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「なんで召喚が行われたかってのはおおよそだけど分かったよ、…それで、今はまだ帰れないっていうのは何でなんだ…?」
一頻り自分の考えを纏めた勇人青年が自分なりの結論を出し、まだ解決されていない疑問について尋ねると、幼獣正宗が彼に代わって問い掛けます
『きゃわんきゃんきゃん?(どうして帰れないの?)』
『うむ、我々は召喚を行う際、己に誓約を課しておるのだ』
「誓約…?」
『このようなことをしている我々が言える言葉ではないと承知の上で口にするのだが、おいそれと実行してよい所業ではない』
「…はぁ(ほんとに"オマエガイウナ"だな…)」
そうは思っても彼はさすがにこのような状況でそれを口に出すような性格ではないようで、頷くことでその先を促す勇人青年の反応に、白装束の彼らもそのまま言葉を続けたのでございます
『故に誓約と相手の同意無くば召喚は行えないことになっている、喚べるのは澱みが活性化しはじめた時に原則として一度きり、元の場所、元の時間に、元の状態で、精神に異常があれば記憶を、身体に怪我や欠損を負えば身体を元の状態に戻し、喚び出した者を必ず還す、この絶対条件の基に細かい条件を取り決め"唯々巫女の為に"可能な限り望みに副う者を喚び出すのだ』
『巫女の役目が果たされた時、或いはそれが不可能となったその時、喚ばれた者は還ることができる、だから今は還ることができないのだ、そして喚ばれた者が還る時、それを引き止めることは誰にもできない、たとえ喚び出された本人が血の涙を流してまで拒んだとしても』
『誓約を破った者は相応以上の罰を受ける、理不尽には理不尽を、その者が最も恐れる想像が現実となってその者を苛む』
「…何でそんなリスクを負ってまで喚ぶんだよ……」
『何度も言うがひとえに巫女の為だ…罰については訓戒として現実に起こったことがほぼ脚色無く伝わっておる、気になるならば後で自身で調べてみるのがよかろう』
『まぁそれについてはこちら側の都合、そちらが気にすることではない、それにそう深刻に心配せずともいい、旅の同行に関しては拒否権がある、こちらとしては無理強いはしないつもりだ』
彼らはそれ以上そのこと…訓戒について隠すつもりは無くとも話すつもりはない様子でございました
勇人青年としては喚び出されたかつての先人らがどんな扱いを受け、目の前の彼らの祖がどんな罰を受け今に至ったのか、現在喚ばれた自分はかつての先人のような扱いを受けずに済む保障がどの程度確約されているのか気になるところでございましたが、白装束の彼らの目に宿るほんの僅かな恐れの色に、恐らくこの場でそれを知ることはできないだろう、と感じたようでございます
そして、"誓約無くば召喚は行えない"という言葉にも疑問は残るようでございました
彼の単純な解釈ではございますが、召喚などという荒唐無稽なことがそうそう簡単にできることとは思えない、しかしそれを可能とする彼らならば誓約などなくても召喚は行えるのでは? そう考える勇人青年は二つの可能性を考えたのでございます
ひとつは己を律するための自戒でございます、しかし最初から喚び出される相手のことを慮ることができるのであれば、"訓戒"として語り継がれるような事態は起きないのではないか、と彼は考えたのでございましょう
そこで思考の鍵となる白装束の彼らのほんの僅かな恐れの色でございます、誓約が無ければ召喚を行えないようにしたのは誰か、最初に罰を与えたのは誰か、誓約が先なのか、罰が先なのか
召喚に際して、逃れられない"誓約"を誓わざるを得ない絶対的な状況にした誰かの存在があったのでは?
それが勇人青年の考えた可能性でございます
そしてやはり彼の予想する通り、『とりあえずはもう他に質問したいことはないのか』とあからさまに話題を変えるように尋ねられ、彼が衣食住についてはどうなるのかと質問すると、それには保障されるとしっかりとした答えを得るに至り、とりあえずは一応の安心を得たようでございました
『ただし贅沢に、というわけにはゆかぬ』
『神に仕える者として当然のことながら清貧を心掛けている、此処で暮す上は そなたにもそれは尊守してもらわねばならない、恵まれない者達の為に奉仕活動にも従事してもらうことになるだろう、これについては活動圏も生活圏も男女で別々に分かれている』
(奉仕活動……旅に同行しない場合はいざとなったら近隣の村かどこかで働きながら還れるようになるまで待った方がいいのか……?)
もちろん最低限の衣食住さえ保障されれば労働については率先して取り組むつもりで多少の重労働も厭わないと思っていた勇人青年でございましたが、"奉仕活動"という言葉に若干の不安を感じたようでございました
彼のさして長くは無い人生経験の中で、宗教というものは個人の心の支えであるという認識と共に、自我を失う程にのめり込んでしまえば途端に牙を剥きその身を滅ぼしてしまう、諸刃の剣という強いイメージがあるのでございます、そのように感じてしまうのも無理からぬことでございましょう
『まぁ此処が嫌だというのなら多少の口利きはしよう、あまり選択肢を多く用意してやることはできぬがな、粗方疑問も解消されたのなら巫女に会ってもらおう、一応、人違いとはいえ此方はソレが目的で召喚した身だからな』
白装束の一人がそう話しを纏めると、薄暗くも辺りを照らしていた灯りは次々と消えて完全な闇になり、間も無くぎしりという音と共にここを閉ざしていた扉が解放されました
解放された扉から入り込む新鮮な筈の空気は、けれども不快を感じさせる違和感を伴い
勇人青年は一息もつけぬままに、足を、その先へと、この世界へと、……踏み入れたのでございます




