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Bro. Blood  作者: きゅうす
Ⅰ. 斜陽の兄弟
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1. 斜陽の兄弟 (4)

 クイーンズには四つの寮が存在する。

 入学許可の通知が届いた時点で、全ての入学者は四つの内のどこに入寮するかが決められている。通知書に書かれた得点、順位、そして寮名。一年生が始めに与えられるステータスだ。

 どの寮が優れているとかいう話ではない。ただ、それぞれに明瞭な特色がある。当然、各家庭や個人によって、憧れや希望は違ってくる。特に長く続く貴族にとっては、先祖代々同じ寮に入るのが、疑う余地もない運命だ。

 四つの寮はその特色を意図的に守りながら、それぞれのシンボルを掲げ、名誉と誇りを抱きつつ年に数度、寮対抗のイベントで競い合う。

 月桂樹に王冠の、シモンズ寮。

 鎖を食む獅子の、フォード寮。

 剣と盾の、チェスター寮。

 書物を纏う鷲の、ベリー寮。

 「寮長」とも呼ばれる監督生を主宰とし、校内社会を形成する。


 寮舎の門は堂々と、そのシンボルである鎖を食む獅子を掲げている。

 フォード寮だ、と。オズワルドは独り言のような調子で言った。


「この獅子がお前の、この先六年間の指標になる。……いや、もう今更か」


 獅子は王者の絶対的な力。

 鎖は制御の象徴。

 つまりこのシンボルは全体で強烈な自制を表している。王者たるに相応しい研鑽と、力に溺れぬ精神力。理想とするのは「高尚」の一言。

 フォード寮の祖、クリフォード侯爵家の家紋の中央にも、この獅子は鎮座する。

 二人にとっては見慣れたものだ。


「〝研鑽〟、〝自制〟、〝高尚〟。覚えています。違えるつもりはありません、これからも」


 相応しくあるために、幼い頃から反芻してきた言葉たち。それを示す相手が家族や他の貴族から、同学の徒に変わるだけ。常に模範たれ、頂点たれ、という今は亡き訓戒が変わるわけではない。

 きっぱりと言い切ったアルジャーノンに、オズワルドは少しだけ目を瞠ってから、薄く微笑みを浮かべてみせた。


「お前は……」


 しかし、言葉は続かなかった。



「先輩! オズワルド先輩!」



 寮舎から声が飛んできた。飛んできた、という表現がまさに相応しいほどの勢いだった。

 二人はそちらへ目を向ける。アルジャーノンは顔を顰めながら。その声に、どこかあの苦手な若い御者の雰囲気を感じ取ったのだ。そして寮舎からこちらへ向かって駆け寄ってくる青年を見て、「ああ、やっぱり」と確信する。


「先輩、おはようございます! お久しぶりです!」


 彼は快活で屈託のない笑みを顔中に広げていた。滲み出る空気は喜び一色。素直過ぎる表情は子犬のようだ、尻尾も振りたくっているように見える、あの御者のように。


(……これが、アーサー・ウィバリー、……監督生)


 アルジャーノンは、言葉にさえ出さなかったが辟易した。

 この無邪気な感じは一番苦手なのだ。いや、予想はしていた。アーサーという男がこんな人物ではないか、と予想はしていた。オズワルドが彼を評価する際に、「可愛い奴」という表現を使った時から予想はしていたのが。


(もう少し……落ち着いた感じがよかったな……)


 兄の目の前に立ったその青年――アーサー・ウィバリーを見て、アルジャーノンがまず思ったのはそんなことだった。彼が胸につけた、小さいながらも確かな輝きを放つバッジは、彼がこのフォード寮の監督生である証。

 対してオズワルドは嬉しそうな顔でいた。おはよう、と返す声も、穏やかながらも上機嫌であることが容易にうかがえるものだった。


「調子はどうだ、アーサー」

「万全です! 窓から先輩のお姿が見えたので走って来ました。すぐ七年棟へ向かわれると思ってたんですが、寮にもお立ち寄りになるなんて! お顔を拝見できて嬉しいです! で、えーっと、こちらは……」


