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「納得が、いかない!!」


 私は風呂場の扉の前で仁王立ちしながらそう叫んだ。手にはタオルを握りしめながら。

 

 お風呂にお湯を溜め、男の子を入れようとしたら、なんとなんと男の子に拒否されたのだ。

 身体を綺麗にしたくないというんじゃない。私に洗われるのが嫌だと、それはそれは頑なに拒絶された。

 私はもう濡れても良い格好になり、タオルを持ってスタンバイ状態だというのに、だ。

 

 でも男の子は極度に疲弊しているし、入浴って言うのは意外と体力を使うものだから一人きりで入れるわけにはいかない。溺れてしまったら大変だもの。

 

 駄々を捏ねる男の子と、頭から足先までピカピカにしてあげたい私の攻防を、白けた目で見ていたデリクが割って入ってきた。

 するとどうしたことか、デリクなら良いと言ったのよあの子!

 

「どうして!? 絶対私の方が丁寧に身体洗ってあげるのに!」

「あの子も男だからな。そりゃ嫌がるだろ」

「その男の子をお姫様抱っこしてたジャンに言われたくないんだけど?」


 当然だろみたいな顔しないで欲しいわ。

 男の子だから女の私に裸を見られたくなかった? ベタベタ身体を触られたくなかった?

 うーん、逆なら分かる気がするけど。そういうものなの? 男の子の心理って複雑なのね。

 

「エペは?」

「デリクを見張ってる」

「デリクを?」

「あの子を乱暴に扱ってないか見てもらってるの」

『ご主人さまあけてあけてあけてー!!』


 かりかりかりかり

 扉が反対側で削られてる音がする。前足の爪で引っ掻いてるみたい。

 あ、駄目よエペちゃん、あんまり傷つけたら。

 

 扉を開けてあげると、すごい速さでエペちゃんが飛び出してきて私の身体を器用によじ登ってきた。

 肩まで来るとブルブルと身体を震わせる。

 

「つめたっ!!」


 水しぶきが顔にかかった。あれエペちゃんずぶ濡れ?

 持っていたタオルで身体を拭いてあげる。


「デリクに洗ってもらったの?」

『あらわれたのー!』


 人型ならおいおい泣いてそうなくらい、円らな瞳がうるっている。

 毛がつやつやのふさふさになってる。

 デリクは旅芸人として動物の世話もよくしていただろうし、洗ってあげるのはお手の物なのかも知れないわね。

 じゃあ男の子も、思ってたより丁寧に洗ってくれているかも。

 

 私がエペちゃんを拭いてあげていると、デリクがお風呂場から出てきた。

 

「あんた、良い買い物したよ」

「え?」

「ほら、出て来い」


 デリクに手招きされて出てきた男の子は、戸惑った様子で室内を見渡して最後に私と目を合わせた。

 

 痩せ過ぎなのはどうしようもないけど、髪も身体も綺麗に汚れを落として、清潔な服に着替えただけで随分と見違えた。

 浅黒かった肌は艶やかさを取り戻して、灰色だと思っていた髪は銀だった。

 利発そうな容姿と相まって、どこか高貴ささえ感じる。

 

 まじまじと見すぎたのか、男の子は居心地悪そうに身動ぎした。

 

「ごめん。良かったね、綺麗にしてもらって。すごく格好よくなったよ」


 と言っても、意味分からないか。東と西の大陸じゃ言葉が全然違うものね。

 まだ濡れている髪を梳いてあげると嬉しそうに目を細めるのが猫みたいで可愛い。


「はい、これ飲んで。ゆっくりね」


 実は用意していた果汁水を男の子に渡す。彼は慎重に口に含んで飲み込んだ。

 あ、賢いなこの子。一気に飲むと胃が驚くからね。喉渇いてるだろうからゴクゴクいきたいだろうけど、ゆっくり少しずつが正解。

 飲み終わったコップを預かって、ベッドへ促した。

 

 すっきりして水分補給済んだら後は睡眠。

 ベッドに寝転ばせて私も端に腰かける。

 

 大人しくベッドの中に入ってはくれたけど、私達三人とエペちゃんは起きてるのに、自分だけ何で眠るのかと目で訴えてくる。

 この子目で物を言うわね。

 

「大丈夫。今はゆっくり休んで元気になって」


 サラサラになった髪を撫でていると、その手を取られて両手でしっかりと握り込まれた。

 私も握り返すと安心したのか男の子は目を閉じた。

 

 暫くするとエペちゃんが私の肩からベッドに降り、男の子の隣で丸くなった。どうやらエペちゃんもおねむらしい。

 

 ていうか、絵になるわね……美少年と小動物が添い寝って。微笑ましいったらないわ。

 エペちゃんが男の子に擦り寄るのをニヤニヤしながら見ていると、デリクからずいとコップが目の前に差し出された。

 

「ありがとう」


 空いた方の手で受け取って一口飲むと、ほのかにアルコールの香りが口の中に残った。

 これは果実酒のようね。さっき私が男の子に上げたジュースのお酒版。うん、美味しい。

 

「さてと、じゃあ折角時間も出来た事だし聞いておきたい事があったの」

「僕達が何でアニエスの旅に同行したのか、とか?」

「そんなのどうでもいいわ」


 興味ないわ。全くこれっぽっちも。

 騎士と剣士と錬金術師と旅芸人と皇女ってすごい面子だなとは思うけど。アニエスとその取り巻きが大義を抱きつつ、嬉し恥ずかし楽しくちょっと長い遠足に出てただけでしょ。

 

「あなた達が言っていた前世ってのが気になってね。前の世界での私ってどんな人間だったの?」


 やっぱ一番気になるのは自分の事よね! 他人の事なんて正直どうでもいいのよ。ロクに知りもしない人達の事なら尚更。

 

