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 ファミリアのみなさんは本当に感情らしい感情がないように見えた。もし感情がないというのがウソであれば、その発露を抑える理性というものは尋常ならざるものだろう。


 けれどもそういった雰囲気はなく、ファミリアのみなさんはごく自然な動作で諸々のことを行っているように見える。


 というか、わたしがそう思いたいだけなのかもしれない。もし感情があるのであれば、ノアに使役されることについてどう感じているかとか、余計なことを考えてしまうからだ。そしてひるがえって、そうやって使役しているノアのことも、もやもやと考え込んでしまう。


 考えても答えは出ないので、ひとまずファミリアのみなさんには失礼がないように気をつけて接している。まあそもそもお世話になる相手に失礼な態度を取れないというのもあったが、上記のもやもやとした考えが影響していることもたしかだ。


 そしてファミリアのみなさんの手を煩わせないように、自分にできることは自分で! という、至極当たり前の目標を打ち立てた。


 なにせそうやって意思表示をしないと、ノアやその影響下にあるファミリアのみなさんが、なにからなにまで世話をしようとするのだ。本当に、なにからなにまで。


 ノアは言った通りにまず朝の準備をしたがった。つまり着替えから髪を整えて顔を拭くまでだ。わたしはもちろん拒否した。百歩譲って、本当に譲って、髪を整えてもらうのはいいとしても着替えはアウトだ。異性の前で裸になるなんて、今のわたしには無理だ。


 ということをノアに伝えたのだが、なぜかねばられた。


「肌には触れませんし、背中しか見ないとしてでも、ですか?」


 とかなんとか言ってすごくすごく残念そうな顔をする。しょげた犬のようなその表情に、なんとなくこちらが悪いことをしている気になるが、それは錯覚だ。そう自分に言い聞かせて「ダメです」とキッパリハッキリお断りする。


 そうやってノアとファミリアのみなさんをどうにか寝室から追い出して、着替えに用意された服を手に取った。手に取ったところで致命的なことに気づいた。……この構造の服は、たとえ両腕がそろっていたとしても、わたしひとりでは着られない、ということに。


 服は短いパフスリーブの袖がついた黒いワンピースタイプのドレス……と言えばいいのだろうか。スカートの裾はふくらはぎの中間あたりまでで、わたしが着ていた制服よりもちょっと長いくらい。


 そんなドレスは背中に編みひもがあって、そこを締めて着ることはひと目で明らかだった。


 ついでに着替えが入れられていたかごを見れば、ドレスの下に胸まで覆うコルセットが残っている。こちらも背中のひもで調整をする、という、ぼんやりとした知識をわたしは持っていた。


 わたしは逡巡した。一度、自分で着られるかどうかためしてみようかという考えが頭をよぎったが、やめた。


 まだ右腕がないことに慣れていない上、器用とはほど遠いタイプなのだ、わたしは。下手をして服をやぶったなんてことになったら申し訳なさすぎる。


 そう結論づけてわたしは素直に未だ外で待機していたファミリアのみなさんを部屋の中に入れた。


 ついでに言うとそこにはノアもいた。わたしが白旗を上げるのを見越していたらしく、「ほらね」というような顔をされた。


 そしてノアはわたしが着替えたあとの諸々の世話は強制的にやってのけた。あまりにしつこかったこともあるが、こちとら衣食住すべてを世話になる身なので、断りづらかったというのもあった。でもそんな事情があっても着替えはダメだ。着替えはダメ。


 寝ているあいだは右腕の先端を保護する布カバーは外しているので、まずこれをノアに取りつけられる。


 布を当てて、リボンで固定。リボンは蝶々結びにして可愛く。リボンの色は必ず黒なんだけれど、色々と種類があるようだということに気づいた。


 準備がいいなと思ったけれども、もしかしてこれって以前の雌とやらが使っていたものなのだろうか。だからといって特に文句はないのだが。


 それから黒という色にも意味があるのだろうなということにも気づいた。言うまでもないが、黒はノアの魔力とやらの色と同じだ。


 魔力の色は瞳に現れやすいとノアは言う。たしかにノアの目も黒だったし、ノアのファミリアの目も黒だ。


「暗いところだとクロハさんの目も黒に見えますね」


 ノアはうれしそうにそう言った。



 着替えの世話をファミリアのみなさんに頼んでわかったのは、彼女ら? はしゃべることができる、ということだった。しかしできるがこちらから問いかけでもしない限りみなさんは口を開かない。


