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君を想う  作者: つきみまいたけ
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加藤   ~買出し~ 


この頃、隼人がよく声をかけてる子がいたな。

なんて言ったっけ・・・


「朝比奈 美緒」


あぁ、そうだ。

今、隼人が呼びかけたあの子だ。


春先はぼんやりした印象だったけど、学校に慣れてきたのかな。

時折、やわらかく笑うようになってきた。

ナチュラルメイクで自然に見せた肌が大学生になりたての初々しさを感じさせていて、ボブショートの髪型が小顔とのバランスがとれている。服装からみると、協調性のある明るい性格と見た。


顔は俺のタイプじゃないけど、人なつっこそうに笑うのはかわいいな。悪くない。


どっちかというと、彼女の横に座って隼人に見とれてる友達のほうが、女性らしさを押しにしてくる俺好みだな。

俺にも目線を投げてくるから、顔のいい男が好きなんだろう。

とりあえず、笑顔を返しておくか。顔見知りは多いほうが、何かと都合がいい。


朝比奈は・・・ 俺のほうを見ないな。気づいてないのか?横にいるのに。

隼人にも媚びるそぶりもないし・・・もしかして、彼氏もち?

いい男が並んでれば少なからず、女子はアピールが増すことを俺は経験でわかってる。


朝比奈とあっさり会話を終えた隼人が、食堂出入り口へ体の向きを変えた。

ようやく隼人から視線が外れた朝比奈が、俺に気づいた。

軽く会釈で済まされた。


・・・何?それだけ?


俺たち、女子にはかなり人気があるほうなんだけど?

自分に関心を見せない朝比奈に、興味が湧いた。



「なぁ、今の新しい彼女?」


「ちげーよ」


うん、わかってる。おまえの動揺の程を確かめてみただけ。

だっておまえ、自分から女に告白して付き合ったことのないヤツだから。

それでも隼人がフリーだと聞きつけた女子が間を置かず申し込んでくるのは、母性本能をくすぐるこいつの弟的外見が大きいんだろう。


普段から口角が上がった得な顔つきをしてる上に、笑うと年齢より若く見られる童顔。しかも俺と同じ高身長。でも自覚が足りない、残念イケメン。


隼人と付き合ってた歴代の彼女たちから、「高瀬君、私から言わないと手も繋いでくれないの」「彼女の私のこと、全然考えてくれてない」といったクレームを、俺が何度も受け止めてきた。


隼人は興味がないとてんで気が回らないせいで、彼女と長く続いたのを見たことがない。付き合い始めでも浮かれることはなく、別れても落ち込む様子がない。相手に関心が薄いせいだろう。


俺と一緒のときは結構、感情だだ漏れなんだが。


来るもの拒まず去るもの追わずなこいつはもしかして、まだ本気で人を好きになったことがないんじゃないか?


じゃあ俺が先に、あの子と仲良くなってみようかな。


「ミオちゃん、俺に紹介して?」


隼人が沈黙したと思ったら、渋った反応を見せた。珍しい。


「ん~、・・・ダメ。かな」


何なんだ?、そのはっきりしない中途半端な態度は。まだ自分で自分の気持ちがよくわかってないような回答に、中学生男子のような初々しさを見た。

まぁ、今はごまかされといてやるよ。


境遇が似てる割に、ひねくれてない隼人が好きだ。

隼人が誰かを本気で好きになったら応援したい、とは思ってるが、隼人にかまってもらえなくなると寂しくなるのはきっと俺のほうだろう。



俺だって昔からひねくれてたわけじゃない。


誰だってパートナーにするなら、相手は見てくれのいいほうがいい。

しかも、将来有望な医学生。さらに、親が病院経営でお金持ってると知れば、向こうから寄ってくる。

自分の価値はどこにあるのか? もうそんなことに悩むお年頃は、通り過ぎた。


俺に近寄ってくる女の子のほとんどは、並んで自慢できる外見と自分も享受できるであろうステータスを求めてくる。

それを俺もわかってるから、上手くエスコートしてるうちは順調だ。

だが、調子に乗って、プレゼントはどこぞのブランドがいいとか、レベルの高い外食をおごられて当然の立場だと振る舞われ始めると、とたんに興ざめしてしまう。

自分から望んで付き合い始めた相手ですらそうなってしまうと、告白するんじゃなかったと、自己嫌悪に陥る。


今じゃ、冷めた目で女性を観察しているもうひとりの自分が、心の奥に存在している。


そんな俺の癒しは、隼人だ。食べ物で釣ればイチコロな単純さも好きだ。


「隼人。今日、泊まっていい?めし作るし」


「俺、修の作る青椒肉絲が食べたい」


パッと期待に満ちた隼人の顔が向けられると、俄然やる気が湧いてくる。

くぅ~っ!かわいいヤツめ。おまえはまだしばらく、他の奴には渡せん!



