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習作の庭  作者: 尾多 悠
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お題:君と父

即興小説より、『お題:君と父 必須要素:えへへ』

 物心ついた頃から、私はお母さんに褒めてもらった記憶がない。

 だから、私が何をしても「えらい、えらい」と褒めてくれるお父さんが好きだ。

 例えば、嫌いな野菜を食べられたとき。初めて自転車に乗れたとき。テストで良い点をとったとき。

 今日あった何気ない出来事を話しているとき。欲しいものがあっておねだりしたときだって、お父さんは嫌な顔一つしないで、いつも笑ってくれる。

 頭を撫でてくれて、抱きしめてくれて、私の全てを受け止めて安心させてくれる。

 だから、私はお父さんのことが大好き。

 お友達は自分のお父さんのことを「きもい」「臭い」「鬱陶しい」なんて言って嫌う子が多い。お母さんの方と仲が良いって言う子がほとんどなのだから信じられない。


 お母さんは優しいなんて嘘だ。

 少なくとも、私のお母さんは私のことが嫌いだ。それこそ、憎んでいるといってもいい。

 私が何をしたって気に入らないのが、お母さんなのだ。

 嫌いな野菜を食べられたときも、やっと人並みになったと嫌味を言う。

 自転車に乗れた時も、調子に乗って怪我とか面倒は起こすなと注意しかしない。

 テストで良い点をとれたって、もっと成績優秀な子はいるだろうと満足しない。

 今日あった出来事を話しても「くだらない、そんなことより」とお説教が始まる。

 お父さんに買ってもらったものだって、「贅沢だ」と取り上げられて捨てられたことは山ほどある。


 お父さんとお母さんは、全部が真逆。

 お父さんとの思い出は優しいパステルカラーだけれど、お母さんとの思い出はどろどろの真っ黒。


 意地悪なお母さんは、私とお父さんが仲良くするのも気に入らない。

 だから、私は小学生の頃から一人部屋を与えられて閉じ込められた。

 羨ましがる子もいたけど、親子川の字で寝るのにも憧れたりもしたっけ。

 あまりにもお母さんが意地悪だから、一度お父さんに訊いたことがある。


「どうしてお母さんは意地悪なの?」


 そしたら、理由が分かった。

 お母さんは、そもそも子供が好きじゃないんだって。

 私がいなければ、今もお母さんは現役で仕事をして、お父さんと二人きりでいられたのだそうだ。

 子供はつくらないけど結婚もして、恋愛をずっとしていたい。だから私は、本当ならいないはずの存在だった。

 何かの間違いで生まれたような私を、この先お母さんが愛することはない。

 それはきっと哀しいことなのだろうけれど、それでもいい。

 お母さんの分までお父さんが私を愛してくれるから。お母さんが注げない愛情を、お父さんが私に授けてくれるから。

 私はお父さんを好きでいられれば、それでいい。

 どれだけお母さんが私に意地悪でも、憎んでいても、お父さんの愛があれば我慢できる。


 そう思っていたけど、最近になって我慢をしなくてもよくなった。お父さんとお母さんは離婚することになったのだ。

 理由はお父さんの『浮気』だ。お母さんはそうとしか言わなかった。

 私を憎んでいるはずのお母さんは、どうしたわけか一緒に来るようにしつこく言ってきたけれど、私は頑としてお父さんを選んだ。

 だって、当たり前じゃない。

 今まで愛情らしいものも与えてくれなかった人に、どうして付いていきたいと思えるの。

 お父さんが『浮気』をしたのだって、そんなお母さんに愛想をつかしたからだ。いつまでも過去のことを取り戻せると思って、私に意地悪ばかりしてきたお母さんが嫌いになったからに違いないんだ。


 年が明ける前の寒い日に、お母さんは家を出て行った。もう二度と会うこともないのだろう、そんな風にお母さんの顔を見上げていると、突然に抱き締められた。

 すぐにお父さんに引き離されたけれど、ほんの一瞬の出来事に茫然とした。

 初めてのお母さんの腕は、冷たくて固かった。

 お母さんの背中が見えなくなるまで見送って、それでも私はずっと佇んでいた。自分でも不思議だった。

 すると、不意にお父さんに肩を抱き寄せられた。


「これからは、二人で生きていこうな」


 大きくて、柔らかくて、温かい腕。

 私はお父さんの腕を手繰り寄せ、自分の両腕を絡めて微笑んだ。


「うん。えへへ、お父さん大好きだよ」

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