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真冬のエトランゼ  作者: 漆間周
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第5話 マギたちは空を行く

 魔法使いといえば、箒に乗って空を飛ぶ。憧れなかった少女はいないのではないだろうか。そんな夢のような授業が本日、お日柄も良く晴れた日に実習として行われる。飛行実習だ。各自飛行のための道具を持ってくるように、と通達があり、飛行の魔力源とする上質の水晶が配布された。一週間の期間をかけて水晶に魔力を込めてくるようにと言われている。

 ルミエールに頼んで購入してもらった箒を持って、張り切って空は登校の馬車へ乗り込む。

「今日はご機嫌だね、ソラ」

「うん! 飛行実習なの。夢みたいじゃない? 空を飛べるなんて」

 私の名前は空なんだから、そんな私が飛ぶなんてまるで運命みたいよね、と胸をときめかせる。

「一騎士にははるか彼方の世界だねえ」

 エデンが微笑みかける。

「軍隊にもね、魔術を使った攻撃専門の部隊があるんだ。飛行部隊として活躍したりする。ま、俺はこの剣一筋ってわけだけど」

 誇らしげに剣の柄に触れるエデンだった。

「ソラは箒で飛ぶつもりなの?」

「うん。当たり前でしょう!」

 某アニメみたいにデッキブラシで飛ぶのもアリかもしれないけれど。でもそこは正統派で行きたい空なのだ。

「楽しみ楽しみ」

「今日は本当に機嫌がいい」

 エデンも嬉しそうにしてくれる。

「どんな授業なのかなあ……」

 箒の柄をひしと握りしめる空であった。


***


「各自、飛行用具は用意してきたかね?」

 ゴーグルをはめた短髪の女性教師が中庭に集合した飛行実習の生徒を前に立つ。彼女、シャルロッテ先生は、軍隊勤務の経験もありの飛行プロフェッショナルである。

時間割はロゼともアイーシャとも打ち合わせは済みで、二人も一緒のはずだ。

人混みの中、あの目立つ金髪と青髪をキョロキョロと空は探す。

「あ! アイーシャ!」

 生徒の様々な色彩の中でアイーシャの青い髪が一番目立った。

 アイーシャの元へ走り寄ると、その声を聞きつけたロゼもやってきた。

「おはよう、ソラ。どうしたの、箒なんか持って」

「どうしたの、って。飛行実習じゃない」

「……ソラは箒で飛ぶつもりなの?」

 アイーシャが困り顔で言った。そんなアイーシャが抱えているのは丸めた絨毯。

 アイーシャのリアクションと絨毯から空は何かを察した。そう、ひょっとして、この世界の魔法使いって魔法の絨毯に乗るのがスタンダード? そんな疑問だ。

「ひょっとして、絨毯じゃなかったら変なの……?」

「いや、そんなことないけど。要は魔力の供給が大切なだけで、何でもいいんだよねー」

「私は貴族らしく馬車ですわ。ソラも馬車が相応しいのに……」

 ロゼの一言にブッと空が吹き出す。

「ば、馬車……!?」

 確かに魔力を石を介して浮かせようという魂胆なのだから、馬車だって良いとは思うけれど。っていうか、この世界の魔術師の空飛ぶ道具のスタンダードは一体何なのか。

「魔法生物だったり色々ね。でも魔法生物はもともと飛行能力があるわけだから、実習には向かないわ。物体を魔力で浮遊させてこその魔術師よ。そのために、基本的には飛行機があるの。……それにしても、あなた、箒ってバランス取りにくそうだわ」

「そ、そんな……」

 衝撃の言葉に打ち負かされ、空は返す言葉もない。言われてみれば確かに、バランスを取ることに向いているとは思えない。

 

 そうこうしているうちに、学生が実際に浮かせてみる練習が始まってしまった。

 使い魔の魔法生物であったり、変わりどころでは桶のようなものであったり、各々が準備した飛行物に乗って少しの距離を浮き上がる。貴族階級の生徒はロゼのように小さな馬車を用意したものが多いようであった。

 まあ、快適な空の旅と言ったところか。

 何人もの生徒を観察して、一般的な飛行物が何か掴んだを空は掴んだ。ロゼが先ほど言っていた「飛行機」のことだ。もちろん、ボーイングなんとかではない。

 それは、流線型を描くように作られた木造の台に手すりに掴める部分を取り付けた飛行機だ。まさに飛行機だ。多くの生徒がこれを使用していたし、ご丁寧に魔力をこめた水晶を嵌める場所までついている。

 事情も知らず箒をチョイスしてしまったことを空は激しく後悔しながら、自分の番になり前に立つよう促される。

ーー全く、昨日の時点で飛行実習に使うなら箒はおかしいってルミエールが教えてくれればよかったのに!

