決められた未来と、自覚した気持ち ②
3/26 三話目
ラト君とは逃げるように別れてしまった。
オレユさんたちや街の人たちにも挨拶なんて出来ていない。急にいなくなった私のことを、どう思っているだろうか。
ラト君は、期間限定であの街を訪れていただけで……ただその街にいる間、私と話してくれただけだ。ラト君は……私がいなくなっても気にしていないかもしれない。ただ街から離れて、終わりかもしれない。
ラト君は、綺麗な人だ。
それでいて優しくて、家族思いで……屈託ない笑みを、私に向けてくれていた。
初めて出会った時も、なんて綺麗なんだろうって思った。
あれだけ綺麗な見た目をしているから、ギラギラした目で女性に見られるのが嫌だって言っていた。
……私は弟と重ねて、ラト君を見ていて。
だけどラト君が弟ではないと、この前の会話で自覚して。
そして今、ラト君のことを考えてドキドキしている。
一人の男の子なんだなぁってそう実感して、こうして誰かに嫁がされようとしている中で、私はラト君のことばかり考えている。
――そして私は、ラト君への気持ちを自覚する。
私は、ラト君のことが好きだ。弟なんかじゃなくて、一人の男の子として。
ラト君はギラギラした目で私が見ないからって仲良くしてくれたのに、私はラト君を好きになってしまった。それにもうすぐ年の離れた伯爵に嫁がされる。
「……ラト君に、嫁ぐ前に会いたかったな」
会いたかった。
その確定した未来を、私がどうしようも出来なかったとしても。
ラト君は恋愛に興味がなさそうで、私が好意を抱いたことを嫌だと思うかもしれない。けれどもどうせなら……もっと早く気付ければよかったのにと思う。
だってもっと早くに好きだなって気持ちに気づけたならば、どうしようもなかったとしてもラト君に告白することが出来ただろうから。
私はラト君よりも年上だし、一度結婚して離縁された傷物で、魔法も使えないし――ラト君は私の気持ちにはきっと答えてくれないだろう。ラト君みたいな素敵な男の子が私を好きなんて思わないだろう。
……でも、それでも伝えられたらよかったのにと思った。
膝を抱えたまま、私は少しだけ涙を流す。
折角、家を出るための行動は全て無に帰ってしまったから。今までやってきたことも無意味になって、私はただ家のために嫁がされてしまうだけだから。
……というか、両親も弟も、私がラト君と会話をしていたことを知ったのならば、ラト君に何かしようとしたりしないだろうかってそれも心配になった。
私の両親や弟は、平民に関して横暴な面がある。ラト君は国の所属の騎士のようだからよっぽどのことじゃないと大丈夫だとは思うけれど、仕事のために街に来ているラト君に何かしたらどうしようか……なんて、私にはどうしようも出来ないのに考えてしまう。
それにオレユさんたちにだって……もしかしたら何かするかもしれないと思うとぞっとする。伯爵からお金を受け取り、余裕が出来たからこそ何か起こすかもしれない。……伯爵家に連なることが出来るからと、また何か暴走するのかもしれない。
だれにも迷惑なんてかけたくないって思っていたのに、私は結局お世話になった人たちに迷惑をかけてしまうのだろうか。
ラト君は、「周りの人に幾らでも助けてもらえばいい」って、ラト君も助けてくれるなんてそんな嬉しい言葉を前に口にしていたけれど、やっぱり難しいなぁと思う。貴族の血を引く私が自由を求めたからこそ罰が当たったんだろうか……。
暗い気持ちを抱えて、ずっとそういう思いがぐるぐるしている。
私はこの場所から逃げて、自由になる夢を見てしまった。
夢を見て、飛び立つことを望んだけれど、結局鳥籠から抜け出すことなど出来なかった小鳥のようなものなのだと思う。
「姉上、何をめそめそしているんだ。傷物の貴方が、伯爵に嫁げるんだぞ」
「……」
弟が私の部屋にやってきた。
泣いている私を汚ないものを見るような目で見ている。
弟からしてみれば、泣いている私はうっとおしい存在なのだろう。ううん、泣いていようがどんな表情をしていようが出戻りの私は弟にとって面倒な存在だ。
昔は慕っていてくれたのになぁ……なんて思うと寂しい気持ちになった。
私の家族は、私のことを大切にはしていない。出戻りの私を早く何としてでも嫁がせたいと思っている。……そして新しく出来る家族は、結婚するであろう伯爵は多分私を大切にはしないだろう。
それを思うと、やっぱり仲が良い家族にあこがれを抱く。
街で出会った平民の家族、それにラト君から聞いたラト君の家族。
――互いに思いやりがあって、互いのために行動し、一緒に過ごす。
そういう家族を私は手に入れられない運命なのかもしれない。
……好きな人がいるって自覚したけれど、違う人に嫁がなければならないって、ちょっと辛いなぁってそう思った。