抵抗せずに彼女に連れられ、来た道を戻る事になってしまった。
…そういえば、僕は彼女に名前を教えていなかったな。
「アラタ。」
「え?」
彼女が立ち止まって後ろを振り返った。僕は掴まれていた手を振り解いて、じっと彼女を見据えた。
「夜城アラタ。僕の名前…。」
カナデの表情がゆっくりと綻んでいく。
再度振りほどいた僕の手を掴むと、「よろしくね!アラタ!」と言って、僕を引っ張りながら、また歩き始めた。
…せめて、手は離してくれ。
別にどこにも行かないから。
その後、カナデの家に戻った僕は村長に心配した、と怒られた。明日から農作業を手伝う事を伝えると、「それなら早く寝なさい」ともっと怒られながらも、汗をかいただろうと、また風呂を沸かしてくれた。
これも大分遠慮したが、半場強引に入れられた。しかも今度は何処にも行かないように、と村長まで一緒に入って来た。まさか、男と一緒に風呂に入ることになるとは…
と、ギュウギュウ詰めのドラム缶風呂の中で思ったのであった。
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続
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