小説109 高瀬 ~君たちを想う~
披露宴がお開きとなって残ったのは美緒と彼女の両親、翔太と彼の母、そしてアーベルと名乗った翔太の叔父。そこになぜか俺。
アーベルさんの重大告白の現場に居合わせたばかりに、あれよあれよとこうなった。
目の前に置かれたコーヒーのカップから立ち上がる香りにリラックスし、当事者じゃないのをいいことに背もたれに身を任せて時を待つ。
穏やかな雰囲気の中、アーベルさんと目配せを交わした翔太の母が口を開いた。
「翔太が18になってから話そうって思ってたら・・・誕生日に美緒ちゃんとの結婚が決まって、アビーに話したら彼も参列したいから来日するって話になって、今こうしてここに集まった次第です。翔太に話そうと思ってたのは・・・翔太の父親についてのことなの」
翔太がアーベルさんに視線を向けたまま首を傾げた。
「僕のお父さんはアーベルさんじゃないの?母さんは父さんについて『大きくなったら教えてあげる』って言ったけど前にアーベルさんが僕のこと『son』って言ってるのを聞いたから、きっとアーベルさんがお父さんなんだろうって思ってたよ?」
翔太の母がアーベルさんへの通訳も兼ねているため、話がテンポよくは進まない。
彼女を通して聞いた内容にアーベルさんが遅れて「yeah・・・oh!」と反応した。
彼女が彼を手のひらで指し示し「アビーは翔太の叔父なのよ」と言った内容は流れで理解できたのだろう、彼が通訳なしで「yeah」と肯定した。
「じゃあ僕の本当のお父さんはアーベルさんの兄弟?」
問いに軽くうなずいた母が翔太を見つめながら懐かしむ口調で口を開いた。
「あなたのお父さんミゲールはジャーナリストとして誇りを持って仕事に取り組む一生懸命な人だったわ・・・でも危険な仕事でもあった・・・だから、あなたが生まれてくる前に亡くなったの。彼とは帰ってきてから籍を入れて式をする約束をしていたんだけど、後回しにしたことが裏目になって彼の両親はお腹の中の子がミゲールの子だとは認めてくださらなかったの」
翔太の口から父親の話を聞いたことがなかったのも無理なかったわけだ。
出生前に亡くなっていたとは・・・
翔太の母が話した事をアーベルさんに再度通訳している時間は頭を整理するのに案外ちょうどよかった。
再び彼女が語る。
「仕事を続けながら子どもを育てるのは思いの外大変だったわ。それを『兄の子とその母親』ってだけでとても親身になって支えてくれたのがアビー・・アーベルね。さっき話に出たこのカメラはそう、ミゲールの遺品」
テーブルに置かれたカメラにそっと手を置いた彼女を見たアーベルさんがカメラの話に移ったことを察し、彼女の手の上に自身の手を重ねて話を紡ぐ。
『兄さんは帰ってこなかったけど・・・このカメラは帰ってきた。兄さんは生まれてくる子どもの写真を撮るのを楽しみにしていたんだ。これをきっかけに僕はカメラマンになって、兄さんに代わって子どもを撮るためにこのカメラの手入れをしてきたんだ。ようやく撮れると思ったらもうすっかり大人になってたけどね』
アーベルさんは翔太に向って軽くウインクした。
『今回僕が来日した目的は翔太たちのウエディングフォトともう一つ、僕の最愛の人から今日こそ結婚のOKを貰うこと』
アーベルさんは翔太の母を見つめて言った。
視線を受け止め眼を見開いて固まった翔太の母には内容的にも通訳しにくいだろう。
通訳を当てにしている人のために代わって俺が皆に訳しながら、アーベルさんの話が続く。
『今までに何度もプロポーズしたんだが、君はyesと言ってくれなかった。でも僕は諦めない。だって僕はリョーコを愛してるから。リョーコ、今日こそは僕と結婚してくれますか?』
通訳するまでもなくプロポーズの言葉だとわかり、一同息をのんで翔太の母リョーコさんの返事を待つ。
「・・・大切だから・・・もう失いたくないから手を取れないこともあるのよ・・・わかってアビー」
眉尻を下げて困った顔で理解を求めるリョーコさん。
