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重かった!!
ここまで空気に重さを感じたのは生まれて初めてよ!
ずっしりと圧し掛かって来るようで、肩が凝ったわ。
「あー疲れたぁー」
宿のお風呂に浸かりながら、自然と言葉が漏れた。
ロンシャンへと向かう旅の初日からこの調子じゃ先が思いやられるわね。
まだ陽が昇りきらぬ前の始発の列車に乗り、一日中座りっぱなし。
旅は慣れてる。物心つく頃には世界中を転々としてたから。だけどそれはいつだって一人旅で、寂しいと思った事が無いと言えば嘘になるけど、今はあの気ままさが懐かしい。
なにが私に疲労感を与えているのかと言えば、相席の私の前に座るデリクとジャンがね……
一っ言も喋らないの。沈黙が圧力になるのね。
それが二人分なんだからすごいわよ。あの二人は疲れなかったのかしら。
最初の内は二人をジッと観察して楽しんだりしていたのよ。アニエスが選ばなかったとは言え、恋人候補だった人達なのだから見目が良い。
暫くすれば慣れて飽きるとは言え、この旅の間は見てられるってくらいには二人共綺麗な容姿をしている。
ジャンは世界でも珍しい錬金術師。
体格は良く、短い栗色の髪を後ろに流した、ちょっと厳ついお兄さん。目つきは鋭いけど、左の目尻にある泣き黒子が良い感じに甘さを出している。
強そうだし剣士って言われた方がしっくりくるけど、専ら机上で理論を組み立てているインテリ派らしい。
デリクは世界で活躍する旅芸人らしい。
小柄ですばしっこく、得意なのは飛び道具だとか。
目がくりくりして犬のように人懐っこい容姿の割に、実は芸をしているとき以外愛想の欠片もない、生意気な男の子。
アニエスはデリクの事を、なんだったかしら? つんでれって言っていたわね。
鑑賞に値する二人のご尊顔を暫く観察してたんだけど、もの凄く睨まれて止めろと視線で訴えられたので、午後くらいからは我慢して景色を眺めている事にした。
だけど私がちょっと飲み物を取ろうとしたり、席を立とうとすると二人共すかさず身構えるのよ。
あまつさえ武器に手を伸ばそうとするし。
列車を降りて宿を探す為に町を歩いている時だってそう。
自分が乗ってる列車で大暴れするわけないでしょ、人が大勢いる町中で魔法ぶっ放すわけないでしょ!
どれだけ乱暴者だと思われてるのかしら私。
言っておくけど、大勢に暗示の術を掛けたりしたけど、暴力は一度だって振ってないわ。
そんな調子なものだから、もう本当に疲れた!
お風呂から上がってストレッチをして凝り固まった筋肉をほぐす。
あーマッサージして欲しい。
こういう時、やっぱり使い魔がいると便利よね。
明日の朝、市に行って調達しましょう。
あの二人に市に行きたいと頼むのが面倒だけど仕方ない。もし駄目だとか言おうものなら暗示でも掛けてやろうかしら。
などと思っていたのだけど、二人は意外にもあっさりと了承してくれた。
どうせ列車の中で食べる軽食も買わないといけないし、気晴らしもしたかったようだ。
やっぱり昨日は二人も気詰まりだったのね! 自分達であんな空気にしておいて!
早朝からやっている市にやって来た。この地域で取れる果物や野菜にデリクは目移りし、ジャンは骨とう品やアクセサリーに釘付けになっている。
こういう時ってどの店に目を惹かれるかで性格出るわよね。
私は露店の前で立ち止まって、そこに並んでいる商品達を品定めを始めた。
ここは、小動物達を売っている。猿、猫、梟、蛇に蜥蜴、兎……
食用だったりペットだったり、買い手の目的は様々だ。
勿論私は使い魔にする為に。
どの子にするかはすぐに決まった。相性は直感で決めるのが一番良い。目が合った瞬間に、分かるものだから。
黒目をきょときょとさせる小柄なリスを指差す。
「すみません、この子下さい。あと餌も」
「はいよ。ペットかい?」
「いえ、使い魔にしようかと」
店主はリスを小さなケージに入れ直しさせながら、私をまじまじと見つめた。
「あんた魔女さんかい」
「ええ」
「へぇ。若いのに大したもんだ」
魔女は年々減って来ていて、今ではかなり希少な職業になってしまっている。
魔法だけじゃなく、占星や呪い、薬学にも精通していて、人々の生活に直結した職業だから重宝されるんだけどね。
魔力を持った人がどんどんと減っていっている上、幾つもの術や学を会得するのに時間が掛かるし、学力と根気が必要だから、なりたがる人も少ない。
「はいよ。可愛がっておくれ」
「ありがとう」
ケージの中でちょこまかと動き回るリスを受け取る。可愛いなぁ。
「そのリスをどうする?」
「!?」
突然背後から耳元で喋りかけられて心臓止まるかと思った。
振り向くと、恐ろしく近い位置にデリクの鋭い目があって、更に驚く。
至近距離からだと結構な攻撃力ね……
私の様子などお構いなしにデリクはリスに釘付けのよう。
昨日まであんなに私を警戒してたのに、何この差。これが小動物の可愛らしさの威力なのかしら。
