162話 神皇の昂り
物々しいらしくない雰囲気を醸しながら、玉座の間から白ケープ達が足早に出て行く。
かと思いきや、再び別の白ケープの男が玉座の間に駆け込んで来る。
普段は物音を立てぬよう動くのが常である教会使徒らが、この日ばかりは違っていた。
玉座の教皇ココは凛と背を正し、それを出迎える。
その顔には穏やかな笑みを浮かべつつも、「緩み」はない。
「ではそのように……」
「はっ! 失礼します……」
「神の御加護を」
そしてその白ケープの男もまた先程の男と同様に、忙しなく玉座の間から出て行った。
今、王都中が張り詰めた空気で覆われていた。
教会使徒らはもちろん、王都の民らもまた、その緊張感に怯えていた。
それはまさに、この国が戦時下である事を示していた。
そして壁際に並ぶ使徒らも、言葉こそ発しないもののどこか落ち着かない様子だった。
その彼らに、教皇ココはゆっくりと。落ち着き静かに、声をかけた。
「……改めて…………間も無く、総帥アレクシア・アッヘンヴァルを筆頭に騎士団がこの王都に攻め入るだろう。だが、皇帝陛下亡き今、彼らは王都に弓引く逆賊に過ぎない」
座ったまま、ココは使徒らの顔を一人一人見つめながら、優しく続ける。
「今、この王都に住まうすべての人間の命が危険に晒されている……
だが、憂うなかれ。あなた達は常に神により守られている。信じなさい。祈りなさい。あなた方の神を。
神は常にあなたと共に在ります。信仰と崇拝に応え、祝福を授ける為に。
何者よりも。皇帝であれ、王であれ……あなたは神を信じるのです。さすれば、あなたの信仰は死すら乗り越える事でしょう」
最後に、ココはにこりと笑った。
向けられた笑みに、思わず身震いする使徒たち。その心根には『教皇猊下の為なら命をも惜しまぬ』という、苛烈な信仰心が根差していた。
その命すら捧げても構わぬ相手へと一礼すると、使徒らもまたいそいそと部屋を出て行った。
そんな彼らの後ろ姿を見送り、教皇は伸ばしていた背を背もたれに預けるとボソリと呟いた。
「……さて。いよいよか」
「うん! ついに一大決戦だねっ」
「……そう、ね」
同時に玉座の背後からひょっこりと姿を見せる、双子のアダとツィラ。
「恐らく今回の戦場に……ありとあらゆる『力』が集まるだろう。まさに、最後の決戦、というわけだ」
「騎士団の残りと……例の仮面の男とそのお友達、だね」
「……チャーリー、か」
ややはしゃぎがちなアダと、対照的に少し暗いツィラ。
教皇ココはそんな二人を優しく抱きしめる。
「大丈夫さ。今の君達なら、総帥閣下だろうと仮面の男だろうと、負けやしない。何より、君達はもし死んだとしても……」
「……転生する、でしょ!」
「ふふ……」
アダが『転生』という言葉に、いよいよ目を輝かせる。
興奮しているのか、ふーふーと少し鼻息も荒くなっていた。
だが、そんなアダとはやはり逆に。
「…………転生……か」
「どうかしたかい? ツィラ」
銀髪の妹の方の表情はやはり暗いままだった。
その暗い顔のまま、ツィラは真剣な目をココへと向ける。
「なぁ、ココ。ココはどうやって……うちらを創ったん?」
「ん? …………秘密さ」
「なら、……どうしてうちらを創ったん?」
「……ツィラ?」
銀髪の死神と呼ばれ、教会に……否、教皇ココに仇なす数多の者たちを葬ってきたツィラ。それも、嬉々として、持ちたる力と恐怖を存分にばら撒きながら。
そんな恐怖の死神がーーこれまでにない、表情を見せた。
「ねぇココ。あたしらって、なんなん? 転生って? なんでそんな事が出来るのん? ココは……一体、なんなん?」
胸の中から見上げる視線に、ココはふふっと声を出して笑った。
戦闘狂として創造したはずの双子の片割れが、自らの存在に疑問を抱いた。
それはーー成長していく子を持つ、親の気持ちそのもの。
あの日。
教皇の座に就いたあの日。
突如、ココ・ヴェレノレファルムの頭にーー『偉大なる英知』が流れ込んで来た。
なんの前触れもなく……常人では耐えられぬほどの、膨大な量が。
それは大声を出さずにはいられない、気が触れてしまいそうなほどの波濤。
だが『天才』であるココは、その波を乗り切ってしまった。
狂う事なく、ただ静かに、己の心を見つめ続けて。
結果、ココは森羅万象を知る神の知恵を手にした。
そして、ココは自覚する。
ーー己が身に、神が降りたのだ
そしてその知恵を使い、ココは次々と『神の奇跡』を起こしていく。
『研究室』による新たな魔導の創造、完全なる人心掌握、秘術の設計図……そしてーーアダとツィラ。
二人は、元々いた浮浪児などではない。
ココが創造した、人造人間なのだ。
それは魔導生命体ヨハンの魔奴創造などではなくーー完全なる生命の創造。
さらに、ココはその英知により、知り得ることが出来た。
創造主たる者達の世界の理、その断片を。
その欠片で。ココはアダとツィラを創ったのだ。
世界を、何度も体験することの出来るというーー影法師という存在。
転生する、生命を。
(ふふ……思い、考え、感じ、悩む、か……成長、だね)
ツィラの頭を優しく撫でながら、ココは心の中で笑った。
いよいよ、彼の気持ちは昂っていた。
自分が創ったのは人形でもモンスターでもない。成長する『人間』なのだ。
つまり彼は『人間』を創り出せた。
それはーー『神』と呼ばずして、なんと呼ぶのか?
「……安心しなさい、私も君たちもただの人間さ。神に選ばれた、ね」
ココは、心からの笑顔を我が子らに向けた。
心優しき慈愛に満ち溢れた、純真な笑顔を。
その笑顔に、ツィラはそれ以上は何も言わなかった。