俺はスーパーも好きだ。

気楽な外食も好きだけど、自分で作るのも好きだ。材料を揃えて工夫して、自分好みの味つけにできるところがいい。


たけのこはせめて国産、ピーマンは鮮度、肉は高けりゃいいってもんじゃない。オイスターソースと・・片栗粉も買い足しておかなきゃな。

あ、柚子、柚子。

俺が作る料理は何でも美味いと言って食べてくれる隼人のために作ると思うと、いつも以上に買い物が楽しい。


買い込んできた食材を提げて、隼人のマンションに鍵を開けて入る。

相変わらず、小ぎれいに片付いて無駄なものがない。女の気配が感じられない部屋だ。


勝手知ったる隼人んち。食材を並べ、調味料をそろえ、調理器具を出す。


さぁ、今日も美味いと言われる料理にとりかかろうじゃ・・・・・・ブブブブブッブブブブブッ。

ズボンの後ろポケットに入ったスマホが電話を知らせる。

画面に表示された名前は、ん?隼人?


「はい、俺」

サクッと出て、隼人の言葉を待つ。

「俺~。捻挫しちゃったよー。今は病院。朝比奈に送ってもらうからー」


・・・捻挫したわりには機嫌良さそうな口調だな、おい。


隼人が世話になったし、せっかくだから彼女にも食べてってもらおう。

多めに食材を買っておいて正解だったな。



チャイムに反応してドアを大きく開けると、松葉杖の隼人と荷物持ちをして緊張気味の子が立っている。・・・朝比奈ミオ、だっけ。ここには初めて来たんだな。


淡いイエローのTシャツにグレーのスリムなジャージパンツのまま、いかにも今までテニスしてましたと言わんばかりの格好を見て、今まで隼人のことを優先して自分の着替えそっちのけで動いてくれていたことが伺い知れる。いい子じゃないか。

