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君を想う  作者: つきみまいたけ
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翔太   〜修学旅行〜


クラスのみんなとの旅行は楽しいんだけど、残してきたみおのことが心配。ひとりで寂しい思いしてないかな?

みおは今学校に居る時間だろう。電話は無理だ、メールしたい。なんで修学旅行に自分の携帯を持ってきたらダメなんだろう。


夜ご飯のあとなら、ないしょで電話する時間ができるかなぁ。先生にはもちろん、友達に見つかってもいろいろ聞かれるのは困るから気を付けないと。


宿泊先がホテルならきっと公衆電話があるはず。問題は、タイミングと電話の使い方だ。

今まで、2回しか使ったことないから少しドキドキする。

遠くにかけるときは100円玉のほうがいいんだっけ。おつりが出ないってほんとかな?受話器を持ち上げる前にお金を入れるんだったかな?入れてから持ち上げるんだっけ?



電話のことを考えているうちに、目の前に生八橋の材料が並んだ作業室に着いた。今は修学旅行のイベントのひとつ、おたべ作り体験と工場見学に来ている。


班ごとにテーブルに分かれて座りお店の人が作り方の説明をしてくれてる間も、頭の中ではなんと言って部屋から抜け出そうか考えながら、手だけはせっせと動かしていた。


我に返って材料から顔を上げて周りを見渡したら、他の子よりも早く完成に近づいていた。


実は去年も一度、おたべ作り体験をしていた。今回は自分でも上手くできたと思う。去年は上手く伸ばせなくて、あーちゃんの手の動きを見ながらなんとか完成させたんだっけ。

楽しかった記憶が色鮮やかによみがえってくる。


・・・ふふっ。みおも僕と同じくらい不器用だったなぁ。


思い出し笑いが出て口元がつい綻んだ。


そして楽しかった思い出には大抵、亡くなった兄、あーちゃんが出てくる。


それでも今さほど悲しい気持ちにならないのは、楽しかった思い出のおかげで幸せだった記憶が胸を占めているからだろう。


自分たちで作った生八橋を味わった後、(みなみ)と1階の店舗を見て回った。クラスで一番気の合う南と同じ班になれたことで、いつもの学校と同じくらい修学旅行も楽しい。


お店では、お土産に生八橋を買って帰ったらあーちゃんとのおたべ作りを思い出してみおが悲しくなったりしないかな?と考えて、買うか買わないか迷っていたら南が声を掛けてきた。


「翔太、何味買ってく?オレ、抹茶にしようかな、兄ちゃん好きだし」


南の言葉に、みおの好きな味も抹茶だったなと思い出した。確か、おたべも好きだって言ってた。

そうだ、修学旅行のお土産として、みおに喜んでもらいたい。


「僕も抹茶にするよ」


ぼくの顔色を窺い気味にしていた南が笑顔になって、また聞いてきた。


「お母さん、帰ってきたのか?」


「今?ううん。海外にいるよ。」


母さんは今、北欧で旅行にくる日本人を観光案内する仕事をしてる。

子どものころからの夢をかなえた母さんは仕事がとっても楽しいらしい。ぼくとあーちゃんが日本で暮らすことを決めても、母さんは自分のやりたいことを優先した。

正直なところ寂しいけれど、自分の道を進む母さんのことを尊敬してるし応援もしてる。


気まずそうな顔をした南が目に入った。ぼくに悪いことしちゃったって顔してる。


そっか、あーちゃんがいなくなって母さんも帰って来ないとなると、お土産を買って帰るのに誰に渡すのかってことだね。

言いにくくてぼくが黙ったままでいると、たぶん南は自分の言ったことを気にするだろう。以前、南にはあーちゃんが結婚したことは言ったはずだけど、あーちゃん亡き後のみおとのことは話してなかったかもしれない。



「今は・・・姉、と一緒に暮らしてるんだ。」


顔からみるみる緊張感の抜けていった南が、へらっと笑った。ぼくの肩をポンポン叩いて何度も頷いている。


「そっか、姉ちゃんか。きっとお土産待ってるな。」


ぼくもニコッと笑顔を南に返して頷いた。


・・・うん。きっとみおは待っててくれてる。お土産も、僕のことも。

やっぱり今夜、絶対電話する!



