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 皇女アニエスは天真爛漫で可憐、優しく慈悲深くてみんなに愛される少女だ。

 彼女が十四の年、強大な魔力を持った魔女ルクレティアが皇国に現れた。

 

 博識であらゆる学に通じるルクレティアは、あっという間に皇族の懐深くに入り込み、国に重用される存在となったのみならず、アニエスの良き友人でもあった。

 

 が、二年後、アニエスが十六歳になると同時にルクレティアは本性を現して皇王と皇妃を殺害し、その罪をアニエスになすりつけて彼女を追放してしまう。

 

 アニエスは、彼女に忠誠を誓うたった一人の騎士に手を引かれながら命からがら逃げる羽目になった。

 

 その間に魔女ルクレティアは、友アニエスの凶行を止められなかった事は己の罪だと悔い、友の代わり、又亡き皇王の代わりにと仮初の女王となる事を宣言し国を乗っ取ってしまう。


 アニエスは旅をする中でその事を知り、騎士と、そして彼女の心に惹かれて仲間になった者達と共に国を魔女から取り戻す決意をする。


「ふぅん。それが、おとめげーむのシナリオってわけ?」

「そうなの! だからね、ルクレティアに是非とも協力してもらいたいの」


 若草色の瞳をキラキラさせながらアニエスが言った。

 私は手元の本を読みながら話半分以下で聞いていたら、アニエスに本を奪われた。

 

「ルクレティア!」


 彼女はぷんすか怒って私を批難するように睨んでくる。


 そう、私の名前はルクレティア。そして私の目の前にいる少女はアニエス。

 さっきの、おろめげーむのシナリオに出てきたのは、私と彼女と言う事らしい。


「寝言は寝て言え、と言いたいけれど」

「夢じゃないし妄想でもないの! わたしには前世の記憶があって、ここは前世でやったゲームの世界そのものなんだから! 登場人物の名前と配役、国の名前までそっくりそのまま!」

「で、貴女は物語の主人公。私は悪者の魔女ってわけ」

「そう!」


 そう! じゃないわよ。嬉々として人を悪役にしないでちょうだい。

 悪気が無いから始末に負えないわよね。


「なのにルクレティアったら、お父様達に取り入るどころか、四六時中この図書館に籠りっきりで出て来ないし、全然国を乗っ取ろうとしないのはどうして!?」

「どうしてって言われても……私は勉学の為に皇国に来たのであって、王を誑かしに来たわけじゃないもの」

「シナリオとちがーう!」

「知らないったら」


 私は確かに魔力を持った魔女で、歴史あるこの皇国へ新たな知見を求めてやって来て、どうしてだか今まで培ってきた知識を色んな人に求められてご意見番みたいな事してたらやたら重宝されている。

 皇王の覚えもめでたいし、こうして娘のアニエスとも親しくさせてもらっている。

 

 だからと言って、国を乗っ取ろうなんて気は更々ないのよね。私は、この図書館にある恐ろしく豊富な蔵書を読破出来ればそれだけで満足なの。

 

 やれやれ、と私はテーブルの上に肘をついて、手の平に顔を乗せた。

 

「協力って? 具体的に私に何して欲しいの?」

「わたしの推しメンはルシアンでね、彼のルートに入れるようにしたいの。だからね、ルクレティアにはいつまでも図書館に籠ってないで、シナリオ通りに動いてほしいんだってば!」


 誰よ、ルシアンって。知らないっての。

 ていうかこの皇女頭沸いてんじゃないかしら。あんたは追放された後に出会う男の事ばっか考えてるみたいだけど、私がシナリオ通りに動いたら国乗っ取っちゃうわよ。お父さんたち殺しちゃうわよ。

 

 やろうと思ったら簡単に出来ると思うけどね。皇女もこの通りノリノリだし。けど国政とか面倒だしやりたくないわ。興味ないし。

 

「も、勿論お父様達は殺さないでね? だけど悪役として一旦わたしを追放して人生のどん底に落として欲しいの」

「無茶な注文をサラッと言わないでよ。私は静かに余生を暮らしたいんだから」

「まだ十代のくせに!」


 はいはい、そうですね。十八歳ですよ。アニエスより三歳年上ね。

 ……まぁこの子は前世とやらがあるらしいし、前世で何歳まで生きたのか分らないけど、私より精神的に成熟しててもおかしくはないんだけど、とえもそうは思えないってのが悲しい現実だわ。

 

 天真爛漫ってものは言い様よね。

 無邪気で素直。確かにそうだけど、有体に言ってしまえばいつまでも自分の心が抑制出来ないお子ちゃまって事でしょ。

 ちょっとバカな子の方が可愛がられるもんだし、私もアニエスの事は好きよ。見てて面白いし。

 

