高瀬 ~ブタまん~
自然に目が覚めたらまだ6時前だった。目覚ましをセットした時間は8時。
もう一度寝なおそうとしたが、目が冴えてしまって無理だ。だって今日はうちでブタまんを作る日だと思うと、今からもう落ち着かない。
先日、修一が俺の予定も聞かずに決定事項として伝えてきた。
「土曜日、ブタまん作ろうぜ。ミオ連れて行くから、3人で朝から買出しな。場所はもちろん、おまえんち」
まあ、予定はほぼ把握されてるし、計画に反対はない。
不服がないどころか、土曜はもう何があっても『ブタまん』で決定だ!
目が覚めてしまったから、せっかくだし掃除機でもかけとくか。洗濯物は明日まとめて洗うつもりだったけど、今ある分だけでも洗濯機まわしてしまおう。浴室も今のうちに洗って、と。
今日も暑くなりそうだな。とりあえず窓開けて、換気してからエアコンつけよう。
マメに働いた後、ふと我に返った。
・・・もしかして俺、今日けっこう楽しみにしてるのかも?
洗濯物を干し終えて、冷凍庫のロールパンを解凍し、冷蔵庫にストックしてあった水出しコーヒーをグラスに注いでベーコンエッグを焼き、キウイを半分に切ってスプーンを用意して食卓につく。
朝食を食べない日もたまにあるが、できるだけ何か食べるように心がけている。
自炊は食生活が乱れがちになることを心配した母親が、入学してしばらくの間しょっちゅう「何食べてるの?」とメールを送ってきたから、適当に返事を返していた。
あまりに心配した母親が、1年生の夏季休暇にマンションにやってきて、冷蔵庫の中を見て驚いていた。
使いかけの豆板醤やバルサミコ酢や片栗粉といった、一人暮らしの男子学生にはありえない充実ぶりに「彼女」の存在を怪しまれたのは無理もない。「彼女」ではなく男友達だと説明しても信じてもらえなかったから、修一本人を呼んで昼ごはんを作ってもらった。すると、調味料の場所を迷うことなく手に取る姿と料理の出来栄えに、母親はあっさり信じた。
さらに修一は持ち前のフレンドリースキルを上手く使いこなし、目上の人受けする社交性を発揮して以来、母親の修一に対する信頼度はめちゃくちゃ高い。
帰省しない理由や旅行の連れなど、事あるごとに「修一と」と答えるだけでフリーパスだ。
あとは成績や出席日数が足りなくて大学から保護者に連絡が行くことがなければ、心配かけることはないはずだから、単位を落とさなければ大丈夫。
修一のおかげで、俺の学生生活が成り立っているといっても過言ではないかも?
今日だって、修一の行動力があってこそ実現したイベントだから。
感謝の気持ちを伝えたいけど、倍返しでスキンシップが来るかもと考えると怖くて言えねーな。
インターホン音で目が覚めた。
あれ?いつの間にか寝てた?・・・慣れない早起きで、結局二度寝してたんだな。
インターホンには美緒が写って手を振っている。
「おはよ、美緒」
「おはようございます、隼人先輩。もう降りて来られますか?修先輩が車で待ってますよ」
「ああ、今行く」
「はい、下で待ってますね」
着替えも済んでいたから、部屋を出るのは早かった。ロビー階に降りると美緒が直接もう一度、おはようございますと挨拶してきた。軽く片手を上げて挨拶を返して、一緒に車へ向かう。
今日は朝から一緒だと思うと、二度寝で起きたばかりでもテンションが上がるなぁ。
エンジンをかけたままの車の中から修が俺に向かって、「よっ」と挨拶してきた。
俺も助手席を開けて「んっ」と返して乗り込んだ。美緒が後部座席に収まったのを修一が確認して、発進した。
「隼人先輩、後ろの髪の毛に寝癖ついてますよ。もしかして寝起きでした?」
後部座席から美緒に指摘された。しまった、二度寝したせいだ。
「違うし。今日の俺、めっちゃ早起きだったし。まあ、さっきまでちょっとだけ寝てたけど・・・」
ふふっと笑いながら、美緒が「おさまれ、おさまれ〜」と寝ぐせを撫でてきた。
おおっ!?この手の感じ、いい。二度寝最高!
