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不憫少女が異世界でなんだかんだと幸せになる話。  作者: やなぎ怜


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(11)

「ノアさん、本当に本当にありがとうございます!」


 そう言ったわたしの声は思ったよりも弾んでいた。失った右腕が戻ってきたような感覚に、柄にもなく興奮してしまったのだ。


 ノアはそれに対して「よかったです」とニコニコ顔で返す。文句とか、そういったものはみじんもない顔である。


 今思い返しても、やはり彼はこの世界の雄とはちょっと違うような気がする。わたしの場合はノアが「そう」であったことで助かったことがたくさんあるので、「そう」でよかったのだが。


 右腕に義腕をつけて、しかもそれが訓練次第でかなりスムーズに動かせるようになるとあっては、次に願うことはひとつ。


 この世界――なんならこの屋敷の中だけでも――で仕事を見つけることだ。


 仕事、なんて立派なものじゃなくてもいい。手伝い、ていどのことでもいいので、とにかく働く場所を見つけたい。


 お金が欲しいとかそういうことではなく、ただ単に居場所が欲しかっただけだ。働いているあいだは、そこが居場所だと、必要されているのだと思えるから。


 しかしわたしが義腕をつけたときとは正反対に、ノアは難色を示した。


 いつも朗らかな顔がくもったのを見て、わたしはこの世界の仕事は高等教育を受けてないとダメとか、世襲制だとかなのかなと考えた。けれども、ノアがそういう顔をした理由はそのどれにも当てはまらなかった。


「クロハさんは仕事なんてされなくていいのですよ」

「どうしてですか?」


 なんだか、「お前なんて必要ない」と言われたような気がして、心臓が嫌な音を立てる。


 ノアは聞きわけの悪い子に言い聞かせるような様子でわたしをなだめてきた。


「いえ、クロハさんの手には余るからというような理由ではありませんよ」

「じゃあ、どうしてですか」


 一歩、強気にノアへと近づいた。ノアは引き下がるようなことはなく、頭ひとつぶんは上からわたしを見下ろす。


 ノアは眉を下げ、ちょっと困ったような顔をしていた。


「たいてい『雌』は働きませんので」

「……あっ」


 そうか。四肢がないほど美しいとされ、手術をしてでも、手足を切って美しくなろうとする世界だ。加えて雌は先天的に雄の体と比べていずこかが欠損して生まれてくるという。そして雌が義手や義足をつける習慣もない。そういう世界で雌が労働する環境が整っているかというと――。


「……ファミリアのみなさんは働いていますよね」

「……やめたほうがよろしいかと。ファミリアの仕事は感情のない無色だからこそできるものも多いですから……」


 本当にそうなのだろうか? わたしは言い淀んだノアの口調にウソを感じた。


 ノアはどうにもこうにも、わたしを働かせたくないらしい。


「わたしは働きたいんです。立派な仕事を、とか望んでいるわけじゃないんです」

「私は――」

「言ってください。……いえ、言いましょうよ。わたしたちにウソは必要ないはずです」


 じっとまっすぐにノアを見る。ノアはややあってから仕方ないとばかりに一瞬だけ目を伏せた。


「私は外へ働きに出す気はありませんよ」

「このお屋敷の中で手伝えることがあるのでしたら、そうします」

「そうしてください」


 ノアはふーっと疲れたような息を出した。それを見て罪悪感が刺激される。


 けれどもここはわたしにとっては正念場だ。居候の身分でだらだら屋敷で過ごすのは絶対にいやだった。


 そこには恐怖もあった。ノアから必要とされなければ、捨てられてしまえば、わたしはいともたやすく路頭に迷うことになるだろう。だから、自分を必要としてくれる居場所が欲しかったのだ。


 ノアは何度かまばたきをしてから、いつもの微笑を顔に戻してわたしを見る。


「――けれどもクロハさんの一番の仕事は忘れないでくださいね」

「……一番の仕事?」


 首をかしげた。一番の仕事ってなんだ? そんな話しあったっけ?


 わたしがそうやって思案している姿が面白いのか、ノアはクスリと笑った。


「私に恋することですよ」


 そう言えばそんな話を最初のほうにしたようなしなかったような……?


 いや、あれはわたしから言い出したんだ。「わたしが恋をするように頑張って」と。今思い返してもなかなか不躾な答えである。それを考えられる余裕がなかったことのあらわれでもあるとは思うけれど。


「どうですか? 心境に変化などはありましたか?」


 恋。言うは易しとはこのことだ。


 恥ずかしながらわたしはまだ恋をしたことがない。周囲の友人たちが、だれそれがいいなどと言う中で、わたしはいつも嫌な汗をかいていた。


 恋がわからないから、いいなと思う相手がいなかった。けれどもそれを周囲に漏らすのは――周囲と違うということを示すのは怖くて、わたしにはできなかった。だからいつも周りにあわせて適当な相手の名を挙げていたものだ。


 恋。わたしはそれがわからない。ノアに「恋するように頑張って」などとたやすく言ったけれども、それはわたしにはまったく未知の世界の感情だった。


 ノアは優しい。それこそ、わたしをお姫様扱いしてくれている。今のところ、嫌いになる要素はほとんどないと言って良かった。


 けれども。けれども、考えてしまうのだ。わたしは普通の「雌」ではない。だからいずれノアが他の、もっとちゃんとした「雌」がいいと言い出さない保障はない。


 それが怖い。


「――答えられませんか?」

「あ……えっと」


 わたしたちにウソは必要ない――。つい先ほどそう言ったのに、わたしはウソをつくことを考えてしまって、すぐに喉の奥へと引っ込めた。


「……まだ、信じられないとか、そういうことはないんですよ」


 言ったあとで言い訳のように思えてあせる気持ちが湧いて出る。


「ただ……好意を向けられるのになれていないので、きっと、どうしていいかわからないのだと思います」

「そうですか」


 わたしはいつのまにかうつむいていた。


 言葉にウソはなかったが、なんとなく、自分でも真実をしゃべっている気にはならなかった。


 いや、半分は本当のことだ。わたしはいつだって近しい人間からはミソッカスの扱いをされてきた。唯一違うのは友人たちくらいのものだ。


 それでもこんな風にストレートに好意を示されたことはなくて、だからどういう態度を取るのが正解なのかわからない。


 こんなによくしてくれるノアのことを信じたい気持ちが半分、自分を大事にされる自信がなくて信じられない気持ちが半分。本心は、そんなところだった。


 そう、わたしは


「自信がないんです。好意を抱かれる自信が」


 言ってしまうとすとんと胃の底に気持ちが収まったような気になった。


 ノアを見上げる。彼はいつも通り微笑んでいた。形だけのものではない。その黒い目は慈しむ心をたたえていた。


「ではもうひとつ仕事を与えましょうか」


 ノアはふふっと笑う。それにはどこか悪戯っ子のような印象があった。


「私に愛されてください。――私に恋をして、私に愛されること。それがクロハさんの一番の仕事です」


 ……簡単に言うよね。


 心の中でそうため息をつきたくなったけれども、同時にちょっと笑うだけの気持ちが戻ってきた。


「わかりました」

「わかってくれましたか」

「はい。それじゃあ二番目の仕事をくださいますか?」


 ノアは先ほどまでと同じ笑顔のまま、嫌そうな雰囲気を出した。器用なひとだ。


「流されては……くれませんでしたね」

「わたし、そんなにトリ頭に見えますか?」

「見えませんのでなにか仕事をひねり出すしかないようですね……」

「おねがいします」

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