まるで、王子様のように ③
ラト君と会話を交わしたその後、私は一人で部屋の中にいる。
部屋の中に閉じ込められているのは変わらないけれども、それでもラト君が助けてくれるって言ってくれたから、私のことを好きだと言ってくれたから、大丈夫だって思える。
不安なんて欠片も無い。そういう気持ちでいさせてくれることがやっぱりラト君らしいなぁと思った。
それから一週間が経つ。
今の所、ラト君はやってきていない。
正当法で、準備をするからって言っていたけれど……どうするつもりなのだろうか。
私はラト君が何を起こしてくれるのか、少し楽しみだったりする。
「……あんた、急に元気になってない? 何か企んでいるの? 馬鹿みたい」
「そんなことないですわ」
侍女からにらまれて告げられた言葉に、私はそう答えておく。
いけない。
ラト君に助けてもらえるって、ラト君が好きって言ってくれたからってそれが外に出てしまっていた。
でも私って、そういう演技なんてあまり出来ない。……うーん、ラト君がやってくるまでに何か感づかれてしまったらどうしようか。
そんな風に思っていたら、なんだか一階が騒がしくなっていた。
何かあったのだろうか? そして弟がやってくる。
「姉上。驚くべきことに、貴方を欲しがっている人が別にもいるらしいですよ。貴方みたいな不良品を欲しがるなんて驚くべきことだな」
「……私を欲しがっている人?」
「ああ。貴方が関わっていたあの男が何をしたのか、伯爵と話をつけてきたとの話だ。貴方を高額で引き取ってくれるんだとか。物好きな話だ」
……ラト君、一週間で色々話をつけたの?
そもそも評判の悪い伯爵と話をつけたって何をしたのだろうか。ただ私を攫うとかそういうのではなくて、後から問題が起きないように全て根回ししていたのだろうか?
やっぱりラト君ってすごい。
それにしても弟が少しだけ機嫌がよさそうなのは、よっぽどラト君が提示したお金が高額だったのだろうか……?
私が弟に連れられて一階に降りると、ラト君が両親と向かい合っていた。ラト君が渡したものなのだろうか。袋いっぱいの金貨を見て両親が目を輝かせている。あ、あんなに大量の金貨どうやって用意したのだろうか?
「おお、ペネローラ、よく来たな。この方がお前を買ってくれるらしい」
何だか今まで見た事がないぐらいお父様が機嫌がよさそうだ。お金に目がくらんでいるのだろうか?
「スフィワネ子爵、これで親子としての縁を切ってもらいますよ。これからペネに関わらないようにちゃんと署名してもらえますか?」
「ああ。もちろんだとも! こんな不良品をこんな高額で買っていただけるなんて!」
ラト君がその言葉に少しだけ眉をひそめている。
そしてお父様がラト君が用意したであろう書類に名前を書いていた。これは魔法契約だろうか? 魔法を使っての契約用紙は結構高額なはずだけど……。
ラト君はこれから先、両親や弟が私に関わることがないようにしてくれようとしているらしい。
私はただこの家から抜け出せたらってそんなことばかり考えていたのに……ラト君は、凄いなぁ。
署名された書類を見て、ラト君が満足そうに笑った。
「じゃあ、スフィワネ子爵、もうペネに近づかないように。後から何か色々言ってくるなら、俺と俺の家族が相手にするので、そのあたりも肝に銘じていてください」
ラ、ラト君、そういう言い方はしない方がいいんじゃないかなと思ってしまう。プライドを刺激されたらしいお父様とお母様が凄い顔をしている。
「貴様――、誰に向かってそんなことを――」
「貴方ですよ。スフィワネ子爵当主。もし、貴方がこれ以上ペネや俺に何かしようというのならば、フロネア伯爵家が相手になりますから」
「は?」
ラト君が告げた言葉に、お父様があ然とした表情をする。
フロネア伯爵家って……確か、《炎剣帝》様の、マリアージュ・フロネア様の家じゃないっけ。
「フロネア伯爵家って……!? 何故、そこで、《炎剣帝》の名前が出てくる!?」
「俺がその《炎剣帝》の息子だからです。母さんは貴方のことも大分不愉快に思ってますよ」
ラト君がそう言い切った言葉に、両親も弟も、侍女も、それに私も驚いた。
フロネア伯爵家は、ただの伯爵家ではない。英雄である《炎剣帝》様が当主を務める家で、それこそ王族とも繋がりがあって……、そういう特別な家だ。それこそ、私の家では関わり合いがないほどの大きな権力を持つ家。
「フロネア伯爵家の……!?」
「そうですよ。だから、こっちに何か手を出してくるならやり返します。ペネの悪い噂を流すのもやめてください。で、縁も切ったのでもうペネのことを自分の娘として語るのも駄目ですから。そういうことをするのならば、潰します。大人しくしているならば放っておくけど、何かするなら覚悟してください」
ラト君はそれだけ言い切って、私の手を取る。
「じゃあ、ペネはもらっていきますね」
そう言ってラト君はその屋敷から出て行こうとする。
フロネア伯爵家との繋がりを作れるかもしれない――と引き留める声が聞こえてくるけれど、ラト君の殺気? 冷たい言葉に家族たちは固まった。侍女は忌々しそうにこっちを見ているけれどラト君の雰囲気に視線をそらしていた。
私にはその視線は向けられていないから怖くはないけれど、ラト君ってすごいなと思った。
そして外に出る。
「ラト君……《炎剣帝》様の息子だったのね」
「うん」
「こんな風に真正面から、私のことを攫うなんて……ラト君は凄いね」
「ははっ、でも結構母さんと父さんの力を使ったからかっこ悪いなって思うけど。自分だけの力でどうにか出来たらよかったんだけど」
「そんなことないよ。ラト君は、王子様みたい。私のことを助けてくれる王子様だよ」
私がまるで、王子様みたいとそう口にしたらラト君は照れたように笑った。