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ドラマティック・ブレイン

作者: 陽色

ドラマティック・ブレイン



プロローグ


思い出や記憶って不思議だなと思う。

その瞬間には、色々考えたり行動しているはずなのに所々曖昧で、ビデオのように綺麗に思い出せない。

その時にいた人の視点で同じものなのに、違う場面のように感じることもある。

そう、それはまさにドラマのワンシーンのように…。

俺たちは、それぞれの人生というドラマが重なり合って生きているんだ。



ー起


小林康介は、ほんとに特筆して語ることのないくらい平凡でごく普通の少年だ。

ちょっと自慢できることと言えば、学年で一番人気の斎藤美咲と幼馴染で仲が良いということくらい。

かけっこは一番になれはしないがドベでもない。

テストは平均点。

そんな俺だけど、なぜか正夢を見ることが多い気がする。

だが、人生において、ほぼ関係のないようの正夢だ。

例えば遠足のバスから出た景色を、

「俺、ここ見たことある」

ぐらいのものだったり、日常会話をしてるときにふっと、

「あれ?これ前にもあった気がする」

とシーンが合致する程度。

当たりもしなけりゃ、ハズレもしない。

「普通」それが一番だよね。



・9-year-old


音楽室という存在は、学校の中でも特別不思議な空間ではないかと思う。

普段触らないような楽器に囲まれて、いつもと違う時間を過ごしているような気持ちになる。

だが、俺はこの時間が特別苦手だ。

そんな中放った音楽教師の一言で、クラスメイトがみんな騒ついた。

「今日の音楽のテストは、一人ずつ歌のテストを行います。真面目にしないと、やり直しになるから一回で終わるように頑張りましょう」

もちろんブーイングの嵐だ。

人前で歌を歌うなんて、歌手じゃないんだし、小学3年生という恥ずかしがり屋な子供心を弄ばれてるようにすら感じる。

簡潔にいうと、やりたくない。

俺が音楽が特別苦手と感じる理由は、歌うというということが苦手だからだ。

…とはいえ、先生はサクサクと出席番号順に始めることになる。

1番の青木涼太はお調子者の元気者。涼太がトップバッターでカラオケばりに楽しく歌ったため、意外とスムーズにテストは進み、あっという間に俺の番になった。

一人で先生のピアノの前に立つと、みんなの視線が刺さるように感じて、嫌で嫌で仕方がない。

「~♪」

恥ずかしいながらもみんな歌ってるというというプレッシャーというか、後押しがあったため歌いきった。

「小林くん、よく頑張りました」

ちょっと嬉しいが、特に歌が上手いわけでも、大きな声で歌えるわけでもない俺の褒め方は、大抵いつも頑張りましただ。より褒めたい時に、「よく」がプラスされる。

「次は斎藤さん」

そう呼ばれて前に立つ美咲。

ソワソワしたり、ガヤガヤしていた奴らも美咲の歌が始まると静かになった。

歌の上手い下手なんて分かるわけない。

でも、確かにキレイだなぁと思った。

「とっても上手でしたね」

先生にそう言われ、美咲は照れ臭そうに席に戻った。


授業が終わって教室に戻る最中、他の奴らがざわざわと浮き足立ってる感じはするが、幼心にハッキリと女子相手に可愛いとか上手だったねと褒めるってことが出来ない。

かくいう俺も、美咲の歌を聞いたのは初めてだったが、素直に良いなって感じた。

ただ、中途半端に騒ぎだ照れるのは、噂話をされているみたいであまり気分の良いものではないだろうなぁと第三者として感じた。


終わりの会と掃除が終わると、俺たちにとっての1日の本番である遊びという時間はこれからだ。

我先にと急いで帰る奴らが出て行ったおかげで、教室はいきなり持ち主を無くしたかのように静かになる。

のんびり屋の俺はゆっくり帰り支度をしてランドセルを背負い、涼太と教室を出た。

「あ、いけね!忘れ物!」

靴箱の前で、体操服を持って帰るのを忘れたことに気づいた。

「待ってるから早くとって来いよー」

「うん!すぐ行ってくる!」

廊下を足早に駆けていき、教室に入ると美咲が一人で座っていた。

俺が慌ただしく入ってきた音で、一瞬顔をあげたが、すぐに顔を伏せた。

なんか様子がおかしい。

「どうした?具合悪いなら、先生呼んでくるぞ」

そう声をかけるが、ただ首を横に振るだけだ。

どうしていいか分からず、とりあえず忘れてた体操服袋をランドセルの引っ掛けに吊るした。

「走っておばちゃん呼んでこようか?」

もう一度声をかけるが、また首を横に振るだけで言葉はない。

どうしよう、体調が悪いわけではなさそうだが、決して元気ではない。

仕方なく教室から出ようと扉に手をかけた時、突然映像が頭の中をよぎった。


ーRoot A

今いる風景と全く同じ景色。

美咲がこっちを見て笑った。


びっくりして扉から手を離す。

何かに足を止められたみたいだ。

振り返ってもう一度美咲を見るが、机に顔を伏せたままで、笑う片鱗すら見えない。

さっきは映像は何だったんだろうか。

その時、遠くでピアノの音が聞こえた。

誰かが音楽室でピアノの練習をしてるよだろうか。

ふと、今日の音楽の授業の事を思い出した。

ちょっと恥ずかしい気もするが、伝えてみようか。

「そう言えばさ、美咲って歌上手なんだな。俺、ビックリしたよ!」

ピクッと美咲の身体が動く。

ゆっくりと顔を上げた時に、うっすら目が赤いのに気づいた。

「康介もからかってるの…?」

美咲が不服そうにそう言うので、康介はキョトンと首をかしげた。

「褒めたのになんで俺、美咲をからかったことになるの?」

頭にクエスチョンマークを3つほど浮かべていると、美咲の強張った表情が和らいだ。

「…ありがとう」

その表情が、さっきよぎった映像の笑顔と重なった気がした。

俺、起きてるのに夢を見てたのかな。

恥ずかしさを隠すように、

「涼太も一緒だけど、美咲も一緒に帰る?」

と声をかけたが、美咲は首を振った。

「大丈夫、もう少ししたら帰るから」

先ほどの張り詰めた雰囲気はなくなったので、康介は安心して教室を出た。

走って靴箱に向かう。

俺の顔は抑えきれない、こみ上げるような笑顔になっていたと思う。


俺の言葉で、泣いてた美咲が笑った!