撫でられるままになってたら、本当に寝ぐせが収まった。ま、二度寝の分だし。
車だとスーパーは近くて楽だ。坂道だから歩きだと、荷物が増えた帰りが上り坂で大変なんだよな。
店内を修一がカートを押して歩く。美緒とある程度打ち合わせしてあったらしく、カゴに入れていく食材に迷いがない。
「修先輩、・・・ホントに椎茸こんなに使うんですか?」
「いっぱい入れたほうが美味しいんだよ。騙されたと思って、まずは食ってみ」
「えぇぇ〜・・・」
「何?おまえ、椎茸苦手なの?」
「・・・ちょこっとなら食べられますよ」
「みじん切りにするから大丈夫だって」
そうか、美緒は椎茸が苦手なのか。俺と一緒だな。お互いがんばろうぜ。
「強力粉と薄力粉?両方使うんですか?」
「ああ。強力粉は余ったらパンが作れるし、薄力粉はクッキーにできるぞ」
「いいですね!私、カレーパンが好きです!」
「・・・ハードルの高い注文だな。カレーパンのレシピ、調べておくから。いつか、な」
「やった!」
俺も、俺も。カレーパン好き、辛めでゴロッと具が入ったやつ。
「ミオ、生姜忘れてるぞ。入れると入れないじゃ大違いだし」
「あ、はーい。」
修一の指摘にすぐ、向きを変えて野菜コーナーへ戻り、生姜を手にしてきた。
美緒もマメに自炊してるんだな、生姜の場所がどこにあるかなんて、俺わからねーよ。
「隼人、昼はブタまんの他に何食べたい?」
「そうだなぁ・・・茶碗蒸し?」
俺の意見に美緒も右手を顔の高さまで上げて、「銀杏抜き、椎茸は極薄で」と賛成した。
俺は混ぜる役だ。ひき肉と諸々の食材を使い捨て手袋をはめてひたすら揉む。具材がなじんでくると美味しそうな香りがしてきた。
「なぁ修、ちょっとだけ加熱して味見してみたいな、これ」
小皿に取り分けてラップして、レンジで1分。
ラップの下でじゅわじゅわ熱が通って、いい感じだ。
やけどに気をつけて、箸で一口味見する。
「うまっ!しかも、めっちゃジューシー!美緒も食べてみろよ」
美緒に小皿を差し出しながらすすめると、ちょうどブタまんの生地を成形中で両手がふさがっている。
それでも食べてみたいんだろう、あ~んと口を開けた。
・・・ええっ、まじ!?俺に食べさせろと?
おおっ、緊張する!
手が震えないように気をつけながら、美緒の口に運び入れる。咀嚼する美緒。
「ん!ホント美味しい。たくさん椎茸入れたのに全然わかんない!」
「だろ?」
修一のドヤ顔がなんとも小憎らしいが、さすがだ。
完成への期待度が上がっていくことで、動かす手も好調だ。
今日のために修一が持ってきた新品の蒸し器もまた、うちのキッチンに住所を与えられて住人となっていくんだろう。
今までもハンドブレンダーやコーヒーミル、圧力鍋、大皿などあらゆるものが持ち込まれ、住み着いている。幸い収納に余裕があるから、今のところ住所不定な道具はいない。
修一は俺んちをスーパーキッチンにでもするつもりか?
