(10)
義腕が欲しい、というわたしの願いに対してノアの行動は早かった。異世界へ来て、腕を切って、その次の次の日には義腕を作ることになるとはなんともジェットコースターな人生だ。
義腕を作ってくれる方はノアのいとこらしい。趣味が高じて副業で義腕や義足の類いを作っていると言う。
趣味ってなんだ……? と思っていれば、どうやら作り物の手足が好きらしい。趣味ってそういうことかよ! と驚愕しつつも納得してしまった気持ちはおわかりになると思う。
そんな相手に義腕を作ってもらうのかと思うとやや複雑な感情を抱いてしまう。いや、先入観はよくない。ノアのいとこなら似たような感じの相手がくるのもなきにしもあらず――
「やっほーノア。ひさしぶり~」
客間に入ってきたレウ、という名の雄は、わたしの想像に反してカラッとした太陽のような、やや騒々しいタイプの方であった。
……いかにもマッドサイエンティストみたいな感じでなくてよかった!
ちょっと軽薄そうなのは気になったが、そこまでいちいち注文をつけていては前に進まない。仕事をちゃんとしてくれる相手であることを願っておこう。なんだか上から目線だが、こちらとしてもこれからの生活がかかっているのだ。きちんとしたひとでないと困ってしまう。
「レウ、ひさしぶりですね。すぐに来てくださってありがとうございます」
「いやいやひさびさの仕事でもあるしね。ノアの顔も見ておきたかったし、ちょうどよかったよ」
握手を交わしたあと、レウは気安げにノアの肩を叩いた。
彼ももちろんこの世界の「雄」なので、体中にタトゥーのようなツタ模様がめぐっているようだ。ノアと同じカッチリとした服――こういうのがこの世界でのトレンドってやつなのだろうか――の隙間からは、白い紋様が覗いていた。彼の魔力色はどうやら白らしい。
レウとノアはひと通り会話を交わしたあと、ふいにふたりそろってこちらを向いた。真黒と灰白の目が向けられたのを感じて、わたしは思わず肩のあたりに力を入れてしまう。
レウの目は好奇心半分、探るような様子半分といったところで、こちらに悪意を抱いている様子はない。けれども居心地が悪いのは同じだったので、やはりわたしは肩のあたりから力を抜くことはできなかった。
「まあそれはともかく、こちらの方に紹介してはくれないか」
「ええ、それはもちろん。――クロハさん、こちらが例のレウです」
「例の、ってなんて話したんだよ。まあよろしくクロハ。俺のことは気軽にレウって呼んでくれ」
「は、はい。クロハです。本日はよろしくおねがいします……」
「カタイな~」
ハハハと笑うレウの横でノアも微笑ましげな顔をしている。なんだか小さい子のような扱いをされているようで腑に落ちない。
そうこうしているあいだにも、レウは持参した大きな革のカバンからメジャーを取り出してこちらに向き直る。
「まああいさつはこれくらいにして、さっそく仕事に入ろう」
「よ、よろしくおねがいします」
「ハハハ、そんな緊張しなくても痛いことはなにもないって」
そうなのか。そうならいいんだけれども……。
わたしはノアに促されて客間にある革張りの黒いソファに腰を下ろした。ノアは座らずにそばで立ったままなのが気になったが、聞くに聞けずこちらからちらちらと視線をやるだけだ。
レウは「それじゃ失礼して」と言ってわたしの足元にひざをつくと、メジャーでわたしの右腕回りを測りだす。
乙女らしく二の腕のあたりが気になってしまったわたしは、前の世界でもっと真剣にダイエットをしとくんだったと、ちょっとだけ後悔した。しかしときすでに遅し。レウに触れられるとわたしの二の腕が思ったよりもぷよっとしているのがわかって、嫌な汗をかいた。
そんな葛藤など露知らず、ノアとレウは黙り込んでいるわたしの前で軽い会話を交わしている。
「ノアがそういう趣味だったのは意外だったな」
「違いますよ」
「本当か? 義腕のよさに目覚めたんじゃないのか?」
「義腕のよさに」と語るときのレウの声はどこか弾んでいて、ノアの話した内容はウソではなかったのだなと思い知らされる。
しかし残念ながらノアは同士ではない。
「わたしから頼んだんです」
助け舟を出すつもりでそう言えば、レウはしげしげといった目でわたしを見たあと、シャッとメジャーの目盛り部分を仕舞った。
ついでさながらフィクションの探偵のような様子で親指と人差し指をあごに当てる。
「ふうん。まあお前さんがそういう趣味なら――」
「いや! 趣味とかじゃないですから!」
「そうですよレウ。妙な趣味にクロハさんを巻き込まないでください」
レウは「冗談、冗談だって。わかってるよ」と言って両手を上げたが、本当にわかっているのかは甚だ疑問である。それはノアも同じらしく、うろんな目でレウを見ていた。
「でも義腕が欲しいなんて変わってるな」
「まあ、えっと……美しくない? ですもんね?」
この世界では欠損箇所が多いほど美しいとされる。となれば義腕の類いは美しさを隠すものという扱いであることは、すでにノアから聞き及んでいた。
けれども他の「雌」とやらに会ったこともなく、この世界の価値観も、実感としてまだよくわかっていないため、レウへの返答はややあやふやなものになった。しかしレウは特に気にしていないようだ。
……そう言えばレウはわたしの事情――つまり、異世界からきたということ――は知っているのだろうか?
