休暇 02
休暇01に続き、読んでいただけます事、大変うれしく思います。
どうぞよろしくお願いします。
4日目、石北線で、網走へ向かう。少し行くと、線路のすぐ近くに水芭蕉が咲いている。湿地帯が多いようで水面がキラキラと光っている。荒れてやせた土地には水芭蕉が咲くと言う、北海道を開墾した人たちは、大変だっただろうと思いをはせた。遠軽で、スイッチバックした特急青空は、ジャガイモ畑やピート畑を通り過ぎながら、網走に到着。「網走番外地」と言うフレーズだけで、きびしい北の果てと想像してきたが、寂しいと言うより、殺風景な駅と言った印象。
今日も、レンタカーを借り、サロマ湖へ向かう。サロマ湖へ行く途中で、能取岬へ寄った。大きな灯台が、存在感のある姿で立っている。穂をつけた名も知らぬ雑草が岬一面生い茂り、心地よい風に吹かれ揺れる様は、サロマ湖に行かずともの誘惑をおこさせる。エゾスカシユリ、エゾキスゲ、ハマナスなど、道東の短い夏を彩る花々が、静かに咲いている。そう、昨日、原生花園をはしごしたおかげで、花々の名前を覚えたのだ。東のほうへ目をやると、知床半島がかすかに見えた。
駅を出るとき買っておいた弁当をどこかで食べようと思っていたのだが、うまい具合に木製のベンチが点在している。海が見えるベンチに腰掛けて弁当を頬張り、至福の時を過ごす。目をやると、オホーツクの海には、オジロワシが飛んでいた。
今日は、サロマ湖にあるホテルに宿泊。ここは、夕日がうつくしいと評判のところ。早めにチェックインして、温泉につかり、夕食を遅めにしてもらって、部屋でゆっくりと夕景を楽しんだ。窓からはサロマ湖が一望できた。そのサロマ湖が刻一刻と、オレンジ色に染まっていく。
「天気が良くって、良かったなあ。」
思わず、ついて出た声に、この景色を一人で見ていることが、もったいないと思ってしまった。一瞬、濃いオレンジ色になって、太陽は静かに沈んでいった。
5日目、今日は、摩周湖、屈斜路湖と回って、美幌峠を通り、網走に戻り、天都山を観光してレンタカーをかえす予定だ。摩周湖は、霧の摩周湖で有名だが、摩周湖第3展望台からの眺めは、快晴でくっきりと湖全体が見渡せた。湖面の小さなさざ波でさえ見えるようだ。美幌峠から見る屈斜路湖も、くっきりと新緑の湖岸が見えている。
駐車場から、展望台への道を歩きながら、ソフトクリームを食べる。
「うまい!」
この旅の中で、美味しいと思えば、食べさせてやりたいと思い、きれいな景色を見れば、見せてやりたいと思う。「ばかだな」と思わず苦笑することばかりだ。
「一人旅を満喫するんじゃなかったのかよ。」
6日目、今日は釧網本線にのる。途中、原生花園駅で降りる。北海道の初夏は、どこでも花盛りだ。原生花園駅からは、足湯号と銘打った企画列車だ。釧路までいく途中で、川湯温泉駅と摩周温泉駅で足湯につかれると言うものだ。私を入れて何人かは、列車から降りて、足湯を楽しんだ。
友人同士で、夫婦で、私のように一人でという人もいた。知らぬ同士ではあるが、裸の付き合いではないが、同じ湯につかっているという気安さが会話を弾ませた。一人旅の良さもあると言う話も出たが、夫婦でにこやかに話しているのを見ていると、また、つい、妻のことが浮かんできた。旅に出てから、一度も連絡していない。妻も連絡してこようとしない。連絡して、不機嫌な声がかえってきたら、旅気分が壊れてしまうと敬遠してきたのだが、たかが6日目で里心が着いてしまったなんて、まったく意気地のない話だ。
今日は、釧路で宿泊。昼間の里心を一掃するべく、北海道の美味しい海の幸を食べたいと、ホテルで教えてもらった、居酒屋へ、いく。料理は、気をてらうことなく、地のものの素材を活かして出してくれる。
真カスベの煮付け。
これは、エイのヒレらしい。
べにの焼き物!?
