鬼畜ゲームの罠
「よしっ!いいぞ!この調子だ!」
部屋には、ざすざすという何かを斬るような音が響いている。
暗い部屋をテレビの明かりが微かに照らす。そこには一人分の影が。
影は、はぁ、とため息をついた。
「また負けちまったな。何だよこれ。ゲームバランスおかしいだろ。敵が強すぎるわっ!一番弱い敵の討伐に10分かかるって…ほかのゲームなら10秒もかからねぇだろ。まぁ、こっちを強化して戦略を立てることで勝率が上がったからいいんだけどね。それが楽しいよね。よし!もう一回第一のボス、BOSAをやっつけに行くか!」
影は床に置いていたコントローラーを持ち直し、再び格闘し始めた。
このゲーム、〈スーパーステレオファニーゲーマー〉、通称スパゲーは鬼畜ゲームとして名を馳せ、数万人ものゲーマーがその全クリを目指し、日々時間を費やしてきた。
しかし、発売開始から3年が経った今でも全クリを果たした者は一人としていなかった。
スパゲーは鬼畜ゲームであったが、3Dゲームとしてグラフィックが非常に綺麗であり、ファンは多かった。
「くそっ!また負けた!」
第一のボス、BOSAに一撃で倒され、頭にきた影は持っていたコントローラーを力任せに床に叩きつけた、つもりだったのだが狙いは大きく外れ、ゲームの本体にぶつけてしまった。
先ほどまでは正常に起動していた画面が砂嵐状態になってしまったのだ。
「え?ちょっ、おいぃぃぃぃぃ‼壊れんなよ⁉」
しばらくの間、テレビを叩いてみたり、揺らしたりしていると、突然砂嵐の音が止んだ。
「おっ!直ったか!やっぱりテレビは薄くなっても叩くのは有効なんだな!」
などと上機嫌でつぶやきながら再びコントローラーを握る。
「さて、さっきの続きを…ってあれ?データ無くなってね?…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ‼‼」
涙を流しながら床を殴る。
「くそっ!くそっ!第一のボスに辿り着くまでにどれだけの時間をかけたと思ってるんだ!5か月だぞ!レベルだって200まで上げたのに…」
スパゲ―にはレベルがほぼ無限に設定されていて、それを売りにしている。
しかし、現時点で確認されている最高レベルは2700だ。
5か月間もずっとこのゲームをしていたのだ。そのデータが消えてしまったのだから泣いて悔しがるのもしょうがないだろう。自分でしでかしたことだが。
泣きながらもボタンをポチポチと押し、新しいセーブデータを作成している。
「名前を入寮してね♪」
スパゲーの案内役であり、マスコットキャラクターでもある猫耳少女、キャミ―ちゃんが名前入力欄を指差している。
影、いや男は迷うことなく名前を打ち込んだ。
《神楽坂 冬馬》
「ありがとっ!じゃあ次は読み方を教えてね!」
《カグラザカ トーマ》
「ありがとっ!じゃあ次は見た目を…」
神楽坂 冬馬。これはこの人の本名ではない。
ゲームで本名使う奴は馬鹿だ!名前を変えるのは当たり前だ!という声が聞こえそうだがそれはおいておこう。
この男の本名は、神楽坂 樹萌という。
なんだ、苗字は同じなのか。何故だ?と思うかもしれない。これには深い訳がある。
それは樹萌が小学生の頃の話だ。
とある生徒が「樹」という漢字に「き」という読み方があることを知ったのだ。
もう皆察したろう。その通りだ。
その生徒は「じゅもい」を「きもい」と呼びだしたのだ。その呼び方は瞬く間に広がり、それが定着してしまったのだ。
そこから高校卒業までずっと周りから「きもい」と呼ばれ続けた。
樹萌は「きもい」とは裏腹にイケメンであり、成績も優秀だった。また、弱い者いじめが大嫌いでよく虐められていた生徒をかばうことがあった。
「ダメなのは名前だけなのにッ!」
そうして高校卒業後、すぐに自分の部屋に閉じこもりネットの中の住民になり、その時から冬馬を名乗っていた。あえて苗字を変えなかったのは自分の本当の名が樹萌であることを忘れたかったからではないだろうか。
自宅警備員歴は早くも4年目に突入した。
「登録完了♪お疲れ様!じゃあ楽しんでね!」
キャミ―ちゃんが登録の完了を示す。
画面が真っ暗になり、白い文字が上から流れてくる。エピローグだ。
地球によく似たエレカロン星という星があった。そこには生命体が住んでいた。
我々とほぼ変わらない人間、動物、植物、そして魔物が生息していた。
この星には魔力を秘めた魔素なるものがあり、魔素を吸収し、生きる生物を魔物と呼んだ。また、人間が魔素を吸収し、魔法を使う魔法使いなる者もいたが、人間に危害を加える魔法使いを魔物と呼び、その中で特に強力な魔法使いを魔人などと呼んだ。
この星では長年、人間と魔物は対立していた。
魔物は圧倒的に人間よりも強力であり、勢力は魔物軍に傾いていた。
そんな時に《神楽坂 冬馬》はとある村で生まれた。
彼は魔物を倒し、世界を統一するため旅にでたのだった。
「はぁ…長いしスキップ出来ないし…本当に何なんだ、このゲームは…てかさ、俺が生まれてからの説明雑じゃない⁉…って独り言とか空しくなるからやめよ…」
真っ暗だった画面が明転し、男のキャラクターが映し出された。男は家にいるようだ。
「よしよし始まった。さっそくレベル上げするか。おっと、その前にママに話しかけないとな」
スパゲーが販売されて間もない頃、最初の敵が強すぎて標準装備だと全く歯が立たず、ストーリーが全然進展しないというクレームが殺到したため運営側は新キャラを追加したのだ。
それがママである。
ママは旅立とうとする息子に手作りの弁当を与えてくれる。その弁当にはHPを全回復させるという効果があるのだが、食べずに魔物に与えると魔物はそれを食べるため一定の間攻撃をしなくなる。その間に倒すのだ。
樹萌はキャラクターをママの元まで歩かせた。
「神楽坂 冬馬ちゃん!元気で戻ってくるのよ?これを持っていきなさい」
▶ママの弁当 を てにいれた
と、このような展開になるはずだった。しかし、ママの言葉はそれを裏切った。
「ふははは!よくぞここまでたどり着いたな!誉めてやろう!」
ここって自分の家だよね?
「しかし、お前はまだまだ弱い。雑魚が。まぁいい。我の手で殺してやろうじゃないか。敬意を払ってな」
ママの腕が突如怪物のような巨大な腕に変化した。手をキャラクターの頭上までもっていき、バンッと振り下ろした。キャラクター、神楽坂 冬馬は抗うすべもなく、ぐちゃっと潰れた。
画面は再び暗転し、赤い文字で書かれた「GAME OVER」が浮かび上がった。
「あ、あれなんだよッ!ママじゃないじゃん!バグったか…壊れたか…ん?なんか頭が…くらくらして…」
樹萌はコントローラーを手から落とし、頭を抱えたままバタリ、と倒れてしまった。
暗い部屋をテレビの明かりが照らすが、誰の影もなかった。
突然、スパゲーの音が響く。勝手にゲームが動き出したのだ。
「コンテニューする?10…9…8…7…OK!コンテニューだね!じゃあ楽しんでね!」