出演 倉田孝介
倉田孝介は役者だった。
舞台俳優を目指し、演劇の道を志した彼。
専門学校を卒業した後は当時知り合った劇団関係者のツテにより、東京で大手の劇団を紹介してもらい劇団員として活動をしていた。
倉田には才能があった。
役者としての才能だ。
専門学校に在学していた頃から頭角を現し、周囲からは一目を置かれた存在だった。劇団に所属してからもその才覚が衰えることはなく、入団から約半年で主役にまで抜擢された。
仲間からの視線は様々だった。
羨望の眼差しを送る者、嫉妬しながらも才能を認める者、自分と倉田との差に嘆く者。
そして――友人の振りをした薄っぺらい仮面の下で、憎悪の執念を燃やす者。
倉田は正直者であり、向こう見ずでもあった。
だからだろうか。夢に突っ走る彼は、それらの視線には鈍感だった。愛嬌のある顔と人望が、本人の与り知らぬところで不運を弾いていた――と、そう表現してもいい。
そう、彼はその時までは運がよかったのだ。
人の悪意に晒されることなく二十三歳まで順風満帆で生きてこれたのは、単に運がよかっただけに過ぎない。
だから今、40歳を目前に控え、彼に与えられた配役がただの脇役に成り下がったのは、ただ単に運が悪かっただけなのだ。
「倉田孝介容疑者二十三歳。婦女暴行に殺人容疑で逮捕」
手元のコピー用紙に視線を落とす。そこには新聞の記事が印刷されており、倉田の若々しい顔の写真が載っている。
それが倉田に与えられた今の役だ。
その舞台は劇場でも稽古場でもない。
「―――――――っ!」
倉田の目の前で猿ぐつわを噛まされ、両手足を縛られ、身動きを封じられた中年の男――斉藤誠吾警視の自宅で行われる。
「覚えてるか? あんたが俺に与えた配役だ」
しゃがれ声で淡々と倉田は告げた。
対する斉藤は目を見開き睨みつけるように彼を見上げている。
芋虫のようにフローリングに寝転がる斉藤に、倉田は見せつけるように新聞のコピー用紙を添えた。
「俺は役者志望だったんだ。だからちゃんと演じきってやるよ」
靴下を履いた足で紙を踏みしめる。
その行為はかのカトリック教会が信徒に与えたのは罰を一時的に免除するための証書――免罪符を連想させた。
しかいそれは罪をまぬがれるためのものであり、倉田の行為では意味合いが異なる。
なぜなら彼は偽りの罪を踏みしめているのだから。
倉田孝介は役者だった。
彼に与えられた役は殺人鬼。
役者を志、冤罪によってすべてを失った倉田の、最初で最後の演劇が始まろうとしていた。