愛したミゲールさんを失って翔太の兄あーちゃんとかいう息子も失っている彼女の気持ちを考えるとわからなくもない。
沈黙が支配しそうになったその場を翔太が打破した。
「母さん!それって言い換えると、アーベルさんが好きで好きでたまらないってことだよね?『時間は命』だよ!命に限りがあるのと同じで時間にも限りがあるんだよ。失ったときの事を恐れるよりも、今自分が幸せになれる生き方をするべきだと思う。この言葉、前にアーベルさんが教えてくれたんだよ!」
そこへ美緒も加勢する。
「私も翔太君も涼子さんの幸せを強く願ってます!絶対あーちゃんも願ってる、だってあーちゃんってそんな人でしょ?きっと涼子さんが愛したミゲールさんもそうですよ」
美緒の両親も深く頷き温かい目で同意を示している。
一同を見回した涼子さんは「ありがとうございます」と礼を述べ、改めてアーベルさんと目を合わせて言った。
『アビー・・・愛してる、アビー。答えははい、よ。生涯あなたを愛してる』
『僕もだよリョーコ、愛してる』
・・・こんな目前でまた誓いのキスが見られるとは。しかも熱烈。
てか、目のやり場に困るんですけど。
美緒の拍手につられ皆も祝福を送り、円満に今度こそお開きとなった。
満開を過ぎ、桜の花びらが風に舞う4月。
病院付属の医学部新入学生の噂が病棟職員にまで届いていた。
スタッフステーションでパソコン入力していると噂好きのナースが戻ってきて興奮気味に話し始めた。
「ねぇねぇ見た⁉見た⁉今年の新入学生オリエンテーションで爽やかを実体化した超イケメンがいた!」
「まだ見てないー、でも知ってる!それがさぁ左手の薬指に指輪しててーもしかして既婚者⁉って話もある!」
「うっそ⁉ファッションじゃないの?だって現役合格だって聞いたよ。ってことは今18でしょ?」
「もし既婚者だとしたら相手も学生かなー?横に並べるなんてどんな美人さんよ⁉」
たぶんそれ、翔太のことだな―――
はい、既婚者でーす。18歳でーす。相手は君たちと同じ病棟で働いてる人でーす。美人・・・あーうん、ほっこりする系だけじゃなくこの頃は綺麗になって益々俺としては目がいっちゃう・・・「ん゛ん゛ん゛っ」
邪念を咳払いで飛ばし、聞き耳を立てつつ仕事を進める。
「既婚者でもいいからお近づきになりたーい!」
「婚活してるあんたが言うとキケーン。あわよくば、とか考えてない⁉」
「えーワンチャンあればバツイチでも充分ありありよ?あの子の顔つきなら絶対性格良さそだしぃ、わがまま聞いてくれそ」
「もー洒落にならんって」
「だってほんっとーにカッコよかったんだってばぁ」
―――やばい、やばい。波風立てに行くのはやめてくれ。
「ん゛ん゛ん゛っ!あーすみませんが、これ至急確認して準備おねがいします」
全然急ぎじゃないけど話をぶった切るためには仕方ない。
そこへ病室巡回から美緒が戻ってきた。
「あ、朝比奈さん知ってる?今年の新入学――
「至急!急ぎで!・・・よろしくお願いします、ね」
「はぁい」
至急の仕事を受け取ったナースが言いかけだったことには美緒は深追いせず、小首を傾げただけで済ませた。
だが彼女の耳に入るのは時間の問題だろう。
そして、スタッフたちが事実を知って騒ぎ立てる日もそう遠くないはずだ。
「なあ。週末持ってくもの、あんなに少なくていいのか?」
「他は揃ってるって言ってたんでいいみたいですよ」
俺と美緒との些細な会話を手を動かしながらも聞き耳を立てていたナースが「何?何?なんかの計画?」と口を挟んできた。
「グランピングに行くんです。うちの家族と友人家族と、高瀬先生も一緒に」
美緒の答えに婚活中ナースが過剰に反応し、目をぎらつかせているのが怖い。
美緒はそんなナースに慣れているらしく、入れ替えた道具を乗せたカートを押しながら「行ってきまーす」としれっと追及をかわし、また病室巡回に行ってしまった。
お――い・・・置いてかないでくれよ―――