たったそれだけの出来事なのに、なんだかとてつもなく誇らしく思えた。



・12-year-old


修学旅行や運動会、たくさん楽しかった時間があったはずなのに、あっという間に過ぎ去った気がする。

明日からの春休みを過ぎると、もうランドセルを背負わなくなる。なんだかそれが一番寂しいと感じる。

「康介ー!」

ドンっという音と共に肩が重い。涼太が乗っかったからだ。

「俺、斎藤に告白しようと思うんだけどさぁ~。体育館裏に呼んでくれん?」

乗っかられたまま話されて肩重い。しかもなかなかの話が重い。その上、恋の片思いを手伝えと…。

「えー…」

あからさまに嫌だと分かる反応を示すと、涼太はポケットからあるカードを取り出した。

「モンスターカードのレア、これでどうだ?」

それは、俺が集めているあるゲームのトレーディングカード。しかも入手困難のレアだ。

康介がふらふらっとカードに手を伸ばそうとした瞬間、今度はハッキリと頭の中にその映像が流れた。


ーRoot A

俺は、モンスターカードに手を伸ばした。

『仕方ないなー!分かったよー。呼ぶだけだからな』

『それでいい!サンキュー!』

俺は、友達と写真を撮っている美咲に声をかける。

『美咲、ちょっと涼太が話があるから体育館裏に来てって』

そう言うと、美咲の表情が曇る。

『康介はこういうの、嫌じゃないんだね…』

怒られるよりも、泣かれるよりも、その言葉は胸に突き刺さった。

『や、やっぱりさっきの…』

引き止めようとした時にはもう美咲は歩き始めてた。

追いかけて引き止めることも出来ず、悪いことをしてしまったような、そんな気持ちが心に広がる感覚がして胸が苦しくなった。


「…おい、おーーい!!康介!!」

涼太の声でハッと目が覚める。

一瞬夢を見ていたような…?

でも、今から起きることの予知夢かと言えるぐらいにリアルだった。

今までは普通に寝て見た夢が後々に正夢になってシーンが合致することはあったが、こんなに生々しくこれから起きそうなことが見えるなんてことはなかった。

それより、どうしよう。

涼太を手伝うからといって、さっきと同じことが起こるとは限らない。

でも、現実じゃなかったとはいえ、さっきすごく心がモヤモヤして嫌な気持ちになった。

ということは、違う行動をとらなきゃいけない。


ーRoot B

とにかく、涼太の頼みを受けちゃいけない。

やんわりと涼太に嫌な思いをさせずに断らなければ…。

「りょ、涼太!焦んなくても中学校入って、他の子と出会ってからでも遅くないんじゃないか?」

涼太は眉をしかめる。

「だ、だってさ!近所の兄ちゃんも言ってたけど、他の小学校からも集まって今までより人数が増えるんだぜ?どーするよ?隣の席の子が可愛かったら?それで、お前のこと好きになったら?それ待ってからでも遅くないんじゃないか?」

お調子者の涼太をノセることができれば、この危機を回避できるはず。

「康介…お前さー…」

ヤバイ、だめか?

「ちょー賢いなー!そうだよなー、隣の席の子可愛かったら大変だ。部活のマネージャーがべっぴんさんだったら大変だ。なんなら、隣のクラスのかわいこちゃんに好かれたら大変だ」

単純で良かった…。だが、調子に乗りすぎている。

「サンキュー!急がば回れだな」

康介は無事に危機回避できた。


ホッと胸をなでおろし、靴箱に上靴を取りに行こうとしたら美咲がいた。

「あれ、美咲もまだ上靴取ってなかったの?」

「あ、う、うん」

なんか様子がおかしい。

声がうわずっている。

「康介、あのね…優子が話があるらしくて、保健室前の廊下に行ってあげてくれない…?」

それって、そういうことか…。

「なんの、用事…?」

「本人に聞いて…」

なんか、胸がモヤモヤする。

「美咲はこういうの、嫌じゃないんだな…」

康介がそう言うと、美咲は俯いたが返事をしなかった。

二人の間に流れる気まずい空気から抜け出すように俺は指定の場所に行くことにした。


おかしい。

さっき見たのがこれから起こる未来なら、俺は違う行動をとったはずだ。

なのに、美咲が本当は俺がするはずだった行動したことで、最終的には似たような結果に繋がった。

心がモヤモヤする。

美咲が俺にああいう声のかけ方するの、なんか嫌だった。

美咲も、俺にああいうことされてたら嫌だったのかな。

お母さんが言ってたな、されて嫌なことは人にしちゃいけませんって。

深く反省だ。


こうして、初めて起きながらの予知夢を経験した康介であったが、その不思議さよりも、美咲へのモヤモヤした感情が心を占めていた。



ー承


時が過ぎるのはとても早い。

振り返るとあんなことがあった、こんなこともあったと懐かしむことがあるが、気に留めなければ時間なんてあっという間に過ぎていく。

大袈裟かもしれないが、まるで早送りをしているかのように感じることもある。



・15-year-old


今夜は花火大会。

涼太は中学でほんとに可愛い子が隣の席だった。一目惚れで2年かけて麻美と付き合うことになり、お調子者は変わらず健在だ。


俺はというと、卒業式の後日、地区子供会の卒業バスツアーで美咲と無事仲直り。

美咲が謝りに来てくれた時、複雑な気持ちだった。

だって、あの時美咲がとった行動は本来俺がするかもしれなかった行動だったから。本当は俺が美咲に謝らないといけないはずだったから。

とはいえ、あの一件以来、特に予知夢を見ることもなく平凡な中学生活を過ごしていた。


「「「おお~!」」」

男たちが声をあげるには理由がある。

そう、思春期男子的には、女子の浴衣姿は胸をドキドキさせる魅惑の力がある。

変わらず仲の良い涼太と、同じ部活で仲良くなった頭脳明晰な秋人。

そして、幼馴染の美咲、涼太の彼女の麻美、明るく活発な伊織。

2年生の時に同じクラスになって以来、この6人で遊ぶようになった。

そして、今日は中学最後の花火大会だ。

部活を引退して受験勉強時期になり、3年ではクラスもバラバラになったので羽を伸ばして遊べるチャンスは今日を逃してはしばらくない。


今日は思いっきり遊ぶぞと意気込んで夜店についた。

その時、目の前が真っ白になり、映像が浮かんだ。


ーRoot A

楽しそうに夜店を回る俺たち。

面白そうな店を見つけてはふらっと立ち寄り、時には早足になったり。

みんな笑ってる。

美咲も嬉しそうに笑ってる。

夜店を一回りし終えて、花火が見やすいあの河原へ向かっていった。


「康介!」

美咲に声をかけられて、我に帰る。

久しぶりの予知夢か?

