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伝説の殺人鬼、異世界へ行く  作者: 千僧キクリ
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97話 悪の血脈

 




 驚き叫び、腰を抜かす者達の中、最初に絶叫したエルフ王ヨーヨルマは、すでに茫然自失とその場に座り込んでいた。


 目は虚ろ、だらしなく開いた口からは少し涎も垂れている。


「……あぁ……そ……んな……へ……いか……」


 そんな一国丸ごと呑み込んだ狂騒を引き起こした張本人は、今度は倒れていたカウリオの傷口に『緑のドロ』を振りかけた。


「ぐっ! ……血が……あ、ありがとう……」


 そしてカウリオの傷口の血が止まるの確認すると、今度は背の荷物の中からーー


「そ……それは……?」



 ーードゥルルルーーーーンンンッッ!!



 取り出したのは、あの鉄の箱(チェーンソー) 。


「!!?」


 その音はエルフ達の視線を一斉に集め、半ば呆けた王の意識をも強引に叩き起こした。


 エルフ達にとって見たことも聞いたこともないその鉄の箱に、やはり彼らはその身を強張らせた。

 だがその中で。


「……き、貴様ッ!! 貴様が、貴様が皇帝陛下を…………!! 皇帝陛下を殺したのかぁぁぁっ!!」


 我に帰ったヨーヨルマ王は目を飛び出んばかりに見開き、チャーリーへと激昂した。

 血走った目、震える体躯、強く強く握り込んだ拳。


 その凄まじい怒りに、周りのエルフ達は思わずたじろいでしまう。


「ああぁぁ……ああああぁぁっっ!! 許さんぞ貴様あっっ!! その四肢捥ぎ取り、生きたまま切り刻んで殺してやる!! 苦しんでぇぇ……苦しんでぇぇ死ぃぃねぇぇぇっ!!!」


 その怒りに応えずにはおれず、エルフ兵は全員その矢をチャーリーへと向けた。


 ヨーヨルマ王だけではない。

 彼らも、あの仮面の男がやった世界を揺るがす『事態の大きさ』は十分理解しているのだ。


 ……もしかしたらあの『首』は偽物かも知れない。

 だが偽物であれば、王は不敬罪で容赦なく死刑にするだけだ。

 何より、あのヨーヨルマ王が皇帝陛下の首を見誤るとは思えない。


 エルフ達の弓矢が薄い緑の光を纏い始める。

 付与術(エンチャント)によってその威力を飛躍的に上げているのだ。

 あの第二兵団長ゲルルフ程の力には到底及ばないが、その数は膨大だ。


「撃てぇぇぇっ!!!」


 走る矢は緑の輝く尾を引きながら、流星の如くチャーリーへと降り注ぐ。


 その威力と数はかつてチャーリーがボルイェ達騎士団から受けたものとは比較にならないものだった。



 ドドドドドドドドッッッッ!!!



 数百を軽く超える矢は、『線』ではなく『面』となってチャーリーに炸裂する。

 激しく舞いあがる土埃。


 だが。


 ドッ……ドッ……ドッ……


 あの音は途切れる事はなく。


「……そんな……」

「なんだ、アレ……」



 のそり



 その土埃の中からヌゥッと出て来たのは、夥しい数の矢をその身に受けながらも、全く動じる事のない仮面の男だった。


 さらによく見れば、その刺さった矢は先程と同じく、次々とサラサラと砂のように体からこぼれ落ちていく。


 手にしたチェーンソーを下段に構えながら。



「早く! 早く次を撃たんか!! 奴をこの場で殺せ! 殺せぇっ!!」


 ヨーヨルマ王の怒りは……側から見れば、その凄まじい形相は皇帝陛下を殺した憎き仮面への憎悪からくるものと、誰もが理解していた。


 だが今。

 王の中の感情は、怒りではなく……


「殺せっ!! 早く……早く、殺せぇぇぇっ!!」


 チャーリーへの『恐怖』へと、ゆっくりと変容しつつあった。


(ーーなんなんだあいつは? 本当に皇帝陛下を殺したのか? 許さん……絶対に許さんぞ……!)






(………………あの……皇帝陛下を殺した……? たった……一人で?)





 その頭の隅に、ほんの少し浮かんだ僅かな泡沫のような疑問。

 ……王は()()()()()()()()()()



(ーーどうやって……殺したのだ?)



 いくら行方不明になったとはいえ、皇帝陛下の周りには常に騎士団でも最強クラスの兵がいるはずだ。


 さらに皇帝自身、常に魔具ーーおそるべき力を持つ禁忌の代物ーーを持ち、魔獣とも言える調教済みの大型モンスターを封じた魔石を身につけている。


 おそらく一流の暗殺者を何人雇おうが、その身に傷一つつける事も出来ない。


 この世界最強の絶対防御(アブソリュート)機能(ディフェンス)を備えた、たった一人の人間ーー

 それが、皇帝ユリウス・ド・ダンメンハイン。



 ……を。


(…………………え? 本当に、殺した、のか?)



