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君を想う  作者: つきみまいたけ
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南   ~修学旅行~


目の前で上手に生八橋をこねる翔太を見て、思う。細い指、小さな手、でも手先が器用。

そういえば、自分でご飯を作ることがあるって言ってたっけ。


小3の時に翔太が転校してきてクラスになじむのにちょっと時間がかかったのは、こいつの常識が少しズレてたせいだったな。それまで何年か外国で暮らしてたって言ってたし。

でもそのズレがまた、クラスの団結を高めたんだよな。


翔太のことを教室で初めて見たときは、小顔でしかも華奢な体格のせいでかわいい女子だと思った。

翔太は色白の肌をしていて黒に近い茶色の髪はさらさらで柔らかそう。目の色が光の加減でグレーがかって見えるけど、自分は日本人だと本人は言い張ってる。


学校や日常のことでわからないことをためらうことなく聞いてくるし、女子にやさしい。

翔太が言うには、女の子には優しくするようにと母親と兄に教えられたそうだ。

場合によっては男子の妬みを買いそうなところだけど、屈託なく笑う翔太をいじめようなんて誰も考えないだろう。オレも、翔太と友達で楽しいもん。



器用な翔太はもう、生八橋にあんこを挟んで完成させるとこまでできてる。

隣の女子は生地の伸ばし方が上手くできなくてやりなおし中だ。ちらっと翔太のほうを見て、自分の作業の遅さに焦り始めた。

気づいた翔太が自然に声をかけた。


「坂口さん、もっと薄く伸ばしても大丈夫だよ。ちょっといい?」


横から手を伸ばして、坂口が押さえる棒にさらに圧を加えて生地を広げてく。

照れることなく女子の手に触れられる翔太を冷やかすクラスメートはいない。

これがもう、日常だからだ。

坂口のほうが照れてるのがわかるけど、そっちを冷やかすと翔太がいい顔をしないから、みんなスルーするのが暗黙の了解になってる。

他のクラスと比べると、我が6年1組はちょっと大人の対応ができるクラスだろう。翔太がいるから出来上がったこの雰囲気が、結構いいとオレは思ってる。


お店の人が入れてくれた煎茶と自作の生八橋を味わいながら、あちこちで自分の出来栄えの感想を言い合うにぎやかな声がする。各班食べ終わったら、お店のほうへ移動してお土産選びだ。


「翔太、何味買ってく?オレ、抹茶にしようかな、兄ちゃん好きだし」


言ってからヒヤリとした。


そうだ、春休み間際に翔太の兄ちゃんが亡くなったって・・・


先生がクラスのみんなには、翔太くんはお葬式に行くのでしばらくお休みですって説明しただけだから騒がれなかったけど、あとで直接聞いたオレはびっくりした。


母さんは外国で仕事してるから、こっちで兄弟で暮らしてるって、転校してきて間もないころ言ってた。

葬式の後心配になって、「今、どうしてるんだ?」って聞いたとき、俯いたままの翔太からは答えが返ってこなかった。

翔太の気持ちを考えると何度も聞けなくて、オレは「オレ、力になるから。何でも。オレを頼れよ。」というので精一杯だった。


翔太の事情知ってたのに、旅行に浮かれて忘れかけてた。


オレ、無神経なこと言っちゃったよ・・・


ごめんと言っていいのか、ここは何も言わないほうがいいのか?


内心オロオロしてるオレに「僕も、抹茶にするよ。」と答えが返ってきたことに、ほっとした。でも、誰に買って帰るんだろう?

母さんが帰ってきたのかな?父さんいないって言ってたから、それしかないよな。


「お母さん、帰ってきたのか?」

「今?ううん、海外にいるよ。」


うわゎっ!またマズいこと聞いたっ!オレのバカ!

頭真っ白!何言ったらいい!?あぁ何も言うな!