これから起こる楽しそうな様子が見えた。特になんら変えたいと思う場面もなかったし、これから楽しめってことか?


予知夢と同じ時間を過ぎ、花火を見るために河原にビニールシートを敷いてその時を待つことになった。

「あ、飲み物なくなった…」

ジッとしてるだけでも暑くて、花火を待つ間に持っていたジュースがなくなってしまった。

あと、1時間近く飲み物がないのは危険だ。

「俺、ちょっと買いに行ってくる」

そう言って立つと、秋人も飲み物の残りを見て立ち上がった。

「俺も一応買ってこよ。他、なんかいる人ー?」

美咲もゆっくり立ち上がった。

「私もちょっとコンビニに行きたいかな」

今日、自転車なのは俺だけだ。

まぁ、徒歩でも片道10分くらいの距離にコンビニがあるし、秋人と2人乗りの方が早いとは思うけど3人で歩いていくのも良いか。

「康介、斎藤と2人乗りしてサクッと行ってこいよ。俺、別に水かお茶だったらどっちでもいいから」

秋人は頭の回転が早いだけじゃなく、視野も広い。所謂空気の読めるやつだ。効率のよい方法の提案も早い。

「わかった、あとなんか適当にお菓子買ってくるよ」

自転車を押して河原から道路まで移動して、みんなから見えないところで美咲を後ろに乗せた。

「浴衣引っかかんないように気をつけて。あと、落ちないようにしっかりつかまっとけよ」

そういうと、美咲は横向きに座り、左手を俺のお腹に回した。

今までも2人乗りなんて何回もしたことはある。

なのに、今日はなんでこんなにドキドキするんだろう。

浴衣のせいだったり、花火のせいだったり、夜店の雰囲気のせいだったりするのかな。

なんとなくお互い、話のとっかかりが見つからないまま5分ほどで目的地に到着した。

俺は買い物かごに飲み物と適当なお菓子を入れてレジを済ませた。

さすがに花火の打ち上げ目前のため、コンビニの客足も一旦落ち着いたようだ。

キョロキョロと見回すが美咲が店内にいない。

店から出ると、ベンチに座って下駄を脱いでいる美咲がいた。

「どうしたんだ?…あれ?」

手元に買ったばかりの絆創膏。

脱いだ下駄。

…ということは。

「足、見せてみろよ」

「…慣れないもの履くと、こういうこともあるんだね。経験、経験」

親指と人差し指の間が赤くなって切れている。

なんでこう、すぐに我慢するのかこいつは…。

自分で絆創膏を貼ろうと体を曲げたり、足をあげようとするその無防備さにも腹がたつ。

慣れない浴衣だからうまく動けないのは分かるが、もっと頼ってくれればいいのに。

他の男に見えたらどうするんだ。

「貸して」

美咲から絆創膏を取り、下駄の紐が当たりそうなところにしっかりテーピングを当てた。

「ありがとう」

純粋にそう言われると、恥ずかしい。

だが、その照れ隠しの態度が美咲を逆に不安にさせたようだ。

「なに怒ってるの?」

「怒ってない。ただ、こんなになる前に早く言えよ」

そう言って、自転車に乗ろうとすると違和感が…。

イタズラか…パンクさせられてる。

よりによって、タイミングが悪すぎる。

「そこの河原で見よっか。向こうまで歩くのはキツイだろ?」

「大丈夫!歩けるよ!」

美咲は下駄を履き直し歩き始めた。

そこで気づく。

歩くスピードがすごくゆっくりなことに。

下駄や浴衣で動くことがどれだけしんどかったんだろう。

俺たちは浴衣姿にテンションが上がったり、祭りや花火を楽しむことばっかりに気を取られてて気づかなかった。

さっきの予知夢のことを思い出す。

そっか…。あの時、ちゃんと相手に合わせてゆっくり回れば今こんなことにならなかったんだ。それを教えてくれてたのか…。

「美咲、ちょっと花火ちっちゃく見えるかもしれないけどさ、そこで見ようぜ」

「え?大丈夫だよ?みんな心配してるだろうし…」

康介は大きめのブロックを見つけて、そこに美咲を呼んだ。

「大丈夫だって、秋人にメールしとくから」

少しホッとしたような様子で美咲は腰を下ろした。

「ありがと、ほんとはちょっとキツかったから助かったよ」

「や、俺の方こそ、あちこち動き回ってごめんな…」

あの予知夢の意味に気付けてたらこんな想いさせずに済んだかもしれないって思うと、途端に情けなくなった。

空に光が打ち上がり、時間差で大きな音が響く。

「綺麗だね」

そう言って空を見上げる美咲を見て、花火よりも美咲に目を奪われた。

なんで今まで、こいつの側で普通でいられたんだろうか。

「夏が終わるな」

「秋が始まるんだよ」

「一緒じゃん」

「終わるって言葉よりも、始まるのほうが良いことありそうじゃん」

初めて美咲を女の子と意識した瞬間だった。

だけど、始まるためには終わらせなくちゃいけないんだよ。

手を伸ばせば触れられる距離、でもその距離を縮めることができない関係。

触れることができなくても、この近さにいることができる関係。

俺にはまだ、終わらせることも始めることもできないんだ。


気持ちに変化が起きた、夏。

勇気が出なかった、夏。

『好き』という感情を知った、夏。


一生このまま時が止まればいいのにって思った瞬間も、時間は平等であっという間に過ぎていく。



・16-year-old


俺たちは高校生になり、学校もバラバラになった。

中学の時みたいに当たり前に一緒にいれた時間が、今ではそれぞれにバイトを始めたり、勉強したり、部活したりと6人で会う機会は減ってしまった。

美咲もバイトを始めて、近所なのに偶然出会うこともほとんどなくなった。

今までは、みんなで会ってたから自分から努力しなくても会えてたけど、接点がなくなってしまうと会うにも理由がいるようになるんだな…。

携帯電話を充電器に挿して、目を閉じる。

もうすぐ、冬休みだ。

きっと去年みたいに、年越しはみんなで出来る。

その日まで待てば、また会える…。


ーRoot A

宿題をやっていたら、ルーズリーフがなくなってしまった。

時刻は21時、仕方なくコンビニまで買いに行く康介。

美咲の家の前に誰かがいる。

美咲と知らない男だ。

『ごめんね、わざわざ送ってもらって。気をつけて帰ってね』

そう言って男に背を向けて門に手をかけるが、男は引き止める。

『美咲ちゃん、来週のクリスマスの予定空いてない?ライブのチケットあるんだけど、一緒にどう?』

美咲が返事をするのを待たずに男はたたみかけるように続けた。

『返事は前日までにくれればいいから、考えといてよ!じゃあね!』

『あ…』

美咲は、男が走っていくのを見送り家の中に入っていく。

動けないままの俺は、しばらく立ち尽くしていたせいで、家に帰って熱を測ると38度を越えていた。


…ピピピピ!ピピピピピ!