解散して班行動になってから、ぼくたちの班はお土産の並ぶ店々を見ながら神社を目指していた。


大人数のクラス毎より、少人数班でまわるのって気楽でいいよね、ちょっと寄り道しても大丈夫だし。女の子たちはお守りが好きなんだね、次に行く神社の話で盛り上がってる。

みおはお守り好きかな、持ってたかな・・・どうだっけ?


到着して鳥居をくぐったとたん、静けさが増したように感じられた。参拝しに来た人たちの気持ちと姿勢が、神社の持つ気配に影響を受けてしゃんとするみたいだ。厳かな雰囲気を感じながらさらに奥へ歩く。

本殿を見上げた瞬間、またもや去年の記憶が鮮やかによみがえってきた。


・・・ここ、あーちゃんとみおと来たところだ。


1年前の春、京都の桜を見に行こうと、3人で日帰り旅行に来た。

3人での旅行が嬉しくてつい駆け出しちゃって、ここの段差でつまずいて転んだぼくをあーちゃんが起こしてくれたんだった。

このあたりの屋根下に小さな蜂の巣があるのをぼくが見つけて、神社の人に危ないよって教えてあげたんだっけ。・・・あ、蜂の巣、もうなくなってる。


・・・あーちゃんがいないなんて今でも信じられない。

明日帰ったら「おかえりー、楽しかった?」って言ってくれるんじゃないかな。


ときどき、あーちゃんが亡くなったのは夢なんじゃないかと思っちゃうんだ。

・・・でも夢じゃないってわかってる。本当はわかってるけど、会いたい。



ぼくが日本に帰ってあーちゃんとふたり暮らしを始めたのは小学3年になる春からだった。


あーちゃんは学校に行きながら、ぼくのために慣れない料理をがんばってくれてたから、ぼくもいい子でいようとがんばってた。

でも、うまくやっていこうと思って、お互いちょっと頑張りすぎてたんだと思う。二人暮らしで少し疲れが出てきた頃、あーちゃんがみおに会わせてくれた。


みおに初めて会ったのも小3のときだった。


制服を着ているみおを見て、そのときぼくは高校生って大人みたいだなーって思ったんだ。

あーちゃんが、教育実習をしていた学校で知り合ったんだって言って、ぼくにも会わせてくれたんだ。

それからは一緒に遊ぶことが増えて、うちでご飯を一緒に作って食べたりみおの家で食べさせてもらったり、日帰り旅行で少し遠くにも出掛けた。みおはよく、顔いっぱいの笑顔で声を上げて笑った。そんなみおにつられて、ぼくも笑うことが増えた。


そこでようやく、あーちゃんとふたり暮らしを始めた頃は頑張ることばっかり考えてて笑ってなかったって気付いた。みおがあーちゃんと一緒にいることで、あーちゃんの気持ちにも余裕が出てきたのがわかった。


このままずーっとうちにいたらいいのにって思ってたら、ある日あーちゃんが「翔太、美緒と結婚してもいいかな?」ってぼくに聞いてきたんだ。

結婚ってずっと一緒にいられるってことだから、すごくうれしかった。

お兄ちゃんのあーちゃんとみおがずっと一緒ってことは、ぼくとも一緒。


大学へ行くことを決めていたみおが結婚することは、学生結婚って言うんだって。そのこともあってあーちゃんはみおのお父さんお母さんとちゃんと話し合いをして、許してもらったって。

ぼくたちの母さんもいいよ、って言ってくれた。


みおの高校卒業を待って、今年の3月にふたりは書類に名前を書いて結婚した。

結婚って、なんて簡単なんだろう。「ドレスを着なくても結婚できるの?」ってみおに聞いたら、にっこり幸せそうな顔で「できるよ。それにドレスを着るのは入籍後でもいいんだよ」って答えが返ってきた。


