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毎日の朝議で使われる会議室の、一番奥にある一際立派な椅子に私は悠然と腰かけていた。
脚を組んで、長く緩いウェーブのかかった髪を弄りながら、部屋の会議室の入口に険しい顔で立つ数名の男女をにこやかに眺める。
男が四人と、女が一人。男女比がちょっとおかしいわね。事前に知ってい立事だけど。
男性陣に守られるように真ん中に居る女性は殊更に不安そうに私合を見つめているから、にこりと笑いかけた。弄っていた髪をピンと弾く。
「心配しないで? 私はちゃぁんと自分の役目は分かってる」
「ルクレティア……」
「そんな怯えた顔をしないでアニエス。私は貴女の親友でしょう?」
アニエスは少し前に出ようとして、男達に制された。
いやだわ、そんなに警戒しなくたっていきなり攻撃したりなんてしないのに。
「魔女ルクレティア・バレンティーニ。お前が術を掛けた者達はどこにいる?」
一人が剣先を私の方へ向けて言い放った。
先頭がこの人、その後ろにアニエスと、彼女の隣にいるのは騎士のローレルね。あと両サイドに二人いるけど……誰だか分かんないわ。
それにしても先頭の人、人に物を尋ねる態度ではないわね。
燃え盛る夕陽の髪に、意志の強そうな同色の瞳のその男は、ガラスのようだけど、オパールのように不思議な光彩を放つ剣で私を威嚇する。
ああ、この人が。
品定めするように見すぎたのか、彼は嫌悪感を顕わにした。
「答えろ」
「ここには居ないわね」
私達以外いないこの会議室をくるりと見渡してみる。
「ふざけるな!」
「事実を言ったまでよ。そうカリカリしなくたって皆元気よ? 今はちょっとばかりお眠りいただいてるけど」
だから辺りは静まり返っていて人の気配はない。
もうとっくに陽は昇っている時間に、王宮に人気が無いなんて有り得ない事だけど、これは私が魔法で強制的に眠らせているからに他ならない。
「王達に掛けた呪いを解け!」
「呪い? ……そう、呪いね……」
キョトンとする私に、男達は苛立った。
私の表情が、白々しい演技だと思ったんだろう。
いやいや、本当に呪いなんて掛けたつもりなかったから、何言ってるのかなぁって思っちゃったんだって。
でも確かに王を始め、この王宮にいる皆様に術をかけていたのは事実。今もまた暗示の解除のために眠らせているしね。
「貴方達、私が掛けた呪いが何か知っているの?」
「王達に傀儡の呪いを掛け、皇女であるアニエスを追放して、一年もの間この国を好き勝手にしていた」
「不正解、二年よ」
「ルクレティア!」
アニエスは堪らずと言った体で、私の名を叫んだ。
実際にアニエスを追放して国政に携わるようになったのは一年だけど、その為の準備期間を合わせたら二年になるのよ。
「ついでに言うと、呪いじゃないわよ。私がアニエスにありもしない罪をでっち上げて皇都から追放し、尚且つ私が国政に口出ししても疑問に思わないよう強ーい暗示を掛けただけ」
「貴様っ!!」
今度はアニエスの護衛騎士が剣に手を伸ばした。血の気が多い人達だこと。
でもアニエスが騎士の腕にしがみ付いているから、それ以上は動けないみたい。ナイスよ、アニエス。
「権力ってなかなか興味深かったわ。あれこれ人に指図するのも楽しかったし。でももう飽きちゃったから、そろそろ出て行こうと思ってたの。貴女達が来てくれてちょうど良かった。後の事お願いね」
「それで、何事も無かったように逃げられると思っているのか!?」
「なら私をここで殺すの? 何の罪で?」
「何の、だと!?」
全員が一斉に殺気立つ。ビリビリと肌を震わすような圧を感じる。
流石、アニエスがこの一年で集めた粒揃いの精鋭達ね。まともに戦ったら面倒そうだわ。人数もいるし。
力の加減をしないと誰か殺しちゃいそうだから戦闘には持ち込みたくないわね。
「この国の法では、私は死罪に値しないわよ? 殺せば救国の英雄どころか貴方が犯罪者になるわ」
「もとより英雄になりたくてここに来たわけじゃない!」
「なら私の血で染まった手で、アニエスを抱きしめるの?」
ぐっと陽の色の髪をした青年が言葉を詰まらせた。あら効果覿面!
