色のない日々
俺こと「クリス・サガラ」は転生者だ。いや何を言ってるんだこの馬鹿はと思うかもしれないが本当のことだ。いや、もしかしたら違うのかもしれないが俺にはその記憶がある、のだと思う。どんな記憶かというと、この世界にはない高い高い天を突くような建物や動く絵、その他諸々。この魔法がある世界でも「非常識」といえることしかない、そんな記憶に何の疑問も持っていないのだ。このことからおそらくこれは自分の”前世”というものの記憶なのだろう。そう7歳の俺は結論を出した。そしてその記憶の中で俺は満足した人生を送れていなかった。停滞している生活、面白みのない日々。いかに不思議なものがたくさんある世界だとしてもそれが”普通”なのならばつまらないものなのだろう。そして、だからこそ俺は今世を自分の思うままに生きていこう。そう思っていたはずだった。
なのに、なんなのだ、これは。なぜ俺は自分の意志で自分の体を動かせない?なぜ目の前の婚約者を傷つけるようなこと言う?俺はこの婚約者のことは嫌いなどということはなく、むしろ愛している、とそう言ってもいいくらい好きだ。なのに、なぜ、動いている自分はその娘を傷つけるようなことばかり言う?自分の体が巫山戯たことを言うたびに俺は止めようとする。しかし止まらないし、俺の思うとおり動く気配もない。指の先すら動かせないのだ。ただひたすらに「また自分の思うとおりに生きられないのか」という悔しい思いの中俺の意識は途切れた。
もしかしたら起きれば元に戻っているのかも、それともあれは夢だったのか、などと思ったりもしたがそんなことはなかったし、気づいたら3年が過ぎていた。その間に愛しい婚約者とは疎遠になってしまった。唯一の楽しみといえば魔術と帝王学の授業くらいなものだ。もう一人の俺が寝ていても授業は進められるので俺はどんどん知識を付けていったが、授業中に寝る「俺」はどんどん周囲からの評価が落ちていった。そして俺はこれは自分の人生を取り戻す前に死んでしまうかもな。と思いながら代わり映えのしない日々を過ごしていった。
さらに時は過ぎて15歳。俺は婚約者とは険悪、人からの評価は最悪というクソッタレな状況で学園に入学した。もしかしたらここから俺の日々は変わってくれるかもしれない等とそんなぬっるい考えをしていた時期もあったが結局状況は変わらなかった。いや、むしろ悪くなったといってもいいだろう。それは2年になった日のことだった。
平民の子が俺に声をかけてきた。特待生だった。個人的にはすごい子だなあと思いながらもどこか違和感のある子だなあと思っていた。だが「俺」は違った。なんと速攻口説き始めたのだ。しかも相手の子も乗り気だった。これでは最低限の付き合いはしていた愛しの婚約者との婚約が破棄されてしまうし、さらに言えば王位継承権の剥奪すらもあり得るかもしれない。これはやばい、俺はひたすら焦ったが結局何もできないことに気づいた。もはや手遅れになりつつあった。
そしてさらに1年が過ぎ、卒業パーティーの時になった。俺は流石にアホで愚の骨頂である「俺」でも父たる王の前で婚約破棄なんてことをしはしないだろうとそう思っていた。しかし「俺」はその思いを見事に打ち破ってくれた。
「それでは卒業生代表のクリス王子!乾杯の音頭を!」
「いや!その前に一つ言わせてもらいたい事がある!俺はいまここで婚約者、ターナ・ニナりカとの婚約破棄を宣言する!そして俺は新たにレイサとの婚約を発表する!ターナ!前に出て来い!お前の悪事をいまここでばらしてやる!」
そしてターナが前に出てきたその顔はやっぱりかという感じだった。ごめんターナ。俺が何もできなくて。
「お前はこの前レイサを階段から突き落として傷つけようとしたのだろう!」
「いえ。そのようなことはしていませんわ。国王陛下に聞いていただければわかります。」
「なっ!父上!それは誠ですか!?」
「ああ。そうだ。ターナ嬢は何もしておらん。」
その後も「俺」は馬鹿みたいなことを並べ続けたがその全てに対応されて「俺」は言葉に詰まっていた。
そんな時だった。
「ターナがそんなことする訳ないじゃないか!」
俺の思う通りに体が動いていた。俺は11年ぶりに自分の体を取り戻したのだ。そしてその瞬間俺は隣の女を吹き飛ばし、土下座をかました。
「本当に申し訳ございませんでした!父上・・・いや国王陛下。」
「お前は何者だ。先程までのクリスではないな。いや。魔力波が元に戻っている・・?説明してもらえるか?」
「ええ。もちろんです。」
そして俺は今までのことをすべて喋った。7歳で体を支配されてから今までのことを。
「なんと・・・そういうことだったのか。ということはお前が本当の私の息子だということだな?」
「ええ。そういうことになります。もしくは生まれた時から7歳までこの体を動かしていた人格ともいえますね。」
「ふむ。そういうことだったのか・・・あの予言は。」
「あの予言・・・?」
俺がこうなってしまったことは教会から神託という形で教えられていたらしい。ただその表現があやふやというか要領を得ないものでわからなかった。ということだった。
「気づいてやれずにすまなかった。」
「いえ。こちらこそ本当にすいませんでした。そして、自分から言うのはとても烏滸がましい事なのですが、できることならば私にもう一度チャンスをください。」
「ふむ。まあ。いいだろう。ただし、とても厳しい道になるぞ。」
「ええ。きちんと理解しているつもりです。」
「そうか。ならば何も言うまい。いや、一言言わせてもらおう。よくぞ帰ってきてくれた。」
「有難うございます。父上・・・」
こうして俺は自分の体を取り戻した。
数ヵ月後、俺は王太子になった。王太子に任命するための試験とかあったりしたが全部満点で合格してやったらすごい驚かれたりしたが、まあそれ以外は特に問題なく進んだ。
そして任命式で俺はターナに告白した。
今では私は王位を息子に渡して自由に過ごしている。思えばなかなか激しい人生だった気がする。
「人生とはどうなるか分からないもんじゃのう。ターナよ。」
「ええ。そうですね。クリス。」
さあ。余生も自由に楽しく過ごしていこうか!