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君を想う  作者: つきみまいたけ
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加藤   ~フレンチ~


「おい、ブタまん」

学食で見かけてとっさに呼び止めた。俺の声に聞き覚えを感じたのか、ブタまんのひと言に反応したのか不明だが、去りかけてたミオが振り向く。

そう、おまえだ。


一瞬きょとんと考えたミオが、軽く自分の鼻を押さえた。

「・・・ぷひ?」

ふっ。呼びかけておいて、思わず笑いが出てしまった。


「ブタまん作るのはもうちょっとあとだ。明日の夜、空いてるか?」


「えっと・・・空いてますけど?」


「明日、駅前のホテルにフレンチ食べに行こう。心配するな、俺のおごりだ」


実は、前から予約してあったフレンチレストランだ。彼女と行くために予約してあったのに先日別れたから、一緒に行く相手がいなくなったのだ。ようやく予約が取れた人気店だったから、キャンセルするのも惜しい。

ミオは食べることが好きなヤツだから楽しく食事できるだろう、ちょうどいい。


「18時に迎えに行くから。あ、服装はそれなりで」



当日ほぼ18時にミオが住んでるマンション前に到着して、電話で呼び出した。

「俺。今、下に着いたから、準備できたら降りてきて」


ほどなくやってきたミオは紺のシンプルなフレンチスリーブワンピースに、パールを使ったシルバーアクセサリーのネックレスをつけていた。いつもより少し背が高く見えるのはヒールのあるパンプスを履いているからだ。