あーちゃんと結婚してからはみおが毎日毎晩うちにいて、ぼくはひとりじゃなくなった。

学校から帰って「ただいまー」って言うと「おかえりー」って返ってくるんだ。あーちゃんは仕事で帰りが遅い日が多くて、早く帰ってこないかなぁって、いつも待ってたからうれしかった。



ある朝みおと、晩ご飯にドリアとサラダを一緒に作る約束をした。

今度こそホワイトソースがダマにならないように作るんだ。早く学校終わらないかなぁ。そんなこと考えてたら、先生が「おうちの人から電話が入ってる」って呼びに来たんだ。

みおから電話だ!って喜んで、職員室に行ったのに・・・。


「あーちゃんが事故にあって病院に運ばれたから、一緒に行こう」


・・・みおの声がいつもより低くて聞き取りにくかった。あのとき、みおはもう あーちゃんが目を開けなくなっちゃったってわかってたんだね。ぼくはわかってなかったから、「じゃああーちゃんは今日、ドリア食べられないね」って言ってしまったんだ。

あのとき、ぼく、なんてこと言っちゃったんだろう・・・電話越しのみおの声が嗚咽に変わった意味をわかってなかったんだから。




砂利を踏む音が近くで聞こえた。少しの間、思い出に浸っていたらしい。


「翔太ー。お茶買ってきたぞー」


南の声だ。あ、見られたくない。上を向いて滲んだ視界をすっきりさせようと瞬きしたけど、すぐには治まってくれない。

とっさに目のまわりをこすってから振り向いた。



今日泊まるホテルに着いてすぐにしたことは、従業員の人に公衆電話の場所を聞いたこと。大浴場のある2階の奥にあるって。修学旅行は時間が細かく決まってて、自由時間はお風呂後のわずかな時間だ。


豪華な夕食を目の前にして、クラスメートたちの歓声があちこちから聞こえる。

小6のぼくらに食べきれるんだろうか?って思うほどたくさんの品数。別の行動班だった子たちが聞かせてくれるおもしろい話で盛り上がりながら食べているうちに、ほとんど残すことなく食べ終わることができた。


部屋ごとに決められた入浴時間に合わせて、部屋のみんなで大浴場に向かった。途中、お風呂上がりのクラスの女子たちに手を振られて振りかえした。湯上りの女の子たちはいつもよりほんわかしてて、かわいいね。

他の一般のお客さんもいるから騒ぐなと先生に言われていたけど、男風呂はぼくたち小学生だけだったから、少しうるさかったかも。・・・ちょっとだけね。


さっぱりして部屋に戻ると他の部屋の子たちが来てて、畳にひかれた布団のうえで今日買ったお土産を広げて見せ合いっこしてる。

・・・今のうちに、電話しに行こう。と、部屋を出ようとしたら「翔太、どっかいくの?」と、友達に呼び止められた。


「ん。ちょっと」


「もしかして、ロビーのお土産売り場?俺も行くー」


そんなにお土産買ってあるのにまだ買うの?


断る理由が思いつかなくて黙ってたら、おれも、ぼくも、と、集団でロビーに行くことになってしまった。

・・・あぁ


流れで来たロビーには他のクラスの人たちもいて、賑わってた。夜はホテルから出ちゃいけないから、ついお土産売り場に来ちゃうんだろうね。

買う気はなかったからなんとなく商品をながめていたら、数人がぼくの行く手をふさいだ。顔を上げると、他のクラスの女の子たちで、そのひとりが横にいる子にせっつかれている。