朝を知らせる目覚ましアラームで目が覚める。

心臓がバクバクと強く脈打ってるのは、多分アラームの音のせいじゃない。

今までの予知夢とは違った。

突然今から起きる出来事じゃなく、今見た夢は、今夜起こる出来事だ…。

美咲はどうするんだろう、家に送ってもらう仲ってことは、あいつのこと好きなのか?

今までは、一番仲の良い男友達は俺だって安心感があったから、それに甘えていた。

このままじゃダメなんだ。

今のままじゃ、嫉妬する理由も、美咲の側にいる理由もないままだ。


ーRoot B

とにかく、あの男と美咲が2人きりにならないようにする。

だけど、今日を乗り越えたとして、明日また違う形であいつが来るかもしれない。

小学校の卒業式に、問題回避をしたはずが、違う形で未来が修正されたことがあった。

昔、SFもののアニメでタイムトラベルについて言っていたセリフがある。

『行き方は違っても、たどり着く場所は一緒だ』

つまり、やり方を変えるだけじゃ未来は変わらない。

ゴールを変えてしまわないと、意味がない。

ゴールの設定は…今日、美咲に告白をする。

美咲が今日バイトなのは分かっている。

まずは、会う約束をつけなきゃ始まらない。

とりあえず、メールだ。

「おはよー。今日の放課後空いてる?」

通学の電車の中で送信した。

ソワソワしながら過ごす時間。

今日だけはヘタレじゃいられない。

昼休みに返事が返ってきた。

「ごめん、20:00までバイトだよー」

よし、今のところは夢の内容からズレてないようだ。

「そっかー。ちょっと、用事があるんだけど、バイト終わるの待ってていい?迎えにいくから一緒に帰ろーぜ」

「寒いし風邪ひくよ!バイト終わってからでも時間大丈夫なら、家に行くよ」

「大丈夫、カフェかどっかで時間潰してるから」

「うーん、分かった。ちゃんと暖かいカッコしといてよ?」

とりあえず、あいつらが2人きりになるところはこれで回避だ。


コーヒーを飲みながら宿題を進める。

昔はみんなでよくテスト勉強してたな。

当たり前に側にいれた時間が懐かしい。

携帯を開き、時間を見ると19:30。

もうすぐだ、勝負の時がくる。

美咲が誰かのものになってしまうかもしれない、その現実は俺を焦らせる。

今のままの関係じゃ、もう満足できない。


けれど、未来が起きた変化を修正しようと動くならこれから何が起こるんだろう。

小学校の卒業は、俺がとらなかった行動を美咲が行動することで未来は修正されてしまった。

花火大会の時は、俺が予知夢の意味に気付かなかったことで予定通りの未来に進んだ。

今回は、俺が予定外の行動をすることで、違う何かが修正をかけてくるはずだ。


中途半端に見える未来は、不安しかない。

あの誘いに対して、美咲はなんて返事をしたんだろうか。

肝心の結果は分からないから、未来を変えようとするのが正しいかどうかも分からない。

もし、美咲がアイツのこと好きだったら…俺の今からする行動は結局無意味なんじゃないのかとすら思ってしまう。


けれど、あの時。

ずっと友達と思ってたのに、あの花火大会で気づいてしまったんだ。

俺は、美咲が好きなんだって。

諦めたくない。


時刻は19:50。

じっとしていてもソワソワして落ち着かない。

荷物をリュックに戻して、店を出た。

来週はクリスマスだ。

街はクリスマス一色で、あちこちにイルミネーションが彩られていたり、歩く人たちの雰囲気もいつになくクリスマスに向けて浮き足立ってるように感じる。

店の近くの公園のベンチに腰をかける。

吐く息が白い。

夏空とは違って、重く見える空。

いざ時間が近づいてくると、もうちょっと遅く秒針よ動けなんて思ってしまう。

緊張で痛いのは心臓なのか、頭なのか。

時計は20:00を示しているが、連絡はない。

20:00までって言ってたから、店出るのもうちょっとかかるかな。

今までは、幼馴染っていう関係性はチート級の必殺技だと思っていた。

美咲はモテる、可愛い。

ゲームでいうと、貴族のお姫様みたいな人と、村人Aレベルの俺が仲良くいられるなんて、幼馴染という肩書きはいわゆる最強だ。

でも、成長するにつれて、幼馴染という肩書きだけじゃずっと側にいられない。


20:20、頭の中でごちゃごちゃ考えていると、ようやく携帯に電話がかかってくる。

「ごめん!今からお店でる!どこにいる?」

「三角公園のベンチにいるよー」

「寒いからお店にいるんじゃなかったの!?」

「あー、ちょっと外の空気吸いたくなっ…」

「言い訳はそっち言ってから聞くから!」

プツッと電話は切れた。

着いた時に怒られる気配がしてたまらない。

それから少し時間を置いて、白い息を空に散らしながら美咲が現れた。

美咲は康介の顔を見るなり、ほっぺをつねった。

「いひゃい!」

「ほら!やっぱり冷えてる!」

「カフェにさっきまでいたよ!外、綺麗だったから散歩ついでに早めに出ただけだってば!」

ふぅっとため息をついた美咲は、ポケットからカイロを取り出して康介の顔にぐいぐいっと押しつけた。

「大丈夫だって、美咲が風邪ひくだろ」

当てられたカイロで顔が温もり、鼻水が出てきた。

「ほらー、素直に持っときなよ。私もこっちのポケットにカイロあるから」

と言って、反対のポケットからカイロを取り出そうとした時に、一緒に地面に紙切れが落ちた。

「なんか落ちたぞ」

拾ってみると、それはライブチケットだった。

「あ、それは…」

あいつと2人きりの時間を作らなきゃ今日は大丈夫だと思ったのに。

しかも、夢で見た時はライブ誘っただけでチケットは渡してなかったじゃん…。

チケットを持ってるってことは、美咲、行くって返事したのか…。

一気に頭痛が強くなる。

「康介?ちょ、康介!!!」

あれ、寒いはずなのに熱くて、ぼーっとする。

もう遅いかもしれないけど、言わなきゃ。

…言わなきゃ…。

「美咲、俺、伝えたいこと…が………」

そこで意識が途切れた。


朦朧とする意識の中で、後悔が寄せ続ける波のように押し寄せる。

俺が行動したことで、あいつとくっつく未来が早まったのか…?

