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君を想う  作者: つきみまいたけ
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翔太   ~帰宅待ち~


プール開きだった今日は、帰り道の上り坂がだるい。一緒に並んで歩く南の足取りも重そうだ。


・・・はしゃぎすぎたかも。帰りのことまで考えずに遊んだから。


南が話しかけてくる口調もゆっくりめで、疲れてるのが声でわかる。


「なあ翔太ぁ。今日、うちに来いよ。母さんがおまえを呼べってうるさいんだよ」


南のお母さんの趣味はスイーツ作りで、たまに食べに来るぼくを楽しみに待ってると聞いてた。

でも、今日はプールで遊び過ぎてかなり疲れてる。家に帰ってとりあえず寝たいな。


「ごめん、今日は疲れたから明日でもいいかな?」


「わかった。母さんには明日って言っとく」


疲れすぎてて分かれ道では、軽いハイタッチのように手を合わせて、言葉なしで別れた。


家に着いて洗い物を洗濯籠に入れて手を洗って、冷えたお茶を冷蔵庫から出して飲んだ。でももう電池切れだ。3人掛の長いソファーに寝転んですぐ、眠りに落ちた。



食欲をそそる匂いで意識が戻った。重かった体が軽くなった代わりに空腹感が大きい。

外がずいぶん暗くなってる、かなり寝てたんだな ぼく。


薄目で見ると、みおがキッチンに立ってるのが見える。匂いからしてもうすぐ完成らしい。おなかが空いてるけど寝起きの体がだるくてソファーの上でゴロゴロ寝返りを打ってると、みおが来た。


