2. 学友と前夜 (1)
「やあ、オズワルド! 朝からご苦労だね!」
落ち着いていながらも喜色に溢れた声が、朝の七年棟に向かって発せられた。
入舎に伴い一斉に届いた七年生の荷物を、数人の運搬業者と共に整理しようと玄関先に立っていたオズワルドは顔を上げる。一応は休日であるのに、オズワルドは乱れの無い制服姿だった。
その顔がぱっと輝く。
「トラヴィス!」
名を呼ばれ、オズワルドに声をかけた青年もまた同じような笑顔を見せた。
トラヴィス・ラングドン。色素の薄いプラチナブロンドに鳶色の瞳が泰然とした印象を与える、容姿もスタイルもよく整った青年である。長めに伸ばした前髪が、右目だけを覆っていた。
開け放たれた門から歩みを進め、短い階段を下りてきたオズワルドと、形式的な握手と抱擁を交わす。身体を離してからオズワルドの全身に目をやって、
「体調はどうだい?」
「まずそれか? 良いよ、今日は調子が良い」
嬉しさと呆れが混じり合った笑顔がオズワルドに浮かぶ。その表情と返答に満足したトラヴィスは、軽くオズワルドの腕を叩いた。
「安心した。でも少しクマが酷くなったんじゃないか?」
「そんなことないよ」
軽い調子で首を振ったが、それは自覚があることだ。
二か月ぶりに会う友人は、流石に鋭い。
「本当に? ……まあ、いいさ、君がそう言うなら。僕が一番乗りかな?」
トラヴィスは軽く肩を竦めてすぐに話題を切った。一年次からオズワルドとルームメイトをしている青年だ、二人のリズムというものが確立されている。問い質してほしいことも、深入りしてほしくないことも、目を見て話せばよく分かる。
「こんなに早く来るのはお前くらいだよ。まだ九時になったばかりだ」
「君を待たせるのもどうかと思ってね」
「それはどうも」
二人は業者たちが整理している荷物のところまで並んで歩いた。一つ目の扉は開いているが、二つ目の扉は開いていない。二つの扉の間の空間に、二十九人分の荷物が荷札が見えるように並べられていく。
「お前の荷物は?」
「あれだよ」
トラヴィスがその内の一つを指さした時、業者の一人が「終わりました」と声をかけた。
「全て問題なく届いています」
「ありがとうございます」
業者から荷物のリストを受け取って、オズワルドは礼を言う。トラヴィスもその手元を覗き込んで確認した。オズワルドを除いた七年生二十九名の名前と、荷物の種類が記入された表だった。その全てに手書きの小さな印が付けられている。オズワルドはざっと荷物の数を確認した。運搬業者は学校が用意した社の者たちだ、信頼に足るだろう。
仕事を終えた業者たちを帰してしまってから、一つ目の扉を閉める。
「中まで運ぶの、」
「手伝うよ、もちろん」
トラヴィスは二つ目の扉を開け放った。
七年棟にも広々とした談話室がある。二十九人分の荷物は全てそこに運び込んだ。
トラヴィスはその中から二つを引っ張り出す。
「持てるか?」
「持てる」
「手伝うぞ」
「いや、一個ずつ持っていく……」
「二人で運んだ方が早い」
「……ちょっと」
「ん?」
「そっちの方が重い」
不満気な声と表情だった。オズワルドが横から腕を伸ばして引き寄せたトラヴィスの荷物は、確かに比べると残した方よりも大きい。
「分かってて選んだろう」
「どうかな」
オズワルドは悪戯っぽく笑った。かなり重量のある荷物をしっかりと両手で抱え、くいと首を動かして部屋へ向かうよう促す。幾分軽い荷物を掴んだトラヴィスはまだ何か言いたげな顔をしていたが、歩き出してしまったオズワルドに、諦めて後を追いかけた。
「……君は紳士を間違ってる」
「そうか?」
「こういうのは女性にするべきだ。僕にやっても得が無いぞ」
「得なんか求めてないよ」
一段一段、二人でゆっくりと階段を上りながら、二階に決めた彼らの部屋へ向かう。オズワルドの方が重いものを持っているにもかかわらず、彼よりトラヴィスの方が荷物を運ぶのに四苦八苦していた。
