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睡蓮に恋をする  作者: 小鳩子鈴
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6/12

あくる朝の一幕(旧 拍手小話)

 

 その電話は突然だった。液晶に浮かぶ名前、それは確かに昨夜番号を交換したばかりの相手ではあったけれども、俺に用事があるとは思えない。

 隣で眠る千香を起こさないようにスマホを握りそっと部屋を出た。階段を下りながら止まない呼び出し音に、本気でなんの用事だろうと疑問に思いながらも通話ボタンを押す。


「お待たせしてすみません、中島です」

『……朝から申し訳ない。片桐です、昨夜ゆうべはどうも』


 わあ、やっぱ本人だ。ええ、まだ朝だよ、七時過ぎたばっかだよ、土曜だよ。たどり着いたリビングのカーテンを開け、差し込む陽に目を細める。昨夜は冷え込んだから、今日はいい天気になりそうだ。

 ソファーに無造作に置かれた千香のブランケットを拝借して腰かけ、落ち着いて話す態勢をとる。


『少し相談があって』

「はあ、相談ですか? 自分で役に立つのなら」


 なんだか声が疲れている、というより、憔悴している。この人と俺の共通点といえば、千香と葉ちゃんだ。仕事の事で千香に用事なら本人にコンタクト取るだろうし、第一、片桐課長と同じ職場になってもう何年も経つけど今まで千香個人の携帯にかかってきたところなど一度も聞いていない。出来る上司の彼は、休日まで部下に仕事を持ち込まないんだそうだ。

 とすれば、やっぱり葉ちゃんか。昨夜は店前で別れた後、葉ちゃんを送って帰ったんだと思ってたけれど何かあったんだろうか……まさか。ふられたとかいう話じゃないだろうな、困る、それはものすっごく困る。

 かなりな頻度で葉ちゃんを連れ出す片桐課長が消えたら、また千香が葉ちゃんべったりになってしまう。いや、葉ちゃんいい子だし、一緒に飯食ってても楽しいし、千香もすごいにこにこして普段より可愛いし、いいんだけど。いいんだけど、千香と二人っきりでイチャイチャしたいじゃないかっ。片桐課長にはがっちり葉ちゃんを捕まえてもらわないとっ。


 焦る俺の耳に、いや実は、とか口ごもる片桐課長の思いつめた声が届く……ええ、勘弁。ふられたとか、本当に勘弁。しかしこんなイケメン断るなんて、葉ちゃんやっぱオトコマエだな! 顔に釣られない葉ちゃん、やっぱええ子や。平凡男の味方や。エセ関西弁が出るで。


『葉と、高遠だが。あの二人で飲みに行くのは危なくないか』

「……へ?」


 すっかり玉砕前提で思考をぶん回していた俺は、思いがけない問いかけに一瞬言葉が詰まった。え、“危ない”って、何が?


『二人とも酔うと眠くなるタイプじゃないか。高遠はすっかり落ちていたし、葉も……。そんなのが二人っきりで飲んでいたら危なくて仕方ない。どんな奴らに付け込まれるか』


 あ、そっち? ああ、よかった、ふられたんじゃなかったか……んん? でも、寝る? 葉ちゃんが?


『だから、どう「え、あ、すみません。確認したいんですが。え、葉ちゃんが眠っちゃったんですか? 昨日?」


 思わず話してるのに遮って聞いてしまった。ええ、だって。


『……店を出てから駅まで歩いていたら、途中で寝そうになって。結局タクシーを捕まえたんだが、アパートに着いてからもさっぱり起きなくて』

「あの、片桐さん。葉ちゃんは普段、寝ないですよ」

『は?』

「確かに千香は割と寝落ちしますけど、まあ、それだって俺や葉ちゃんが一緒の時だけで。でも、葉ちゃんは家飲みしてても、寝ちゃったことないですねえ」


 初めて聞いたよ、葉ちゃんがそんなになったなんて。酔って多少ぽやーっとはしても、寝ないよなあ……仲良くしても全てはさらけ出さないというか、親しき仲にも礼儀あり、の葉ちゃんが。

 片桐課長と二人っきりの時に。しかも路上で寝落ち。うわあ、これって


『……家飲み? それは、葉のこの部屋で?』


 そっち!? そっち気になっちゃった!? 大好きな片想いの彼女の部屋に、違う男が入ったのがご不満? いや俺、親友の彼氏ポジションだから、葉ちゃんと二人っきりとかないから。

 どこからどう見ても “大人の男” な片桐課長が、ウブな男子高校生みたいでなんかウケる。どうしよう、俺内の好感度すごい上がった。


「千香っ、常に千香いますからっ」

『そう、か……いや、しかし』

「何もやましいことはありませんって。鍋したり焼肉したりして飲んでるだけですから」

『……手料理…』


 おう、自爆。しまった、口が滑った。なんだよもう、めっちゃ普通じゃないか、このイケメン。会社で人気あるんでしょ、総務の女の子たちにクールビューティって言われてるの知ってるよ。

 みんな聞いてー、ここにいるのは普通にヤキモチ焼くただのイケメンだよー。


「と、とりあえず、この二人で飲みに行くときは行き先とか時間とか聞くようにしましょうか。迎えにでも行ければ大丈夫でしょう?」


 小学生が遊びに行くときみたいだな、と思いながらの俺の提案に片桐課長は少し安心したようだった。

 あれ、今気付いたんだけど。アパートに着いてからもさっぱり起きなくてって、最初に言ったよね、この人。

 それでもって、さっき『葉のこの部屋』って……ということは、だ。


「あの。つかぬ事をお聞きしますが。今、どちらに?」

『……葉の、アパート。今もまだぐっすりだ。鍵を持って出るわけにもいかなくて』


 憔悴の理由はこれかー! 片桐課長、不憫っ! 確かに葉ちゃんにグイグイいってるけれど、話聞くからに寝てる子に手を出すような人じゃ絶対にないもんなあ。

 素面の時だって合意がなければ無理強いしなさそうだし。すっごい大事にしてるっぽいもん。

 好きな子が隣で寝てるのに手を出せないんでしょ、一晩中。

 うわあ、拷問や……。


『俺は……もう。色々と、限界だ』


 ため息とともに絞り出された声に、ご愁傷様ですとしか言えなかった。





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