 アーサーの視線はアルジャーノンに移る。


「弟のアルジャーノンだ。今年からここに入る」

「ああ! 主席入学の! さすが〝主席のクリフォード〟だなぁって皆で話してましたよ。なるほどこの子が……」


 皆、というのは他寮の監督生たちのことだろう。新入生の成績開示は、新入生の入寮後に中央校舎の中庭で行われる。現時点で新入生主席を知っているのは、四人の監督生と、主監督生であるオズワルド――ただし彼はアルジャーノンの実際の合格通知でも確認している――それから前年の監督生を務めた七年生である。

 アルジャーノンは、自分の顔を確認してくるアーサーの視線から顔を背けた。

不躾かとも思ったが、やはり居心地が悪い。恐らくアーサーは今オズワルドと比較して、「兄弟にしては似ていない」と感じているに違いないからだ。

 顔を背けられたことで、アーサーも自分が凝視していたことにはっとして、視線をオズワルドに戻した。


「あ、ということは、弟さんの入寮手続きでこちらに?」

「それもあるが、まずはお前に挨拶を、と思って」

「えっ」


 予想外だったのか、アーサーは目を丸くする。今年六年生になる十八歳だが、顔付きや仕草に幾分か幼さが残る青年だ。

 オズワルドはそんな無邪気さを好ましく思っている。


「監督生、おめでとう。お前ならきっと上手くやれるよ」


 綺麗な笑みとともにそう告げた。それを受けてアーサーは、硬直の後、途端に目を潤ませて顔を赤くした。羞恥にではなく、あまりの喜びに。


「は、は、はい! 頑張ります!」


 びしっと背筋を伸ばして返事をしたアーサーは、今漸く「監督生になった」という実感を持ったのだろう。大役過ぎてふわふわと掴みきれなかった事態が、オズワルドの一言によってはっきりと形になる感覚だ。それは同時に、学年が上がったという実感。

 アーサーは胸のバッジのあたりを握りしめ、寒がるように一度身を震わせた。喜びに浸りつつも、その責任を忘れたわけではない。


「……こんなにプレッシャーがかかる監督生もありませんよ。何せオズワルド先輩の後任ですからね」


 祝福の言葉は周囲から何度も送られたが、オズワルドの言葉は一等重い。今はアーサーの胸で輝くバッジ。それは前年度、オズワルドが持っていたものだ。


「去年のことは気にしなくていい。今年は今年、お前の代なんだから。……それから、去年は少し特殊だったな」


 オズワルドもその一人だった前年度の監督生は、例年と違い特別に注目された代だった。その面子が錚々たる、そして一角が異質なものだったから。


「じゃあ、あいつ……あー、チェスターの寮長も、同じプレッシャーを感じてるんでしょうか」

「だろうな。もしかしたら、お前より酷いかも」


 苦笑交じりに返すオズワルドの脳内に、前年度のチェスター寮監督生、そしてその彼がとりわけ可愛がっていた後輩――今年度の監督生の姿が浮かぶ。


「……あいつが俺よりテンパってると思うと、何かイケる気がしてきました」

「その意気だ」


 オズワルドはアーサーの肩を軽く叩いて笑った。傍から見ても、オズワルドが随分と彼を気に入っていることが分かる。アルジャーノンはフォード寮の方を眺めて黙っていた。


「さあ、寮長。新入生の入寮手続きと案内を頼む」

「はい! お任せください!」


 威勢よく答えたアーサーの顔には、初めの喜色満面の笑みが蘇っていた。



 三人は門から寮内ヘ進み、一番手前に見えた建物の正面玄関へ入る。


「えっと、じゃあ、クリフォー……、あ、いや、アルジャーノン……君……?」


 さっそく寮内の説明をしようとした矢先、アーサーは困った顔で首を傾げた。先輩と同じ名を呼び捨てにするのは気が引けるのだろう。

 しかし二人は涼しい顔だ。


「お好きにどうぞ」

「クリフォードでいい」


 そこは重要じゃない、と言わんばかりの反応に、アーサーは少し考えてから、


「……贔屓は良くないですもんね! でもややこしいので、じゃあ、アルジャーノン」


 にっこりとアルジャーノンに笑いかけた。


(素直な人だな……)