結局、どう足掻いても変えられないのか?

悔しいよ…。


結局、高熱で動けなかった原因はインフルエンザだったようだ。

しかも、寒空だけが原因だったわけじゃなく、俺が休んだ翌日にクラスがインフルエンザで学級閉鎖になった。

美咲があの時、俺の両親に電話してくれて車で連れて帰られたらしい。

明日はクリスマスだ。しかも、日曜日。

恋人にとっては、良いお膳立てされた日じゃないか。

熱も無事に下がったみたいだ。

まだ、若干体は怠い。

布団をかぶり直して目を瞑る。

自分なりに頑張ったつもりだったのになぁ…。

これからどうなるか、夢見れないかなぁ…。

うとうとと夢の中に潜っていく。

むしろ、この出来事が夢だったらいいのに。


なんか、手が温かい気がする。

誰か、俺の手を握ってる…?


パチっと目を開けると、見慣れた俺の部屋で座椅子に座って雑誌を読んでいる美咲の姿が。

「…あれ?これも夢?」

声が聞こえて、美咲は雑誌を机に置いた。

「大丈夫、寝ぼけてない、寝ぼけてない。おばちゃんに上げてもらったの。もう、熱下がったからお医者さんにも会っても大丈夫って聞いたから」

「びっくりした…」

「びっくりしたのはこっちだよ。やっぱり、家で待たせれば良かった…ごめんね」

「いや、学級閉鎖が起きてるくらいだから、関係ないよ。こっちこそ迷惑かけてごめん」

家で待ってたところで、どうせインフルエンザになる未来も変わらなかっただろう。

美咲のクリスマスの予定を変えられなかったように…。

「用事ってなんだったの?」

………………今、その話題!?!?

