ラト君は、弟ではない ①
ラト君がこの街からいなくなれば、もう会うこともないだろうな――とそれを考えると少し寂しくなって、それまでの間にラト君と過ごせたらって思った。
オレユさんに軽くそういうことを言ったら、「それがいいよ!」と頷いてくれた。
雑貨屋の仕事があっても、ラト君と過ごしたいならそれでいいなんてそんな風に言ってくれた。
――オレユさんは、私に何かを聞いてきたりはしないけれど何となく私の事情も勘づいてはいるのだと思う。
ラト君がこの街からいなくなったら、それでその関係は終わるというのを、私がこの街から出ていくことを考えていることを何となくわかっているのかもしれない。
私はどうしてラト君と話したいと思っているのだろうか。ラト君がこの街からいなくなるまでの間に、どうしてラト君と過ごしたいと思っているのだろうか。
楽しいから?
それもそうだろうけれど、一番の理由は弟と重ねているからなのかもしれない。――私は弟と仲良く出来ていない。寧ろ疎まれていて、弟は私のことを嫌っている。何気ない日常の会話さえも交わすことが出来なかった。
――だからこそ、ラト君と何気ない会話を交わすのは、弟との過ごせない時間を過ごせているようなそんな気持ちなのかもしれない。
「ラト君は食事をとるのも好きよね」
「うん。食事をとるのは大事だよ」
ラト君と時々、食事をとっているけれどいつも食事をとる時にラト君はとても楽しそうに食べている。
そうやって食事をとっているラト君を見ると、私も何だか食事が楽しくなってくるものだ。
いつもこうして街に行かないと私はこんなにきちんと食事をとれない。私の家は裕福でもなく、私の自由に出来るお金もそこまでないから。
だけどラト君と一回食事に行ったら、とても楽しくて、嬉しい気持ちになって――また誘われたら一緒に食事に行ってしまう。
といってもそこまで頻度は多くない。
私がお金を使わないことを望んでいるのをラト君は感じ取っているのか、あまりお金がかからない場所に連れてってくれたりもする。……ラト君って、私よりも年下だけどちゃんと騎士として働いていて、私よりもずっと色んなことを経験している。
私は弟と同じ年だから弟みたい……なんて思ってしまっているけれども私よりもずっと凄い男の子なんだなと思う。
「食事は、自分に余裕がない時は食べられないものだよ。俺の家は裕福だったけれど、母さんから森に入れられた時は自分で食事作らなきゃだったからなぁ……」
「森に入れられたっていうのは?」
「訓練で森に放置されて、自分でなんでもしろってされたから」
「……えぇ? それは大変そうだわ」
「大変だけど本当に死にかけたら母さん達も助けてくれたからな。そういう所に放り出されるとこうしてご飯を食べるのも大変だから……、美味しいご飯を食べれるのはいいなって思う」
「それはそうね」
私も食事というのは、確かに大事だと思う。
今は、自由に美味しいものを沢山食べるなんて出来ないけれど――それでももしこの街から出れて、もっと私が生活していけるようになるのならば、食事を楽しめるようになるだろうか。
まだ先のことも分からないけれども、未来のことを考えると少しだけワクワクする。
「ラト君のお母様はどういった料理が得意なの?」
「あー。俺の母さんは料理なんて基本しないな。必要なら肉を焼くぐらいはするけれども、料理は他の人任せだ。父さんもそうだな。俺の家庭の味っていうの家の者が作った味だな」
「そうなんだ……」
他の人も雇えるぐらい裕福だというのならば、ラト君って良いところの出なんだろうなと思った。
「ペネは、得意な料理とかある?」
「得意……なものは特にないかも。簡単なものならば、作ることが出来るけれど……」
そう言ったら、ラト君の視線が少しだけ「食べてみたい」と言っているのが分かった。でも……それに気づいていても私はそれを言い出さなかった。
だって台所で家で食べる以外のものを作っていたら、もしそれを知られたら両親や弟に何を言われるか分からない。
でもいつか、私が家から出れたら誰かに料理を作れたらいいな。そして美味しいって言ってもらえたら、ラト君みたいに食事を喜んでくれる人に何かを作ってあげられたら――きっと幸せだろうなと思った。
ラト君と接していると、私には沢山の刺激が与えられている。これからやりたいこともどんどん増えてくる。
それはラト君は私が出会ったことがない雰囲気の人で、色んな物を持っていて、私と正反対だからだろうと思う。
ラト君と接していると、私も改めて自分の為に家から出ないととそう思えるのだ。
「ねぇ、ラト君はご兄弟とはどんな風に過ごしているの?」
私は話を変えようと、そんなことを問いかけた。
それは兄妹仲が良いラト君の家の話を、沢山聞きたいと思ったからだ。