つまり二人はそういう関係という事ね。
ニヤニヤと笑いながらついアニエスを見てしまったわ。私のそんな視線を受けてか、アニエスは意を決したように口を開いた。
「ルシアン、それに皆も! ルクレティアを殺さないであげて」
「アニエス!? 何を言って」
四人の男性に一斉に見つめられて、アニエスが少し戸惑っている。
頑張れアニエス。私の命運は貴女の言葉にかかってるわ! とニヤけながら見守る事にする。
「る、ルクレティアの事は、今でも友達だと思ってる……。それにお父様達だって傷つけられたわけじゃない、暗示も解けて元気でいてくれるなら」
「だがアニエス!」
「それに! ルクレティアをその剣で傷つけて、ルシアンが罪に問われる所なんて見たくないよ……!」
アニエス……! と感極まったルシアンと愛の劇場を繰り広げそうになっているので、パチパチと手を叩く音で中断させる。
後でやってよ、そういうのは。
「助けてくれてありがとうアニエス。私も貴女を大切な友人だと思ってるわ」
「ルクレティア……」
ルシアンに肩を抱かれた状態だったアニエスは、彼から離れて前へ出た。
「貴女を殺さない。だけど、罪を犯した罰は受けてもらうわ」
「あら、何かしら」
「南の端、ロンシャンの町にある私の管理する小さな屋敷がある。これから先、そこから一歩も出ず誰とも関わらずに生きて。もちろん出られないよう結界を張るし監視も付けるわ」
「私を軟禁する気?」
「……そうよ」
ふぅん、と思案気に顎に手を当てて暫く目を瞑る。
「分かった、その条件飲みましょう。食うに困らない生活をさせてもらえるなら、私は一生そこから出ないと約束するわ」
王を傀儡にして国を乗っ取った悪しき魔女に対するにしては、破格の厚遇よね。
これが、さる高貴なご令嬢だとかならまだ分かるけど、私はただの流浪の魔女。
お優しい皇国だからこそ法で裁かれても死罪にならないけど、他国ならこの場でバッサリ斬り捨てられてる。
この国でだって、殺されないってだけで重い刑罰を科せられて然るべきなんだけど、皇女様がああいってくれているのだからね。
また旅生活に戻るよりよっぽど良い暮らしが出来るわ。
「で? その軟禁の準備が整うまで私はどこにいればいいの?」
「今すぐ発って。ジャン、デリク、監視を頼める?」
いやだわ、私の親友様は仕事が早くていらっしゃる。
まぁ色々と私がここにいると不都合があるだろうから早めに退場して欲しいでしょうしね。
私の監視役を頼まれてしまった二人はもの凄く不満そうな顔をしている。
そりゃそうよね、ここからロンシャンの町まで列車を使っても五日は掛かる。その間ずっと得体の知れない魔法を使う魔女と行動を共にするなんて気味悪いでしょうね。
ご愁傷様。でも可愛い可愛いアニエスに頼まれちゃったら断れないわよねぇ。
二人は渋々と頷いた。
「別に私は纏める荷物なんてないから、本当にすぐ出立出来るわ。あ、そうだ」
テーブルの上に置きっ放しだった書類の束をスライドさせてアニエス達の方へと送った。
「これ、私が決裁した最後の書類。好きにしてもらっていいけど、結構重要な案件だから出来れば宰相に渡して欲しいわ」
決済の印は王のものだけどね。何の権限も持たない一介の魔女のサインや印じゃ、当然だけど決裁にならないから。
「それじゃあ行きましょう」
私は早速と歩き出し、アニエス達の横を何も言わずに通り過ぎた。
何も言わなかったけど、アニエスとすれ違い様、私達は誰にも築かれないようスカートに隠れるような位置で、さり気無く握った拳をぶつけ合ったのだった。
本当はハイタッチでもしたかったんだけど、それやったらバレるからね。
これがとんだ茶番だって事が。