「俺は義手や義足が好きだけどな。周りの雄たちはまったくわからないって言うんだ」
ちょっと寂しそうに言われるとなんと返していいやらわからない。
だがいとこであるノアにとってはおなじみの光景らしい。「そういうものです」とすげなく答えて返す。ちょっとわたしはぎょっとした。
「それでも好きなのでしょう?」
ノアの言葉にはどこか柔らかさがあった。レウは「まあな」と言って笑う。彼は自身のマイノリティーな感性に対して、みじんも後ろめたさは感じていないのだ。ためらいなく好きと言える。その強さがちょっとだけうらやましく思えた。
「まあ雌に義腕をつけるならお前もそう思われる可能性があるんだけどな」
からかうようなレウの調子に、ノアは「そうですね」とそっけなく答えた。
そうなのか。雌が美しくないことを許容するということは、そういう趣味であると周囲から思われる可能性があるのか。わたしは今までまったくそのようなことに思い当らず、ハッとした。
「まあそもそも、両手足がそろったやつと『つがい』になった時点でアレコレ言うことでもないか」
「そうですよ、レウ。あなたが義手や義足を美しいと思うように、わたしはクロハさんを美しいと思った。そういうことです」
ストレートなノアの言葉に、わたしの体は一度に熱くなる。レウは芝居がかった様子でヒューッと口笛を吹いた。
「まあ、まあ、お熱いねえ。心配してきたんだが、どうも杞憂みたいだ」
「わかっていただけましたか」
「でもグリーズは怒ってたぞ」
「……まあ、それは織り込み済みです」
カバンの中でなにやらごそごそと用意していたレウは、ようやくそこから腕をひっこ抜いた。その手には先ほどのメジャーよりもふた周りは大きい、円形にまとめられた白いリボンのようなものがあった。
「ちょっと見つくろうまでに時間かかったな。ノアの魔力量や質なんかも考えてコレが一番いいと思うんだが……まあ一度やってみるか」
そう言うや、またわたしの足元に膝をついて二の腕をつかむ。そこに手慣れた様子でリボンの先端を結びつけると、レウはまたその上からわたしの腕をつかんだ。
「魔力を流すぞ。いいか?」
「は、はい」
緊張して声がうわずる。実のところレウが見ていたのはノアだったのだが、わたしはそれに気づくのが遅れた。だがそれに構わずノアはレウに向かって首を縦に振る。レウはそれを見てもう一度わたしの二の腕に視線を戻した。
あたたかい、と思った。と、同時に奇怪な違和感が腕の辺りから全身へと広がって行く。むずむずと落ち着かない。
「落ち着かないですか?」
そんな様子に気づいたらしいノアが気づかわしげにわたしを見た。わたしはそれに無言の首肯で返す。
「恐らく今現在クロハさんの体内に残っている魔力とは別の魔力を流されたからでしょう」
「悪いな。魔力が流れる範囲はコントロールが難しいんだ」
「……いえ、だいじょうぶです。ハイ」
「まあ、もうすぐ終わる。ちょっと待っててくれや」
レウの言った通り、それから終わるのはすぐだった。
レウの持っていたリボンが急にふわりと中空に持ち上がったのだ。おどろきのあまり、わたしは思わず息を止めた。それからすぐに深く呼吸をする。肺を動かすとレウの魔力が全身を駆け抜けて行くような気がして、やはりむずむずとした違和感を覚えてしまう。
リボンはくるくると回転したかと思うと、急に整然とした動きとなってわたしの二の腕に巻き付き始めた。短い二の腕がリボンでおおわれるのはあっという間だった。
けれどもリボンの動きは腕がない部分へと差しかかっても変わらない。ぐるぐるとまるで透明の腕に巻きつくような動きで、リボンは動いて行く。それを肘を越え、手首を作り、指を形成する。
