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真冬のエトランゼ  作者: 漆間周
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第4話 マギたちの日々

「ソラ〜!」

 女の子らしい声とともに、金髪を揺らしてエトワール家の姫が、空に飛びついてくる。

 二日目の登校から、ずっとこの有様だ。向こうからは一方的に気に入られてしまったらしい。話すところによれば、エトワール家の魔術師とわかると引いてしまう御仁も多く−−この貴族的雰囲気からすれば「それはそうだろうさ」と空は納得したけれど−−貴族階級のごくわずかな友人しかおらず、「つまらない」そうだ。

この人懐っこい飛びつき様から考えれば分かるように、ロゼ・エトワールは決してお高く止まった人物ではなく、どちらかといえば人恋しいタイプの人間なのだ。

 ロゼの後ろには彼女の護衛である使い魔アリィが控えている。東洋的な顔立ちで、ターバンを巻き、漆黒の目が美しい。褐色の肌は力強さを漂わせる。聞くところによると彼の素性はランプの精霊らしい。

「ロゼってば……」

 苦笑しながら彼女を抱きとめて、ああこんなやり取りって女の子同士でよくあるのよね、と日本の高校を懐かしく思い出していた。

「今日のあなたの時間割は? 同じ授業、あるかしら」

 先に入学している彼女は、空にとっては先輩と言うべきか、時間割の選択が異なる。エコール・ド・マギは学年制ではなく、それぞれの魔術一家が特化した魔術を使えるように授業を選択し単位を揃えていくことで卒業となる。なので、なんとなく先輩後輩の雰囲気はあるだろうが、実力重視といったところが強い。

「ふむふむ……魔術歴史学に鉱石学、薬草学、量子解析学ね」

 鉱石学が一緒だわ! とロゼは顔を輝かせた。

 やや過激なスキンシップではあるけれど、空にとって悪いことではない。エデン以外の知り合いが誰もいない学校生活なんて孤独極まりない。まずはロゼという友人ができたけれど、それなら他にだって友人を作って、魔法の学校をエンジョイするのだ。時坂空はグッと拳を握りしめた。

 ここへ来た時はひとしきり泣いたけれど。

 運命だと思って受け入れるのなら。

 魔法みたいな、魔法の世界を受け止めて見せようと、空は覚悟したのだ。



***



 友達を作る、と決めたのはいいけれど。

 ロゼと空が歩くと、モーゼの如く人混みが割れる。……辛いことに。エトワール家の令嬢に続いてトキサカも入学したと噂にもなれば、そう、なるものらしい。エデンが申し訳なさそうに言っていた。

 城のようなエコール・ド・マギはエントランスにホールがあり、そこから四つの大教室がある塔と繋がっている。四角形に配置された塔の真ん中には広場があり、学生の憩いの場となっていた。

 そんな憩いの場に、何やら人だかりができている。

「何かしら」

 ロゼは廊下の手すりからひょいと広場を見やり、あらぁ、と呑気な声を出すと手すりを乗り越え駆け抜けていく。

「え、ちょ、ちょっと」

 空も追わないわけにはいかない。空もスカートを翻した。


 広場では、何やら一人の学生が魔法陣を描いている。彼女が手に握りしめているのは紫水晶のような拳大の大きな鉱石。

 鉱石を魔力で溶かして魔法陣を作るという知識は、空もやっと仕入れたばかりだ。

 魔法陣を描く当人は真剣なのだが、周りの冷やかしが物凄い。

「アイーシャがまた何かやるらしいぞ、おい!」

「魔力足りてるかー?」

 男子生徒が心無く喚き散らす。

「うるさいわね! あたしは今度こそ呼んでみせるのよ! 使い魔を」

「お前につく使い魔がいるかよ」

「何回失敗してると思ってるんだ!」

 相変わらず外野は冷たい。どこの世界でだって、そういうスクール・カーストみたいなくだらないものは変わらないのだ。


「ちょっと失礼」

 なんだよ、と振り返った男子生徒は金髪とドレスと見まごう制服を見て仰け反る。エトワール家の威光だ。ロゼが割り込んだのだ。

「あなた、何の使い魔を召喚するつもりなの?」

 あなた、と呼びかけられた女子生徒−−外野のざわめきからアイーシャという名前なのが分かる−−は振り返ってまじまじとロゼを眺めた。アイーシャの制服は、日本の高校に似た簡素なそれで、一目で身分はそれほど高くない魔術師と分かる。