「ミオちゃん」と呼びかけることで、こちらから先に親しみを投げかけておこう。


いい子のミオちゃんは隼人を送り届けただけで、「おじゃましました」と玄関に向かおうとした。

隼人から、彼女が帰ってしまうのを惜しんでる思いが、手にとるように感じられる。


隼人と荷物と置いてすぐに帰ろうとするミオちゃんを呼び止めるのは、俺の役目と見た。

雑用を彼女に任せて引き止めているうちに、めしを仕上げねば。



テーブルに並んだ料理の出来に、目を輝かすふたり。

ミオの視線が釘付けなことで、食べたそうなのがよくわかる。


ミオに視線で食べてみろと促すと期待に満ちた目で料理に視線を戻し、手を合わせきれいな箸の持ち方で口に運んだ。


些細なことだが、自分は一緒に食事する相手の食べ方が気になるほうだ。自分が厳しく躾けられたせいだろう。

隼人の食べ方はいつも丁寧だ。焼き魚をきれいに食べる箸使いからは育ちの良さを感じる。

そんな隼人はミオが箸を動かす姿をうれしそうに眺めてから食べ始めた。


目の前に、実に美味しそうに食べる顔が、ふたりに増えた。うん、悪くないな。


今日の料理を褒められた上、「他の中華も美味しいでしょうね」って言われたら、受けて立つしかないでしょ?ミオの言葉に挑発されてやろうじゃないか。


明日が楽しみだなんて思うのは、久しぶりだ。




連絡先交換したミオを駐車場まで見送って戻ってから、冷蔵庫から冷えたビールを取り出してソファでくつろぐ隼人に手渡した。

隼人が缶から直接一口飲んだところで、けしかけてみた。


「なぁ。ミオちゃん、かわいいなー」


あ、隼人が固まった。


「俺、彼女の美味しそうに食べてる表情が気に入った。作ったかいがあるね」


うつむいた。言いたいことがありそうだな、言えよ。


「明日、一緒に買出し、楽しみだな~」


お、顔上げた、視線合わせてきた。


「修・・・美緒のこと、気に入ったのか?」


肯定しないでほしいと、不安げなその表情が語っている。まだ自分の気持ちに気が付かない隼人は、本当に恋愛初心者かもしれないな。あまり追い込みすぎないでおこう。


「まだわかんねーよ。ミオちゃんと話したのは今日が初めてだよ?俺。これから気に入ってく・・・かもな」


少し意地悪そうに口の端を片方引き上げて、隼人の出方を待つ。

隼人の表情が眉間に力の入った顔つきに変わり、少し非難じみた口調になった。


「おまえ、彼女いるじゃん。」


俺、おまえの誠意あるところも好きだな、二股は許しませんってとこ。


「今日、別れたよ」


隼人の眉間のしわが一瞬で消え、二重の形のいい目が大きく見開かれた。


「ええぇっ!?今日!?なんで?今の彼女、おまえから声かけて付き合ったんじゃなかったっけ!?」


口が半開きのままだ。整った顔のくせに表情がコロコロ変わり、面白い顔で飽きない。


「だって、向こうからさよならって、言われちゃったし」


「えぇ~。そんなぁ~」


?・・・なにがそんな~、なんだ?隼人、おまえなんか目が泳いでるぞ?


「修、彼女にするタイプが今までと明らかに変わったよな?なんかあったの?」


それは今まで女という性を積極的にアピールしてくるタイプから、今の・・・いや、もう元カノか・・・知的系に変わったことを言ってるんだろうな。


「そうだな、強いて言うなら・・・結婚したくなったからかな」


「けっ!?こん?」


ぎょっ!とした顔を見せる隼人。


「もちろん、今すぐってわけじゃないぜ。相手もこれから見つけるんだし」


「何言ってんだよ。俺たちまだ学生だよ?22だぞ?まだまだだろー」


そうだよな。俺もこないだまでまだ先のことだと思ってた。でも今年、父親がぎっくり腰で突然寝込んだことで考えが変わったんだ。


「俺たち、このままでいくと病院を継ぐわけじゃん?1浪が卒業した時点で、25歳だよな。研修入れて最低10年はいろんな現場で経験を積まないと、実家の病院に帰っても医者として使い物にならない。そんとき親は70近くになってるんだぜ。待たせすぎだと思わないか?

俺が親なら、60くらいで跡継ぎと一緒にしばらく仕事がしたい。逆算すると、25くらいで子ども持たなきゃって思ったんだよ」


「・・・・・・そう言われると、そうかも」


隼人は腕を組み、頭上に視線を向けた。

こいつも俺と似たような立場だから、自分の親とのことを思い描いてるんだろう。


「それに、いつまでも結婚しないと、病院同士の利害関係の絡んだ結婚させられる可能性も大いに有り得るだろ?」


「うぅぅ・・・ありえる~」


嫌そうに顔をそむけたってことは、おまえも利害結婚は避けたいわけだな。

こうみえても俺は、愛のある結婚がしたいのよ。


「だから俺は今、学生でありながら婚活中なわけだ。一生の相手を見つけるのに、妥協したくないからな」


今度は目を瞬いて俺を見る隼人。

なにその驚いた顔?見直したか?いつもいい加減なだけの俺じゃないんだぞ。


ほどなく手元の缶に視線を落とした隼人は、ビールを飲み干してから絞り出すように言った。


「でも・・・美緒に手を出すのは・・・困る」


それって、ミオを好きになりかけてるってことじゃないのか?