 だが時すでに遅し。

 しかもロングスカートの制服では箒に跨るとスカートがめくれ上がってしまうという致命的なところに空は気づいた。

 仕方なく腰掛けるように箒の柄に乗る。

「お、案外悪くないかも」

 見た目も優雅な感じがするかもしれない、と心の中で空は思う。

「では、石に魔力を」

「はい」


 石に魔力を通す練習はここしばらくの授業で随分と慣れてきた。魔力を形にするというのは、これから行いたいことを明確にビジュアライズすることなのだ。

 箒が空を乗せて浮き上がる姿を瞼の裏に浮かべる。

 水晶は時計の針ーー初めての時はただの針だった水晶は、最近時計の針の形になってきているーーを舞い散らせて魔力を放出していく。


 ふわり。

 

 成功だ。一瞬くらっとバランスが取れなかったけれど。

私ってば今最高に魔法使いっぽい!……よね。

 そんな風に納得して、規定の距離を浮いて移動すると空は箒を降りた。

 ロゼも見事に馬車を走らせ、アイーシャはアラブの姫君のように魔法の絨毯に乗って実習を終えた。


「まさか、箒とは思わなかった、ソラ。そのスタイルは貫き通すの? ふふ」

 意地悪にもアイーシャがからかう。なぜなら、箒を持ってきたものが誰一人いなかったから。

「うーん……乗りこなせるなら貫いちゃおうかな」

 えへへ、と笑って空は箒を握りしめた。

「無理そうなら、早めに飛行機を用意すると良いと思いますわ」

 ロゼが忠告してくれる。

「うん、そうする」

 これは毎日箒で練習してみるしかないな、と空は思った。

 あとーー飛行機のことを教えてくれなかったルミエールへの文句は忘れない。

 絶対にだ。


***


「ルミエール!!」

 本日の文句を伝えるべく、昨日こっそり覗き見たルミエールの工房を、今日は思いっきりドアを開けてやる。

埃がふわっと舞い上がった。

 丸底フラスコに溜めた光を魔法陣の形に描いていたルミエールは、あまりの勢いにビクッとして光をどぼりと卓上にこぼしてしまう。

「どうして飛行機のこと教えてくれなかったの!?」

 こぼしてしまった光たちをもう一度フラスコに回収しながらルミエールは驚いた様子で空の方を見た。

「飛行機? 飛行実習でもあったのかい?」

「うん」

「で?」

「で、って……昨日、箒買った時教えてくれれば良かったのに」

 悪気ない彼の様子を見ていると語尾がもごもごと小さくなってしまう。

 ルミエールはこめかみを掻いている。

「いや、でも、ソラ。飛行実習があったなんて僕は初耳だし……君が箒を欲しがるから用意したんだけど」

「え」


ーーそういえば。「飛行実習があるから」箒を買って、とは言わなかったかもしれない。


 致命的なミスに気付いてしまって、空はがっくりと肩を垂れた。

「飛行機、必要かい?」

「ううん、箒でしばらく練習する」

「箒とはまた奇妙なものを選んだね」

 ルミエールは苦笑する。事情を知らなかったとは言え……あらぬ罪を着せられてしまったとは言えども。

「私の元いた世界では魔法使いは箒に乗って空を飛ぶものなの。だから」

「そうなんだ」

 掛けなよ、とまたルミエールは椅子を差し出してくれる。


「ルミエールは、工房でいつも何をしているの? ロゼが言ってた。それぞれの魔術師には、それぞれの家系が得意とする魔術があって、その研究をするんだって。秘密だったらごめん」

「まあーー秘密、にしたがる魔術師もいるけどね。僕が研究しているのは、魔力を蓄える方法。石に込めるよりも強くね。そうすることで、複雑な魔法陣が描けるようになるし、持続的な魔術の行使が可能になる。ま、僕は一応王宮の端くれだから、お国に役立つものといえば、軍用魔術機の開発だったり、街の灯りみたいなそんなものとか、かな」

「街の灯りみたいなものも……?」

確かに、夜は電気のないはずのこの世界であちこちに光がある。それは、彼や、他の魔術師たちの功績ということなのか。

 自分の無知を恥じながら、空は、時坂家の魔術についても聞いてみた。

「時坂家の魔術は時間の魔術、ってロゼが教えてくれた。私の水晶は時計の針の形になるの。でも時間の魔術ってどういうことなの?」

 王宮関係者、何しろ第7王子なのだから知っているはずだ。

「シンプル・クエスチョンだね。時間と言えば、君だってあの時に戻れたらと思うことがあるだろう? あるいは未来が見たいとか。そういうことだよ」

 君の魔力量は大きい、と念を押すように付け加えて、じきに自分の研究を確立することになるよ、とルミエールは言った。

「本当はね、王家には魔術師の力を持つものは生まれないはずなんだ。だけれど、僕はなぜか魔力を持って生まれてきてしまった」

 王家に魔術師がいないからこそ、三家の魔術師に仕えてもらうことで王家の威光を支えてきた。

「そのせいで、ちょっと僕は異端でね。だから、こんなところに工房を構えさせてもらってる」

 悪くないよ、退屈な王宮で暮らすよりはね、とルミエールは言う。

その様子は少し自分の立場をひねくるようであったけれど。

普段よりも饒舌に自分のことを語ってくれるルミエールの青い青い目を空は見つめていた。

「どうかした?」

 その青い目は、孤独を抱えているようで。でも、誇りと矜持に満ちている。

「なんでもない。また魔術のことは聞かせてもらうね、ルミエール先生」

「もちろん」

 椅子から立ち上がった空に、ルミエールの光の魔法がくるりとからかうようにまとわりつく。愛でるように光を撫ぜて、蛍のようにルミエールに向けて放った。光は言葉のようにルミエールへと戻って、また彼の指先にじゃれつく。

 それはまさに、魔法だった。優しさという名の。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

魔法使いに、なってみたいと思ったことはありませんか?そんな憧れを胸に書いています。

感想などいただけると連載の励みになります!よろしくお願いします。

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