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翌日、登校した教室で私はミユキと合流した。
「やぁ、おはようヒビキ!小説は書いてきたかな?」
私はミユキに向き直る。ミユキはなんだか期待している顔だった。
「書いてきてるわけ無いでしょ」
「ガーン!!」
擬音を口に出す人初めて見た。
そう、私はあれほどの光景を見ておきながら、全く何も書いていなかった。
人の心は、そう簡単に変わるものでは無い。
筆をとるどころか、展開も登場人物もジャンルすら考えていなかった。
何しろ、特に書きたいものなんてなかったのだから。
「しょ、しょんなぁ〜ヒビキさまぁ〜」
「しつこいわね!別に書こうか書くまいが私の勝手でしょ!」
ミユキはしょんぼりしたまま、とぼとぼ自分の席に戻っていった。ミユキが席で項垂れていると、別のグループの女の子が驚きながら声をかけていた。
ミユキは、私と違って普通に交友関係が広い。基本的に孤独にならないタイプの人間だ。
私と言えば、人付き合いなんてめんどくさくて、こうしてミユキが居なくなればチャンスと言わんばかりにスマホをいじる。
…ところで、ミユキは私以外にも小説を書くことを勧めているんだろうか?
ふと、気になった。
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あれから1週間程経った。
私はまだ小説を書いておらず、ミユキはしつこく私に小説を書くよう勧めていた。
「ねーえー、まーだー?」
「まだも何も永遠に書くことないと思うけど…」
「じゃあさじゃあさ、お題決めよう!ちょうどここに昨日買ったルーレットが!」
ミユキがはしゃぐ横で、私はずっとスマホを見ていた。
例のアイドルに動きがあったらしく、私は少し動揺と苛立ちを感じていた。
「はい!じゃあヒビキ!ストップって言えば止まるからね!」
ドラムロールが流れるのを、私は完全に無視していた。
「はい!決まりました!ヒビキちゃんが書くのは恋愛ストーリーです!キャー!ヒビキちゃんの赤裸々なストーリーが飛び出す!」
何か、勝手に盛り上がっている。
しかし、ミユキはここのところずっと帰宅部である私と一緒に帰っているが、部活は大丈夫なのだろうか?この天才には、私の心配なんて意味が無いんだろうけど…
「あ」
私は急に歩みを止めると、膝から崩れ落ちた。
「うん?どしたの?」
ミユキが心配そうに覗きこむ。
私は天を見上げて泡を吹いていた。
ミユキがスマホを見る。
「何何?アイドルMが結婚、相手は一般女性って…あちゃー…」
私の中で、初めて経験する痛みだった。いずれこういうことが起こることは、当たり前なんだけど。私がショックを受ける謂れは無いんだろうけど、私はとんでもない喪失感に襲われていた。
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喪失感に襲われた時、人はどうすればいいんだろう。
怪我をしたら治療すればいい、濡れたシャツなら脱げばいい
けど、心の奥底のできた傷はどうすることもできない。治すことも、掻き毟ることもできない。
この衝動の捌け口が欲しい…!
私は純粋にそれを思った。
まるで自分が裂けて今にも化け物が出てきそうだ。だが、そうはなりたくない。
暗い部屋で、布団を被って私はひたすら痛みに耐えて縮こまっていた。
「小説を書けばいいんだよ」
ふと、誰かに言われたきがした。
ミユキの声だった気がする。けど、当然今ここにはミユキはいない。
「…」
私は、布団から出て机に向かった。
書くものはなんでもよかった。とりあえずノートがあったのでそれに書くことにした。
以前からぼんやりとイメージ固まっていた、ある小説を書くことにした。
この時、ようやく私は人が何故楽器弾いたり小説を書くのかわかった気がした。
心の痛みを、少しでも和らげるために、こういうものは存在しているのでは無いだろうか。
私は、思考がまとまらずとも、とにかく書いて書いて書きまくった。
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