「休憩時間? ええ、休息を取らせないと作業効率が落ちますから、そういう時間はありますよ」


 とノアに聞いたのでもしかしたら休憩時間はおしゃべりでもしてるのかな、と思ったら、まったくそんなことはないらしい。


「ファミリアは家具のようなものだと言いましたでしょう。家具はおしゃべりなんてしませんよ」


 ということらしい。実際のところ、どうなのかもちろんわたしにはわからないが、非常に機械のようなみなさんを見ていると、そうなのかもと思えるていどには信憑性のある話だと思えた。


 そしてノアは朝食の席へ向かう途中にそうやってわたしの疑問に答えながらも、風呂の世話をさせてくれというのも忘れなかった。


 もちろん断った。


 ノアはちょっと泣きそうな顔をしていたが、そんな表情をされてもダメなものはダメだし、嫌なものは嫌だ。たとえ世話になっている身だとしても、それだけはちょっと勘弁して欲しいのだ。


 そうして六人がけのテーブルに白いクロスがかけられた朝食の席へつけば、またしてもわたしには試練が待ち受けていた。


 ノアがまたわたしの世話をしたがったのだ。


「左手では食べにくいでしょう?」


 ええ、まあ、そうですけれども。


 そうですけれども、わたしの世話をするあいだ、ノアの食事は進まないことになる。なによりそんな赤ちゃんみたいなことをされるのには抵抗があった。


 いや、はっきりと告白するならば、いわゆる「あ~ん」の状態になるのが恥ずかしかったのである。


「ひとりでできますよ――たぶん」


 とかなんとか言いながらノアの世話したい攻撃をかわしていると、ファミリアのみなさんが食事を並べ始めた。


 わたしの眼前に並べられた白い皿のすべてに、スープが注がれていた。


 この世界の食事はほとんどがスープらしい。野菜も肉もなにかもがスープで出て来る。しかもほとんどが素材の原型がないポタージュか、そうでなければ澄んだ色をしていた。つまり具がない。そのままの形を保って食卓に出て来られるのはフルーツくらいのようだ。


「スープばかりなんですね」


 と聞けばノアは不思議そうな顔をして頭を傾ける。


「お気に召しませんでしたか?」

「ううん。そうじゃなくてわたしの世界とは違ったからちょっと面食らっただけです」

「そうなんですか。わたしが作ったものなのですが……舌にもあうように祈っておきましょう」

「え、ノアさんが作ってくださったものなんですか?」

「ええ。雌の世話は雄がしますから、料理も雄が作るんですよ」


 実際にノアが作ってくれたスープはおいしかった。おいしかったけれど食卓にズラーッとスープ皿だけが並ぶ光景は……なんとも言い難い。


 けれどもそういう文化なのだ。恐らく「どうしてスープばかりなの?」なんて聞いても、「そういう文化なので」と返すしかないに違いない。


 決して不満なのではない。ただ、疑問なだけだ。


 わたしの舌とこの世界の舌にさほどの差異がなかったことを喜ぼう。具らしい具がないのはさみしいけれど。


 そう思ってわたしはこの疑問を心の奥底に押し込んだ。


 ちなみに食事は気合と根性で左腕だけで乗り切った。意外となんとかなるものである。お箸だったらノアに屈していたところだったが、スプーンだったのでどうにかこうにかなんとかなったのだ。


 そして当然のようにノアは食事後、わたしの歯を磨きたがった。そのころになるといちいち断るのが心苦しくなっていたので、それくらいならと受け入れる。


 ノアはとってもうれしそうな顔をした。

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