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習作の庭  作者: 尾多 悠
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お題:見覚えのある昼

即興小説より、『お題:見覚えのある昼 必須要素:ブラウン管』


「連れてっちゃやだあああああ!!」


 休日の昼下がりに近所を散歩していると、そんな子供の叫び声を耳にした。

 一軒家の玄関口で、母親と思しき女性の足に幼女が齧り付いている。口を大きく開けて、わあわあ泣き喚く幼女は必死の形相だった。


「我が儘言わないで。あげるって決めたことでしょ」


 母親は小脇に大きめのビニール袋抱えており、そこからはひょこんとクマのぬいぐるみの顔が飛び出している。どこか哀愁を感じる彼(彼女かもしれない)の黒いつぶらな瞳と、視線がぶつかった気がした。


「あの、うちに何か用ですか?」


 ふと、その母親に不審な目を向けられる。そこで私は間抜けにも門扉の前で足を止めて、親子のやり取りをぼんやりと眺めていたことに気付いたのだった。


「あぁ、いえ……すいません」


 慌てて頭を下げた私は、そそくさとその場から立ち去った。

 我ながら迂闊だった。あんなに堂々と他人の家の前で立ち尽くすなど、今のご時世通報されてもおかしくはない。

 さほど気にするほどのことでもなかった光景のはずなのに、どうして立ち止まってしまったのか首を傾げる。


「ああ、そうか」


 原因がなんなのか、気持ちが落ち着いたところで私は思い当たって心の中で手を打った。

 あの親子の姿に既視感を得たのだ。

 もちろん彼女達のことを私は一切知らない。しかし、見覚えのある光景とでも言えば良いのか。今し方見た光景に、幼少の思い出が呼び起こされたのである。

 自分がどんな子供だったかと問われると、偏屈で可愛げがなかった。自分が興味のあるものしか好きになれず、また好きになろうとする努力もしない。

 流行が嫌いで、周囲に合わせることをよしとしない自己中心的な子供――それが幼い頃の私であり、今の私でもある。


 ブラウン管テレビが好きだった。

 四角くて重みのある、あの無骨な感じが幼い私の心の琴線に触れたのだと思う。茶の間に置かれたブラウン管の前は、私専用の場所だった。

 だが、両親は別にブラウン管が好きというわけではなかった。使用年数も長く、当時は地デジだの何だのという時代の流れもあって、私のお気に入りはあっさりと液晶テレビに買い換えられた。

 自然淘汰にも近いその流れに、私は子供ながらに反発心を抱いたものだった。ブラウン管はまだ使えるのに、どうして捨てなければならないのかと必死に抵抗したのを覚えている。

 両親は私の抵抗を単なる『子供の我が儘』として扱い、液晶の方が画面も大きくて綺麗になるのだと、いかに液晶の方が優れているのかを私に言い聞かせようとしたが、私の価値観が覆ることはなかった。


 幼少期の一幕。

 聞く人によっては取るに足らない、微笑ましいとすら思える出来事かもしれないが、今の私の性格を形成する大きな割合を占めているに違いなかった。

 流行が好きになれない。周りに合わすことができない性格。

 その最たるは携帯だ。私が携帯を持ったのは大学に入ってからで、バイトをするのに連絡先が必要だからという理由だった。未だにスマホではなく、通話のみのプリペイド携帯しか持っていないのも、必要だと感じないからだ。

 不便だろうと決めつけのように訊ねられることは多々ある。しかし、不便ならばとっくに改善しているのだから、これほど的外れな質問もない。


 だが、不便はなくとも淘汰されてゆくのだろうという自覚は常に持っているのだ。

 携帯の話を例に挙げれば、私はスマホを持たないことに何の不便も感じていない。

 様々な利点があるのは理解できる。確かに便利なのだろうが、『でもそれって別になくても困らないじゃないか』という結論にいつも達する。

 私は変わり者だと誹られる。それが常識だから、当たり前だからと、そうした流れを迎合できない人種は淘汰される。

 別に携帯だけの話ではない。そうした『流れ』を通じて周りと繋がれない者はあっさりと切り離され、時間の流れにいつの間にか埋もれ、捨てられていくのだ。


 願わくは、あの幼女のぬいぐるみが次のもらい手に大切に扱われることを祈ろう。母親は「あげる」と言っていたはずだから。


 散歩を終えた私は、安アパートの四畳半に帰宅する。

 一人で生きて行くには十分な広さ。あとは健康さえあればそれでいい。

 部屋の片隅に置かれたブラウン管は、私が持つ唯一の嗜好品だ。

 捨てられたものに救済の手は差し伸べられない。ごく僅かな領土の中で、私は生きている。

 さて、今日はどのように人生を浪費しようか。

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