自分達の近くを見回して他の子がいないことを確認した翔太は、さっきよりも小さな声でオレだけに聞こえるように言った。


「今は・・・姉、と一緒に暮らしてるんだ。」


・・・へぇ。姉ちゃんもいたんだ。


「そっか。姉ちゃん、きっとお土産待ってるな。」


ベタな言葉しか出てこなかったけど、ほっとした。そっか、姉ちゃんがいるのか。

よかったな、翔太。おまえがひとりじゃなくてよかった。


午後はグループごとで城や神社を見てまわった。

男女混合6人の班で女子はおみくじや祈願に熱が入ってたし、オレたちは城のかっこよさを語って盛り上がった。


途中、疲れたと言った女子のために神社で休憩時間をとって、集合時間を決めて少しの時間解散した。


神社の一角で背中を向けたまま動かない翔太。疲れたんだろう。

声をかける前に先に飲み物を買いに行ってくるか。その後どこか座るところを一緒に探そう。

翔太はお茶でよかったはず。


お茶を買って戻ると、まださっきの場所に立っていた。砂利を踏みしめ、近づきながら声をかける。


「翔太ー。お茶買ってきたぞー。」


振り向く前に顔をこするのが見えた。

・・・?


「ありがとー、南。」


手を出して受け取る翔太の顔をじっと見てたら、至近距離で目が合った。

首を少し傾け、口の端をごく自然に上げて、にこっと微笑む翔太。

・・・やめろ、それ。惚れてまうやろ。


こいつわかってるのか?女子にはもちろん、男子にも、その微笑は麻薬だ。

微笑とセットで優しい言葉をかけられたやつらは、高確率でトリコになる。

全体的に色素の薄い外見から、クラスの奴らにひそかに『王子』と呼ばれていることは本人だけには秘密だ。


オレは瞬時に跳ね上がった心臓のドキドキが止まらなかったが、意地でも動揺なんて見せない。親友なんだから、ここはクールにいくぞ。


「疲れたんだろ。荷物もってやろうか?」


オレと翔太は今、頭1つ分程の身長差がある。オレはこの頃急に伸びてきたけど、翔太はまだ150センチ半ばくらいだろう。身長差と見た目のせいで、たまに弟扱いしたくなるんだよな。


オレが翔太の肩にかかったリュックに手をかけて持ち上げようとしたら、「も~!やめてよ、南。ぼくはそんなにやわじゃないっ。」とむくれた顔をした。

翔太がリュックを奪い返して、むきになって両肩に背負い直す。


怒って頬を膨らますなんて、翔太以外にリアルで見たことがない。その愛らしさに思わず手を翔太の頭にやり、「冗談だって」と、光を反射する髪をクシャクシャかき回す。


撫でられた翔太は「それも子ども扱いみたいじゃん!」って言いながら、手をはねのけてイーの口で威嚇してきた。

・・・なにこのかわいい生き物。そのふわさらな髪の毛、もっと撫で回したい。



集合場所にしていたバス停で女子と合流して、路線バスで宿泊ホテルへ向かう。今夜泊まるホテルが班行動の最終集合場所になっている。

バスの中で空いている席に女子を優先して座らせてあげる翔太の姿は、決して弟なんかじゃない。小さな紳士だ。・・・小さいは余計かも、な。


翔太はホテルで他の班と合流すると早速、複数のやつらに話しかけられていた。


誰もが翔太と話がしたくて、誰かがいつも側に寄ってく。

夕食のときも、会話を繋ぐのが上手い翔太は輪に入れないでいる子にも、さりげなく会話を繋げていく。屈託なく笑う翔太が見たくて、また誰かが話を繋げる。そしてオレは、笑ってる翔太を見るのが嬉しい。


食事のときの勢いのまま大勢で雑談しながら大浴場に歩いていくと、クラスの女子たちがたむろしていた。


翔太以外のおれたちは、女子たちが翔太を待ってたことがわかるんだけど、本人は気付いてない。

ニコニコと手を振る女子たちに、偶然~って感じで屈託の無い笑顔と手を振り返している。

翔太に対してキャーキャー言わないことが女子の間では暗黙のルールらしい。


「湯上りの女の子って、かわいいね~。」


誰に言うでもなく翔太の口から出たその言葉に、仲間の誰もが肯定も否定もできないでいる。


・・・多感な年頃の男子は普通、思ってても言えないぞ?