紅鮭のことを、地元の人達は、ベニと言うとのこと。
鰹のポン酢かけ。
箸がすすむ。
当然、酒も進む。
おかみさんも良い。
途中で、新しい客が3人、入ってきた。常連さんのようだ。こちらは一人なので、楽しそうに話す3人組の会話がつい、耳に入ってしまう。そうこうしているうちに中でも、人懐っこそうな男が話しかけてきた。
「旅行ですか?それとも、仕事で?」
「リフレッシュ休暇を取って、気ままな一人旅ですよ」
「うらやましいなあ。休暇ですか」
「いやー、私のほうこそ、うらやましいですよ。こんな美味しい店で、お酒が飲めるんでしょ。」
「それはそうですが、また、すぐに転勤になるかもしれませんからね。」
気さくな転勤族のサラリーマン3人組みとの話しに花が咲く。
赴任先での楽しみを見つけて、単身赴任を謳歌していると話す。
「博多ではね………。」
「大阪では………。」
そして釧路では、道東の観光地を車で回っていると話してくれた。
次々とすばらしい景色を語ってくれるうちに、話は家族のことになり、私より少し若い男が、
「たまに家に帰ってみると、高校生の息子二人との会話をどうしたらいいかわからないんですよね。」
「息子たちの学校のことを思ったから、単身赴任の決断をしたのに、家には僕の居場所がなくなっているんですよ。」
「妻にしても、単身赴任を続けているうちは良いんですけど、定年になって家に戻ったとき、妻とうまくいくのかと心配になりますよ。」
「釧路の冬は、日の入りが早く、休日の午後3時過ぎ、薄暗い部屋にただ一人。寂しくて仕方がない。俺、何のために働いているのかな、なんて」
と1人が言うと、後の二人が、黙って頷いた。一瞬にして、自分が夕景のアパートにいるかの様な、錯覚をおぼえた。
ホテルに戻ると、妻に電話を掛けてみた。以外にも機嫌は悪くない。ほっとしながら、電話を切りかけた時、妻が、
「あと4日ね。楽しんで来てね。」
何気ない言葉だったが、じーんと今の幸せを思った。妻とも息子たちとも、当たり前に会話する。思春期でさえも、会話はあったように思う。妻とは、いっしょに映画を見に行く。そして帰宅すれば、見てきた映画の話で、夜更かしをすることもある。家族が健康で、何気ない日々が、幸せなのだと実感する。
7日目、今日は、花咲線に乗る予定だったが、ホテルを出ると、急に、妻の顔が見たくなった。昨日のサラリーマンの話に感化されたのか。市場で美味しい魚介を宅配便にして貰ったのに、釧路駅に着く頃には、家路への時刻表を見ていた。
南千歳で乗り換えて、苫小牧、洞爺、長万部、振り子型の列車がうなり声をあげて走ってやっと、新函館北斗駅に着いた。ここまでに8時間がたっている。北海道が広いことを思い知らされる。一番早い新幹線の時間を確認して、夕飯用に駅弁を買った。ふーとため息をつきながら、座席に腰を下ろすと、発車のベルがなった。駅弁を買ったところで、妻に連絡を入れてないことを思いだす。
まあ、とりあえず、ラインで知らせることにするか。
「今日、9時過ぎに帰る。お土産の駅弁買ったけど、みんな夕食済ませちゃうかな………。」しばらくすると、言葉はなにも無く、「!」のみの返信が。苦笑いするしかない。
また、しばらくすると、妻からのラインが届いた。
「味噌汁作っとく。待ってるね。」
涙が出そうになって、思わず、車窓に目を凝らした。
「参ったなあ。」
思い出に浸って、ぼんやりしている私を覗き込んで、妻が言った。
「何、一人でにやけているの?」
不思議そうに小首をかしげて笑う妻が、愛しい。
「何でもないよ。」
「さあ、今日はどこへ行きたい?」
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
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涼音色 ~音ノ葉 言ノ葉~ 第12回 休暇 と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
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