「頑張れ、あともうちょっと」
「うるさい。ありがとう。でも悔しい」
階段を上り切ったオズワルドは荷物を下ろして、何とか一段を進む友人を見下ろして苦笑する。体躯が悪いわけではないのだが、どうにもこの博学の友人は非力だ。
心情を如実に表すだろう悪態が出て来ないのは、彼の育ちが良いからだった。
ラングドンと言えば、名門中の名門、由緒正しい伯爵家。その三男に生まれたトラヴィスは、頭脳明晰で品行方正、今代クイーンズ七年生の三席に座する秀才だ。
幼い頃から勉学や礼儀作法の教育に時間を割かれた。それを思えば、この非力さにも納得がいくかもしれない。
「はは、ロイがいれば運んでもらえたのにな」
「よせよ、情けないだろ」
漸く二階の床を踏んだトラヴィスが、一息つくのを待ってオズワルドは荷物を持ちなおした。部屋まではもうすぐだ。
「……今日到着する予定なのは誰?」
「ロイと、ハツネと、……結構いるんだ。十三人だったかな」
「へえ。ランチェスターは?」
「あれは最終日……」
唐突に出てきた名に、反射的に答えてからオズワルドはトラヴィスを振り返る。
「……珍しいな、お前があいつを気にするなんて」
「そう?」
「話しているところを見たことがない。お前は嫌っていると思ったが」
「好きじゃないよ。彼は君を避けてる」
「あいつは俺を避けてるのか」
「どう見てもね。否定するのは君だけだ」
今年から同舎の友となる同級生の話を、トラヴィスは苦々しげにする一方で、オズワルドは愉快そうに言葉を返す。
部屋の前まで来ると、オズワルドがドアを開けた。促されるままにトラヴィスが先に室内へ入り、自分の机の周辺に荷物を置く。すぐにオズワルドが持つ荷物も、半ば強引に受け取ってその傍へ。
ぐるりと部屋を見回し、ベッドに目を止めて眉根を寄せる。
「ベッドメイクまで……」
二つあるベッドは両方とも完璧に整えられていた。本来ならば、自分のベッドは自分で用意を済ませる必要があるのに、だ。
オズワルドが昨夜、ついでにと済ませてしまった。
「…………君ねぇ、仮にも侯爵家の長男なんだ、使用人の真似事は控えるべきだよ」
「残念ながらその侯爵家はもう無いぞ」
「そう言うのも君だけだ。誰もクリフォード侯爵家が没落したなんて思ってない。君は一年後に家を継ぐ、そうすれば、三大侯爵としてまた堅牢な地位を築ける。クリフォードの威光は少しだって損なわれてはいない、フィッツシモンズ候もおっしゃっていただろう」
淀みない弁だった。後ろ手にドアを閉めたオズワルドとトラヴィスはひたと視線を合わせている。
「……そうだな。俺は、そのためにここにいる」
オズワルドから発せられた声は酷く落ち着いたものだった。微笑さえ浮かべてみせるのは、その話が、彼にとっては消化しきったものだから。
「だから今は否定をするし、お前の世話を焼くんだよ」
「論理展開がむちゃくちゃだぞ」
「楽しいんだ。お前は世話の焼き甲斐がある」
そう嘯いた。嘘では、ない。
「色の無い生活はうんざりだ。分かるだろう?」
「分かるよ」
トラヴィスは即座に返した。それまでは表情に不平を抱えていたが、徐々に頬が緩んでいく。
完全に崩れてしまう前に、彼はオズワルドに背を向けた。
「君は僕を玩具にしてる」
「人聞きが悪いな」
トラヴィスは制服、燕尾服のジャケットを脱いだ。堅苦しい礼服を、多少は簡略化した造りではあるのだが、やはり肩が凝る。正門と第一門をくぐるのに一式纏う必要があっただけで、ここまで来てしまえばもう脱いでしまって問題はない。今日は、厳密に言えばまだ夏季休暇の最中なのだ。
ハンガーを手渡そうとクローゼットに向かって歩き出しかけたオズワルドを目で制して、トラヴィスは自分の手でジャケットをクローゼットに掛けた。中に着たベストまでは脱ごうとしない。
「……楽しいかい?」
「ああ、とても」