 その瞬間、ヨーヨルマ王を支配したのは、怒りではなく『恐怖』。


 チャーリーが一歩、また一歩と近付けば近付くほど、その支配は強まっていく。


 何度となく放たれる凄まじい緑に光る矢の壁。

 だがいくらその身を貫かれようが、チャーリーの歩みが止まることは無かった。


「…………ひっ」


 一歩。


 迫るチャーリーとの距離が二十メートル程になった時、王はついにーー後退った。


 圧され、漏れ出した恐怖は、一気に周囲へと伝播する。

 王が下がったのを隣りで見ていた側近が下がり。

 さらにその隣りの者も。その周りの者も。


 徐々にチャーリーの圧力(プレッシャー)は容赦なくエルフ達を取り込み、その心を強く蝕んでいく。


「ぐぅっ! や、殺れ! さっさとやらんか、何をしている貴様ら!」


 すでに狂気から覚めた王の檄は届かず、彼らはただ弓を射る。

 だがその矢は狙いも定まらず、中には付与術をかけ忘れてしまう者までいた。

 エルフ兵は総崩れし始めたのだ。


 ーーだが愚王率いるとはいえ、世界第二位として君臨していた国家である。



「ふふふ、お困りのようですな父上!」



 王の頭上、聳える城壁にその力の源泉たる集団が、その姿を見せた。


「おお! ヨシュア!!」


「ヨシュア王子だ!」

「『イーリス』を率いて、王子が来てくださったぞ!」


 全滅寸前の部隊に救援が間に合ったかの如く、エルフ達の青ざめた顔に生気が戻る。

 特にヨーヨルマ王は再び居丈高に踏ん反り返っていた。


「ヨシュア! 奴が例の『チャーリー』だ! さっさと殺せ!」


「くくく……父上、無様なお姿ですな」


「なに?」


 エルフ王の第一王子、ヨシュアの見下ろすその眼には、ヨーヨルマは酷く小さく映っていた。

 この国最強の弓兵集団『イーリス』を従え、さも自分が真の支配者であるかのように、父以上に踏ん反り返る。


「狼どもに掻き回され、人間一匹に取り乱す……なんとも恥ずべき事です」


「き……貴様っ!? 誰に向かって……っ」


「挙句、媚びへつらい従ってきた相手が生首となりこの地に転がされているとは……もはや笑ってしまいますな」


「……っっ!!」



 次期エルフ王である、ヨシュア。

 彼はこの世に生を受けてまだ四百年ほどだったが、人間が支配してこの五十年、ずっと野心を抱えていた。


 情けない父王の背を見て育った彼は、常に『機』をうかがってきた。

 だが皇帝ダンメンハイン……というより騎士団の実権を握る『副総帥レオハルト・グローツクロイツ』の絶大な力にずっと身を潜めることを強いられてきたのだ。


 人間の寿命はたかが数十年だ。

 放っておけば『レオハルト』は勝手にくたばるだろう。だがそれではこの屈辱が晴らされる事はない。

 ただ機を待つしかない己の身に、ヨシュアは歯痒さともどかしさに縛られ生きてきた。


 だからこそ今。


 ()()()()()()()()()()()()()というこの機を、彼が黙って見逃すはずはなかった。


「皇帝も死に、『教会』のおかげで再び世界は荒れる。この機に乗じる者も多いでしょう……」


 ヨシュアの後ろにずらりと並ぶ緑のフードを目深に被った者達。

 その中から、一人のエルフが前に突き出される。


 うずくまって苦しむカウリオが、その眼を大きく見張った。


「なっ……フロルラ?」


 ヨーヨルマ王も突然見せた姫の姿に驚きを隠せなかった。

 ……狼に、拐われた姫が何故ここに?


「勿論、狼どもを皆殺しにして姫を取り返した次第」


「…………え?」


「カ……カウリオさん……っ、すいま、せん、すいません……っ! みんな、みんな私を守ろうとして……っ!!」


 泣きじゃくり、半狂乱の姫の姿に、カウリオは瞬時に悟った。


「まさか……!? ぐぅぅ……っっ!!」


 姫を守り、隠れ潜んでいた彼らは、この目の前の緑の悪魔どもにーー


 彼らとて、狼族の中では優秀な戦士だ。

 姫奪還の為、その命を懸けてここまでやって来た。

 もちろん命を落とすかもしれないことは、重々わかっていたのだ。


 だが、それでも……


「みんな……みんな……すまねぇ……!!」


 カウリオの眼からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。



 不憫な姫を救いたいと、カウリオが提案した時。

 彼らは誰一人、その無謀を笑わなかった。

 村の者全員が、姫を救いたいと願った。


 何度となくこっそりと、村へ訪れ、狼族とともに過ごしたフロルラ姫。

 幼い狼の子供はフロルラ姫に懐き、年老いた狼は我が子のように愛した。

 それが不敬とは思いながらも、彼らはフロルラの笑顔を見ることがとても好きだった。


 そんなフロルラが、何度も顔や身体に痣を負ってくる事があった。

 時には火傷の跡や、酷い怪我もあった。


 だがフロルラは決してそれを見せようとはしなかった。

 村の者がどれだけ心配しても、彼女はいつも笑顔でいた。


 そして。

 狼達の思いは重なり、一つとなった彼らはついに動いたーーこの、一族の命を全て賭けた大博打に。



「くく……さて、それでは……噂のチャーリーとやら、我が軍門に下ってくれぬか?」


「!?」


 父王さながらのその濁った笑みに、チャーリーは歩を止める。

 カウリオはギリギリと歯をくいしばりながら、ヨシュアの顔を睨みつけていた。


 再び張り詰める緊張の糸。


 緑のフードを被る『イーリス』は、国内外にその威名を知らしめる精鋭達だ。

 ひとたび彼らがその弦を引けば、大型モンスターですら尻尾を巻いて逃げ出す、という。


 その力をもって、ヨシュアは仮面の男に迫る。

 王と同じく、その力を手に入れんとして。


「ヨ、ヨシュア、そやつは……」


 だがこの若き王子が、王以上の凶王だと言うことを、この場にいる者全員が知る事になる。




「嫌とは言わさぬ。断れば……この娘(フロルラ)のクビを刎ねるぞ?」



「…………え?」


 カウリオも、エルフ達も……何より、ヨーヨルマ王ですら、その言葉に凍りついた。






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