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『神属には記録上かなり初期の古いものの中に我々を戒める為に脚色改竄されずに残っている記録があります、原初の神子から何代目かは分かりませんが神属する姉と血の繋がった一般人の妹の記録です』
「ああ…そういう訓戒があるとは聞いた、内容は知らないが」
『元々浄化の力というのは、四元素の力とは相反するものです、火・水・風・土、これらは影響を与える力であり、浄化は影響を消し去る力です』
「それで魔属化した人間は元に戻るのか」
『ええ、この相反する要素は心身ともに安定を妨げます、特に浄化を行う時、その力は澱みに留まらず継承者自身の持つ四元素をも消し去ろうとします、これによって生じる反発の影響は勿論人格にもおこります、不安定な己の心を常に感じ、だからこそ縋る相手を見つければ度が過ぎる程に依存する、ですから継承者の傍にはその姉妹の代までは常にその心を支える人物が寄り添っていたのです』
「この訓戒の場合は…その妹…か?」
シリウス青年は僅かに頷いて言葉を続けなさいました
『その巫女は澱みに侵され魔属化した人間の手によって、たった一人の血縁である妹を目の前で惨たらしく喪ったそうです、それは女としても、人間としても、その尊厳を根こそぎ破壊する、そんな凄惨な最後だったそうです、当然のことながら最愛の妹をそんな風に喪った巫女は瞬く間に精神の安定を失い、次第に澱みにとりこまれていきました』
「……ああ、それで?」
『不安定になった巫女は勿論浄化を行うことができず、かと言って他の継承者からの浄化も意味がありません、根本的問題が解決したわけではないので すぐまた澱みに侵されるからです、しかしそれよりももっと深刻な問題は、その力を次代に移譲できなくなったことです』
「なんでだ?」
『精神状態が悪化していたからです、現実を、認識できなくなっていたんですよ』
「そこまで…」
『そこで巫女の意識を現実へ呼び戻す為に高名な魔導師に頼み込み、彼女の慰めになるべく異界人が召喚されたのがそもそもの始まりだそうです』
「……」
『最初は良かったそうです、魔導師に説得されて招かれた異界人は容姿こそ似てはいないものの人間性は亡くなった妹によく似ており、巫女を親身に慰め彼女の心の澱を祓い、巫女は元の様に浄化を行える程にまで精神を回復し、早々に巫女の心身を休める為に次代への移譲を済ませ、事態は収束できたかのように見えました…』
「見えました…?」
勇人青年の疑問に、彼は然もない風に口を開きました
その口から語られたのは、なんとも後味の悪い話しでございます
『立ち直った巫女は、異界人を還す為に魔導師が再び訪れる日が近付くと、あの手この手で彼女をこの地に留めようとした、甘言、懇願、脅迫、精神的に、あるいは肉体的に、脅迫の為には彼女が親しくしていた人物に危害を加えることすらあったという話しです、巫女の境遇を憐れに思い我が事のように涙するほどの慈しみの心を持った異界人は、巫女を拒絶しきることもできず、とうとう彼女は…』
その先は、言葉を聴くことはなくとも勇人青年にも容易に想像することができました
「自殺を…したのか…?」
『…妹を喪った巫女を想えば自害もできなかったそうです、消化できないジレンマを抱えた彼女は、とうとう精神を壊してしまったそうですよ』
「そんな…」
『巫女はそれを悲しむどころか大いに喜んだという話しです、等身大のままごと人形か、悪く言えば屍か、そんな状態の彼女を喜んで甲斐甲斐しく世話を焼いたそうです、ですが当然のことながらそれは許されなかった』
「…まどうしが?」
『そうです、魔導師の怒りを駆った』
ふ…、と微かに哂うシリウス青年が空の器を差し出したので、勇人青年はそこへ酒を注ぎ足しました
あまり正気では聞きたくは無い話しでございます
『異界人を取り上げられた巫女は罰を受けました、五感全てが巫女に悪夢を見せ続けるようになったそうです』
「あくむ?…どんな」
『巫女がどんな悪夢を見たのか、それは想像でしかありませんが、記録に残る彼女の悲鳴の内容を考えれば容易に想像はつきます、恐らく妹を喪った時の記憶を巫女は永遠に見続けることになったのでしょう、魔導師によって狂うことは許されず、目を塞いでも凄惨な光景は消えず、耳を塞いでも悲鳴は途切れず、肌に飛び散る血の感触も、匂いも、なにもかも、そのままに、恐らく巫女は永遠に助けることの出来ない妹の姿を見続けることとなった』
「…みこは…どう…」
『…死にました、覆っても見えるのなら目を、塞いでも聞こえるのなら耳を、拭っても血の伝う感触の消えない肌を、爪を立て、掻き毟り、自分を傷つけ、最後には死んでしまったそうです』
「そう…か……」
『それ以降、継承者を含め神属は情という情を削ぎ落とした環境で育成されることになりました、初めから情を知らなければ精神が不安定になることも少ない、まぁ何かの折に集団行動をする際は団体内で役割が自然発生し擬似的に姉妹関係のようなものが生じることもありますが、それは誤差の範囲です、相手を気遣ったり心配したりなどという素振りは奉仕活動中に聞きかじった情報を真似ているだけで、あれだけ姦しく騒いでいても依存関係ではありません』
「ウチの巫女たちのことか…?」
『貴方の懐かせ方が上手いので真似ではなくなりつつあるようですから、発覚すれば後で処理される可能性があるかもしれませんね』
「?!、処理って、まさかあいつらの記憶を消したりとかか!」
その問いには薄く笑むだけで答えずに、シリウス青年はそのまま続けなさいました
答える気配が微塵も無い様子に、勇人青年は不承不承耳を傾けたのでございます
『あとは大規模な浄化の際にだけ異界から適した人物が呼び寄せられ、継承者がおかしくなる前に予めほんの少し歪められます』
「あらかじめ…歪める?」
『継承者が好む傾向の人物を何の加工も無しに傍に置けば教育を施しているとはいえ二の舞になる可能性はありますからね、ですからそうなる前に異界人に加護を付与し継承者に与える印象を先に歪めておきます、本来の異界人に好意を寄せるわけではないので相手が去る時にはそれが解消され、波が引くように感情は元に戻る、後には感情を揺らす者はどこにも無く、元のように安定した継承者だけが残るのです』
異界人に与えられる加護に魅了めいたものが含まれるのはそのためでございましょう
つまり、あの巫女たちの眼に映るイマガミミカドは勇人青年が見たソレとは異なるのでございます
『だからこそカミシロ、貴方は確実に故郷へ還ることができる』
此処に残ってもらっては困るのだから、と その第三の眼は如実に語るのでございました




