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『さて、では土の継承者ですが、当然の事ながら例に違わず同じ危険性を孕んでいます』
「ああ…」
『ですが土の継承者は能力と任地の関係上、人間関係の制限を掛けることはほぼ不可能です』
「ああ、俺も治療してもらったしな、患者の相手をしなきゃいけないわけだ、怪我をした子供に心配して付き添う母親とか、そういうものを見るわけか」
『その通り、いくら面会の規則など設けても、患者の心配をする家族を排除することは実質不可能です、…では、どうするか、カミシロ、貴方は想像できますか?』
べきり、と音がして、勇人青年はシリウス青年の手を見ました、彼の手の内で器は砕け、ぽたぽたと何かが滴る音を勇人青年の耳に届けたのでございます
『…視力と、聴力を奪うんですよ、耳が聞こえなければ、やがて言葉を発することもできなくなります』
「そんな…だからあの人は一言も、いや、お前のお袋さんは歳のせいで鈍ってるかもしれないがちゃんと眼も耳も働いてるぞ、そこに居る神官のハダルだってしっかり喋ってる」
『継承については必ず周知されます、彼はまだ日が浅いだけですよ、やがて話せなくなる、眼や耳は土の能力で大地やそこに息づく植物を使って情報を集めることで代用させることが可能ですが、それも人体には元々対応する部位の備わっていない感覚を駆使してのこと、見え方も聞こえ方も今までとは異なる、遠くの物事を紙面で知るように、感情的なものを捉えることはできなくなります、だから声の出し方もいずれ忘れてしまうでしょう、そうしていくうちに感情的なものを捉える能力自体が衰えるので、念話も表面的なものになります』
「…どうかしてるっ」
『異論はありません、まぁ、だからこそ土の継承者には異界人に与えられる加護が通用しないのですが、ここまで極端なことをしていることは神属上層部の僅かな者しか知りません』
ふ、と嘲るように笑い、シリウス青年は続けなさいました
『ですから土の継承者は大概 短期間での次代への移譲を望みます、視覚と聴覚が退化してしまう前に移譲できれば回復の可能性もありますから、勿論、自分で探しに行くことはできないので次代捜索は他人任せですが、元々ほぼ存在しないも同然なのですからどこにいようとも同じことでしょう、結局は感覚器官の退化前に次代を見つけるどころか、やっと次代に移譲する頃には肉体は劣化を極め、移譲と共に…確実に死にます』
「……ッ」
『わたしはそんな状態の母さまに育てられました、彼女は殆ど記憶に無い声の出し方を苦心して思い出しつつ、わたしの名前だけは、拙くともその肉声で呼んでくれたのですよ』
「育てられた…って、だって、神属の育て方は」
『ええ、わたしは母さまの反対を押し切って神属しました、元々は神属ではなく身の回りの世話をさせるための小姓として引き取られたのですよ、生まれたばかりの時に』
「嘘だ」
『その通りです』
巫女スピカとけして短くは無い付き合いをしてきた勇人青年にはすぐさまソレが嘘だと分かりました
彼女は使用人を使うような性格でないことは明白でございます、なにより巫女スピカは土や樹木を操って雑事を含め身の回りの大半のことを一人でこなすことが可能なのです、眼が見えず、耳が聞こえなくとも、小姓が必要である筈などないのです
『わたしの生母はわたしを産んだ折りに死にました、元々出産どころか妊娠にも耐えられない身体だったそうです、貴族の娘でしたが子供が産めないのでは役に立たないと体面を保つための神属だったようですね』
「…なんだよそれ」
『幼い折りに神属化した彼女は貴族としての矜持も無く、素直に教示に染まり奉仕活動に励んでいたそうですよ、やがて彼女は慰問に訪れた先の療養所で強姦され子を孕みました』
「はぁ?!」
『相手は、薬漬けにされボロボロの状態で捨てられていたところを収容された男娼です』
「だん…」
『薬漬けで痩せ細り精神が狂っていても相手は大の男ですからね、理性が無いので一度発狂すれば寝台への拘束など無いも同然、獣と同じです、ただでさえ身体が弱く特異な力も無い一介の巫女でしかない彼女には抵抗の術がありません、その上、病状が病状ですから隔離されており、長く戻らないことを不審に思った職員が様子を伺いに行くまで助けは無かったそうですよ』
あくまでも他人事のように語る彼のその顔は、無理に平静を装っているようには見えませんでした
単に記録を語るように、何の感慨も無いように見受けられます
『その妊娠が強姦によるものであり、且つ妊娠に耐えられない身体でありながら堕胎は許されませんでした、ですから彼女は母さまの所へ身を寄せることになったのです、土の継承者である母さまの元で身体を癒してもらいながら妊娠に耐えました、しかしこの妊娠は婚姻関係の存在しない上での妊娠です、周囲から堕落した淫売、売女、阿婆擦れと罵られ、彼女は精神面から著しく衰弱し、その結果、出産と同時に死にました』
「おかしいだろそれっ!」
あまりの理不尽さに勇人青年は怒鳴り声をあげて激昂なさいましたが、シリウス青年は相変わらず探るように眼を眇めるだけに留まりました
「…だからお前は引き取られたのか」
『いいえ、確かに母さまは慈悲深いお方です、そういった憐れみの感情があったことは確かでしょう、けれどその様な出生の者はどこにでもいる、珍しくも無いことです、本人が犯罪者でもない限り神殿に引き取られた子供は差別されることもありません、他人に興味など持たないようにするのですから』
「珍しくもないって…っ」
貴方の故郷は随分と平和なようですね、と呟いた彼は、す、と器の破片を握ったままの手を、勇人青年の眼の高さまで持ち上げました
ゆっくりと開かれた手のひらから、ぽろぽろと破片が零れ落ち、灯りが届かず月明かりのみの薄暗がりの中でも、血が滴るのを彼の眼に示したのでございます
『コレがわたしが母さまに引き取られた理由です』
勇人青年の眼の前で、その傷口は蠢き、見る間に塞がっていくではございませんか
「おまえ、つちの…」
『そう、そして素質を持っています』
彼は……
シリウス青年は
土の継承資質保持者で…、ございました