何も言わないから、ぼくから声をかけてみた。


「どうしたの?」


俯いていた手前の子が顔を上げた。その表情から、彼女の緊張感が伝わってきた。


「・・・あのっ。これ、よかったら」


目の前に差し出された小袋には神社の名前が入っているから、中身はたぶんお守りだろう。昼行動のときにどこかの神社で買ったらしい。


「ぼくに?」


女の子が大きくうなずいて、両手でさらに前へ出してきた。手が少し震えてる。

両手が空いてたぼくも、礼儀として両手で受け取った。


「ありがとう」


女の子は小袋がぼくの手に渡ると、クルッと向きを変えて一目散に走っていった。一緒にいた女の子たちはぼくに会釈をしてから彼女を追いかけて走ってった。


去ってった子たちの後ろにいた南が近づいてきた。


「何もらったんだ?」


「ん~。お守り?かな」


言いながら小袋を開けてとりだしてみると、学業成就と書かれたお守りだった。

ぼく、励まされてるのかな。もっと勉強しろってことかな。どちらにしても、ぼくのためにわざわざ買ってきてくれたことは素直にうれしい。


・・・いけない。電話しにいくんだった。


さりげなくこの場を離れたかったけど、今の出来事がまわりの関心を引いたみたい。

あちこちから目線を感じる。でも行かなきゃ。


声を小さくして南にだけ聞こえるように「南、ちょっとぼく抜けるから」と、ささやいた。


「どこ行くんだ?」


「電話しに行きたいんだ。どうしても」


南になら言っても大丈夫。きっと誰にも言わないでくれる。


南が突然あたりを見回して、体をポフポフ叩いてみせた。


「あ~。オレ、部屋に財布忘れてきちゃった。翔太、付き合って」


機転をきかせた南が、ぼくを引っ張ってロビーから連れ出してくれた。さすが南。


ふたりで2階でエレベーターを降りて、奥まった公衆電話に向かう。この時間ならここに学校の子は来ないはず。

電話を見つけると南は「おれ、さっき途中にあったイスに座ってるから」と言って戻っていった。

ありがとう、南。


公衆電話の前でひとり、一度大きく息を吸って吐き出した。

みおに電話するだけなのに緊張する。いつもより離れてるからかな。

受話器を持ち上げて、100円玉を入れた。丁寧にプッシュボタンを押す。普段は携帯に登録されている名前を押せばかかるから、改めて番号を押す行為に少しどきどきしてしまう。

登録すると忘れがちな携帯の番号だけど、みおの番号はずっと覚えてる。ぼくにとっては、お守りみたいなものだから。


コール音が1回、2回、3回・・・


「はい、朝比奈です」

公衆電話からかけた誰からかわからない相手に、律儀に名乗るなんて。ぼくのほうが心配だ。


「ぼく。翔太」

名乗ったとたん、みおの声が優しく変わった。


「あ、翔太くん。旅行はどう?楽しんでる?」


「うん、とっても。ぼくのことより、みおはひとりで困ったこと無い?ひとりで眠れてる?大丈夫?」


電話の向こうで、ふふっ、とわずかに笑う声が聞こえた。電話なのに、耳がくすぐったい。


「うん。眠れたよ、大丈夫。まるで私が子どもで、翔太くんがママみたい」


「ちゃんとご飯食べてる?ひとりだから適当に済ましちゃってない?」

大丈夫。今も、先輩のおうちでご飯ごちそうになったの。とってもおいしかったから、今度私が翔太くんに作ってあげるね」


あぁ、ぼくがいなくてもみおは何とかやってるんだね。安心とちょっぴり残念な気持ちが自分の中にあることに気づいて、なんだかもやもやするよ。


「みお、誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「ぼく、明日帰るから。明日は一緒に夜ご飯食べようね、みお。大好きだよ」

「うん、待ってる。私も大好きだよ」

「じゃ、また明日ね」

「ん、また明日ね」


受話器を置いて、あっという間に過ぎた会話を頭の中で振り返って、みおの声を思い出す。

・・・あぁ、早くうちに帰りたいなぁ。


電話を終えて歩いていくと、南が途中でちゃんと待っててくれていた。


「ありがと、南のおかげだよ」


「オレ、何にもしてないよ?じゃあそろそろ部屋に戻ろっか」


戻ろうとした時に偶然先生に出くわしたけど、南が上手くかわしてくれた。落ち着いて状況に合わせられる南の冷静さが羨ましい。


理由も言わずに付きあわせてしまって、ホントは聞きたいことがあるだろう。でも、何も聞かないでいてくれて、南はやっぱり頼りになる。ぼくの大切な友達だ。


部屋に戻ってまもなく、消灯時間になった。





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