心の中で「上等」、と多くの女性を見てきた自分が評価した。


「そういう格好も似合うね」


社交辞令抜きで褒めながら、助手席のドアを開けてミオを誘導する。

ありがとうございますと言いながら助手席におさまったのを確認して、優しくドアを閉めた。

自分が運転席に乗り込むと同時に、ミオがシートベルトをはめた音がした。小ぶりのバッグを膝上に寝かせるのを横目で見てから、緩やかに車をスタートさせた。


少ししてミオが、あれっ?と小さくつぶやき、俺に向かってけげんな顔をした。


「なに?忘れ物でもした?」


「え、いえ。てっきり、隼人先輩も一緒に行くと思ってたから・・・」


隼人のマンションへ向かうことなく車が離れていくことで、思い違いに気付いたらしい。


「ああ、今日はミオと2人で食べたい気分だったんだ」


予約が2人分だったこともあるけど、これも嘘ではない。隼人ではなく、ミオを誘ったわけだし。


ミオは隼人がいなくても気詰まりにならないようで、会話に困らなかった。

ホテルまでの車中はブタまんの材料や蒸し器などの必要な道具、およそ色気の無い食い気ばかりの話だったが。


車を駐車場で止めてエンジンを切ると、ミオがドアを開けて降りようとしたので止めた。


「待って」


今夜のディナーはもう始まっている。自分が先に降りて反対側に回り、助手席のドアを開けた。片手をドアの淵に残したままもう片方の手をミオに、どうぞと差し出す。

自分のための手だと理解したミオは体の向きを変えて、手に手を重ねて助手席から降りた。


左肘を軽く曲げて視線をミオに向けるとミオが右手を軽く乗せて、にっこりと視線を合わせた。

・・・こいつ、慣れてるな。


そのまま歩調を合わせエレベーターへ行き、止まることなく30階まで一気に上昇し、レストラン入り口で予約していた自分の名前を名乗る。


案内してくれたウェイターに椅子を引いてもらい、ゆっくり座るミオ。自分も腰掛けてから口を開いた。


「こういったとこ、よく来るの?」


「いいえ、まさか。こんな高そうなお店、来ることないんで緊張してます」


「へぇ。動きかたで慣れてる感じがしたよ?」


「・・・・・」


うつむきがちに口の両端を引き結ぶその表情からは、何を読み取ったらいいのかわからない。


料理が美しい盛り付けの前菜からお決まりの順でタイミングよく、テーブルに運ばれてくる。

ミオは目の前に工夫を凝らした料理が置かれるたびに、驚きの表情を見せて口が開いたり、目を見開いたり。

こういったところは年相応だな。


ミオがこんなに手が掛かった盛り付けは初めてだと言いながらもカトラリーの使い方に迷いはなく、むしろ美しい。

時折、料理の感想も交えながら会話も楽しく弾み、食事相手として申し分ない。 



一連の料理を食べ終えたところで、ウェイターがやってきた。

「よろしければ、デザートとお飲み物はあちらのお席でいかがでしょうか?」

手のひらが窓際を示している。


窓際には数段下がったところに雰囲気の異なったスペースがあった。食事時には窓際より高い位置で見下ろすことで夜景を下まで楽しむことが出来、食後はより夜景に近づいて2人の距離感を縮めることができる配置になっている。

電話で予約したときに「記念日か何かでご利用でしょうか?」と聞かれ、大切な人との食事だと答えていたことを思い出した。

相手は違えども、傍から見れば恋人以外の何ものでもないだろう。


場所を移動することにして席を立つ。段差を降りるのでミオに腕を添えさせると、ウェイターが温かい目で俺たちを見やって案内した。

半円形のローテーブルが窓に寄せられ、それを囲むように高い背もたれの円曲形のラブソファーが置かれていて、2人の世界感いっぱいの仕様だ。


程なくデザートと飲み物が運ばれてきた。俺がコーヒーで、ミオは紅茶だ。

ごゆっくりおくつろぎくださいませ、という一言を残してウェイターが離れて行った。

目の前に置かれた芸術作品のような出来栄えのスイーツに目を輝かせ、どこからフォークを刺そうか迷っているミオの姿はほほえましい。


「うゎ~。食べるのがもったいないですねー」


惜しみながらも端からフォークを突き立てていく。口に含むと幸せ感いっぱいの表情を見せた。


「美味しいです~。今日のお料理は本当にどれも美味しかったです。私、料理研究部の参考になるかなって思ってたんですけど、レベルが違いすぎでした」


ミオが恥じ入る笑いをこぼしながらいったんフォークを置き、温かい紅茶のカップを持ち上げた。


「おまえ、料理研究部にも入ってんの?」


・・・聞いてみようか?聞いてみよう。


「じゃあ、伊東佳奈子って子と知り合いだったりする?」


「え~っと、4年生なのに最近入部したって言ってた先輩のことですね。たしか、料理上手の彼氏に愛想つかされないように、料理ができるようになりたいって言ってました・・・」


はた、と右手に持ったカップから目線を上げ、左手の人差し指をピンと立て「料理上手の彼氏・・・」とつぶやきながら、人差し指を倒して俺にむけた。


・・・・・・当たり。


オレを真っ直ぐ見るミオの視線が痛くてつい、目を逸らせてしまった。


「こないだもう、別れたけどな」


「いいんですか?後悔しませんか?」


いいも何も・・・。ミオに向き直って反論する。


「だってむこうからさよならしてきたんだぜ」


ミオは軽く目を見開いてからふぅっと息を吐き、さも呆れたという表情を作った。


「先輩には、仲直りするという選択肢はないんですかぁ?」


「うっ・・・」


あえて語尾を上げて言うところが小憎らしい。


是とも否とも答えられない。気まずさをごまかすためにコーヒーカップを持ち上げゆっくりとひと口飲んだら、聞きたい事があったのを思い出した。意図的に話をスライドさせる。


