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君を想う  作者: つきみまいたけ
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高瀬   ~捻挫~

美緒視点だった「出会いは日常の中に」から、「君を想う」は美緒以外の視点でのお話です。


「朝比奈 美緒。」


大学の学生食堂の雑多な音の中、そいつは俺の声に反応して顔を上げ、座ったまま辺りを見渡した。


少し離れたところから呼びかけた俺を見つけると、ニコッと人当たりの良い笑顔を軽く見せ、首をごくわずかに傾けて次の言葉を待った。


俺は学食のテーブルをすり抜けて距離を縮めていき、朝比奈が座る丸テーブルの真向かいで足をとめた。


「今日、行く?」


俺の短い質問に疑問で返すこともなく朝比奈は「はい、行きます」と、ややにっこり加減を増して答えた。


テニスサークル所属という共通点しかないのだから、短い質問に疑問を挟む余地はないだろう。

看護学部1年の朝比奈と医学部3年の俺の唯一の接点だ。


学内には『テニス部』もあるが、出席当然・練習は厳しくて勝つこと重視のスタイルは 高校の部活まででやりきった。もう十分だ、気が済んだ。

大学は楽しく仲良く、たまにオモシロイベントも有りの気楽なサークル活動のほうがいい。


「何時ごろ、行く?」

また短い質問をした。


今度は、空中にある何かを読み取るように目線を少し上に向けて・・・間が開いた。

今日の講義終了時間を思い出そうとしているようだ。


「5時くらいには行けそうです」


「わかった。俺も、そのくらいになりそう。今日はゲーム、な」



春に、テニスサークルに入ったばかりの朝比奈に自然と目が行った。

その場に静かに溶け込んでいる彼女の雰囲気が、明らかに交流目当てで集まっている新入生とは違っていた。

親睦がてら新入生と代わる代わるストロークをしたときも、他の子との球威の違いに目を見張った。


4つも年下の、しかも女子とゲームして相手になるのかと思いきや、こいつは結構したたかなプレーを仕掛けてくる。体格もパワーも人並み女子だが、相手を振り回す展開を作り出すのが得意らしい。プレースタイルがわかっているのに防ぎきれずに、ここ数回のゲームで悔しい思いを何度させられたことか。・・・イヤなやつだ。・・・いや。イヤなプレーヤーだ。


だが、プレー以外のこいつは俺の中では、好感度の高い後輩だ。


「はい。よろしくおねがいします」


耳に優しいトーンの声と自然な笑顔が自分に向けられるだけで、講義後が楽しみになってくるから不思議だ。


じゃ、後で。とさりげなく片手を上げて背を向け、午後の講義教室に向かう。

彼女の横にいる友達が、「高瀬先輩、かっこいい~」と言ってるのが聞こえてきたが言われ慣れてるから、照れることもなく聞き流す。


・・・あいつには俺ってどう見えてるんだろう。


学食から俺と一緒にいた同じクラスの修一が聞いてきた。


「なぁ、今の新しい彼女?」


「ちげーよ」


「あ、やっぱり?聞いてみただけ。いつも付き合うタイプとは違うジャンルだと思ったから」


何その言い方、俺が何人もと付き合ったみたいじゃん。・・・間違ってないか。


だって、向こうから言ってくるんだもん。

断る理由が無いから付き合うけど、一緒に過ごすにつれて なんか違うなぁって感じてきて結局俺から、さよならしちゃうんだよな。

それに、申し込んできた相手から振られたことだってあったし。「なんか、思ってたイメージと違いました」って、俺にどんな妄想してたのよ?



俺達の大学は、私立医科大学だ。

医学部と看護学部のみの大学で、隣に大学病院が隣接している。

市街地からちょっと、いや、結構離れた立地で、巷では陸の孤島とまで言われている。

他の大学とは距離がありすぎて、交流はたまにある程度。

それもあってか、うちの学部間は仲良しだと思う。



まだ修一は朝比奈に関心を持っていたらしい。


「じゃ、おまえの彼女じゃないなら、ミオちゃん 俺に紹介して?」


!? おまえのタイプこそ、全然違うだろ!?