「翔太くん?ご飯できたけど、後で食べる?」


横になったまま伸びをしながら返事した。


「ん~~~っ、今、食べる~。」


今日のご飯はエビチリと回鍋肉だ。こないだはチンジャオロースだったっけ、美味しかったな。

ぼくが修学旅行に行ってる間に先輩から教わったレシピを復習してるんだって、みおから聞いた。

ぼくもみおも料理のレパートリーが少ないから、教えてもらえるのは大歓迎だね。

手を合わせて食べ始めると、ぼくのスマホが鳴った。ごめんと断って画面を見ると、南だ。


「はい、ぼく」


「なぁ、明日うちで夜ご飯も食べてかないか?」


南の誘いに、みおに目を向けた。


「南が明日、夜ご飯食べにおいでって言うんだけど、いいかな?」


みおがうなずいてくれた。


「うん、ごちそうになります」


電話の向こうで「来るって」と南がお母さんにだろう伝える声と、「よかったわ~」とはずんだ声も聞こえてきた。


「じゃ、また明日ね」


電話を置いてまた食事し始めると、みおが箸を止めた。


「あのね、実は私も明日、先輩達と夜、食べに行くことになったって言わなくちゃって思ってたんだ」


「そっかぁ。じゃあ、ちょうどよかったね。いってらっしゃい」


「翔太くん、帰り暗いだろうから、気をつけてね」


「大丈夫だよ、南んち近いんだもん」



夜ご飯をごちそうになる今日は、いったんランドセルを家に置いてから南の家に行くことにした。


うちに帰ると、リビングに何着も服を並べているみおがいた。


「こんなに並べてどうしたの?」


「今夜、ホテルのレストランで食事だから、何着ていけばいいか迷っちゃって」


「ふ~ん。ぼくはこれがいいと思うな」


そう言って紺色のワンピースを指差した。だって、ぼくがそれを着たみおをかわいいって思ってるから。


みおはぼくの薦めたワンピースですんなり決めて、部屋で着替えて出てきた。


「うん!かわいいよ。みおにぴったり」


照れながらありがとうというみおが、またかわいい。


「ぼく、もう行くね」


南にはランドセルを置いたらすぐ行くと言った手前、遅くなるわけにはいかない。

いつもより、しとやかに見えるみおにハグしてから家を出た。



「こんにちは。おじゃまします」


「いらっしゃーい!翔太くんが来てくれるの楽しみにしてたのよ、おばさん」


玄関で、顔一杯の笑顔で迎えてくれた南のおかあさん。おばさんと呼ぶのは失礼な若々しさなので、いつも、南のお母さんと呼びかけている。


「ありがとうございます。ぼくも南のお母さんの美味しいご飯、楽しみにして来ました」


本当に楽しみで、期待のこもった笑顔で挨拶できた。


「まぁぁ~!うれしいわぁ。うちの子たちに聞かせてあげたいわ。誰も言ってくれないんだから~」


喜びに勢いがついた南のお母さんがハグしてこようと大きく手を広げた時、その後ろから南が声を掛けてきた。


「聞こえてるよ、母さん」


するりとお母さんの横をすり抜けて前に入り込み、ぼくを抱え込んだのは結局南だった。


「あらあら、南に取られちゃったわ」


笑いながら、南をサンドイッチする形でハグしてきたお母さんに南は、「もうっ!ごはんできたら呼んで」と言って、ぼくを引っ張ってリビングに移動する。


リビングのドアを開けるといつものコーターローがすぐ足元にいて、超絶笑顔で出迎えてくれた。


夜ご飯に出たアボガドの入ったサラダが美味しくて、ぼくは一口で気に入った。


「これ家でも食べたいんで、よかったら作り方教えてもらえませんか?」


「まぁぁ!もちろんいいわよ!他にもな~んでも聞いてちょうだい!」


南のお母さんが、「レシピを教えるの、夢だったのよねぇ。あぁ、こんな日が来るのは、この家にお嫁さんが来てからだと思ってたわぁ」と感激しまくりだ。


同じ食卓にいる南のお兄ちゃんが苦笑いしてる。

2番目のお兄ちゃんは南と違ってがっちりした体をしていて、笑うと愛嬌がある。

1番目のお兄ちゃんは社会人で忙しいらしく、めったに会うことがない。今日も仕事で遅いらしい。

お父さんは静かな人でやさしそう、ぼくに「遠慮せず、たくさん食べるんだぞ」って勧めてくれたし。

美味しいご飯とすてきな家族はぼくの憧れだ。コータローもね。


食後に出てきたティラミスはぼくにも食べやすい、苦さ控えめの程よい甘さだった。


「ごちそうさまでした。まっくらになる前に、ぼく帰ります」


日が長い時期だからこそ、まっくらになるまで長居するわけにいかない。サラダのレシピを書いたメモと同時に、お母さんからハグも受け取った。


「翔太ちゃん、また来てね。美味しいもの用意するわ」

「じゃおれ、外まで見送る」


一緒に外に出た南に、今日はありがとうと、もう一度お礼を言った。


「オレのほうこそ、ありがとうだよ。母さんあんなだから、困っちゃうよ」


困ると言うわりにうれしそうな南を見るのが、ぼくもうれしい。


「南の家がすてきだから、ぼくもうちでハグするようになったんだよ」


「姉ちゃんとならいいけど、おれは兄ちゃんとはしないなー」


苦笑いで答えた南と、笑って手を振りながらさよならした。


夜の静かな住宅街をひとりで歩いていると心細い。早く帰ろう。


家に着いても真っ暗だった。みおは駅前まで出掛けたんだから、まだ帰ってないことはわかってた。

わかってはいたんだけど、帰っても誰もいない家はやっぱり寂しい。


リビングとキッチンの照明をつけてソファーに座った。

さっきここで服に迷ってたみおを思い出す。


春から友達と出掛けることがほとんどなかったから、元気になってきてよかった。帰ってきたらどんなお店でどんな料理だったか聞いて、南んちの話をしよう。早く帰ってこないかな。


いつもは気にならないのに、今日は静かすぎることが気になってテレビをつけてみた。

音が増えて賑やかになったはずなのに、今度はぼくの内側がざわざわしてきた。


・・・あーちゃんのときみたいに、みおが帰って来なかったら・・・


だめだ、だめだ。そんなこと考えちゃ。帰ってくる、みおは絶対帰ってくる。みおにメールを送ってみよう。

ポケットからスマホを取り出した。


まだ小学生のぼくがスマホを持っているのは、あーちゃんと暮らし始めたときに、連絡手段として必要だったから。

友達は自分専用をまだ持ってない子ばかりだから、今はほとんどみおとの連絡用になっていて、ときどき南からもかかってくる程度だ。


『もうすぐ帰ってくる?』『何時ごろ帰ってくる?』『今どのあたりにいるの?』


・・・こんなの送れないよ。


文章を打ち込んでは消してを繰り返す。楽しく食事してるみおの邪魔をするかもと思うと、メールなんてできない。

悩んだ末に削除して、またポケットにスマホを戻した。


リビングの壁にかかるアンティーク調の時計には振り子がついている。振り子を何度も目で追うことに飽きてきた。


・・・そうだ。ロビーのほうが、みおが帰ってくるのが早くわかるはず。


1階に降りて、マンションエントランスに置かれている応接ソファーに座って待つことにした。


ロビーに降りてまもなく車のライトが見え、玄関前に車が横付けした。誰かが降りて反対側に回り始めた。

あ、助手席に乗ってるのはみおだ!

