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『巫女たちは上手く貴方に懐いていますね』
「上手く?」
『本来、アマノリュウセイが来ていたならば、あちらの巫女たちのようになっていた筈です』
「……あぁ」
随分と遠いところから会話が始まりはしましたが、彼が嫌味以外で話すことはあまりないのと、意味の無い会話はしないことは分かっているので勇人青年はそのまま続きを促しました
『恋愛沙汰でなくとも、度を越せば似たような状態になっていたことでしょう、ですから"上手く"懐いていますね、と』
それは勇人青年も感じ取っていたことでございます、現状の外見は兎も角として十二歳の巫女ミアプラは少し幼い程度で許容範囲でございますが、他のお二方は十七歳と十五歳、こちらでは結婚適齢期であり既に子供がいてもおかしくはない年齢でございます
けれども、普段の様子から分かるように、その内面はとても未熟でございました
『神属者は大抵、依存心が強い傾向にあります、その相手は異性に同性、関係性は様々にありますが、特に親、それも母親に対して強い拘り…執着を見せます、原因は勿論、その育成環境にあります』
「育成環境…?」
『神に感謝し、その恵みを万人に分け与えよ、そう奉仕するよう教育されます、当然懇意の者に対し贔屓するようなことは許されません』
「そりゃ…まぁ…そうなんだろうな」
平和と平等は大概の宗教が掲げる最もメジャーな目標でございましょう
勇人青年にはわざわざ敢えて前置きするような事柄とも思えません
『ある程度の年齢になってから神属する者は外界の経験がある分違ってきますが、物心つく前から神殿で育てられた者はその辺りの環境を徹底的に制限されて育ちます、その最たるものが乳児期から幼児期における世話です、世話は同じ神殿で育つ世話される者よりもある程度歳上の子供が情が湧かない極短期間で交代で行います』
「え、子供が赤ん坊を世話するのか?!」
『ええ、所謂"愛情"を向けられたことの無い子供が自分よりも年下の子供を世話するのです、大人、特に女性は母性が発露しやすい、だから特に念入りに遠ざけられます』
「なんだよ、それ…」
『贔屓を生まないためです』
「贔屓って……子供が死んでもか?」
『そうです』
「…無茶苦茶じゃないか」
子供、特に乳児や幼児はいつ何をしでかすか予測が付かず育児には様々な危険が伴い気を抜く暇など殆ど無いことは、祖母と共に幼い弟妹の世話をした勇人青年は嫌になるほどよく存じております
しかし、彼の傍には常に祖母と忙しくとも両親がおりました、自分の親と自分を育てた、その経験があったのです、けれどもシリウス青年の言葉は、そんな危険よりも全く別の物事に要点を置く神属者の異様な側面を露わになさいました
『全ては平等の為に行われる教育ですが、当然のことながらこれは矛盾によって歪なものになります』
「いびつ…」
『自分達が神に代わり慈悲を与える対象がどんな者達なのか、それを知るために近隣の村々の者達と合同の奉仕活動が少なくとも月に一度の頻度で行われます…勿論合同と言っても同じ年頃と性別でひと括りにされ巫女や神官たちに里心をつかせにくくした上で…ですが、子供の関心ごとというのは異性に興味が出てくるまでは比較的親兄弟に比重が偏るものです』
「そう…だな…そういえば、そうだ」
『かく言うわたしも散々聞きました、一応彼らはそういう話は控えるように言われ わたし達もそういった話題は振らないようにとは言われていますが、親兄弟の話しというのは無意識に出てくるものです』
そして彼らは矛盾に気付くのでございましょう
「聖職者と一般人は…平等じゃ……ない」
『その通りです』
そういう面で言えば、わたしは恵まれている方なのでしょうね、間違いなく、シリウス青年はそう言って手元の酒を飲み干し、勇人青年の手から酒瓶を取り上げると、一度も酒の注がれていない彼の器と空になったご自身の器を再び酒で満たしたのでございます
「…なんで、そんなふうにするんだ」
『大多数の神属者は関係ありません』
「はっ?」
『ですが、継承者には必要なことです』
「継承者って、力のか?」
『ええ、しかし精神的な影響面を考え継承者だけをそのように扱うわけにはいきません、"このような扱いを受けるのは自分だけではない"という目眩しです、規模が大きいか小さいかだけの話しですよ』
「ばかげてる……」
『否定はしません、では話しを継承者に絞りましょう、…カミシロ、貴方は聞きませんでしたか? なぜ異界人が呼ばれるのかを』
苦く重苦しいものを無理やり流し込むように酒を飲み下した勇人青年を、シリウス青年は眼を眇めて眺めつつ問うたのでございました
「聞いた…、巫女の精神安定のためだって…違うのか?」
『いいえ、それについては嘘偽りはありません』
巫女の方々の心の負担を軽減させ年頃の女性らしさを、更に言うならば人らしさを、大事な心を失わせないよう慮ることのできる者の支えの手が必要なのだと、その為に異界人は呼ばれるのだと、勇人青年はそう聞き及んだことを思い出したのでございます