とっさに返せた答えは

「ん~、・・ダメ。かな」

自分で言っておいて、何て心もとない答えだ。


「なんで? 彼氏いるとか?性格に難アリとか?」

・・・彼氏かぁ。その可能性もあったか。

性格は・・・俺もこれから詳しく知りたい。


「修があいつと付き合うと、俺が寂しいから」


心にぼんやり浮かんだ気持ちを言葉にしてみたら、なんだか変な言い回しになってしまった。


その言葉の意味を自分に都合よくとらえた修一が、左腕を俺の肩にまわして『肩ハグ』してきた。さらに、俺の右耳に囁くように顔を近づけてひと言。


「俺も、隼人のこと愛してるから心配すんなって」


耳元で響く低音の声が甘く、その気がないのにゾクッと感じて思わず身震いする。


・・・いやいや、冗談に聞こえないよ?



修一は相手の懐に入り込むのが上手い。


俺達が出会ったのは浪人して通っていた、寮のある予備校だった。

気持ちに余裕のない浪人集団の中で、次々と友達を作っていた修一が目に付いた。

少し意地悪そうで切れ長な目が印象的な修一。ニヤリと笑うとその目に色気が増して見える。

こいつとは、まさかこんなに気が合うようになるとは、出会った時は思ってもみなかった。


「なんで予備校なんかで友達作ろうとすんだよ?」と、尋ねたときの修一の答えが、「気が重い毎日でも、俺と一緒にいたほうが、楽しいっしょ?」だった。

確かに、さり気なく気が利くところも料理上手なところも、一緒にいて心地いい。


事実、修一との予備校生活は楽しかった。

夏休みは特別講習を入れて休みなしだったし、頻繁な模試と結果に一喜一憂したけど、修一と毎日顔を突き合わせて入試まで頑張れた。


お互い国立はダメだったけれど、共通して受験した私立医科大に合格した。同じ大学に入学できたことがすごくうれしい、と思ったことは、修一には伝えてない。調子に乗せると何をされるかわからないからな。

浪人の1年間、一緒にいて、わかったことがある。・・・修一って友情表現が際どいんだ。


寮生活の風呂は共同だった。

似通った生活パターンだから入浴時間は大抵、修一と一緒だった。

それ自体は気にならなかったが、体をやたらに触ってくるのが何とも言えない。

「背中、洗ってやるよ」と言って背中以上に触れてくる。

なんで触るのかきいても、「だって俺達、友達じゃん」って。

・・・そんなもんか?友達って。



「隼人。今日、泊まっていい?めし作るし」


修一の悪癖はともあれ、気が置けない友達であることには間違い無い。

なんたって、修一の作る料理は上手い。胃袋をつかまれるとは こういうことか。


「じゃあ俺、修の作る青椒肉絲が食べたい」


前に作ってもらって美味しかった記憶が蘇り、期待して即答したとたん、修一に頭をワシワシかき回されて引き寄せられた。

・・・講義室に近づくにつれて人目が増えてきて、ちょっと恥ずかしいんですけど。


「部屋のカギ貸して。先に準備しておくから。おまえ、サークル行ってくんだろ」


修一に求められるままカードキー型の鍵を渡して、料理は丸投げした。



テニスコートに着くとすでに、朝比奈がいた。丁寧に準備運動をしている。

ストレッチをしてる姿がきれいだ。開脚前屈のしなやかさや体側のラインが柔らかく伸びる様に見とれて、声をかけるまでに時間を置いた。一区切りついて見えたところで、今現れたかのようにコートに入る。


「よ。待たせたな。軽くストロークからいこうぜ」


ストレッチは?と聞かれたが、「へーき、へーき」と聞き流してコートに入った。


朝比奈のストロークフォームは無理がかかってない、いい動きだ。球の伸びはいいけど軽いな。体がちっさいから、無理ないか。

サーブも正確なとこ、ついてくる。小細工なしのストレートだ。

しばらく、お互いの場所へ狙って返し合う。気持ちのいいラリーに、この時間が長く続けばいいと思っている自分がいた。ちょっぴり残念だが、適度に体が慣れたところでウォーミングアップ終了して一旦ベンチで水分補給する。

