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伝説の殺人鬼、異世界へ行く  作者: 千僧キクリ
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21話 副総帥の懸念

 





 時は少し遡る。




 ──王都ラサ



「それでは、ボルイェ卿の後任を手配しておきます」


「南東のグレブ地方か。アリンガム伯……だったな。振りでも騒がれると便乗する凡愚供も出てこよう。刺激せぬようボルイェの縁者の騎士を向かわせよ」


「はっ」


「……」


 騎士団副総帥レオハルト・グローツクロイツは、執政室から出て行く通信兵の後ろ姿を眺めながら眉を顰めた。


 貴族アリンガム伯爵のお気に入りであったボルイェが亜人「のような者」に手酷くやられた、と言う。


 現在のような人間による過度の統治に対して、亜人が反乱を起こす事は珍しい話ではない。

 

 だが反乱の成功などここ10年は聞いた事がなかった。


「長くやれば、こんな事もある、か」


 レオハルトの呟きに重なるように、執政室の重厚な扉が開いた。


「失礼致します」


 入って来たのは先程とは別の目元鋭い通信兵の女官だった。


「何か」


「グレブ地方視察の任務中のオルビル大隊から、念波通信を受信しました。……第一級特務『魔神顕現』による増援の申請です」


「……何?」


「報告者はオルビル隊長本人、かなり切羽詰まった様子だったそうです。通信は途中で切れたことから事態はかなり切迫しているかと思われます」


「グレブ地方……だと?」


 先のボルイェは亜人か何かに殺されかけ、命からがら首都に逃げ戻ったと言う。


 そして今度はオルビルから魔神顕現の報せ。


 同じ、グレブ地方からだ。


「……アリンガム伯の内政批判への根回しは?」


「はっ、すでに『教会』を仲立ちとし税率と派遣騎士団の全体割合の増加調整で合意を得ております」


「ならば古狸の差し金にしては割に合わんな」


「では副総帥は本当に魔神が顕われたとお考えでしょうか? もう二十年以上経ちますが……」


「あり得ん話ではない。そもそも寿命が違うのだからな。二十年など、奴らからすれば刹那に過ぎん」


「……畏まりました」


「だが……」


「はい?」


「いや、なんでもない。第八師団をむかわせろ。斥候にいつも通りゴブリンを使え」


「ではエーレンベルク卿に通達致します」


「いや、エーレンベルクも同行させろ」


「畏まりました」


「頼む」


「ハッ!」


 その細身の背中を見つつレオハルトは再び眉を顰めた。


「魔神如き問題にならん。魔神なら……な」


 神をも恐れぬその男は、自身の予感を懸念していた。


「恐怖……か。久しいな」


 口元に笑みを浮かべるとレオハルトはゆっくりとその豪奢な椅子に背中を預けた。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 時間は現在へ



 ──虎族の村


「こっちは異常なしだ」


「ああ、ご苦労さん」


 戦装束に身を包んだ虎族達は、交わす言葉も少なくなっていた。


 村中に篝火を焚き薄暗くなり始めた空を明々と照らす。


 村祭りで使われるものと同じ篝火の炎が、虎族達に人間達の支配を受ける以前の事を想起させる。


 さながら走馬灯のようなその炎が、逆に虎族達の心に背水の陣を敷かせた。

 

 ライシンとヨルダも村の見張り台から周りの警戒を強めていた。


「ここから十里程の小さい村に奴等の駐屯が確認された。おそらく早ければ明日の朝にでもやってくるだろう」


「そうですか」


「規模もオルビル達の比じゃない。魔神でも退治にしに来るつもりなのかもな。そうなったらこの村にいる者は全員……」


「ライシンさん」


「ん?」


「お気持ちは嬉しいんですが……私、もう決めましたから」


 ヨルダの目がはっきりとライシンの気遣いを射抜いた。


「……そうか。すまない、余計なお世話だったな」


「足手纏いにはなりませんから……ご一緒させてください」


「……よろしく頼む」


「はい」

 

「ところで、チャーリーさんとカムラさんは?」


「ギリギリまで、宿で休むそうです」


「そうか……ちなみに、チャーリーさんはともかく、カムラさんはその、戦えるのか?」


「え?」


「いや、チャーリーさんの凄さはわかる。だが彼女はただの人間じゃないのか?」


 ライシンは本当に優しいんだな、とヨルダは思った。


 どうしても弱い者を守りたいのだ。


 一見すると小柄で可愛らしい女性にしか見えないカムラだ。


 自分達三人の中では非戦闘員にしか見えなくとも無理はない。


 だがヨルダは薄々感じていた。


 彼女はあの怪物とこの世界の外から来た『理から外れた者達』なのだ。


 ひょっとしたら本当に神の一柱なのかもしれない。


 そんな二人を心配するより自分達の事を考えた方が余程建設的だ。


「大丈夫ですよ、きっと。あの二人は只者じゃないですから」


 なんとなく誇らしげにヨルダはライシンに胸を張った。


 その目を見たライシンは、そうか、と穏やかに頷くだけだった。


 そんな空気の中、目を合わせた二人はなんとなく可笑しくて少し笑ってしまったのだった。

 

 ──しかしその頃。


 宿屋にあるはずの二人の影は、もうそこには見当たらなかった。


 






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