オズワルドはトラヴィスが服を片付ける間に、彼の荷物に付けられていた荷札を取ってゴミ箱に放った。些細なことながらも、こういった世話を、オズワルドは本当に楽しんでいる。
実家では大勢の使用人に囲まれて暮らすトラヴィスだ。身の回りには隙が多い。
もうトラヴィスも笑っていた。こんな調子で六年間、二人一緒に過ごして来たのだ。
「敵わないよ。――ああ、世話と言えば、君の弟はどうだい」
白の蝶ネクタイは緩めて、オズワルドに向き直る。
「どう、って?」
「入寮は済ませたんだろう? アーサーと反りが合わないかもしれないと心配してたじゃないか。どうだった?」
「ああ……、反りは、合わないだろうな……。だけど上手くやりそうだ、と、思う」
オズワルドは困ったような笑顔を見せた。昨日の二人を思い返せば、曖昧な判断を下すしかない。間違いなくアルジャーノンはアーサーと距離を置きたがるだろうし、逆にアーサーはアルジャーノンを気に掛けたがるだろう。
目を離すように言ったのは、アルジャーノンの行動範囲を広げるためだった。常に居場所を探されては、彼の〝食事〟はし辛いから。
トラヴィスは知らない。一般から見て非現実的なことは、何も。そもそも、彼はアルジャーノンに会ったことがない。
「早いうちに会いたいな。君の弟っていうだけで興味が尽きない」
「行ってくればいい。フォード寮にいる」
「君は?」
「俺はここで皆を迎える仕事がある」
きっぱりと言ったオズワルドに、トラヴィスは肩を竦めた。
「それじゃあ、僕もここにいる」
「俺に付き合う義務はないぞ?」
「義務じゃないからと言って君を置き去りにするような……薄情者がルームメイトなのかい? 信じられないね」
皮肉染みた言を放つ。それが少しぎこちなくて、オズワルドは苦笑した。
「似合わない言い回しだな。……それなら、夕食をフォード寮で取ろう。その時にアルジャーノンを呼べばいい」
「いいね。アーサーにもまだ挨拶をしていないから」
トラヴィスは楽しそうに手を打った。この青年は見かけによらず好奇心旺盛だ。
話が纏まったところで、二人は部屋を出た。
一階の談話室に向かう。次に来る同級生を、恙なく迎えるために。
◇◇◇
場所は変わって、フォード寮。
「えー! この子がオズワルド様の弟さんなんですかー?」
「可愛いーっ、お人形さんみたーい!」
「先輩の弟さんかぁ、それじゃやっぱり主席か?」
「顔がもう賢らしいもんな!」
「綺麗な瞳の色……、オズワルド様と同じ色ね! ねえ、名前は?」
「クリフォード先輩とはどんな話をするんだ?」
混雑を避ける目的で早めに到着した上級生たちに囲まれて、アルジャーノンは朝から痛む目と頭に耐えつつうんざりしていた。
今朝は結局、まどろめたのが朝の五時ごろ。そして起床は七時だった。昨日一日、長く陽光を浴びたのがいけなかったのだろう、普段は日中、屋外に出ることなどほとんどないのに。
シャワーを浴びたが目は覚めず、朝食は欲が湧かずにトーストを一枚食べただけ。制服を選んで着ようかとも考えたのだが、蝶ネクタイが酷く窮屈に思えてやめた。トランクから引っ張り出したループタイで首元を飾り、ブレイシーズで半ズボンを吊った格好は、上流階級の少年という色を濃く醸す。それが上級生の、特に女子の琴線に触れたらしい。アルジャーノンには愛想笑いなど浮かべる余裕は到底ないが、強張った表情も「緊張してるーかわいいーっ」と好意的に取られたようで、
(どうとでもなれ……)
完全に色んなものを放棄して、周囲からの声を浴びていた。
「こらこらお前たち、アルジャーノンが怯えてるだろ!」
「いえ別に……」
割って入って来たのはアーサーだ。前のめりになって質問攻めをしようとする上級生――彼にとっては一部は下級生――を引き剥がす。アルジャーノンは小さな声で否定したが、心の中では息をついた。
「アルジャーノン君って言うんだぁ、よろしくね!」