言葉少ない会話に、すでに駆け引きが始まっているかのような緊張感を感じているのは俺だけだろうか。

チラッと横を窺うと、朝比奈はタオルで額を押さえグリップを握る角度を気にかけている。

・・・俺だけかも。


ゲームの始まりに、「お願いします」とお互い挨拶をして、俺からのサーブだ。


力で押せるサーブは男のほうが断然有利だが、リターンされたらそんなこと言ってられない。

相変わらず、右端にいる俺に左端に返すと見せかけて、体の向きを変えたわずかな瞬間を見逃さずもう一度右端に返すという いやらしいことをしてくる。

体も柔らかいが、手首も柔らかい奴だ。ドロップショットを織り交ぜてネット際まで走らせてきやがる。ちっ、こいつは鬼だー。


だが、俺にも勝機はある!

このまま粘れば、体力差でスタミナのある俺のほうに勝ち目が出てくる。と、思っていた矢先、不意を突かれた方向にボールを返された。

とっさにボールを追いかけようと、体の向きを変えた瞬間。


びきっっ!

「!!!!!」


倒れた、転んだ、転がった。


・・・やってしまった、左足首。

とたんにカーッと熱を持ち始めた足首を押さえ、痛みの程度と経験とで、たぶん捻挫だろうと見当をつける。


「うぅぅ~っ、痛ってぇ~っ」


「せっ、先輩っ!先輩っ!」


ネットの向こうから走ってくる姿に焦りが見て取れる。

・・・おまえ、そんな表情も持ってるんだな。

血行がいい顔色で息を切らせつつ泣きそうで痛そうな表情に目が奪われて、怪我した自分のほうが冷静になってきた。


「おまえが泣くなよ。泣きたいのは俺のほうだって」


少し落ち着いた俺の言葉を耳にしたとたん、泣きそうな表情を消して朝比奈は動き出した。


「整形外科、行きましょう。大学病院はこの時間無理だから、外部の。とりあえず保健室に連絡してみます。保冷剤と車椅子があったら借りてきます。先輩、ベンチまで歩けますか?肩につかまってください」


矢継ぎ早にしゃべり、俺の左腕を自分の肩にまわして立たせてくれた。


身長差がありすぎて、もたれるというより手の平を肩に置き、支えにしてベンチまで移動した。

ゆっくり座った俺が彼女の肩から手を離すと言葉通り、朝比奈は全力で走っていった。


怪我をして一人になると、心細いなぁ。

・・・あぁ~、どんどん腫れてきた。痛くなってきた~。


頼むー、早く戻ってきてー。



今は、朝比奈が運転する車で整形に向かっている。

なんと、短時間の間に、徒歩数分の自宅に車を取りに行ってきたんだと。

痛む左足をタオルに包まれた保冷剤で冷やしながら、助手席から横を見た。

運転手は口を引き結んで堪えるてような表情をしている。


だから何でおまえが、なんで泣きそうな顔してんだよ?


「お前が泣いたら、俺も泣くからな~」


弱々しさを装った声音で気を引いた後、ニヤッと笑ってみせる。

とっさにこちらを向いた朝比奈が、目を見開いた驚き顔に変わった。俺が冗談で泣くと言ったのだとわかって、また前に向き直ってから、ふっと表情が緩んだのがわかった。


「泣きませんよ、無事だったから。・・・あ、捻挫で無事とは言わないか」と、意味不明なことを言った。


今なら、前から気にしてたことが言えそうだ。

運転手の視線がこっちを向かない今、ここぞとばかりに至近距離で彼女を観察する。


・・・彼氏いるのか?もっと笑えばかわいいんだろうな、こいつ。付き合ってる奴がいるなら、この頼みは断るはず。


「なぁ、おまえ。俺のことただ、先輩って呼ぶけど、名前で呼んでよ」


その要求に対して、朝比奈は前を向いたまま首を軽くかしげ、「高瀬先輩?」とつぶやく。


いやいや、そうじゃなくて・・・


「隼人せ・ん・ぱ・い。が、いいな~」


ちょっと早まったか?調子に乗りすぎたか?まだそんなに親しくないもんな。

自分で言っておいて、恥ずかしい。

お願い。早く、なんとか言って。


ふふっ、と軽い笑いが朝比奈の口から漏れた。


「隼人先輩。じゃあ、私のことも 『おまえ』とか『おい』じゃなくて、ちゃんと朝比奈って名前で呼んでくださいよ」


呆れられずに、しかも笑顔で返してくれたことに、ほっとした。

しかも・・・え?今なんて? 名前で呼んで、って? 