 数秒の沈黙の後、アイーシャは答えた。

「何も考えてなかった」

 はい? とさすがのロゼの顔も困り顔で首を傾げた。

「使い魔を召喚したいのでしょう? どんな使い魔が欲しいか考えなくちゃ、成功なんてするはずがないわ」

「できるだけ強いのを、と思って」

 もごもご、とアイーシャは口ごもる。

「あたしは魔力があんまりなくて、だから、できるだけ強い使い魔を呼び出してみんなに見せつけてやろうと思って」

「あなた、工房は?」

「あたしの家は、あたしが初めての魔術師だから工房なんてないの。学校が魔術を使える場所……そりゃあ、あたしが魔力持ちだってことが分かった時には父さんや母さんもとっても喜んでくれたんだけど」

「そう……」

 何やらロゼは思案する。

 そして、やおらアイーシャの髪を撫で、ひとすくいした。アイーシャの髪は透き通った海を思わせるような青色で、瞳も同じく空より高いところにある青。からかいの中で馬鹿にされ、注目こそされなかったのかもしれないが、美少女である。

「使い魔は、雰囲気に合うものが相性がいいわ。工房がないなら、ここで召喚するしかないわね。それからここ、魔法陣間違っているわよ」

 矢継ぎ早にロゼが言う。

 そして、断言した。

「ユニコーンがいいわ」

 ユニコーンなら、必ず呼べる、と。

「ユニコーン!?」

 そんな高位の魔法生物を、あたしが!? とアイーシャは慌てている。出来るだけ強く、なんて言っていた割には。

「大丈夫。あなたから清らかな優しい魔力を感じる。ユニコーンなら波長は合うはずよ。やってみて」

「あの、あなたは……」

「ロゼ・エトワール。よろしくね」

 ロゼは右手を差し出す。

「あ、あたし、アイーシャ・アブー・バクル。よ、よろしくお願いいたします」

「仰々しくしないで! さあ、ユニコーンを呼ぶわよ」

 みんなの前で、ね。パチンとウインクして、ロゼはアイーシャの肩を支えた。

 ロゼに指摘された箇所を修正したアイーシャは、魔法陣に向き直る。


「−−聞け。私は七つの星の元に生まれた物。十二の始祖に愛されし者。十二の始祖に分け与えられし者。我が魔力マナに応え、我が魔力マナを愛するなら開けよ。大樹の隙間、天の孤独、金銀の交わる枝の葉よ……!」


 召喚の魔法の言葉とともに魔法陣が輝き出す。私もこうやって呼ばれたのだろうか、と思いながら空は眺めている。あ、でも自分は使い魔ではなかったっけ。

 輝きとともに外野のざわめきは大きくなる。今まで、魔法陣が反応したことすらなかったらしい。

 眩しい、紫の光が広場中に広がって、一点に収束した時。


 そこに、一つ角を額に持つ、薄衣を纏った華奢な少年が、ふわりと浮かんでいた。


「やったわ……!」

 唖然としたアイーシャよりもロゼが喜んでいる。

「さあ、契約を」

 ロゼがアイーシャの背中を押す。

あう、と声をもらしてアイーシャはおずおずとユニコーンに近付いていく。

 アイーシャを一瞥してユニコーンは跪いた。そして、恐る恐るアイーシャが差し出した手の甲にキスをした。

「こ、ここに契約を誓う。わ、私の魔力を与えることを、や、約束するわ、ユニコーン−−名前は……エメ?」

「契約に従いあなたを全力で護ろう、アイーシャ」

 契約する主従には互いの名前が直感でわかるのですよ、と側にいたエデンが教えてくれた。


 契約が終わった途端、広場が爆発的な歓声をあげる。

「あのアイーシャがやった! やったぞ!」

「良かったわね」

 にこり。アイーシャに向けられるロゼの笑顔、アイーシャの照れて赤く染まった頬。

「エトワールさま……ありがとうございます」

「ロゼでいいわ。仲良くしましょ、ね」

「……は、はい!」



***



 そして、鉱石学の授業。アイーシャも同じ授業の選択だったらしく、仲良く三人並んで授業を受けている。ロゼを介して空もアイーシャと話した。初めこそ「あのトキサカの……!」と言っていた彼女だったけれど、空が魔法初心者であることや何やらを知って、親しくソラと呼ぶことを約束してくれた。

