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10話:愚かものの果て

 崩壊しつつある地下――

 昇降口へとひた走る、ひとりの女性の姿があった。


「はぁ……はぁ……っ!」


 汗と砂ボコリで髪はぐしゃぐしゃ。

 きらめいていた踊り子衣装も汚れきっている。

 あでやかだった容姿はもう見る影もない。


 背後にいる青年剣士を振りかえることもなく、

 ただ退路だけを見て泥走する。


 逃げることに必死で頭が回っていないのか、

 あるいは仲間の安否なんてどうでもいいと思っているのか、


 踊り子は相方である青年剣士のことなどおかまいなしに、

 一目散にダンジョン外へと逃げ去ろうとしていた。


 しかし彼女はすぐに知る。

 青年剣士の安否について――


「――っ!?」


 突如彼女の目のまえに、

 その相方が落ちてきたのだ。


 それはさながら彼女の行く手を、

 「これ以上いくな」とさえぎっているようだった。


 ――いや“ようだった”ではない。

 完全にそういう意図で、彼は投げられ落下した。


 なぜなら投げたのはオレだから。

 オレは踊り子を足止めするために、青年剣士を“投球”したのだ。


「なによこれっ……!」


 背後からの思わぬ“プレゼント”。

 踊り子は困惑し、おののき、あとずさる。


 目のまえの状況に混乱しつつも、

 青年剣士が飛んできた方向をおそるおそる振りかえった。


「かえしてもらうぞ。オレの大切な“相棒”を」


 オレはただ“敵”だけを見ていた。

 “敵”だけを見て、その歩を進めていた。


 しずかな怒りをこぶしに込めつつ、

 踊り子のもとへと走り寄る。


「ま、まってよ!」


 踊り子は自分に近づくオレの姿を見とめ、

 制止するべく手のひらを前へと突きだした。


「なんのつもりですか?」


 オレは踊り子の行動をいぶかしむ。

 彼女の声色はまるで、オレのご機嫌でもうかがう様子だ。


 心にもなくヘラヘラと、

 彼女の顔には笑顔が貼りついている。


 そして彼女はあせりつつ、

 かの“要求”を提案してきた。


「取り引きをしましょう!」


「取り引き……?」


 オレは一旦歩を止めて、

 その“要求”へと耳をかたむける。


 “セイレーンをこちらへと安全に解放する”――

 それを第一とするならば、なにも危険を犯してまで争うことはない。


 理不尽を打ち負かしたい気持ちもあるが、

 を優先して大事な相棒をうしなうのはありえない。


 踊り子の提案が“セイレーンを引きわたす”ということであれば、

 もうこれ以上は――


「あなたを私たちの“商売”にくわえてあげるわ!」


「……は?」


「妖精を使った商売をするのよ。あなたにももうけさせてあげるってわけ!」


 オレは耳をうたがった。

 ……というより、あいた口がふさがらない。


「妖精のもつ“チャージ”。自分の魔力をビンや小物に溜められる固有能力よ。ただでさえ絶滅危惧種の妖精なんだから、それを利用してつくった魔法アイテムはバカ売れまちがいなし。大もうけできるってわけ。まさに金のなる木……いや、金のなるペットよ!」


 踊り子はおどろくほど饒舌じょうぜつに早口で、

 夢中でプレゼンをつづける。


「あなたにはそのノウハウがないでしょ? だから私たちがあなたのかわりにこの妖精を有効活用してあげるってわけ! あなたには利益の1割、いや2割の譲渡を約束するわ。だから――」


 ――ああそうか。


「……わかった。わかったよ。あなたらがどんな人たちなのか、痛いほどよくわかった」


「なによその態度! お宝をもちぐされてるあなたのために善意で活かしてあげようってのに!」


「“活かす”ために“生かす”って?」


「あはは! まさにそのとおり!」


「ふざけんな」


 ――こいつらは“根っこ”からちがうんだ。


「“もつ”とか“つかう”とか“活かす”とか“利用してやる”とか、セイレーンを物みたいに言うんじゃあない……」


「はぁ?」


「オレの大切な“相棒”をそれ以上、侮辱ぶじょくするなと言ってんだ!」


「じゃあ死になさいよっ!」


 言うと踊り子は腕を突きだしたまま、

 “風のやいば”を手のひらから放った。


「最後のチャンス逃しちゃったわね! あーあ“最期”になっちゃった!」


 踊り子は本性をあらわし、

 ギャハハと下品に笑う。


「“かまいたち”で斬りきざんであげるわ!」


 無数に放たれた風の刃はまっすぐにオレにむかい――

 そして“通過”した。


「……は? ……っ!?」


 何度も、何度も、何度も、何度も、

 オレを仕留めようと凶器を放つ。


 だがたったひとつでさえも、

 オレを切り刻むにはいたらなかった。


「なんで当たらないのよぉ!?」


 オレは体すれすれを通りすぎてゆく風刃の嵐のなか、

 ずんずんと前へ――踊り子のもとへと1歩1歩近づく。


「来るな……! こっちへ来るなぁっ!!」


「セイレーンを解放しろ」


「あんたの相棒がどうなってもいいの!? それ以上近づいたらこいつをぐげっ!?」


 踊り子はオレの報復をおそれ、セイレーンを盾にしようと考えたようだ。

 腰のキーホルダーへと目を向け、人質をとろうともくろむ。


 しかし檻に手をかけようとした踊り子にむかって、

 オレは隠しもっていた石つぶてをおもいきり投げつけた。


 石はまっすぐに標的へとむかい、

 踊り子のアゴへとクリーンヒット。


 あおむけに倒れこむ踊り子と、

 そのかたわらで同様にうずくまっている青年剣士。


 おろかな蛮行の末路を見たオレは、

 あわれむでもなく、見くだすでもなく、

 すがるような気持ちで彼らを見ていた。


 なぜなら彼らはオレにとっての、

 “あこがれ”の象徴だったのだから。


「人質なんて恥ずかしい真似してくれるなよ。オレのあこがれを――“魔法使い”の名をけがさないでくれ」


 懇願こんがんするような声で、

 オレは彼らに言い残す。


 そう、彼らは魔法使い。

 オレにとっての目標なのだ。


 理不尽を打ち倒した達成感と、

 どこかむなしい虚無感をかかえたオレ。


 しかしオレの心境などかまわず、

 地下はかすかのようにどんどん崩れてゆく。


 逃げるよりまず確認しなきゃいけないのは――

 オレは倒れこんだ踊り子のもとへ駆けより、その腰にさげられたキーホルダーに手をかけた。


「セイレーン……!」


 手のひらサイズの檻のなか、

 オレの相棒がそこにいた。


 はかなき小人は眠るようにして目をつむっている。

 その姿を見て一瞬最悪の結果がよぎるが、見たところケガはしてないし呼吸も確認できる。

 ただ気を失っているだけらしい。


「またせてごめんな」


 オレはセイレーンにむかって小さく謝罪の言葉をつたえた。

 すぐに檻をキーホルダーからちぎりとり、自分のふところへ入れる。


 そして“荷物”を背にかかえ、

 崩れゆく初ダンジョンをあとにしたのだった――

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