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伝説の殺人鬼、異世界へ行く  作者: 千僧キクリ
11/228

11話 勝利

 




 ──ヨルダちゃーん、おーい


 自分を呼ぶ声が遠くから聞こえる。


 懐かしくも不思議と暖かいその声音は、ヨルダを包む様に穏やかに覚醒させた。


「ヨルダちゃん、んー」


 目を覚ましたと同時に飛び込んできたのは、目を閉じ尖らせた口で迫るカムラの姿だった。


「わっ‼︎」


 反射的に両手を突き出し、身を守る。


 突き飛ばされ後方にクルッとひっくり返るカムラ。

 

 ゴスッ


 勢いよく、後頭部を床に打ちつけた。


「いってぇ……」


「……え? カムラさん……」


「ひどいよヨルダちゃん……起こそうとしただけなのに……」


「いや、変な事しようとしてたじゃないですか……」


 カムラとのやり取りで冷静さと少しの痛みを取り戻す。


「痛っ……」


 思わず折れた鼻に手がいく。

 が、触るとなんともない。


「あれ……?……鼻が……」


 確かめるように鼻をさするが、折れるどころか、傷らしいものもない。


 しかし衣服には確かにべっとりと血が付いていた。


「ひどいよね〜、女の子の顔を足蹴にするなんて……絶対許せない!」


 隣でわざとらしく腕組みして頬を膨らませるカムラ。


「カムラさんが、治してくれたんですか?……あ、ありがとうございます」


「大丈夫? 鼻は治癒で治しといたけど、少し痛みは残ってるかも。……服は、洗って落ちるかなぁ……」


 ズズイと顔を目の前まで近づけながら、カムラは顔や服をベタベタと触り出す。


 心なしかその手先は妙に扇情的というか、なにかいやらしさを感じる。


「だ、大丈夫です……ちょっと離れてもらえますか?」


「と、失礼」


 ニヤニヤしながらワキワキと手先を動かすカムラを尻目に、ヨルダは周りを見渡した。


 ……まるで戦争の後。


 そこら中に中身の詰まった兜と、首のない甲冑が打ち棄てられていた。


「うぅ……」


 異様な臭気と死体の臭いが混ざり、思わず嗚咽が漏れる。


「いやぁ、さすが伝説の殺人鬼だねぇ……人間技とは思えない」


 そう言うカムラの足下には、例の『鉄の箱』が転がっていた。


「それ、チャーリーさんの……」


「そ、あたしが表で音出して油断を誘うっていう作戦ね。……必要あったんかこれ」


「! チャーリーさんは⁉︎」


「外だと思うけど?」


 カムラがクイっとアゴで入口を指すと、ヨルダは立ち上がり、外へと駆け出した。


 そこには、歓喜の声をあげ、お互いを強く抱きしめ合う亜人たちの姿があった。


「! おい、あの娘さんだ!」

「ああ! 目を覚ましたみたいだぞ」


「え? え?」


 途端に亜人たちに取り囲まれるヨルダ。


「ありがとう! あんた達が来てくれたおかげで、この村が助かったんだ!」


「ありがとう、本当にありがとう!」


 口々に感謝を叫ぶ亜人達に、すこし及び腰になってしまう。


 ただ、みんな涙を流し、声を弾ませ、飛び上がらんばかりに喜んでいた。


「わ、私はなにも……」


 自分は何もしてない事もあり、ヨルダはやや居た堪れない気持ちになった。


「いいや、私、あんた知ってるよ。あんた隣村によく来てた騎士さんだよね?」


 そう言いながら恰幅の良い虎族の女性、ケイラが近づいて来た。


「何度か見かけたよ、あんたの事。ダダンからもよく聞いてたしね……人間の騎士にも良い奴がいるんだってさ」


「え……」


「あたしは行商で何度かダダンの村に行く事があったからね」


「村長とお知り合いだったんですか……?」


「ダダンの奴うちの村の事を知ってたから、なんとかしようとしててね…もちろんそんな事してあっちが酷い目に遭う事だけは避けたかったから止めたんだけどさ」


「……」


「あたしらは人間が大嫌いだった。でもダダンからあんたの事を聞いててさ……正直、嘘じゃないかとか、じゃあなんでうちに来たのがオルビルみたいな奴なんだって……」


  「……すいません……」


「あ、いや、あんたは何にも悪くないんだ…悪いのはあいつらだし…それに、そのあんたがうちらを助けてくれたんだ! 嬉しいよ! ダダンにも礼を言いに行かなきゃね」


「!」


「……ん? どうかしたかい?」


「……あの村のみんなも……騎士団に……ダダン村長も……私を庇って……」


「なんだって⁉︎」


「すいません……私達が……っ」


 ヨルダの目からは大粒の涙が溢れ出していた。


 それは人間の非道な行いに対しての贖罪の涙。



 彼女の涙の意味を、ケイラはすぐに理解した。


「……いいや、ダダンは言ってたよ。『いつかまた、人間と仲良くなれる日が来る』ってね」


「村長が……?」


「『だからどんな事があっても、その可能性の芽であるヨルダは守ってやらないといかん』……とさ」


その言葉に、ヨルダは矢の雨の前に立ち塞がったダダンの背中を思い出した。


  「! ……村、長……っ」

 

「その芽が今、ここで芽吹いたんだ……ダダンも本望だろうさ……」


「うぅ……うわぁぁぁ……」


 ヨルダは声を上げて泣いた。

 ケイラはその大きな胸でヨルダをしっかりと抱きしめた。


 周囲の亜人達は、その光景をただ黙って優しく見守っていた。






ここまで読んでいただいてありがとうございました。

皆様に読んでいただくことが何より嬉しく、励みになっております。


今後ともよろしくお願いします。


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