距離を離されてもお構いなしに、彼らはアルジャーノンから興味を離さない。笑顔で握手を求められれば、アルジャーノンにそれを拒む選択肢などなかった。一人一人の名前と学年を聞きながら、面倒とは思いつつも頭に入れていく。
(……なるほど)
次々と降ってくるファミリーネームに、アルジャーノンは密かに納得した。
端的に言えば、彼らはみな庶民の家の出だった。彼らの口から、爵位を持つ家の名は一つも出なかった。
貴族の事情は、基本的には貴族しか知らない。
(知らなくて当然だ)
握手を終えて、アーサーに追い立てられて彼らは荷物を部屋に運びに行った。名残惜しそうにする女子たちは笑顔で手を振って、男子は女子の荷物運びを嫌な顔一つせずに手伝った。
アーサーは溜め息を吐きながら、その後ろ姿を見送る。
「まったく……。ごめんね、アルジャーノン。悪い奴らじゃないんだけど」
「ええ、分かります。……あの方々は、貴族の出ではないのですね」
出来る限り、静かに言った。何の感情も含まぬように。
アルジャーノンは階級などに頓着しない。しかし、誤解というものは往々にして生まれてしまうものだ。それを避けるためには声を繕い、言葉を重ねるのが最も早い。
「僕に優しくしてくださるので。まあ、いずれ誰かから聞くでしょうが。……あなたも」
「……? 何の話だい?」
アーサーは素直に首を傾げる。アルジャーノンはそれを一瞥した。
「いずれ分かりますよ」
独り言のように小さな声だった。
数人いるだけで談話室は賑やかになった。二か月ぶりにここに戻り、再会した彼らは各々の休暇中の話に花を咲かせる。アルジャーノンはよほど部屋に引っ込もうかと思ったが、それも可愛げがないかと思い直して談話室に残った。
それでも初めは輪の外、談話室の隅で、持って来た本を抱えながら彼らを眺めていただけだった。しかし、
「――アルジャーノン君、こっちにおいでよ!」
輪の中で最も活発そうな女子に声を掛けられ、仕方なしに腰を上げた。
ここ座って、と示されたのはその女子の隣。アーサーの隣でもあった。つまりは話の中心となるであろう位置。
「…………」
従ってしまったことを若干後悔したが、あのまま座っていれば寝入ってしまいそうだったのも事実なので、何も言わずにそこへ腰を下ろす。
「あたしの名前、覚えてる?」
「六年のアシュリー・ハート様」
即座に返せば、おお、と軽い歓声が上がる。
「一斉に名乗ったのに、よく覚えるもんだな」
「……名を間違えることほど失礼なことはないと、厳しく教えられましたので」
「お父さんに?」
「いえ、兄さんに」
何人かは驚く顔を隠さなかった。厳しく、という言葉が、彼らが持つオズワルドのイメージからはおよそ遠いものだったからだ。それはどちらかと言えば、今は亡きクリフォード侯爵に合致する言葉だ。――行事で生徒の両親が学校を訪れる機会が、年に何度かある。その折に、彼らはクリフォード侯爵を目にしている。
「オズワルド様って、家では厳しいの?」
「……学校での兄さんのご様子を存じ上げないので、比較は出来ませんが、厳しいお方だと思いますよ」
「えー、優しいイメージしかない」
特に女子が驚きの声を上げるが、男子も意外そうな顔をする。
「ああ……、もちろん、お優しい方でもあります……」
「身内には厳しいとか?」
アシュリーがぐいっと身を乗り出して来たので、アルジャーノンは思わず身を引いた。他人にこう距離を詰められる経験があまりない。反射的だったとはいえ不躾だった、しまった、と思う反面、もう少し慎みを持った距離感を保ってほしい、と不満も感じた。女性は貞淑であるべし、とは姉シャーロットが幼い頃から守ってきた教えだ。
しかしアシュリーは何も気にした風もなく、好奇心に目を輝かせている。
「…………いえ、姉さんにはとりわけ甘くていらっしゃいますけど」
「あー、そうだよねー」
それには全員が頷いた。アルジャーノンはオズワルドの六年分の学校生活を知らないが、家の中同様にシャーロットに甘かったのだと初めて知って、ほんの一瞬、苦笑した。