うれしくなって外へ向かおうと自動ドアに近づいて、足が止まった。


助手席のドアを開けた男の人の手を取って、みおが降りるのが見えた。それはいつもあーちゃんがみおにしていたことで、それを羨ましく思ったぼくが真似して、みおに手を差し出していたんだ。


・・・あーちゃんじゃないその人は誰?


ぼくに気付いたみおが男の人に挨拶をして、歩いてきた。笑顔いっぱいで歩いてくる表情に不安が和らいで、ぼくもうれしさと安心とで笑顔になる。


「ただいまー」

「おかえりー」

「こんなところで待っててくれたの?」

「ううん、今降りてきたばっかり」


ガラス越しの向こうでまだみおを見てるあの人が気になる、早く家に行こう。

みおの肘に手をかけて軽く引っぱりながら、エレベーターへ向かった。


家に入ってドアを閉めたら、ほっとした。先にパンプスを脱いでリビングに向かうみおの後ろ姿に体当たり気味にハグしたら、みおがつんのめりそうになった。


「わゎっ。どうしたの?」


「んー。一人で待ってるの、寂しかった」


そうじゃない。あーちゃんと2人暮らしの時はよく一人で待ってたから、一人が寂しいと言うより、みおが帰ってこないかもって思ったことが怖かったんだ。でも、それを言うとみおが気にするし。


「そっか。遅くなってごめんね。お土産買ってきたんだけど、今から食べる?」


そんなにおなかが空いてなかったけど、みおと話ができる時間がほしくて「食べる」と答え、お茶を入れるためにみおを放してキッチンでお湯を沸かし始めた。


ワンピース姿のままのみおがお皿とフォークを3つずつ用意してケーキを載せていく。

ぼくの好きなレアチーズとみおの好きなチョコレートケーキと・・・モンブランはフォトフレームの中のあーちゃんの分。

円形のテーブルにコの字に置かれて、3人で食卓を囲んでいたころを思い出す。向かい合う2人の間にぼくが座る配置だ。目の前の紅茶にみおが手を添えて、口を開いた。


「今日、先輩にあーちゃんの話をしたんだ」


落ち着いた口調で、そこに至るまでのレストランでの話を聞かせてくれた。

今まで苦しくて口にできなかったけど、話をしたことで自分の気持ちを少し整理できたことも。


それを聞いて、ずっと抱え込んでたみおの気持ちを思ってぼくの心が痛んだ。同時に、なんでぼくに相談してくれなかったんだろうって、悔しくなった。


「・・・ぼくのことも、もっと頼ってよ」


つぶやいたひと言はちょっとふて腐れて聞こえたかもしれない。こんなだから、頼りにならないって思われてても仕方がないかも。頼ってもらえるにはどうしたらいいの?


みおの手がぼくの頭に優しく乗せられて、ゆっくりなでられた。


「今だって十分頼りにしてるよ。翔太くんがいるから私、よく眠れるしご飯が美味しく食べられるし、明日が来るのが楽しみだし」


それからね、えーっと・・・と首をひねりながら続きを探すみおを見てたら、おかしくなってきた。そうだね、ぼくもみおと同じだ。


「ぼくもみおがいるから、学校に行くのも帰ってくるのも楽しいよ」


うんうんと、みおがにっこりうなずく。

そっか、ぼくがいることで楽しいなら、ずっと毎日一緒にいよう。


「ねぇ、今日一緒に寝ていい?前みたいに」


あーちゃんが亡くなってしばらく眠れない夜が続いたとき、みおと手を繋いで寝たら、ぐっすり眠れるようになった。今はよく眠れるけど、今日はもうちょっと一緒にいたい。


「いいよ。でも暑いから、くっついてきちゃやーよ」


いたずらっぽく笑いながら、今度はくしゃっと軽く髪をかき上げられた。



お風呂を済ませて自分の枕を持ち、引き戸を開けてみおの部屋へ入った。ベッドはぼくの両手を広げたのと同じくらいの幅。あーちゃんと眠るために入れた大きいサイズだ。向かって右側にぼくの枕をセットしてベッドに仰向けに寝ころんだ。

みおが隣に来るのを待ってると安心で、体中の力が抜けてく。


みおが課題のレポートを終えるまで、寝ないでいられるかなぁ。まだ今日の楽しかったこと、話しきれてないんだよね。

そこまでは覚えてたのに、気がついたら朝だった。














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