いや、冷静に考えればそうなるよなぁ。

「いや、その、もういいんだ…」

「中途半端で気になるじゃん!」

病み上がりの人間にはなかなかハードな話題だぞ。

「美咲こそ、明日、男とライブ行くんだろ…?」

尻すぼみにそう言葉を発した。

もう、美咲の口から事実を聞く方がマシだ。

変えられない未来の夢に振り回されるのはこりごりだ。

「あー、あのライブチケットのこと?行かないよ?」

「…へ?」

力が抜けて思わずベッドから転げ落ちる。

「ちょ、何してるの!」

「どうなってんの?」

食い気味にそう聞けば、あの日の詳細を教えてくれた。

急いで俺のいる公園に向かおうとしていたら、シフトの変更で相談があると声をかけられて時間がかかったのだ。

その時に、クリスマスにライブに行こうと誘われたが、断ろうとしたら、返事は後日でいいとチケットをポケットに入れられたと。

で、ポケットからカイロを出そうとした時に、チケットも一緒に落ちた。

「そう…だったのか…良かった……」

一気に力が抜けた。

「で、康介の用事は?」

安心で抜けた力をもう一度呼び起こす。

前に進まなきゃ、元の木阿弥だ。

「美咲、明日のクリスマス、俺と2人で出かけてくれないか?」

「…なんで?」

奮い起こせよ、勇気。

もう、あんな絶望を感じたくないんだ。

「俺、美咲のことが好きなんだ。俺の彼女になって欲しい」

言った、言えた。

ドクン、ドクンを脈打つ心臓の音が大きい。

「明日、出かけるのはダメ」

返ってきた言葉に絶望する。

「あ…そう……か………」

やばい、泣きそうだ…。

「病み上がりで出かけるのはダメ。家で一緒にDVD見て、ケーキ食べよう?恋人と過ごすクリスマスだからって、体調が落ち着いてないのに外に行くのはダメだよ」

「それって…どういう意味?俺、バカだから遠回しだと分かんないよ」

美咲は恥ずかしそうに、顔を上げた。

「私も康介のことが好きだから、私を彼女にしてって言ってるの」

人生で初めてだった。

嬉しくて涙が出たのは。

「ちょ、泣かないでよー!」

「お前が一瞬振ったような言い回しするからだろー…」

足掻いてみて良かった。

未来が変わることを拒んで修正しようとしたって、本当に変えたい未来なら、俺は何度だって足掻いてやる。


翌日、美咲はお菓子やジュースを持ち込んで来てくれた。

だが、今まで、幼馴染という関係だったから、何も考えずに普通に話せていたのに恋人という肩書きになった途端うまく話せない。

つまらないって思われて、振られたらどうしようと思って、話を振るがどれも長く持つような話題でもない。

「ごめん、なんか、恋人になれて嬉しいのに、何話していいか分からないや…」

美咲はキョトンとして、こう返した。

「なんで謝るの?これからたくさん一緒にいるんだから、別に急いで色々話さなくてもいいじゃん」

その言葉が嬉しくて、胸がキュンとした。

「やば、今のキュンとした。…俺、やっぱお前好きだわ」

「…ばーか」

そういう美咲の耳も赤くなってた。

俺たち、これからなんだ。

焦らなくてもいいんだって、ようやく2人の関係に安心を感じることができた。



-転


美咲と過ごす時間の中で、喧嘩したり仲直りしたりしながら2人の関係は深まっていった。

学生の時に感じた時間の速さと、社会人になってからの時間の速さはまた感じ方が違う。

そして、俺は、2人の関係を新しいものに変化させようと意気込んでいた。



・25-year-old


大学を無事卒業し、社会人3年目。

少しずつ貯めていた貯金もある程度大きくなっていた。

これなら関係をもう一歩前に進める…つまり、結婚出来る。

今日は、注文していた婚約指輪を店に取りに行く日だ。

この3年は、学生時代と違ってお互いに仕事をこなすのにいっぱいいっぱいになっていた。

だけど、ようやく仕事にも慣れて、生活に余裕が出てきた。

まぁ、ここ数ヶ月は指輪のために残業増やしたり無茶もしたが…。

それも全て、美咲と俺の未来の為だ。

昨日も残業で遅かったせいで、眠気がやってくる。

時計を見ると、あと5分で休憩の時間だ。

パソコンのデータを保存して、資料を一旦片付ける。

休憩時間を迎えて、同僚と食事を済ませる。

「今日だろ?指輪取りに行くの」

「うん。渡すのは来月の彼女の誕生日だけどな」

「俺、結婚式呼んでくれるよな?」

「気が早いよ、呼ぶけど」

自分がこんな話をするようになるなんて思っても見なかった…というのは嘘になるが、もっともっと先の話だと思っていた。

10代の頃は、20歳になると大人になれると思ってたけど、実際には何も変わらない。

じゃあ、社会人になったら大人なのかと思ってみたものの、あんまり変わってない気がする。

だけど、こうやって誰かと家族になるということは、ようやく一人前の大人と認めてもらえるのではないかと思う。

「だけど、お前、顔色やばいぞ?ちょっと無理しすぎじゃねぇか?」

トイレの鏡で自分の顔を見る。

睡眠不足のせいか、血色が悪い。

「詰め込みすぎたなぁ…」

「まだ休憩時間あるし、ちょっと寝とけよ」

「うん、そーする」

泊まり用の簡易ベッドに横になり目を瞑る。

「ちょっと無理しすぎたなぁ…」

疲労が溜まっていたこともあり、すぐに意識を手放した。


-Root A

『ありがとうございました』

店員から指輪の入った大切な袋を渡され、店の外へ。

康介は急ぎ足で駅へと向かう。

あとは、交差点を渡れば駅というところだ。

信号が青に変わり、向かいの道路へ渡りきる。

突然、携帯に着信がかかる。

ディスプレイに表示されているのは、美咲だ。

『もしもーし』

『康介!後ろ見て!!』

言われるがままに後ろを見ると、美咲が手を振っている。

『おー!』

つられて康介も携帯を持った手を挙げた。

『ちょっと待っててね!そっち行くから』

『お、おう!』

電話を切って、慌ててリュックの中に指輪を詰め込む。

リュックの中に視線を向けてたから、交差点の向こう側で何が起きたかなんて見えていなかった。

大きな車のクラクションとともに、顔を上げると、歩行者が数人いた場所を車が乗り上げてビルの壁にぶつかっている。

『キャー!』

『救急車呼びます!』

『警察も!』

近くにいた人たちが慌てて連絡を取り始める。

『美咲…?』

何が起きたか理解できず、足が動かない。

『…え…………?』

だが、車の近くに、美咲のカバンが見えた。

巻き込まれた…事故に…。

『美咲!!!!』

走って道路を渡り、車に近づいた時…。


「…おい、おい!小林くん!」

ハッと目が覚めると、課長が俺を揺さぶっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……!うぅ…」

すごい汗だ。心臓はマラソン並みに脈を打っている。

「大丈夫か?時間になっても珍しく戻ってこないから様子を見に来たんだが、君がうなされているわ、すごい汗だわで起こしたんだが…最近ちょっと無理しすぎだ。今日はもう帰りなさい。ほら、水でも飲みなさい」

渡された水を一気に飲み干した。

「申し訳ございません…」

課長は背中をトンッと叩き、部屋を出た。

指輪を取りに行ってた日の出来事、ということは…今夜、美咲は事故に巻き込まれる。

全身の血の気が引いていくのを感じた。

今までの予知夢とは事の大きさが違う。

俺は、この未来を死ぬ気で変えなきゃいけない…!

携帯電話で時間を確認すると、時間は15:00を示していた。

ショップに指輪を取りに行く予定は19:00。

何とかして、美咲をあの事故から救わないといけない。


-Root B

会社を出て、とりあえず美咲の携帯に電話をしてみる。

しかし、この時間は美咲も仕事中だ。

「やっぱ、でないよなー…」

そもそも、美咲はなんであの時間、あの場所にいたんだろうか?

周りに友達がいる様子もなかった。

買い物か?なんにせよ、なんとか連絡をとらないと。

だけど、あの場所に行かないようにすることで事故は避けられるのか?

今までも、何度かあった予知夢は、行動を変えても似たような結果に繋がっていた。

『行き方は違っても、たどり着く場所は一緒だ』

どうやったら、目的地が変わるんだ。

むやみに動いても、未来は変わらない。

それは何度か経験して分かっていた。

攻略方法を考えないといけない。

①事故現場に近づかせないようにする(別の場所で似たような事故を起こす可能性がある)

②事故現場で電話がかかってきた時間より早めに待ち伏せをして、交差点を渡る前に合流し、事故が起こる時間に車が当たらないように逃げる(逃げきれず巻き込まれる可能性がある)

③職場で待ち伏せして、家まで一緒に帰る(違う形で似たような事故を起こす可能性がある)

思いつく限りの行動と、歴史が修正されるパターンは3つ。

とにかく、まずは何とか会わないと…。

職場までとりあえず行ってみるか。

電話は出ないが、メッセージなら目を通せるかもしれない。

電車で移動の間に、メッセージを送る。

「これを見たら、大至急連絡をくれ!」

文章にして説明するには難しすぎる。

とにかく、会えれば何とか守れるはずだ。

美咲の職場に着いた。

退勤予定時刻は、確か遅くても17:30には出てくるはずだ。

今の時間は、16:30。

少し待つか…。

こうしてる間も、落ち着かない。

事故なんて見るの、初めてだった。

そこに自分の大切な人が巻き込まれていた。

怖い…、美咲を失うのが怖い…。

あの夢を、現実にしてたまるか…!

こんなに時間が過ぎるのが早いと思ったことはない。

あっという間に17:30を過ぎたが、美咲は出てこない。

どうしよう…、残業になるなら、それはそれで社内に居てくれる方が安心ではあるんだけど。

携帯にも連絡がないってことは、残業確定か?

でも、それなら、夢であの時間にあそこに居た理由に繋がらない。

なんで、美咲はあの時、あそこに居たんだ…?

