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小説を書く時は、静かな湖面にいる。
静かな水面を見つめ、そこに映る自分と対峙する。
私は、ゆっくりと湖に手を入れると、水面の私は揺れた、輪郭をぼやかしていく。
その中から、私の手は何かをつかみ出す。
それは、自分でも予期してなかった私の形。
この水面は私だ。私自身も知らない、私の形。
それは時に見ていると狂いそうにもなり、時に画期的にも見える。
ここに私が書記すのは、備忘録としてだ。
私が何故小説を書くのか、私自身忘れないためにここにひとつの小説として書き記す。
いずれ、私自信がこの小説を読み返すことがあるのかはわからないけど。
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「ねぇヒビキ、小説書いてみる気ない?」
学校の休み時間、突然言ってきたのは親友であるミユキだった。
むしろ、今はネットで流れている芸能人も噂話の方がよっぽど興味がある。
私はまとめサイトを見ながら答えた。
「いや、書かないけど…」
「えー、書いてよヒビキィ…」
全く理由はわからないが、ミユキはしつこく私に小説を書く様勧めてくる。
私は、全く小説なんて書いたことがない。それどころか、絵や音楽だって苦手だし、見たり聞くならまだしも、作ろうと思ったことすらない。
むしろ、そういうことに関しては美術気質のあるミユキこそ向いていると思うが…。
「ねぇ書こうよ〜面白いよきっと〜」
スマホを夢中で追いかけている私に、ミユキはしつこく迫る。手を振ったり耳元で囁いたり、脇腹に指を指したり…。
「わっ!!」
思わず驚いてスマホを投げ出してしまった。
「あ…ごめん…」
「もうー…なんなのよアンタは!」
私は若干怒り気味に席を立ち、落としたスマホを取りに行く。
「そもそも、私小説なんて書いたことないし、きっとミユキの方が上手く書けるでしょ?」
ミユキは校内では少し名の知れた存在で、音楽部に所属し、バイオリンの名手でもあった。
普段の態度からは全くそうは見えないが、バイオリンを弾く時、彼女は別人のように綺麗な音色を奏でるのだ。
そういった感性を持たない私としては、その才能を非常に羨ましく思った。
「うーん…なんて言うか…ちょっと違うんだよね。私にはそういう才能はないよ、きっと」
と、天才バイオリニストは軽い口調で言った。
なんだか少し以外だったが、天才にしかわからない領分があるのだろう。
「だけどさ、きっとヒビキなら面白いのかけると思うんだよね〜。ねぇちょっとでいいからさ!先っぽだけでも…」
くだらないねだり方に思わず吹き出してしまった。
「あ!吹いたね〜!じゃあ書いてよ!」
「はぁ〜?意味わかんないんですけど!」
スマホの画面を開き、また描き始めるまとめサイトに没頭する。
結局、休み時間の間ミユキのおねだり攻撃は続いた。
どうせ突発的なことで、すぐに飽きるだろう。
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ミユキのおねだりは、まだまだ続いた。
「じゃあヒビキ、明日までに冒頭でいいからさ、なんか書いてよ〜」
放課後、2人での帰り道、ミユキはしつこくおねだりしてくる。
私はいまだスマホと格闘していた。私が追っかけているアイドルに、恋人がいる疑惑が出ているのだ。
「っていうかミユキ、部活はどうしたのよ?」
「え〜今日はサボり?てきな?休部?てきな?」
曖昧なへんじ。どうせ気まぐれだろうけど。
ず彼女のこうした飄々したところが実に気持ちのいい所であり、短所でもあると思う。じゃなければ私みたいな人付き合い悪い女と一緒にいないんだろうが。
「じゃあ一緒にプロット考えるからさ〜えーっと、ヒビキどういう物語書きたい?」
「書きたくありません」
ピシャリと言う。
「まぁまぁお嬢さんもまだまだ若いねぇ」
「アンタと同い歳だよ」
ミユキふふっと笑みを浮かべた。これだけ拒否反応示しているのに、なんだか楽しそうだった。
「…ねぇヒビキ、こんな話知ってる?」
ミユキは遠くを見ながら言う。
「?なんの話?」
「人は人生で一作しか本を書けないって話」
「…?」
意味がわからなかった。
その理論は明らかにおかしい。じゃなければ小説家という職業は存在しないからだ。
図書館にいけば、同じ作者の本がいくつも、人によっては、何十、何百と書いている人もいる。
現に、文字を書けば、誰だって小説が書けるじゃないか。
「逆に言えばね、人は誰しも一作は小説を書けるの」
私の視線はいつの間にかミユキの方に向いていた。
いつも脳天気な事しか言わない友人が、なんだかひどく切ないものに感じた。
夕焼けが街のビル群を縫って差し込んでくる。その光が私達を照らし、長い影を作っていた。
しかし、周りの人達はそれを気にする様子もない。
気がつけば、私は放課後の通り道の喧騒を忘れて、夕焼けに照らされている友人を見ていた。
その光景が、やけに眩しく、美しく見えて……。
私は、この光景をいまだに忘れられない。
今思えば、これは今でこど思い出す、美化された光景なのかもしれない。
それはきっと、私が心の奥深くで、小説を書くことを決めた決定的瞬間でもあったからだ。