「今更な感はあるけど、改めて。――はじめまして、俺が今年のフォード寮監督生、アーサー・ウィバリー。寮の一切を任されてる。寮内で何か困ったことがあれば、遠慮なく俺に言ってくれ……、って、ちょっと頼りないかもだけど」


 オズワルドの手前、最後は少し冗談めかして。握手を求めて差し出された手を、アルジャーノンは素直に握り返す。


「……アルジャーノンです。フォード寮の栄誉に尽くします」


 自己紹介に逡巡し、結局選んだそんな言葉に、アーサーは一瞬だけ驚いた様子を見せたがすぐに笑顔を戻した。


「頼もしいな! よく一年生を引っ張ってくれ。ようこそフォード寮へ!」


 握っていた手を離し、三人は玄関から進んでホールを抜ける。

 フォード寮は三部の寮舎から成っている。

 すなわち、応接間や電話室、寮生の個別ポストなどがまとめられた「前棟」、全寮制を一斉に受け入れることが出来る巨大な「食堂舎」、そして寮生の部屋がずらりと並ぶいわゆる「寄宿棟」である。

 寮門とともにフォード寮の正面からの姿を担う前棟は、まるで貴族の邸宅のような構えで、正面玄関をくぐってまず目に入るのは立派なホールだ。そこから左右に伸びる廊下と、奥につながる廊下がある。


「先に入寮手続きを済ませてしまいましょう。こちらへどうぞ」


 アーサーは右手へ進み、「応接室」と書かれた部屋へ二人を案内した。

 ソファに座るように促して、自分は奥の執務机から数種類の書類と一冊の名簿を抱えて、二人の前に腰を下ろす。


「記入事項が幾つかありますので、お手数ですがよろしくお願いします、……って、説明要らないですよね」


 オズワルドの顔を見てアーサーは照れ臭そうに笑った。まさに今のアーサーの立ち位置を、オズワルドは去年務めたのだ。手順など全て頭の中に入っている。


「一週間後の練習と思え。今なら間違いも教えてやれる」

「あ、なるほど! えっと、それではまず名簿から……」


 アーサーは一つひとつ、丁寧に説明を加えながら入寮手続きを進めていった。少し親切に過ぎる気もしたが、勝手が分からない他校出身の両親や下級出身の両親たちには有難いだろう。

 寮ごとの特質で、フォード寮には上流階級も下級階級も、毎年同じくらい入寮する――監督生であるアーサーも中間階級、庶民の出だ――。そして上流階級出身者は、特に由緒正しい名門家や古くから名を残す家、そういった類の者が多い。四つの寮の中で、最も上流階級の割合が高いのはシモンズ寮。低いのはベリー寮だ。

 アーサーの説明を聞きながら、オズワルドとアルジャーノンは名簿や書類に記名していく。アルジャーノンは、もちろん入寮者の欄に。そしてオズワルドは、保護者の欄に。


「…………」


 保護者の欄に、在校中の生徒が名を連ねるというのは、クイーンズの長い歴史の中でも初めてのことだった。

 両親に不幸があった生徒の場合、通常ならば親族などから代理が立つ。しかしオズワルドの父は他界する数か月前に、ほとんどの親類関係を絶ってしまっていた。そのおかげでクリフォードの相続問題に関しては、次期当主はオズワルド一択状態で済んだのだが。

 アーサーは、クリフォードの事情をよく知らない。庶民の子息が貴族社会の事情を知ることは困難だ。しかし両親に不幸があり、その件でシャーロットが退学し、オズワルドに一層の重圧がかかったことは知っている。


「……はい! これで手続きは完了です、お疲れ様でした。ご子息の入寮を歓迎いたします!」


 明るく振る舞うのは、性格もあるが、オズワルドの前で沈んだ様子を見せまいとする意地もあった。良き後輩として、余計な心労をかけないように。それに、自分が笑えば、オズワルドもつられて笑うことが分かっているから。