モヤモヤした気持ちを抱えたまま立ち往生していると、

「あれ?康介くん?」

と、聞いたことのある声がした。

美咲の仲の良い同僚だ。美咲を迎えに来ていた時に何度か話したことがあった。

「久しぶりだねぇ、最近忙しかったみたいじゃん。美咲、寂しがってたよー」

「美咲はまだ仕事かな?ちょっと、急ぎの用事があるんだけど、携帯連絡つかなくてここまで来たんだ」

俺がそう言うと、彼女はキョトンと首をかしげた。

「え?美咲、今日は有給とって休んでるよ?」

時が止まったように感じる。

「……え?」

どういうことだ?仕事じゃない?じゃあ、何で連絡がとれないんだ?

さっきまでと違った不安が重なって、心臓が痛い。

でも、これで美咲は必ずあの事故現場に現れることが確定してしまった。

「ごめん、ありがとう!俺、行くわ!」

とにかく、事故が起きる場所に行くしかない。

会えないことがこんなに不安になるなんて…。

死なせたくない…!

もう一度メッセージを送ってみる。

「○○交差点に近づくな!車に気をつけろ!迎えに行くから、どこか店の中に入っててくれ!」

連絡がとれないことも不安だ。

でも、あの事故の瞬間、向こうから電話をしてきた。

ということは、少なくともあの時間の少し前には携帯を触ることができる状況になっているはずだ。

これから事故現場になってしまう場所にたどり着いた。

当たり前ではあるんだが、全く落ち着かない。

普段ならそんなに気にならないのに、何で連絡つかないんだよ…。

…なんで、普段はそんなに連絡のこと気になってなかったんだろう?

俺、なんか大事なこと見落としてる…?

こんなに美咲のこと考えるの、いつ振りだろう?

携帯を見返してみると、連絡をとるのもどんどんと間隔が空いてしまっていたんだと気づく。

美咲とずっと一緒にいるために、仕事頑張ってたつもりだったけど、肝心のあいつに寂しい思いをさせてしまってたんじゃないか?

俺、自分が何を思ってるかとか、ちゃんと伝えてなかったんじゃないか?

………会いたい、会いたい…!

何の取り柄もない俺だけど、美咲を守りたい…!

そして、その時間はやって来る。

もうすぐ、美咲から電話がかかってきた時間が近づく。

しかし、美咲は現れない。

どういうことだ?

車のクラクションの音が聞こえた。

事故を起こすはずだった車は、信号が変わってもなかなかスタートせず、後ろの車にクラクションを鳴らされ、発進し通り過ぎていった。

「…え?どういうこと?」

事故は回避できたってことか?

状況整理ができないが、予定の事故は回避されたようだ。

その時、携帯電話が鳴った。

もちろん着信相手は美咲だ。

「もしもし、康介?ごめんね、遅くなって。あのメッセージどういう意味?」

「美咲、今、どこにいる!?」

「メッセージ見たの今なんだよね。○○交差点の前のコンビニの前だよ」

なんでだ。なんで、美咲が現れるはずの場所に俺がいて、俺がいるはずのところに美咲がいるんだ。

「美咲!俺、信号の向かい側にいる!すぐにそっち行くから、コンビニの中で待ってて!」

美咲は向かい側で首を傾げている。

「もう少しで信号変わるよ?あ、ほら、変わった!」

「いいから!とりあえず早く道路から離れて!」

「う、うん…分かった」

電話を切って横断歩道を走って渡っている時、気づいてしまった。今まさにコンビニの駐車場に入ろうとしている車が、事故を起こす予定だった車だ。

何で、その車線にいるんだよ!

嫌な予感がする!

人が通り過ぎたタイミングで車は駐車場に入ろうとアクセルを踏んだようだが、明らかに強く踏みすぎだろうというエンジン音がした時にはもう遅かった。

さっきまであんなに急ぎ足で流れていた時間が、なんでこんなにもゆっくりになるんだ。

間に合わない。

その現実と、慌てて急ブレーキをかけるが間に合わず美咲にぶつかった瞬間が見えた。

ドンっ!!

その音で、時間の速さが元に戻る。

「あああ!!!美咲ー!!!」

ようやく横断歩道を渡りきり、倒れた美咲に近づく。

体の震えが止まらない。

防げなかった、守れなかった。

慌てて周りにいた人が、救急車を呼ぶ。

「美咲、ごめん!」

涙が止まらない。

美咲は倒れたまま、動かない。

救急車に乗せられ、俺はロクに返事もできないまま一緒に病院へ行った。

「死なないでくれ…嫌だ…お前がいないと、俺…」

ぎゅっと手を握りしめる。

すると、弱々しく握り返される力を感じた。

「美咲…?」

顔をしかめて、ゆっくり目を開ける。

「いっ………たぁ…………。びっくり、した……」

「美咲!」

救急隊員は、

「19:47 意識戻りました」

と告げ、メモを残している。

「良かった………!」

俺は、ただただ美咲の手を握って泣いた。

病院に着いて色々と検査を受けた結果、脳挫傷と全身打撲という診断だった。

「不幸中の幸いと言いますか、当たりどころが良かったので、軽度の打撲と転倒時に打った頭の脳震盪ですが、命に別状はないでしょう。ただ、頭は時間が経ってから症状が出る可能性もありますし、念のために1日検査入院しましょうか」