「ルシアンはわたしが皇都を追放された後、一番に出会う人でね。無名の剣士なんだけどすごく強くて優しくて……しかも彼は誰にも抜く事が出来ないって言われてた剣を抜いて、この国を魔女から救う英雄になる人で」

「ああはいはい、カリブルヌスの伝説の剣ね。へーあれ抜けるの。へー」


 というか本当に存在してたのね。何処かの湖にぶっ刺さってるって片田舎の図書館に埋もれてた蔵書で読んだことがあったけど。

 胡散臭すぎて完全にねつ造だと思ってたわ。


「きゃあっ、ちょっとルシアンに興味持たないで!?」

「持ってないわよ。私をカリブルヌスで倒そうって奴でしょ? 剣抜く前に殺してやろうかしら」

「やめてぇぇぇっ!!」


 ガクンガクンと私の肩を揺さぶるアニエス。

 頭揺らさないで、私の脳内にある知的財産が失われたらどうしてくれるのよ。

 

「殺さない、殺さないわよもう。ていうか国を乗っ取らなければ、私がルシアンと戦わなくたって済むって話じゃないの」

「ダメ! それじゃわたしがルシアンと出会えないじゃない。だからね、わたし考えたの。ルクレティアの魔術にテンプテーションってあるでしょ? あれでわたしの両親と貴族院の皆を一時的に操って国を乗っ取って欲しいのよ」

「呆れた……本気で、言ってるのよねあんたは」


 テンプテーション。魅了術。

 つまり私の言いなり、傀儡になっちゃうってわけね。

 それを自分の親と官吏達に掛けろって、とんでもない皇女様だわ。

 

「で、一旦あんたは都を出てルシアン達と出会って協力を仰ぎ、私を討ちに来ると。その後私はどうなるの? 殺されるなんて真っ平よ」


 アニエスの事は好きだし、多少の恋の応援ならしてやらないでもない。だけど自分の身の破滅と引き換えにだなんて冗談じゃないわ。

 しかも、この子は一時的にとはいえ自国をメチャクチャにしようとしている。恋は盲目なんて、そんなレベルの問題じゃない。

 一体この国にどれだけの人口がいるのか、把握してないわけじゃないでしょうに。


「ルクレティアがお父様達を殺さないんだから、ルクレティアも殺されなくて済む方向へ持って行けると思うの。わたしだって、タダでルクレティアに協力してもらおうなんて虫の良い事思ってないんだから!」


 ふふふ、と悪だくみをする子供のような笑みを浮かべてアニエスが私に顔を近づけてきた。

 ひそひそと声を潜めて話す。

 

「わたしが所有する、皇都から遠く離れた静養地に軟禁」

「えーやだー」

「その屋敷に定期的に世界中の書物を送りますので、何卒」

「うーん」

「数年我慢してくれたら、後は比較的自由にしてくれて構わないから!」


 数年ってのが一体どのくらいの期間になるのか……世の中が私が国を乗っ取った事を忘れるまでって事かしら。

 顔と名前を広く知られさえしなければ、外出にそこまで苦労はしなさそうね。

 

 それに、皇族の静養地の屋敷ならかなり素敵な場所でしょうし、根無し草な私には住処を与えてくれるのはとてもありがたい。

 しかも黙っていても書物が送られてくるなんて天国かしら。

 

「その話、乗った」

「そう来なくっちゃ! それでこそわたしの親友!」


 女の友情ほど薄っぺらくって脆いものはないわね。

 所詮男をものにする為の踏み台に利用したいだけじゃないの。

 

 自分が楽して生きる為に取引に応じる私が言えた義理じゃないけど。

 

 だけどまぁ、親友として忠告くらいはしておきましょうか。

 

「アニエスの恋路に協力してあげる。けどその代わり私と幾つか約束してくれる?」


 別に難しい事じゃないわ。

 そう前置きして、あたしは一方的に話し出した。

 

「一つ、貴女はこの国の皇女だってことを忘れないで。

二つ、自分で行った事への責任は、自分で取りなさい。

三つ、愛する人を得る為に、何を犠牲にしようとしているのか知りなさい」


 ここで言葉を切って、最後の約束事を口にする。

 これが一番重要。


「最後の四つ目、私との約束を必ず守って」


 守られないのならば、私は本当に貴女から大切なものを奪ってしまうわよ?

 

 そんな脅しをつけて、私はアニエスとの取引に応じた。

 

 これが私が皇国の王宮を乗っ取って、あれこれ好きに国政をいじくり回って、アニエスに田舎へ追いやられるに至った経緯。

 

 ね? この舞台裏を知ってしまうと、アニエスやルシアン達とのあのやり取りが、とんだ茶番だって事がよく分かるでしょ?

 


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