まだはっきりと自覚してないんだな、こいつ。


「俺も、隼人に嫌われたくないから、まだ大丈夫」


一瞬の間をおいて、ハッとした目で焦って聞いてきた。


「まだ!?ねぇ、まだってどゆこと!?その先はどうすんだよ!?」


細かいところに気が付くな、お前。

説明がめんどくさいから、乾きかけの髪を後ろからワシャワシャとかき回しまくって、隼人の気を逸らせた。




学生駐車場入り口に5時集合と、昨夜した連絡をちゃんと守ったミオは、ほぼ5時に到着した俺たちを待っていた。


「じゃ、行こうか。車、こっちね」


隼人の松葉杖を使う速さに合わせてゆっくりめで歩き出し、車の鍵を取り出して手招きすると、ミオはすこしためらう素振りを見せた。


「どうした?」


「車に乗せてもらったこと、修先輩の彼女に知られたら誤解を招くかも・・って思って」


そんな杞憂よりも、自分に彼女がいると知っていることが引っかかった。


「何?俺のこと、そこまで知ってたんだ?実は俺のこと気になってた?」


「いえ。昨日、車の中で隼人先輩が、修先輩のことを少し話題にしてたんで」


・・・隼人~。

目が合った隼人は、笑ってごまかすだけだ。

前もって俺に彼女がいることを知らせておいて、俺をライバル対象圏外に放り出したな・・

・・・っていうか、今。男として、さくっと否定されたような?


「誤解に関しては大丈夫。昨日、別れたから」


「昨日!?」


あまりにも近日のことに、ミオも驚きの声をあげた。



そう、昨日の午後。

隼人んちに泊まりに行くことを決めた後に、彼女から電話がかかってきた。

前から連れてってと言われていたお店に今夜行きたいとお願いされたが、今日は友達と約束があるからまた今度ね、と断ったら「私と友達と、どっちが大事なの!?」と、きたもんだ。

間髪入れずに、「友達」と答えたら、「さよなら」の一言で電話が切れた。


そう説明したら、それは困る質問ですよね・・・と、意外にも女子側に賛成するかと思ったミオが同意してくれた。


怪我人の隼人だけを先にマンションで降ろし、後部座席から助手席へ乗り換えたミオとふたりでスーパーへ、揺れを感じさせない安定したスタートで車を発進させた。


男女ふたりきりになったら、『恋バナ』だよな。早いとこ、確認しておきたい。


「ねえ、ミオちゃん。隼人の事、どう思ってるの?」


運転しながら、ちらっと助手席のほうに視線を流して直球ストレートで聞いてみた。直球のほうが、ごまかしが聞かないと知ってるから。


「・・・どう?ですか?」


わずかな間をおき、ミオは俺の横顔に向けて言った。


「修先輩は隼人先輩が大好きですよね?私も隼人先輩が好きです。でも修先輩は隼人先輩と恋人になりたいわけじゃないですよね?私も同じです」


・・・なるほど。


俺は、ミオが隼人を好きだと言ったら隼人のために、協力する覚悟もあった。

そのミオが俺と同じだと、恋人を目指してないと言い切った。


「隼人先輩のことは、自分に真っ直ぐで素敵な人だと思います。あんまり、男の人だって意識せずに一緒にいられるところが安心できます」


隼人・・・おまえ、不憫だな。

ここは、ミオの心境の変化を待つしかなさそうだな。

念のため、仮定の話を振ってみる。


「たとえばさ。付き合おうって、たとえばだけどさ、言われたらどうする?」


助手席で正面に向き直ったミオが自分の手元の拳に視線を落として、一呼吸置いた。さっきまでのはきはきした口調とは違う、低いトーンで返ってきた。


「・・・私・・・、しばらく誰とも付き合いたくないんです」


・・・ミオは最近、男と別れたのか?ミオとの恋バナはしばらく避けたほうが良さそうだな。




店内に入ると先ほどの話題とかけ離れた、食べ物の話ばかりになった。


カートを押す俺と、後に付いて食材について聞いてくるミオ。

家ではかなり料理してるらしい。でも、今後に期待の料理研究生って感じだな。

中華つながりで、生春巻きの皮やフォーにも興味を示し、俺に次に繋がる期待の目を向けてきた。

・・・待て待て、そんな期待に満ちた目で見るな。まずは今日の料理からな。


レジで当然のように半分出すと言ったミオを説得し、俺が全部支払った。

店を出ても申し訳なさそうにしていたから、「じゃあ今度は半分出して」と言ったら、「はいっ!」といい返事が返ってきた。


・・・恋バナでテンション下がったミオより、元気なミオのほうが断然いいな。


ひとつずつ持っていた買い物袋を車の後部座席に置いて乗り込み、隼人の待つマンションへ車を走らせた。







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