ここはもう一歩踏み込め、俺!


「あれ~。この場合、美緒。って呼んでほしいですー。じゃないか?」


また茶化すように言って、反応を待つ。

拒否られたら、どう取り繕おう・・・後ろ向きだなぁ、俺。


「先輩の呼びやすいほうで、いいですよ。あ、隼人(・・)先輩の」


よっしゃ!!と、心の中だけで叫んで、ひそかに左手をグッと握った。

捻挫したけど、今日はいい日だ。捻挫したからこそ、かな。

このうれしい気持ちは何なのか・・・。

きっと、これも捻挫のせいだ。うん、きっと。


整形では鎮痛のシップ処方としばらくの安静を言い渡され、松葉杖を貸し出してもらった。

帰りの車内で信号待ちの時、美緒が「私のせいで隼人先輩に怪我させてしまって、ごめんなさい」と、律儀に謝ってきた。


「やめて。おまえ、いや、美緒のせいにしたら俺、卑怯者だよ」


ストレッチを疎かにした自分が招いた結果だってわかってるから、さらに謝ろうとするそぶりを見せる美緒に「次、また謝ったら罰ゲームな。5セットマッチするからな」と、先制で釘をさしておいた。



車から降りて少し松葉杖を使うだけなのに、案外難しい。慣れが必要かな?

エレベーター付きのマンションでよかったと、今日改めて思った。

すでに病院で修一に、捻挫したことと美緒に送ってもらうことを連絡しておいたのでチャイムを鳴らして、修一が開けてくれるのを待つ。


「おかえりー」

大きくドアを開けてくれた修一は視線をすぐに美緒のほうへ向け、ごく自然に社交的な笑みを浮かべ、「ミオちゃん、いらっしゃーい。どうぞ上がってってー。俺、加藤修一。隼人の同級生ね」とフレンドリーに迎え、当たり前のように招き入れた。


・・・ここは おまえんちか!?


おじゃまします、と型どおりの挨拶を口にした美緒はまず自分の靴を脱ぎ揃え、俺を床に座らせて右足のシューズを脱がせ、肩を貸しリビングに移動させてくれた。

荷物も運んでくれたところで、おじゃましました、とすぐ帰ろうとした。


・・・え、帰っちゃうの?


「そんなすぐに、帰らなくてもいいじゃん」


俺の気持ちそのままが、修一の口から出た。


「今、めし完成させるとこだし、一緒に食べてってよ」


修一は他にも、「隼人が手を洗うのに、洗面所まで肩を貸してやって」とか「皿並べて、箸と飲み物とグラスを出して」とか、次々と指示を出していき、上手く客人を引き止める手際が見事だ。グッジョブ、修一!


テーブルの上に並んだ料理に、自分が怪我人であることを しばし忘れた。


「うわ。青椒、美味そー。あ、ポテサラ、卵入ってて美味いんだよな これ」


大皿に盛られてまるで料理屋のようで、食欲がそそられる。


「美緒も食べてみ。修の青椒、マジうまいから」


修一に目を向け、うなずきを了承ととらえた美緒も椅子に座り、手のひらを合わせた。


「いただきます」


お互い、小皿に取り分け、一口分を咀嚼した。

俺は、初めて修一の料理を口にする美緒の反応が気になっていた。

気になるのは、作った修一も当然らしい。


言葉より先に、彼女の表情が美味いと語った。目元と口元が綻んでいく。


「美味しいです~!」


その一言の後、また口に運び、うなずきながらまた一口と手が進む。

美味しそうに食べる姿に気をとられ、自分の箸が止まっていたことを修一に指摘された。

修一も一緒に食べ始めたがやはり、客人の食べっぷりに目が行くようで自分の箸はさほど進んでいない。


満たされてきたらしい美緒がようやく再び、料理人に目を向けた。


「卵が入ってるとこんなにまろやかな口当たりになるんですね。しかもこれ、柚子の皮かな?柚子の味がします。こんなポテサラ、初めてです。青椒のピーマンとたけのこをこんなにシャキッとした食感に仕上げるのって、難しいですよね?ほんっと、美味しいです!」