「そうだ、ミオ。こないだ言ってた、大切な人に今伝えておかないとって話。おまえは伝えないで後悔したことありそうな口調だったな。そうなのか?」


聞いてから、まずかったかもと気がついた。


ミオの表情から感情が消え、目を伏せ、カップを持つ手が細かく震えている。


何と言葉をかけたらいいか考えあぐねているうちに、ミオは深呼吸を繰り返すことで落ち着きを取り戻してきた。


「・・・・・そうですね。もっと自分の気持ちを伝えておけばよかったと、今となっては思います」


うつむきがちな角度からしぼり出される声は、自分自身に確かめるような響きがある。

いったい何があったのか、知りたいけれど今は聞くべきではないことがわかる。


穏やかになったカップの水面を見つめていた目線を上げ、俺の目をはたと見すえてきた。


「だからこそこれからは、大切な人に気持ちをちゃんと伝えようと思ったんです。だから先輩ももう少しだけ、伝えたいことを素直に伝えてみたらどうでしょう?」


茶化すことなく真摯な気持ちで言っていることが感じられる。


「・・そうだな。俺はどうしたいのか、もう少し考えてみるよ。」


まじめに話してくれるミオに影響された。いつになく素直に受け入れられる自分が不思議だ。

今なら、自然に謝れる。


「ありがとな。それと、ごめん。辛いこと思い出させたみたいで」


首を左右にゆっくり振ったミオは、笑顔を作って明るい口調で答えた。


「いいです。少しでも、先輩のお役に立てたなら」


辛い気持ちを押し込めて笑おうとしてる表情に、本当に彼女の痛いところを突いてしまったんだと改めて気付かされた。俺に気を遣わせまいとしていることが明白だ。


何があったのかわからないが、大方、ミオは手ひどく振られたんだろう。

自分のことは棚に上げ、ミオをこんなにした相手に腹立たしさすら感じてしまう。

ミオを振るなんて、バカなやつだ。



レストランを出てエレベーターの中でミオが、「1階にあるパティスリーに寄っていっていいですか?」と聞いてきた。もちろんと答え、開いたドアを出て店舗のほうへ足を向けた。


ショーケースの中に並んだ輝くスイーツたちに目を奪われているミオを見ながら、隼人のことを考えていた

あいつはお人よしなくらい優しいやつだ。隼人ならミオに辛い思いをさせたりはしないだろう。


ショーケースを指差して店員に出してもらったケーキは3つ。弟がいるって言ってたっけ。

もうひとりは・・・片親?ミオの住んでるマンションは家族世帯向きの規模だから、きっとそうだろう。お土産を買って帰るなんて仲がいいんだな。


小さな箱に収まったケーキに気を配りながら駐車場へ向かい、ミオを助手席に座らせてからケーキの箱を渡す。自分も車に乗り込み、緩やかに発進させる。


大事そうに膝上に置いた箱を見て、さっき思ったことを口にした。


「家族と仲良しなんだな。弟いるんだっけ、いくつ?」

「11歳です。今、小学校6年生です」

「へぇ。」


今どき片親の家庭は珍しくないので、ケーキの箱の中身を思いながら家族構成を聞いてみる。

「3人暮らし?」


「・・・いえ。2人暮らしです」

「・・・え?」


しばらくの沈黙の後、前を向いたままのミオが今年の3月の出来事を語り出した。


坦々と話してくれた内容は、物語でも聞かされているようで現実として捉え難かったが、本当に起こったことならば俺に口を出す余地などない。

いや。かける言葉が見つからない。


俺は前を向いて運転し続けながら、自分の考えの浅さと何もしてやれない情けなさに言葉少なになっていた。



ミオのマンションの前に車を止めてミオが降りるのに手を貸していると、マンションロビーからこちらを見ている子どもに気がついた。

俺の目線をたどったミオが「翔太くん」とつぶやいて、笑顔でその子どもに手を振った。


「先輩、今日はありがとうございました。今度はブタまんで」


車の中での表情から一転して自分の人差し指を軽く鼻にあて、挨拶した笑顔そのままで子どもがいるロビーに向かって歩いていく。


ただいまーという明るい声が少し離れた俺にも聞こえてきた。こち側らから顔が見える子どももうれしそうにミオを迎えつつ、俺のことを気にして視線を投げかけているのがわかる。


あれが弟?背の高さは小学生だが、幼くても整った顔立ちが印象に残った。








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