いやいやそんな顔されても、あんたの期待してる恋バナ系じゃないってば――
面子はアーベル夫妻と翔太夫妻、修一ファミリー、そして俺。
結婚式以来日本に滞在を続けるアーベルさんと親睦が深まり、週末にみんなでグランピングすることになっただけだ。
根掘り葉掘り聞きたそうな視線が怖くて、パソコンの画面を凝視して集中してるふりを決め込む。
そんな中、背後から自分を呼ぶ声がした。
「あの・・・高瀬先生」
聞きなれた声のはずなのに聞きなれないフレーズを耳にしておもむろに振り返るとそこにいたのは翔太で間違いなかった。
いつもは『隼人さん』と呼ぶのに、きっと場所を考えてのことだろうが何だかむず痒い気持ちになる。
「お、おぅ。どうした?今日は一日ガイダンスじゃなかったか?」
「はい。さっきまで少人数に分かれて院内見学させてもらってたんですけど、今はお昼休憩。午後からまた履修科目についての説明があるらしいです」
ふーん・・・そういえば俺も入学したてでやったっけ・・・今となっては懐かしいな。
「で、美緒が朝忘れて行ったお弁当届けにきたんです」
言うと同時に掲げてみせたランチバックに見覚えがあった。
時々弁当を食べている美緒の横に置いてあるやつだ。
前にも翔太が届けに来たことあったなぁ。
「美緒は今、病棟回ってるから預かっといてやるよ。ステーションに置いとけば気づくだろ」
カウンター越しに手を差し出して受け取ったが、翔太はまだもの言いたげな感じだ。
「どした?伝言もあるのか?」
尋ねると、翔太は顎を引き真面目な顔になり姿勢を正したので、つられて自分も背筋を伸ばす。
「いえ。高瀬先生に会いたかったのもあります。これからここで学ばせていただく学生として、誰よりも先にまず隼人さんに挨拶しておきたかったんです。―――高瀬先生、今後お世話になります。高瀬先生みたいな先生になるためにがんばりますので、ご指導よろしくお願いします」
翔太に丁寧に深く頭を下げられ、感動と突然背負った責任感が相まってぶるりと体が震えた。
胸が熱くなっている最中、翔太は背後にいたスタッフたちにも挨拶した。
「妻の朝比奈美緒がいつもお世話になっています。お仕事中お邪魔してすみませんでした」
!!!
翔太は「高瀬先生も、仕事中失礼しました。じゃまた明後日」と最後に爽やかな笑顔を振りまいて去っていった。
そっと振り返ると今にも叫びだしそうなナースと目が合い、焦った俺は「あ、やば、午後の診療が始まる」とわざとらしくバタバタ荷物を持ってステーションから逃げる。
―――美緒、任せたぞ―――
丸投げした美緒には気の毒だが、自身の事だから対応を頑張ってもらおう。
本当はまだ時間に余裕があったため、院内の通路を歩く足を止め窓から見える海岸線に目をやった。
春光が煌く穏やかな海面を眺めているだけで、先ほどまで動揺していた心が凪いでいく。
しかし胸に残る感動はそのままだ。
自分はお手本となる人にはまだまだ程遠い自覚があるけれど、翔太たちにとってせめて恥ずかしくない人でありたい。
翔太と美緒、二人とはとてもいい距離と関係を築けていてすごく居心地がいい。
二人から得られた大切に思われている安心感が今の俺を強くしてくれている。
俺も二人に安心感を与えられる存在になりたい。
気づけば大切な人が増えていた。
修一ファミリーとの付き合いはすでに深く長く、話が合うアーベルさん夫妻とも今後が楽しみだ。
人に関心が薄かった昔の自分に言ってやりたい。
人を好きになることは素晴らしいぞ。
その人を想うと幸せな気持ちが沸き上がってくるんだ。
好きってのは恋だけじゃなく、相手を大切にする包み込む愛だったりもする。
自分が想う人たちの幸せを願いたくなる、出会えた奇跡に感謝したくなる。
そんな気持ちを教えてくれた人をまた愛しく想うんだ―――
大海原を前に浸っていると、ポケットからの突然の振動で引き戻された。
気持ちを仕事に戻して一歩踏み出す。