あ、修一ってば、外面のいい微笑で受け止めてるけど、内心めっちゃ喜んでるぞ。俺にはわかる。


「加藤先輩の作る青椒がこんなに美味しいなら、他の中華もきっと美味しいんでしょうね。エビチリとか回鍋肉とか、手際の良さが決め手って感じですもん」


ああ、そうだな。修一が作ると何でも美味そうだよなぁ。


「じゃあ、明日もここで食べさせてやるよ。買出しから手伝ってね、ミオちゃん」


修一のスイッチが入った!?

・・・調子に乗せるの上手すぎだろ、美緒!


美緒は俺に申し訳なさそうな顔を向けて、聞いてきた。


「隼人先輩の迷惑でなければ・・・いいですか?」


迷惑なわけないない。ようこそウェルカムだよ。むしろ明日も来てくれるなんて。

よっしゃ!やったな、修!


「俺、足こんなだから、ごはん作ってもらえるのは大歓迎だよ」


左足に視線をやると、自分が怪我人だと視覚的に再確認させられて、忘れかけてた痛みが気になりだす。

明日も肩かしてほしいなぁ・・・


「え。おまえ、隼人先輩って呼ばれてんの?ミオちゃーん、俺は修、って呼ばれたいなぁー」


でたな必殺技、『フレンドリー修一』。女ったらしめ。

さっき、紹介しないって断ったよな?

でもここでまた、ダメって言うと俺、心狭いヒトだよな・・・


俺の葛藤をよそに修は、後で連絡するよ。と言いながら、自身を指差してから美緒を指差すジャスチャーで促し、スマホをかまえて難なく連絡先交換をやってのけた。

俺は、サークルの連絡という建前があったから、メンバー全員と義務的に交換したのが始まりだったのに・・・

なんでそんなに簡単に仲良くなれるんだよ。


怪我のダメージに加えて修一への僻みが入ってきて、負のスパイラルモードへ入り込みかけていたところに、聞き流せないひと言が耳に届いた。


「ミオちゃんに食器洗うの、任せていいかな?俺、隼人を洗うから」


ん?修一に洗われるの?俺が?


修一の言葉に、美緒が「ごちそうさまでした」と挨拶をしてから働き始めた。


「シャワーくらい、自分でできるよ」


わんわりと断ってみたけど、さくっと退けられた。


「片足立ちは予想以上にしんどいぞ。しかも、包帯濡らしたら後が面倒じゃん。今日は俺にまかせとけって」



シャワーを終えて、髪が濡れたまま首にタオルをひっかけてソファーに体を預けるとタイミングよく、美緒がグラスに注いだお茶を差し出してくれた。


「おふたり、仲いいですねー。楽しそうな声、ここまで聞こえてきましたよ」


「なっ!?ち、違うって!あいつが、くすぐってきたんだって!」


濡らさないようにバスタブに左足を引っ掛け、壁に手をついて右足だけで立たせられた状態で、洗われていたところをくすぐられたのだ。

浴室では逃げるに逃げられない。しかも、片足立ち状態。

もだえて悲鳴を上げること以外に、なにができただろうか。

先に俺だけを洗い終えた修一は今、シャワー中だ。


言い訳する俺を、にっこり生温かい笑顔で見るのはやめて・・・


美緒は修一がシャワーを終えるのを待っていたんだろう。


「じゃ、また明日もおじゃまさせていただきますね」


俺に挨拶をした後、修を料理の先生と見立てたらしく「修先生、よろしくお願いします」とペコッと頭を下げた。


修一のほうが格上みたいじゃないか?


・・・僻むな、俺。






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