おれは心の中だけで、「素直にかわいいと言える、おまえのほうがかわいいよ」と翔太に語りかける。


様々な思いを持った男子一同は浴場で騒ぐことで発散した。



部屋に戻った翔太の落ち着きが、無い。

そんなことまでわかるくらい、しょっちゅうあいつを見てるのか、オレ。ヤバイな。


でも、友達に呼び止められて戸惑ってるとこ見ると、放っておけないな。一緒について行こう。

男子の集団で移動してる途中、出会った女子たちと合流してロビーを目指した。


お土産売り場は風呂を終えた他のクラスの子たちで、ごった返していた。

翔太を見失わないように付かず離れずで散策していたら突然、オレと翔太の間に女子数人が割り込んできた。


・・・ああ、いつもの。


今までも、何度か見た光景だ。


女子ってほぼ、友達連れで来るんだよな。時によってプレゼントだったり告白だったりするけれど、オレが一緒のときに限って言えば、さすがに小学生だからか、付き合ってほしいとは聞いたことはないな。


今回はどうやらプレゼント系のほうだ。

女子の背後しか見えないから、何かを渡してることくらいしかわからない。


対する翔太は・・・相変わらず照れることなく、受け取って・・・やめろって、その笑顔。

相手に期待させちゃうだろ。まったく。

だからといって注意することもできない。だってその笑顔が、おまえのいいとこだし。


翔太は気づいてないようだけど、目撃してた同じクラスの女子の目が厳しい。ホントは自分達も渡したいのに、抜け駆け禁止の王子協定ルールに縛られてるんだってさ。おかげで1組の平和が保たれてるんだとしたら、女子には悪いけど協定バンザイだな。


周囲から注目を集める中、翔太が電話をしに行きたいと、オレに言ってきた。


修学旅行中は非常時以外は電話禁止だと、先生からの注意があった上にしおりにも書いてあったから、バレたらまずい。

でも翔太に頼られたからには何とかするしかない。


「あ~。オレ、部屋に財布忘れてきちゃった。翔太、付き合って。」


翔太の肩に手を回してすこし強引に引き寄せながら、注目の的を人目の少ないエレベーターホールまで引っ張っていく。


「ありがと、南。助かったよ。」


「たいしたことないって。それより、電話の場所わかってんの?」


「うん。大浴場の奥にあるんだって。着いたとき、フロントで教えてもらったんだ。」


前もって確認しておくほどなんて、いったい誰に電話するんだよ?と口から出かかった、が。

・・・待てっ!オレ!昼間にも、余計な一言をポロッと口にしただろっ。


口は災いの元。と自分自身に心の中で言い聞かせ、翔太が電話を見つけられたのを確認して、自分だけ途中にあった休憩所に戻って待っていた。


数分で戻ってきた翔太はさっきのソワソワした感じが消えて、表情から喜びがわかるほど機嫌が良く見えた。


そんな顔にさせる相手って、・・・なぁ、誰に電話してたんだよ?

せっかくの翔太の顔を曇らせるのが怖い、聞くのは・・・無理だわ。


部屋へ戻ろうとしたとき、先生がこっちに向かって歩いてきた。!ヤバい。


「おまえらこんなとこで何してるんだ?おまえらの風呂の時間はもう過ぎただろ。」


先生の脇にはバスタオルが挟まれてる。そうか、先生たちは今からお風呂なんだ。

おれはとっさに休憩所にあった自販機を指さした。


「さっき見た、このナタデココドリンクがすっごく気になってて、買いにきたんです。」

「そうか。もうすぐ消灯時間だから、飲み終わったら早く部屋に戻れよ。」


オレの言葉を疑うことなく、先生は浴場へ歩いていった。やった!オレたちの日ごろの行いがこういうときに表れるよな。

すぐ横にいた翔太がオレを見上げて、感心した口調で言った。


「すごいね、南は。とっさに答えられるんだもん。ぼく、固まっちゃってたよ。」


たまたま、翔太を待ってる間に自販機のドリンクを眺めてたから答えられただけだ。


「ほんと、ありがと。今日は南に助けられてばっかりだ。」


至近距離かつ上目遣いの笑顔に、一瞬でドキッとして思わず目を逸らせてしまった。あ~もう、近いって!


「たいしたことないって。早いとこ戻ろうぜ。」


あぁ、オレを動揺させるのはいつもおまえだ。

こんなときこそ、気の効いた言葉を返せるようになりたい・・・








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