03
「ケレスさま、俺とお茶でもしませんか?」
水出ししたものではなく煎じた薬草茶と手製のあんこ玉を持って巫女スピカに声を掛けると、彼女はゆっくりと頷きなさいました
傍にいたシリウス青年は何か言いたそうな顔をなさっていましたが勇人青年がそれを無視して巫女スピカの隣に座り彼女の手を取って導くようにそっとお茶の入った椀に手を誘導するのを見て渋々と席を外したのでございます
(お茶は少し熱いかもしれません、火傷に気をつけて)
(まぁおいしそう、ありがとうね勇人くん)
(漉し餡にしましたから口溶けもいいですよ)
(ほんとうだわ、懐かしいわねぇ)
彼女が樹木を操ってとはいえ火や刃物を扱うのをシリウス青年が嫌がったという話しでございますから、こういった味のものを食べるのは随分と久しぶりなのでございましょう
彼女たちが旅に加わり、勇人青年が食べ慣れない味でも大丈夫かと味見を頼んだ時には、彼女は随分と喜んだものでございます
もう少し塩気を控えた方が、甘味を足した方が、出汁はこちらでとった方が、そうした助言を勇人青年は素直に受け入れ、彼女の懐かしい味はすぐさま再現されました
味は記憶に付随するもの、切り離すことはできないのでございます
懐かしい故郷の、懐かしい彼女の母の味、かつての姑の味、夫が、子供が、忘れ得ぬ彼らが好んだ好物の数々、郷愁を誘うそれらの味は、随分と彼女の心を揺らしたに違いございません
懐かしく思えば思う程に、還りたいと、逢いたいと
……死にたい、と
(わたしとあの子のことで随分と心配を掛けてしまっているみたいでごめんなさいね)
(いいえ、あいつはあなたの事が心配でたまらないんでしょう、優しい息子さんですね)
(そうなの、自慢の息子なのよ、良かったわあなたみたいに良い人があの子のお友達になってくれて、あの子秘密主義なのかお友達も彼女も紹介してくれなかったから心配してたの)
(トモダチ…はは、あいつ優秀だから、光栄です)
あの子と仲良くしてくれてありがとう、と念話の為に重ねた手をそっと握る巫女スピカに対し、勇人青年は自分が悪いわけでもないのに罪悪感を感じなさいました
シリウス青年には恐らく高確率で友達も彼女も一度として存在した試しなどなく、今現在も友人という枠組みの中に組み込んでもいいのかと疑問に思うような関係性でございますが、子供を心配する母親によもや息子さんは秘密主義などではなく友達も彼女も居た可能性はほぼ無いでしょう、などと とてもではありませんが言えるわけがございません
勇人青年は大人の処世術でヒクリと口を引き攣らせて社交辞令すれすれに謙遜するに留めたのでございました
(あなたと仲良くお喋りしてても恥ずかしいのかわたしに聞こえないようにナイショ話ししてるのよ、とてもシャイなの)
(あー…そうだったんですか)
あれがシャイとか冒涜にも程が在ると思いつつ、あいつお袋さん相手に猫被ってやがったのか!と内心驚愕する勇人青年でございました
どうも彼は自身の毒舌が会話の相手本人にしか聞こえないようにしているようでございます
下手をすると物心のつく前から被っていたであろうその猫は、そうとう分厚いものと予測されました
どうせ被るなら俺に対しても被れよ、などと思いつつ彼はぐっとソレを流し込むように薬草茶を飲んだのでございます
(あの…あぁ…えーと…あいつが、心配していましたよ、逢いたい人がいるんじゃないか、って)
(まぁ…)
(あなたのその…小指に、赤い糸が見えるって、正体が分からないって、だから、教えたんです、運命の人を結ぶとか、将来を約束するとか、そういうおまじないだ、って……)
(そう…それでなの…)
(だから…あなたを解放するべきじゃないか、って悩んでます、あなたを死なせることになっても、それで幸せになれるなら、って、…でもあいつ、苦しくて苦しくて仕方ないんでしょうね)
(……とても優しい子に育ってくれたわね、あなたも、ごめんなさいね関係ないのにこんな重たい話しに巻き込んでしまって)
(継承者の戒めについては、誤魔化す方法はあると言ってました)
(まぁそんなことまであなたに……誤魔化す方法があるのは知っているわ、随分と前にね、あの子が神属して暫くしてから考え付いたと教えてくれたのよ、これでわたしの視力と聴力を解放できる、って、でもね、他の継承者に申し訳なくて……せっかくあの子がわたしの為に考えてくれたのにね、悪い母親ね)
(そんなこと、ぜんぜん、ないですよ)
もうしわけない、かわいそうだから、その思考回路は典型的な日本人そのものでございました
わざわざ貴女は日本人ですね、と問わなくとも、勇人青年が察していることも彼女は気付いているのでございましょう
(みんなに心配かけてしまって、わたしったらだめね、確かにこの小指の人…夫にね、逢いたいのよ、すごくすごく逢いたい、…でもね、誰かにこの力を負わせてしまうのが怖いの、わたしの為にあんな眼まで負ったあの子を残して逝くのが怖いの、わたしはきちんと母親としての役目を果たせたのか、って、あの子を辛い眼に遭わせてないか、って、だから、いっそのこと、あの子を見送ってから…そんなことも考えてしまって)
あの子を見送って…それはつまり、シリウス青年が天寿を全うするのを見送り、また、この世に取り残されてから、と
(…な…に…ばかなこと、……言ってんですか、あなたを残して死ぬなんて、そんな辛いこと、あいつに負わせるつもりなんですか?)
(つらい…こと?)
(親より先に死ぬなんて、とんでもない親不孝ですよ、賽の河原で延々と石積みすることになりますよ)
(まぁ、ふ、ふふ、そうね、そんな親不孝させちゃだめよね、わたしほんとにばかねぇ)
しおらしい女性の涙とは、それがたとえどのような年齢層であろうとそれなりに罪悪感を抱かせるものであり、特に老女や幼女であればその効力は未知数に跳ね上がるものでございます
渡されたハンカチをそっと両の手で持ち、目許を押さえながら笑顔で泣き笑いをする彼女の涙を見たシリウス青年が遠方から並々ならぬ殺気を放ち、驚いた獣人一家がわんわんと吠え出したことで凡人の勇人青年にも間接的に殺気を察知することができたのでございました
(いやお前、殺気飛ばしてんじゃねーよ俺の頭ン中覗いてたんだろ?!)
紛うことなく冤罪でございましたが、理不尽とはそういうものでございます