「どうするんだ?」
「え、ああ、使い魔にするのよ」
「だからどうやって」
「簡単よ」
ケージからリスを取り出し、持ち上げる。動き回って落ち着きがない。なんとか押さえて小さく円らな瞳を私と合せた。
「エペシルオ」
私がそう呟くと、リスはぶるぶると身震いし、途端に大人しくなった。
そして私の手からするりと抜けると、腕を伝って肩の上に乗る。指で顎を撫でても大人しくされるがまま。
「目を見て、真名を読み取る。それを正しく音に出せたら、この子達は魔女に服従してくれるの」
「さっきのが真名か。不思議なものだな」
「魔力が無ければ出来ないしね」
「それだ、錬金術をもってしても読解不可能なそれが実に腹立たしい」
と、言われましても。
魔力は天性のものだし、扱えるかどうかは才能と一言で言ってしまえばそれまで。だけど魔法だって法則性に則って存在しているものだし、解明しようと思えば出来る筈。
しようとした人だっていなかったわけじゃない。だけどあまりに難解で生きている内に解読し切れなかったようね。
人体に宿る力が未だに謎だらけっていうのも、また素敵だと私は思うけど。
探求の予知は未来に残してあげた方がロマンがあるじゃない。
「エペちゃん」
『はい、ご主人さま』
「喋った!?」
「喋ってないわよ。意志疎通が出来るようになっただけ」
リスなんだから人語を喋れるわけがない。私の言葉がエペに通じるようになって、エペの思考が人間に理解出来るように伝わるようになっただけ。
あ、エペシルオって言い難いからエペちゃんね。
因みに、私の血を与えて魔力を共有すれば、人型になる事も可能。
ここじゃしないし教えないけど。
「興味深い……」
「探究心の塊ね。さすが錬金術師」
「なんか随分仲良くなってない?」
道端で話し込んでいた私とジャンを、少し離れた所からデリクが睨んでいた。
「何そのリス。芸でも仕込むの?」
「こっちはさすが旅芸人」
動物と見ると芸を仕込んで見世物にするって発想になるのね。
「二人共、今日は私と喋ってくれるのね」
「あーうん、まぁ……一応あんたから敵意は感じないから」
ないない、そんなもの最初から。
そう言っても信用は出来ないだろうけど。なんてったって私、昨日までこの国乗っ取ってたからね!
「何で僕等を殺そうとしないの? あんた本当にルクレティア・バレンティーニ?」
「ちょっと!? 人を殺人鬼みたいに言わないでよ! 殺す理由なんてないじゃない」
「無くても殺すのがあんたなんじゃないの? 前は気に入らないからってじゃんじゃん殺してただろ」
「前って何時の話!? 私そんな事した記憶ないけど!」
何方かと間違われたのではありませんか? わざとクソ丁寧に聞き返せば、気持ち悪そうに眉を顰められた。
デリクのこの態度、無愛想ってレベルじゃないでしょ!
「信じられないけど、今のアンタは前とは違うんだな……未来が変わったから?」
「はい?」
「いや何でもない」
何でもない事ないでしょうが。今未来が変わったとか意味深な発言が聞こえて来たよバッチリ!
「もしかしてデリク、お前も前世の記憶があるのか?」
「え、は? ていう事はジャンも? はぁぁっ!? お前そんなの今まで全然……」
「記憶持ちなんて俺以外居ないと思ってたからな。デリクだって話さなかっただろ」
「マジかよ。じゃあ旅の途中の山賊に襲われるはずだったあれ、ルート変えたのわざとだったのかよ」
あれ? 私放り出して二人で盛り上がり出しちゃったよ。蚊帳の外過ぎて口挟めないんですけど。
記憶持ち……前世での自分の記憶を引き継いだままこの世に生を受ける現象ね。
じゃあこの二人もアニエスと同様、転生してるって事?
「お前、今何回目?」
「二回目だ」
「マジ? 僕三回目」
あ、気が遠くなってきた。
確かに記憶持ちの記録は昔から各国で残されていて、珍しいけど無い話じゃない。だけどこんな、何人もが同時に、しかもこんな一か所に集中して起こるなんておかしい。
これはもしかしてアニエスが言っていた、ここがおとめげーむの世界だって事が関係しているのかもしれない。
おとめげーむとは物語だとアニエスは言っていた。物語には主人公やその他登場人物、そして名もなき通りすがりの人、街、色々存在する。
でもやっぱり何を置いても重要視されるのは主人公の存在。
そしてアニエスが、この世界の主人公だ。
その彼女が転生者だったという事が、何か鍵を握っているのかもしれない。でも一体何の?
これは今考えても仕方がない事案ね。
つまりよ。何が言いたいかって言うと。
「あの二人放っておいて先列車乗っちゃっていいかしら」
『良いと思うよ、ご主人さま』
「エペちゃん……! 私の気持ちを分かってくれるのはエペちゃんだけよ」
可愛い可愛い使い魔ちゃんに頬擦りする。ふわふわの毛が気持ちいいい。
優しい言葉を掛けてもらったから、お礼にさっき貰った餌を与えた。
ガツガツガツ、と見た目の可愛らしさに反して男らしい食べっぷりだった。
そうです、エペちゃんは雄です。