 どんなって、とジャンとデリクは顔を見合わせ、先に口を開いたのはデリクだった。

 

「どんな人間かって訊かれても詳しくは知らない。僕達が知っているのは、強大な魔力で皇国を支配した魔女だって事くらい。皇王と皇后を弑して重臣達を魅了術で操って国をメチャクチャにした。逆らった者は有無を言わさず惨たらしく殺したって」


 ふぅん。アニエスから聞いてた話と変わらないわね。

 もっと具体的に知りたかったんだけど。そもそもどうして私があの優しい皇王や皇后を殺そうと思ったのか。この国を破滅させようとしたその理由に繋がる何か……

 

「人伝のような言い方をするわね。デリク達だって私と会っていたんでしょ?」

「いや。僕は一度目は皇国に辿り着く前に皇国兵に不意打ち食らって死んだし、二度目は王宮であんたに洗脳された奴らに囲まれて自爆に巻き込まれた」

「うわーお。今回は不幸な死に方しないといいわね」

「あんたが心変わりして皇国乗っ取りをまたおっぱじめなければ僕は死なない」


 成程ね。私の行動如何でデリクの生死が変わって来るのね。自分がどうするのかによって他人の人生が変化するなんてなかなか興味深い。

 デリクが死ぬ生きるの差が、また別の人の人生を左右しているのでしょう。

 

「へぇ、デリクは魔女と戦わなかったのか」

「ジャンは私と戦ったの?」

「ああ。強かった。近衛兵もやはり桁違いだったな」


 感情は一切見せず、ただ事実だけを述べるジャン。

 悪の親玉である私と戦った過去を持っていて、それでもこうして今普通に喋っているなんて、ある意味ジャンって大物よね。

 

「でも勝ったんでしょ?」


 私は確か悪の魔女としてアニエス達に、というかルシアンにかしら? 殺されるのよね。

 そして皇女アニエスは皇国を取り戻してめでたしめでたしになるんだったはず。

 だけどジャンは首を横に振った。

 

「いや、勝てるはずがない。あんな化け物じみた力に」

「悪かったわね、化け物じみてて」


 ええそうよ、私の魔力は高い。尋常じゃなく。

 魅了術をかけるって簡単に言うけど、あれは人の精神に影響を及ぼすものだからかなり高度な術式が必要だし、長時間効果のあるものでもない。

 それを一年も永続的にかけ続けていただけでも、魔力の消費量は計り知れない。

 

 私は、自分の魔力の底を知らない。

 どれだけ強大な魔法を放っても枯渇する事がないというのは、戦う側からすれば厄介なだけ。

 

 魔女との戦いは、虚を突いての奇襲か相手の疲弊を待って複数で叩くか。卑怯な手を使うのは当たり前。まともに正面から戦うなんて阿呆のする事。

 だけどそれが出来ないとなると、まぁ勝算はほぼ無いとみていいわね。

 

 だからって化物だなんて、そんな正直な。

 

「じゃあジャンは魔女と戦って負けた?」

「いや」


 私とデリクは同時に首を捻った。

 勝手もいなければ負けてもいない?

 

「戦闘中、ルシアンの剣を見た魔女が」

「魔女が?」

「突然爆笑しだして」

「爆笑!?」

「自死した」

「じ、じし、ええぇっ!? ちょ、やめてデリク、頭おかしい人を見るような目で私を見ないで!」


 私じゃない! 私じゃないからそれ!

 ジャンの前世の私一体何があったの!?

 カリブルヌスの剣ならつい先日私も見たけど、別に笑いたくもならなかったし、死のうとも思わなかったわよ。

 

「え、でもそれならジャン達は勝ったんじゃ」

「魔女の自爆に巻き込まれて死んだ」

「結局死んだんかい!」


 何故かとても悔しそうにデリクがテーブルを拳で叩いた。

 デリクの時同様、ジャンもなかなか壮絶な前世ね。自爆に巻き込んだ私が言うのもなんだけど。


「魔女は……私は何か言ってた?」

「……『これが私の役割か』とか、そんな様な事を言っていた気がするな」


 役割? 『これ』が何を指すのかも、いまいちちょっと分からないわね。

 自分の事とは言え、何を考えているのかさっぱりだわ。

 違う道を辿っているとは言え、私自身なのだから行動理由は理解出来ると思ったんだけど、予想以上に今の私とかけ離れているって事しか分らない。

 

 まぁでも、そんな感じで悪の魔女を全うしていたなら、昨日の二人の警戒の仕方は当然ね。

 列車の中だろうと町中だろうと魔法ぶっ放したって不思議じゃないわ。

 

「兎に角、今の私はその時の私とは全く別物だと思ってほしいんだけど」

「まぁ僕は実際にルクレティアに会うのはあんたが初めてだから、そこまでの抵抗はないけど」


 ちらりとデリクがジャンに視線をやる。ジャンはコクリと頷いた。


「問題ない」

「あ、ないんだ」


 間接的にとは言え殺されたっていうのに。逆恨みされるよりはよっぽどいいけど。

 

「前世と今のルクレティアが全く別の思考で動いているのは一目瞭然だし、君は記憶持ちではないんだろう?」

「そうね。それらしき記憶も知識もないわ」


 あると便利なんじゃないかって思う事はあるけど。だってそれなら知識の幅が格段に広まるじゃない。

 既に持ちえた知識を継承して、また人生を一から再スタート出来るなんてそんな便利な技があるなんてね。

 

「そうやって子供を慈しむ姿も、以前なら想像出来ないしな」


 ずっと男の子と手を繋いだままの私を見てジャンが笑う。

 この人笑うんだ! ふぅん、笑顔だと少し幼く見えるわね。

 

「なら、改めてロンシャンに着くまでよろしくね」


 

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