蒸し器の最初の仕事は茶碗蒸しだ。さすがに茶碗蒸しの器までは用意してなかったから、カフェオレボウルで代用した。上がる蒸気を換気扇がぐんぐん吸い込んでいるのが見て取れる。
「茶碗蒸しが先にできるぞ。おまえらそろそろ、ブタまんのスタンバイな。この大きさなら5個ずつ蒸していけるな」
「修先輩、ヒダ、これで大丈夫ですか?」
「上出来、上出来。隼人にも教えてやって」
美緒が俺の手にある包みきれていないブタまんを手伝う。
「えっと、生地の対極をつまんでさらにこっちからもつまんで・・・」
俺の手の平の下に美緒が片手を添えて、生地をつまんでひねって完成させた。
「こんな感じで。簡単ですよね?」
完成と共に早々と離れてしまった手が惜しくて、つい漏らしてしまった。
「早すぎるよ・・・」
「え?そうですか?じゃ、もう一回やってみましょ」
お手本が早すぎてわからなかったと勘違いした美緒に否定するのはもったいない。
もう一度手を添えてもらいながらゆっくりヒダを閉じた。
にやけたいのを抑えながら顔を上げると修一と目が合った。ニヤリと口元をゆがませながら蒸し器の蓋を開け、タオルを使って茶碗蒸しを取り出す修一。
!! おまえ、いつから見てた!?
「ブタまんが蒸しあがるまで出来立ての茶碗蒸し、先に食べようぜ」
修一から木匙を渡されて、早速表面をひとすくいする。熱いのがわかってるから、しばし待ってから口に運ぶ。
あふあふあふ・・・・まだ熱かった・・・
海老、かまぼこ、三つ葉、極薄椎茸、修一の好きな柚子皮がいい香りを出してる。
全部食べ終えた美緒が大きく息を吐いた。
「はぁ~、美味しかった~」
ちょうど、ブタまんが蒸しあがるころにセットしたタイマーが鳴った。
修一が蓋を開ける瞬間を見ようと、美緒が急いでコンロに向かう。つられて俺もその後ろから覗き込む。
蓋が開けられると同時に、蒸気がブワッと逃げていく。
「わぁぁ~!!」
俺と美緒の声がそろった。
蒸し器の中には、ムチッとして艶っとしたブタまんがあった。見るからに美味そうだ。
浮かれた美緒がリズミカルに拍子を取る。
「ブッタまん、ブッタまんっ」
美緒に続けて俺も真似して言ってみる。
「ブッタまん、ブッタまんっ」
「ぷひっ、ぷひっ」
今度は鼻先を押さえて鳴きまねをする美緒。でも俺は・・・
「・・・ふっ。そこまではできねーよ、俺には」
「えぇ~っ、そこはお約束として真似してくださいよー!」
体当たりのジェスチャーでツッコミを入れてくる美緒を、両手で軽く受け止めて流す。
その間にも修一が出来立てのブタまんを皿に移し、次の蒸し待ちのブタまんたちを並べている。
またタイマーをセットして蒸し上がりを待つ。
「よーし。出来立てから食べるぞー!」
勢い良く皿に向かったのはいいけど、熱くて持てない。キッチンペーパーを使ってなんとか持つことができた。でもこれ、かじると絶対ヤケドするパターンだよな?
自然と笑いがこみ上げてきて、美緒を促す。
「美緒、お先にどうぞ?」
「素手でもちぎれないのに今、熱すぎて無理ですよー」
食べたいのに口をつけられないもどかしさを共有する、こんなわずかな時間も楽しい。
まだまだ熱いブタまんをなんとか、修一がまっぷたつに割った。
その断面を見たらもう待てない。自分のも割って、熱いの覚悟で口に入れた。
美緒も少しずつちぎって突破口を開き出した。
「美味っ!」
出来立て、美味っ!っていうか、修一上手っ!
こんなに上手に作れるなんて思ってなかったから、感動も大きい。
「修~!すげーな、おまえ。改めて尊敬するよ」
食べながら修一に賛辞を送ると、美緒も賛同した。
「修先輩の作る料理、すごく美味しいです!ついていきます!」
!?ついてく?おいっ!?
何そのひと言!?意味聞いてもいいですか!?
「ミオ、弟にも持って帰りたいだろ?よけとくよ」
俺の内心のツッコミを知るよしも無く、修一の言葉に美緒が満面の笑みでうなずいた。