side C & K(旧 活動報告小話)
主人公友人(中島浩太)視点
「千香、着いたよ。ちーか」
「……むぅ……ね、むい…」
深夜にはまだ早い時間。運転手に料金を払い、半分以上眠ったままの千香を抱えるようにしてタクシーを降りる。勝手知ったる他人の家、さらに言えば合鍵だってお互い渡されている両家公認の仲。付き合いも長く結婚しない理由もないのに、何故かいまだに帰る家だけは別の俺たち。
今日は仕事で外泊予定だったが、予想外にスムーズに処理が終わり帰宅できた。これ幸いと連絡を取れば千香は葉ちゃんと飲んでいて、酔っ払って寝落ちる寸前だったところを連れて帰ってきて今に至る。いつものように鍵を開けて玄関へ入った。
「ああ、おじさんたち今夜はいないんだったか。一人で大丈夫か? また随分飲んだなあ、珍しい」
「ふ、ふふ? たぁのしかった、のー……」
ハイハイと軽く返事をして靴を脱がし中へと上げる。取り敢えず、二階の千香の部屋ではなく階下のリビングへ連れて行った。
「お水、飲む……」
「おおよ、ほら」
コートも脱がず、どさりとソファーに倒れこんだ千香を起こして冷たいグラスを持たせると、くぴくぴと半分ほどを飲んだところでようやく目が開いた。パチパチと確かめるように繰り返す瞬きに思わず見入る。
「……浩太?」
「おう。ただいま」
「おかえり……っあー、やっちゃったのか、私。はあ、ごめんね……ねえ、葉、怒ってなかった?」
やっぱりそこで最初に出てくるのは葉ちゃんか。いや、いいんだけどね。何かと女子と折り合いの悪い千香にようやくできた女友だちだ。これがまたいい子なもんだから、付き合いに文句なんてない。難を言えば、千香が俺より葉ちゃんを優先するのが妬けるという事だ。多分、俺と葉ちゃんとどっちを取るかと聞いたら本気で悩んで『……葉、かな』とか言いそうで泣ける。
欲しくて得られなかった親友がこの歳になってできて、少々箍が外れている感はあるが。そう思いながら千香の隣に腰を下ろす。
「大丈夫。あー、噂の片桐課長? がいたし」
「はぁっ!?」
「ん、俺店に着いたら既にいたよ。葉ちゃんと何か話してた」
「はああ〜!? やだ今のですっかり酔いも目も醒めたわ。なんでいるの、課長がっ」
グラスを叩きつける勢いでテーブルに置くと、摑みかかるように顔を寄せる千香からは、外の匂いといつものシャンプーの匂い。さっきまで飲んでいたはずの酒や食事の匂いがほとんどしないところが不思議だといつも思う。
「偶然、通りかかったって言ってたけど」
「やだもうあの人、どこまで葉サーチついてんの……」
千香の上司の片桐課長に会うのは初めてだったが、話はそれはもう、よく聞いていた。特に課長が葉ちゃんにアプローチをかけ始めたちょっと前からは特に。かなり惚れ込んでいるらしいことは聞いていたが、いや、あそこまでとは。一瞬俺を “葉ちゃんの彼氏” と勘違いした時のあの反応! 誤解と分かった時の顔!
男の俺から見ても申し分のないイケメンが葉ちゃん一人に振り回される様子は、なかなか味があった。
「初めて見たけどさ、お似合いの二人じゃない?」
「……そうなのよ。ものすごく、非っ常ーに、不愉快だけどね」
流石にそこは認めるんだ。不承不承を絵に描いたような顔でまたグラスに手を伸ばし、残りの水を飲み干すと大きくため息をついた。
「葉はいい子だし、課長はあんなんだけど、まあ、不足はないというか……あれだけ好きなら、任せてもいいかというかなんだけど」
「うん」
「……ずるい」
ぷう、と音が出そうなくらい膨れた頬。少し涙目なのは酔ったせいでなく、本当に寂しいのだろう。いつもは強がってばかりのくせに、不意に俺の前だけで見せるこんな姿にどうしようもなく惹かれる。本当にもう、物心つく前から一緒にいるのに、枯れることのないこの気持ちをどうしたらいいんだろう。
持て余す心のままに空になったグラスを取り上げて、頭をくしゃくしゃと撫でてやると不満そうにこっちを見上げた。
「まあ、そう言うなって。葉ちゃんは彼氏ができたからって、千香と全然遊ばなくなるような子じゃないだろ」
「そうだけど、でも、」
「うん、千香、お前な。諦めてもう、俺と結婚しろ」
遮って言えば、面白いくらいに目を見開く。ただでさえ大きい瞳がまさに溢れんばかりで、本気で落ちてしまいそうだ。
「……っえ、ええ? け、けっ、今、何言って」
「あのな。もうずっと一緒にいるしな、今更なのは百も承知だけど」
そう、今更なのだ。双方の家族もお互いの同級生も、なんならこの辺一帯のご近所さんもみんな、とっくに俺らを夫婦として扱っている。帰る家こそ別だが普通に行き来するし、泊まりも、お互いの親戚の家に行ったりもする。
「婚姻届」という紙切れ一枚、それを出しているかどうか。別にそんなのしなくても変わらないよねと、言い合って今まで来たけれど。
「やっぱりさ、俺はお前がいいわけ。で、どうやらこの先も千香じゃなきゃ嫌なんだと思ってさ。千香が入籍にこだわらないのは知ってるし、どうせ離さないからそれくらいの事は自由にさせてやりたいとも思ってたけど」
「え、え、」
「もういいよな。だからさ、名実ともに俺のものになりなさい」
何か言いかけて閉じた口はまた開いて。ようやく理解したのか、酒のせいではなく朱に染まった頬に自然と手が伸びた。両手で包めば、千香は軽く目を閉じ俺の手に擦り寄った……のは一瞬で、はたと気付いて上目遣いにキッと睨まれた。可愛いだけだけど。その潤んだ瞳がまるで夜空のようだと思うなんて、俺は酒の一滴も入っていないはずなのに。
噛んだ唇をほぐすように親指で辿れば、怯まない俺が面白くないのか、頬を触る手首を掴むと拗ねて挑むような声になる。
「……あのね、私、今、酔ってるの」
「そうだな。知ってる」
「だからね、明日。明日もう一回言って……ちゃんと、返事する、から」
その顔が、声が返事だと知っているけど。珍しく消えそうになった語尾が愛しくて。
了承の言葉の代わりにそのまま引き寄せて、キスをした。
初出:たこすさまの 「【一人ミニ企画】愛するキミへ。~自分の文体でプロポーズの言葉を考えよう~(N5555DQ)」 に便乗して書いたものです。