1話 はじまり
長期連載を目標にしてます。
楽しんでいただければ嬉しいです。
物語の舞台は。
人間だけではなく亜人、エルフ、ドワーフ達が力強く生きる、現代とは異なる世界。
しかしいつの時代も、強き者が弱き者を蹂躙し、搾取する。
言葉を変え、視点を変え、どんなに否定しようとも、それが真理であり、現実。
弱き者は、強き者の欲を満たす”モノ”にしかなれない。
もし、それを弱き者が拒絶するというのなら
自分が「より強き者」になるしかないのだ──
「はぁっ、はぁっ……うぐっ……!」
騎士ヨルダは身体中に傷を負い、息を乱しながら逃げていた。
彼女の走る道筋には夥しい血の跡が見て取れる。
陽が落ちているにも関わらず、あちこちで上がる火の手が、空を煌々と照らしていた。
木の焼ける臭いの中に、別の臭いが混ざっている。
恐らくそれは──生き物が焼ける臭いだった。
「う……ぷ……っ」
ヨルダの胸に吐き気が込み上げる。
見慣れたはずの村は、いまや惨劇の舞台と変わり果てていた。
「……みんな……どうして……どうしてこんな……」
ヨルダは胸の前で手を組み、ただただ神に祈った。
(お願い、夢なら覚めて……っ!)
だがこれは覚める事はない、現実。
『悪夢』だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ほんの数時間前まで。
犬族の兄妹のキブとミンが、追いかけっこをして目の前を元気に走り回っていた。
リザードマンのグリスは、飼っている牛の餌である干し草の準備に忙しそうだ。
村長のダダンは偏屈なドワーフ。
だが村民からはとても慕われていた。
下っ端騎士である引っ込み思案なヨルダに対しても、ぶっきらぼうながら礼節を重んじる人格者だった。
辺境だが、のんびりとしたこの村の視察が、新米騎士であるヨルダの仕事。
ヨルダにとって、とても心地良い居場所。
しかし今。
その安らぎを与えてくれる居場所が、強欲な暴力に蹂躙されようとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…村長!?」
ヨルダの視界に入ったのは、村の神木に倒れ込んでいた村長のダダンの姿だった。
自分の傷などお構い無しにダダンの上体を抱きおこす。
ヌルリ、とダダンから流れた血が腕にべっとりとついた。
「だ、大丈夫ですか!? しっかりして!!」
ダダンの目は虚ろで、息も絶え絶えだった。
腹部からの流血が止まらない。
「ヨルダ……か……お前は、無事か、良かった……」
「村長! 今、助けを……っ」
「ワシのことは、構わん……早く逃げろ……」
抱き起こすヨルダを、ダダンはグイと遠ざけようとする。
「村長……っ」
「早く、逃げるんだ……奴らは我々を皆殺しにするつもりだ……」
「奴ら……?」
その時、ザザザッと複数の影が二人を取り囲んだ。
その姿はヨルダにとって、見慣れた格好。
自分と同じ──騎士団員が持つ、サーベルと黒のフードマント。
「なっ…」
「ん? 見慣れた顔がいるじゃないか」
「ボ、ボルイェ卿……? なぜ貴方がこんな所に……?」
呆気にとられるヨルダ。
目の前にいたのは同じ騎士団員であり、百人隊長を務めるボルイェだった。
団内で浮いていた自分を気遣いよく声をかけてくれた、優しい先輩騎士。
「ふむ……おい、これはどういう事だ?」
「ハッ。恐らくただの伝達ミスかと」
ボルイェの問いに、黒フードの一人が答える。
「そうか〜……ま、仕方あるまい」
「では?」
「消すしかないだろ」
「ハッ!」
「……え?」
なんの話か理解出来ずにいたところで。
黒フード達は懐からクロスボウを取り出し……こちらへと狙いを定めた。
「なっ……なんの真似でしょうか、ボルイェ卿……?」
震え声のヨルダに、ボルイェは面倒臭そうに手先をプラプラと振る。
「そういやこの村はヨルダ君の管轄だったね。今日は視察の予定はなかったはずだが……ひょっとして、わざわざこんな所まで用事も無いのに来たのかい?」
「……その、きゅ、休暇を取得して……」
クロスボウの射線から守るように、ヨルダはダダンの身体を抱え直す。
「ふぅん……まぁいっか。ヨルダ君、そこ、どいてくれる?」
「っ……い、いやです……!」
「じゃあ、それでいいや」
ボルイェの右腕がサッと上がる。
それは弩兵達への構えの合図。
弩兵の指に力が入り──そして、矢は放たれた。
ドカカカカカッ!
何十もの矢は、身体に突き刺さった。
しかしそれはヨルダの身体ではなく──
「…そ、村長!」
最期の力を振り絞り、ヨルダの前に立ちはだかったダダンの身体だった。
──そして、ダダンはその口元から血を流し、ゆっくりと地に膝をついた。
「いやぁぁぁっ⁉︎」
「来るなぁっ‼︎」
振り絞る怒声は、駆け寄ろうとするヨルダをその場に押しとどめた。
「ヨルダ、逃げろっっ‼︎」
「逃がすな! 殺して構わん‼︎」
その声を合図に、ヨルダは全力で走り出した。
背後のボルイェの叫び声とともに、クロスボウの射出音がヨルダの耳へと届く。
その音が止まると──何かが地面に倒れる音が聞こえた。
ヨルダは振り返る事なく、必死に傷ついた身体を動かし走り続けた。
その身体からは血が、両目からは涙がこぼれ落ちた──
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