そうやってリボンが完全な「腕」を形作るのは、あっという間のできごとだった。
「――す、すごい」
素直な驚嘆と称賛の言葉が口をついて出る。魔法。まさしく魔法だ。
「そうか?」
レウはそう言いつつもどこかうれしそうだ。
わたしの脳が右腕を動かそうと思えば、その通りにリボンで作られた腕が動く。指も、ややぎこちないが動く。くるりくるりと腕の関節を動かしてみようとすれば、その通りに動く。
――すごい。これはすごいものだ。
「じゃあ最後に魔力の書き換えをして終わりだな」
「え、もう終わりなんですか?」
「ん? そうだが?」
義腕を作るというのだから、もっと時間がかかると思っていた。というか今日は採寸だけで、義腕自体はまた後日、という風になると勝手に思っていたのだ。
それが今日一日で終わるとは……。魔力ってすごいな。いや、この場合はレウがすごいのか?
そんなことをつらつらと思っているうちに、先ほどまでレウがいた位置にノアが立っていた。
「触れてもいいですか?」
「どうぞ」
そんなこといちいち聞かなくてもいいのに。律儀なひとなんだなと思いつつ、そう言われてしまうとノアの手の動きが気になってしまう。
ノアの指先がわたしの肩に触れる。気づかわしげな、優しい手つきだ。
「魔力を流しますよ」
書き換えってそういうことかと思いつつ、わたしは首を縦に振る。途端、あたたかいものが肩から流れ込んできた。
その小川のような流れは、わたしのなかに凝っていた、むずむずとした違和感――レウの魔力を押し流して行く。わたしの体内にあったレウの魔力はじわじわと指先へと集まって行き、じんわりとそこが熱くなった。熱煙を排出しているような感じだ。
変化はそういった感覚だけではなく、白いリボンにも表れる。
真っ白だったリボンは、残った二の腕と接続している部分から徐々に黒くなっていったのだ。最初はぎょっとしたが、すぐにそれがノアの魔力色だと気づいてほっと安堵した。それはじわじわと墨でも染みて行くような様子であっという間にリボンの色を変えてしまった。
リボンの色が指の先まですっかり変わると、ノアはわたしの肩から手を離した。
「おっし、書き換え完了だな。どうだ、ちゃんと動くか?」
「えっと……はい。ちゃんと動きますね。ちょっとぎこちない? 感じですが……」
「それはまだ魔力がちゃんと定着していないのと、使い慣れていないからだな。訓練して行けば違和感なく動かせるようになるよ」
「そうなんですか!」
うれしくてぐるぐると腕を動かしていると、ノアだけでなくレウまで微笑ましげな顔をしていることに気づいた。……恥ずかしい。でも、うれしいんだ。しょうがないだろう。
そうこうしているあいだにノアと報酬のやり取りを終えたレウは帰り支度を済ませてしまっていた。
「今日はありがとうございました、レウ」
「本当にありがとうございました!」
カバンを携えたレウを玄関先で見送る。わたしは心の底から彼に対して礼を言った。最初の不安感はどこへやら、だ。
レウはちょっとうれしそうな顔をして「まあ俺もひさびさの仕事で新鮮だったからよかったよ」と返す。そのあと、こう付け加えた。
「……まあ最近は物騒だからな。雌なんかは特になにかあったらひとたまりもないだろうし、こうして義腕をつけておくのもいいと思うぜ」
「ええ。ファミリアを改造していらっしゃる方もいますからね」
元の世界みたいに「最近は物騒」などという言葉を聞くと、ちょっと不思議な気分になった。……当たり前だけど、この世界にも犯罪とかあるんだよね。
「それじゃ、またなにかあったら気軽に連絡してくれよな」
レウはそう言ってわたしたちに見送られながら馬車に乗って帰って行った。