先生の命に別状はないという言葉で、ようやく安心できた。

助かったんだ…。

「ねぇ、なんで事故が起きるって分かったの?」

ベッドに横になりながら、不思議そうに尋ねられた。

「退院したら話すよ。だから、まずはしっかり体を治してくれ。俺、美咲がいない人生なんて考えらんないよ…」

美咲は照れ臭そうに、布団を顔までかぶって、

「はーい」

と笑った。


その後、美咲は特に問題もなく退院した。

打ったところは痛いらしいが、日常生活に問題はないとのことだ。

念のため、大事をとって今週は仕事を休めることになったらしい。

今日は久しぶりに二人でのんびりと家デートだ。

仕事を休ませてもらってる立場の人間を外に連れ出すわけにはいかない。

「ねぇ。なんであの日、車に気をつけろって言ったの?事故が起きることが分かってたみたい」

「上目遣いはやめてー。ドキドキするからー」

気になるだろうなとは思っていたが、どう説明したらいいやら。

少しふざけると、頬をなかなかの力で引っ張られた。

「ふざけないで」

頬をさすりながら、ふぅっと息を吐いた。

「夢で見たんだ。俺がこれを取りに行った帰りに、美咲が事故にあう夢を」

机の上に、後日取りに行った指輪の袋を置いた。

「夢…?」

「信じられないだろ?でも、もし的外れだったとしても、その夢を正夢にするわけにはいかなかったから、色々頑張ってみたんだけど…ダメだった」

美咲は、そっと俺に寄り添った。

「信じるよ。あんな必死な顔した康介、初めて見たもん」

「生きててくれて良かった、本当に…」

生きてるその存在を確かめるように、ゆっくりと強く抱きしめた。

そして、指輪を取り出す。

「俺、美咲のこと一生大切にする。俺と結婚してください」

受け取った指輪を大切そうに眺めて、

「こちらこそ、よろしくお願いします」

と涙を流した。

この時間がとても嬉しい。

一緒にいれることが当たり前じゃないことを、身をもって学んだ。

「あ、そう言えば。なぁ、なんであの日連絡取れなかったの?」

美咲は少し苦笑いをしていた。

「実は…」


連絡が取れなかった理由の一つは、俺にあったんだと知った。

仕事が忙しくて会えない、連絡も減った、ということに不安と苛立ちが重なっていたところに偶然麻美から連絡がきて、伊織と3人でランチに行く予定になったと。

女子会でお互いの近況だけじゃなく、彼氏の愚痴トークにも花が咲き、携帯なんて見る暇もなかったと。

女子会が終わり、帰ってる最中に職場の友達から電話があって、俺が探していることを伝えられる、メッセージを見て、何かいつもと違うと思って電話をしたと。

「まぁ、でも、会えなかった理由がこれの為だったって知ったら、逆につまんやいことでイライラしちゃって…ごめんね?」

「いや、俺こそごめん。連絡取れなかった時間に、色々考えてたんだ。結婚を考えてたくせに段取りばっかこだわって、肝心の美咲のことをほったらかしにしてしまってたなって。これからは、ちゃんと思ってることとか伝えるし、できるだけ不安にさせないように努力するよ」

「私、幸せだなぁ…」

あの夢と似たような結果にはなったけど、美咲が生きてる。

元気でいてくれている。

俺の行動が正解だったかなんて分からないけど、その結果が今なら、これがベストだったんだ。

「俺も、幸せだなぁ」

心からでた言葉だった。



ー結


・after that


俺と美咲は、周りに祝福されて幸せな結婚式を迎えた。

仕事も色々苦労は絶えないが、なんとか乗り越えて精進している。

結婚して2年後には、子宝にも恵まれた。

平凡という言葉は、最高の幸せという意味なのかもしれない。

平凡な俺に突然起こった不思議な夢。

少し先を知ることが良いことばかりではないだろうが、これからおこる出来事に対して選択肢を探し、一生懸命考えて選ぶ。

それは、とても大切なことだと学んだ出来事だった。

つまり、精一杯考えて、一生懸命行動する。それが人生の醍醐味だ。

そして、それを学んだ俺はもう予知夢を見ることは無くなった。



そして、さらに時は流れる。


子供達も成人し、結婚し、孫ができた。

大きな病気にかかることもなく、俺は85歳を迎えた。

俺はある病院から、新しい機械の治験対象者に選ばれた。

「今、比較的穏やかな老衰を迎えることが予測される方を対象に脳の記憶力を映像化する機械の治験をお願いさていただいております。我々はドラマティック・ブレイン、略してDB機と呼んでいます。死の間際に見るという脳の記憶、つまり走馬灯を映像化する機械の治験を行なっています。今後、複雑な刑事事件で、脳が記憶していることを映像化することで、事件の早期解決ができるようにという目的ではありますが、まずは正常な脳が最後に見せるその人の人生が、事実と違わず映像化できるかのデータをとっています。多くの方にご協力をお願いしているのですが、小林さんにもお願いできないでしょうか?もちろん拒否権もあります。そして、その映像が事実と違わないかを確認するために、あなたをよく知る方に映像化したデータを見ていただきたいのです。もちろん、脳の記憶をそのまま映像化するので、見られたくないものまで映像となってしまう可能性があります」

妻の美咲と話を聞き、老い先短いこの命で将来誰かの役に立つのならと、この治験を承諾することにした。



そして、今俺は病院のベッドで横になっている。


心電図が脈を打つ音を定期的に小さく鳴らしており、少しずつゆっくりになっていっているのが分かる。

ここまできてようやく気づいた。

俺は今まで予知夢を見ていたと思っていたが、違う。

一度経験してることだったから、知っていたんだ。

俺は、最期の走馬灯を見ていたんだな。

長く感じた人生は、過去の記憶をもう一度見ていたのか。

予知夢で見た未来を変えようとしても、結果は大きく変わらないわけだ。

だって、俺はその結果しか知らないんだ。

でも、不思議な体験だったな。


あぁ、走馬灯が今に追いついたんだ。


色々あったけど、幸せな人生だったなぁ。

手が暖かい。

なんでだろう。

もうすぐ、終わりの時間がやってくるんだな。

最期に、言葉出ないかなぁ。

人生のほとんどをずっと一緒に居てくれた美咲に、ありがとうを伝えたいなぁ。


「…言えなくても、全部知ってるよな。

…幸せ、だった……なぁ……ありがとう……」



エピローグ


心電図が脈を打つ音が少しずつゆっくりになる中、私は康介の走馬灯を見ていた。

私の思い出にはいつだって康介がいたように、康介の思い出にも私がいた。

康介の走馬灯は、入院して数日後の意識が無くなったところで終わった。

ところどころ、現実に起こったことと違うことが起きていた。

けど、その時に康介がとった行動は、全部私のことを想ってのものだったんだなと分かる。

脳の記憶を映像化するということに対して正直複雑な気持ちもあったけれど、実際見てみると印象が変わった。

康介と昔話を交わしたみたいな気持ちだ。

私は握りしめたお互いにしわくちゃになった手が、ふと昔の若かった頃の手に見えた。

きっと、走馬灯を通して昔話を交わしたせいだろう。

心臓の音はもうすぐ途切れる。

「康介、私も幸せだったよ。ありがとう」


ーfin.


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― 新着の感想 ―
[良い点] 落ち着いていて読みやすい文体、素敵でした(^^) [気になる点] 走馬灯の話、正直よく分かりませんでした..... 自分で考えろ!と言われたらそれまでなのですが、良ければ教えてください!…
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