 と言っても、笑顔の大半はその性格からだ。


「アルジャーノン、君の入寮を歓迎するよ。君の六年間に幸多からんことを、良き学友の多からんことを!」


 今日二度目の握手を、アルジャーノンはぎこちなく受けた。

 明るい未来を映しているであろう目の前の青年の視線は、アルジャーノンにとっては居心地が悪い。


「…………よろしくお願いします」


 兄の手前、言葉にも表情にも出さないが、彼は既に辟易していた。

 ここでの生活に、幸も学友も期待していないのだ。

 アルジャーノンの本懐は、別にある。


「この奥にあるのは食堂舎、そのまた奥が寄宿棟だよ」

「食堂舎、ですか」

「そ。寮生は全部で三百人、それが一斉に食事をするわけだからね、広くもなる」

「なるほど」


 正面玄関のホールから奥へ。

 進んだ先の大きな扉を開けば、そこはフォード寮舎の中で最も広い空間である、食堂舎につながっていた。そこに辿り着くまでの廊下の左右に六つほどあったドアは、今回は開かずに素通りしたが、アーサーから口頭で「特別自習室だよ」と説明があった。どうやらこの建物はかなり充実した施設を抱えているようだ。

 食堂内には長机が整然と並んでいる。吹き抜け構造になっている部分もあり、天井は高く、内装は古めかしいながらも開放感がある。二階席も設けられ、どうやらその上は長机ではなく、四人掛けほどのテーブルが幾つか設置されているようだった。


「二階席は上級生の領分だ。伝統的にね」

「分かりました。……兄さんも上で食事を?」

「いや、俺は二階に上がるのが面倒だったから……」


 食堂内を覗きながら、オズワルドは首を横に振った。


「あはは、敢えて使わずにいらっしゃったのは先輩くらいですよ。まあ、まず一年生が上に行くことはないかな」

「そうだな。無駄に波風立てる必要はない」

「それは、もちろん……」


 三人は食堂を後にして、中央を走る廊下を進む。

 いよいよ寄宿棟だ、と言うアーサーはどこか楽しげだった。元来の人懐こい性格に、新入生の案内というのは易い仕事なのだろう。オズワルドも去年は請け負った仕事だが、それより重大な問題が山積みで数日後からは休学の予定だったために、楽しかった記憶などは一切ない。

 食堂舎の片端は、光と風を取り入れるために大きな窓が連なっている。その向こうに見えるのはフォード寮の広大な庭で、庭と食堂舎の間には廊下があった。長い廊下で、それと食堂を結ぶ出入り口が、窓と窓の間に四つほどあった。

 アーサーたちはその廊下に出る。そこを進んで辿り着くのは、また別の棟。棟の群、と言っていい。一つ一つが渡り廊下で繋がれたそれらのうち、中央にあって他とは外装を異にする建物に、彼らは迷うことなく足を向ける。

 中へ進み、またホール。その奥の扉を、アーサーが押し開けた。アルジャーノンは特別な感慨も無く、オズワルドは少しの懐かしさとともに、中の様子を目に入れた。

 一目で安物ではないと分かる、落ち着いた赤の絨毯がこの部屋の印象を決定していた。

 空間は広く、高い天井から吊り下がるのはシャンデリアだ。天井には空調設備も見える。優に百人は寛げそうなその空間に幾つも置かれたソファは、一人掛けだったり五人掛けだったりと多様で、それが変則的に並べられていた。ソファの前には一応机も置いてあるが、筆記を用いた勉強をするには向かないだろう。部屋の端にはテーブルと椅子も置かれてあり、それが何とも学生らしかった。壁際に数台寄せられたホワイトボードと消火栓、そして奥に設置された大画面のテレビが一際異彩を放っている。