「鉱石学は魔術の基本中の基本。魔力を石にこめ、外界へと放つーー石は水晶であることが望ましい。宝石の類でも構わない」

 教師はそう言って、魔術に使える鉱石を板書していく。そこは真面目になってしまう空は、やっぱりノートを取ってしまう。

(私、別に魔術なんてマスターしなくてもルミエールに頼んで元の世界に返してもらえばいいんじゃないかな……いや、でもトキサカの使命とやらがあるわけだし……魔法使いなんてのも悪くないし)

 真面目学生の本能というべきか、授業が与えられると勉強してしまう自身に空はツッコミを入れていた。

(魔法使い、ねえ……)

 水晶が各学生に配られていく。魔力を石に伝える訓練だ。

「魔力は風の流れのようなもの。指先から流れゆくもの。まずは体内を下から上に突き抜けていく自身の魔力を感じなさい」

 教師が前で言う。

「ねえ、アイーシャ」

「ん?」

「さっき、紫水晶を溶かして魔法陣を描いてたよね。じゃあ、こんなの出来るってことじゃないの?」

 見事な魔術を使って見せたアイーシャを前に、こんな基礎的な授業が意味あるのかと思ってしまう。

「まあね、出来るけど。この授業では毎回鍛錬があるんだ。水晶に魔力を流すと言っても、流したつもりの100%が伝わるわけじゃない。水晶にこめられる魔力量にも、それぞらの限界がある。だから、その効率を上げていくことが大事なの」

「そうなんだ」

 自分に配られた水晶を手に取る。

(ふーん)

占い師が使うような、水晶玉だ。

 教師がはい、皆さん! と号令をかけると、生徒たちは一斉にそれぞれの集中の仕方で魔力を水晶に流し込み始める。所々で、パリンと石が割れる音がした。

 空は恐る恐る水晶を掴む。流し込む−−?

 イメージする。自分に魔力なんて不思議なものがあるなら。目を瞑って−−自分の心窩部にある熱い血が指先から水晶に流れ込む様子を想像した。

 心の中に木があるなら、その枝葉が揺れている。心臓がくすぐられる。


−−フ


 やおら熱くなった水晶が花開く。水晶は、刺々しく無数の針を持つハリネズミのような形に変化していた。

「すごいじゃない、ソラ!」

 ロゼが肘で空をつついた。そう言うロゼの水晶は美しいバラの形をした結晶を描いている。アイーシャの水晶は魚の鱗のような形に変化していた。

「……みんな、違うの?」

「そうよ、これがそれぞれの魔力の形。ソラのは何かしら! トゲトゲね」

「さ、さぁ……?」

 どう考えても技術の差−−だって、硫黄の結晶みたいになっただけで形になってないから−−空は苦笑するしかなかった。

「大丈夫よ〜、慣れていけば」

 心中を察してロゼが励ましてくれる。


「では、これを用いて魔術の変換の技術を教える。石に込めた魔力を使いたい用途に応じて解き放つ。それが出来て一つの魔術だ」

 教壇で教師は自身の水晶を掲げた。五芒星の形をしている。きっとそれが彼女の魔力に一番似た形なのだろう。

「まずは最も簡単なものから。形のまま、魔力を解き放つ−−デ・ヴェロア」

 呪文らしきものが唱えられると、星は光になった。まばゆい光が教室を照らす。

「皆も試してみなさい」


 号令とともに皆が呪文を唱えだす。奇妙な生物だったり光だったり、草だったり、ありとあらゆるものが教室に一瞬現れては消えていく。

「……デ・ヴェロア?」

 物凄く控え目に、小さな声で空は言ってみた。ちなみに、ロゼの薔薇は名前の通りというか、彼女の雰囲気通りとでも言うべきか、美しい薔薇の花へと進化し、アイーシャの鱗は人魚に変わった。人魚はアイーシャをからかうようにくるりと円を描くと消えて行った。空のはどうか考えても、何か危険な針になる予感しかない。

 空の予想通り、水晶は針へと姿を変えた。誰かに刺さりやしないかとヒヤヒヤする。針一本一本がくるりと一周して消えていった。

「時計ね、それ」

 見ていたロゼが口を挟んだ。

「え?」

「トキサカ家の魔術は時間の魔術。多分、時計の針だったのじゃないかしら」

 なるほど、だから一周して消えて行ったのか。というか、時坂の魔術は時間の魔術だったのか。初耳だった。

 

 残りの授業はロゼともアイーシャとも重なっていない。エデンを伴って一人教室に座るだけだ。魔法の学校と言っても日本の高校と変わりないなーーいや、大学かしら? 授業が選択制だから。そんな風に考えながら、空は授業を終えたのだった。


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