「それなら、概ね学内とお変わりないようです。厳しいのは礼節を欠いた時、それから、教育をなさる時だけですから」
「教育?」
「勉学から礼儀作法まで。身につけるべきことは徹底的に身につけさせるお方です」
聞いていた彼らは一斉に思い当たる節を探しだした。納得する者もいれば、ぴんと来ていない者もいる。
アシュリーは可愛らしく唸ったあと、またアルジャーノンと真っ直ぐに視線を合わせた。栗色の瞳は大きく、顔は平凡と言っていいだろうが、整っていないわけではなく愛嬌がある。常日頃からシャーロットやオズワルドを身近で見てきたアルジャーノンには、特段の取り柄があるようには感じられなかったが。
普通の女子だ。良くも悪くも。
「ね、どうしてお兄さんにそんな丁寧な言葉を使うの?」
普通の疑問が降ってくる。アルジャーノンは言いよどんだ。
どうして、なぜ。考えたこともない、ただ、そうあるべきだったから。
「……シャーロット姉さんも、こうだったでしょう」
「シャーロットにも聞いたのよ」
「姉さんは何とお答えを?」
「秘密。アルジャーノン君の答えを聞いてから!」
目を細めて笑うアシュリーに、その場の全員が同調してアルジャーノンの答えを待った。アーサーだけが、気遣うような視線を投げかけている。しかしアルジャーノンはもっともらしい理由を探すのに忙しく、その視線には気付かなかった。
行き当った答えが一つある。と言うよりも、それは絶対的な答えに他ならなかった。そう確信したうえでアルジャーノンが頭を悩ませたのは、その事実が場の空気にもたらす影響を鑑みてのことだった。
素直が良いとは言われるが、わざわざ相手が反応に困るような話をすることが、好まれるとは思えない。
「……兄さんはクリフォード侯爵家の、正統な後継者でいらっしゃいます。いずれ家を継ぎ、次代の英国貴族社会を牽引する役目を負われるお方。たとえ兄弟といえども、相応の敬意を持って、そしてその時が来れば全霊を以て、お仕えし支える義務が僕にはあります」
出てきたのは、宣誓にも似た言葉。滑稽なほどに形式的で空虚な言葉。
与えられた問いに対する答えとしては本意ではないが、しかしこれも紛れもない本心だった。
「……それには、まず言葉と姿勢から、と。別に誰に言われたわけでもありませんが」
周囲の顔色を窺えば、皆一様に驚いた顔をしていた。その表情に若干の違和感を覚えたが、その答えはすぐにアシュリーが口にした。
「驚いた、同じこと言うのね」
「同じ?」
「シャーロットと、よ。ほとんど、一言一句、同じことを」
「…………そうですか」
他に何と返せばいいか分からなかった。アルジャーノンの返答は、本心ではあるが半分が嘘だ。正確に言えば、もっと大きな別の理由がある。
(それなら、姉さんは……?)
シャーロットに、アルジャーノンと共通する理由はない。つまり、彼女は、返答を偽る必要がなかったはずだ。その上で、この答えを選んだのだとしたら。
(本気で……)
幼い頃から、自らの意志で、オズワルドに忠誠を誓うような真似を。
強かな女性であることは確かだ。それはアルジャーノンも痛いほどに知っている。常に忠実、従順、それでいて芯の通った意志は滅多に揺らぐことがない。影のようにオズワルドに寄り添うシャーロット、その姿勢は、アルジャーノンが思う以上に献身的な――いや、依存的なものらしい。
逆に驚いているアルジャーノンの心中は外に漏れることなく、故に周囲も構わず進む。
「さっすが姉弟って感じ?」
「やっぱり貴族って厳しい階級っすね」
「兄貴に敬語なんか使えねーよ」
「あたしもー」
口々に言い合う彼らに、アルジャーノンは意識を戻した。
しがらみの多い世界に放り込まれたことは、誰を憎むことも出来ないことだ。それに、そのお蔭でオズワルドに出会えたことを、アルジャーノンは本当に幸せに感じている。
しかし、時々は、彼らが謳歌するような自由を、懐かしく思ったりもするのだ。