 二階に続く階段があり、左右の廊下へ続く踊り場が見えた。一階にも左右に伸びる廊下がある。


「ここがフォード寮の談話室! 全学年が自由に使っていい場所だよ。二階からが寮生の部屋だ。一階の、そこの廊下を進めば講義堂がある」


 アーサーの声は弾んでいる。にこにこと人好きのする笑顔を浮かべながら、談話室の中央まで歩んで二人を振り返った。

 両手を軽く広げて、誇らしげに。


「俺はここが一番好き。まさに研鑽の場所だと思ってる。他愛もない会話をするのも良いし、誰かに勉強を見てもらうのも、討論するのも、みんなここで出来るんだ! 俺はこの談話室のおかげでオズワルド先輩と出会えたんだしね」


 アルジャーノンは、アーサーから視線を外して兄を見上げる。オズワルドは苦笑して肩を竦めた。


「大袈裟だ。少し勉強を見てやっただけだよ」

「それでも俺にとっては運命的だったんですよ!」


 今でも覚えてる、この席だった、とアーサーは近くのソファに腰を下ろした。懐かしさと当時の高揚を思い出して顔を綻ばせる様子は、端的に言うならば可愛らしい。


「ここじゃあ、上級生と下級生の間に垣根はない。年齢も、性別も、学力も、それから階級もね。だから色んな人と知り合えるよ。アルジャーノン、君も良い人と出会えるといいね。もちろんフォード生はみんな良い奴らだけど!」


 無垢、無邪気。純真なその笑顔と言葉を向けられて、アルジャーノンは返す表情を持ち合わせていなかった。

 そうですね、と。空虚な声。

 オズワルドは何も言わない。一度だけ、さりげなく後輩と弟を見比べて、


(上手くやるかなぁ……)


 困ったような表情を浮かべるだけだった。



「すみません先輩、今朝届いたアルジャーノン君の荷物なんですが」


 立ち上がりながらアーサーは言った。


「誰もいない預かり室に一つぽつんと置くのもどうかと思って、取り敢えず俺の部屋に運んでるんです。俺が一度談話室まで下ろして来ますので……」

「いや、アルジャーノンに直接運ばせればいい」

「でも重いですよ?」


 心配そうに眉根を下げたアーサーだが、当のアルジャーノンは平気な顔で「大丈夫です」と返す。その小さな体にどれだけの力があるのか、アーサーには分からない。


「……寄宿棟は男子棟と女子棟に分かれてて、各六棟。六年生の棟は一番奥だし、しかも俺の部屋は最上階だよ。渡り廊下で繋がってるとはいえ、……やっぱりちょっと遠いよ。一年生の棟は一番手前で……」

「ええ、大丈夫です」


 アルジャーノンの声は淡々として強がっている風もなかったが、アーサーは半信半疑といった顔だった。


「力には自信がありますから」

「うーん……」

「アーサー、アルジャーノンに部屋の位置を教えてやれ。俺はここで待ってる」


 そんなアーサーとは正反対に、オズワルドは何の心配もしていない。近くのソファに腰を下ろすといつもの癖で足を組み、肘掛けを使って身体を少し傾ける。アルジャーノンに目をやると、アルジャーノンはとりわけ背筋を伸ばした。


「荷物を持って、そのまま部屋へ行け。片付けを済ませてから戻って来い。いいな」

「はい、兄さん」

「アーサーはアルジャーノンを案内したら、戻って来てくれ。……ちょっと話がある」

「え、……わ、分かりました」


 オズワルドにそう命じられれば、アーサーに逆らう道はない。

 躊躇いがちに先輩の前から去ろうとするアーサーに数歩ついて歩いて、アルジャーノンは振り返った。


「兄さんは、こちらでお寛ぎになるんですよね」


 念を押すような口調。

 違和感を覚えるようなその口調に、思わずアーサーも振り返る。しかしオズワルドは苦笑を浮かべるだけだった。


「そうだよ。だから行っておいで」


 つい先に使った命令的な声とは打って変わって、宥めるような声を使う。アルジャーノンはほんの少し顔を顰めてから浅く頭を下げた。

 微かなぎこちなさが漂う中で、アーサーは二人を見比べるしかできなかった。

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