10
「ハジメマシテ、トシハイクツ? オナマエハイエルカナ?」
「い、今上帝、15、外交官の息子だ」
勇人青年が作文を読むように感情を込めずに尋ねれば、流石に揶揄されたのが分かったのか、 むっとしながらも彼は名乗りました
15歳とは言え、体格はシリウス青年ほどでないにしろ勇人青年よりも恵まれており、恐らく染めたりカラーコンタクトではなく見たままの容姿なのだとすればそれも納得できるものではございます
「あぁ、そう(親の仕事で圧力か? 苗字だけならまだ普通だが、わざわざこんな名前付けてるようじゃ親も親だな)俺は神代だ、そっちは?」
「さ、さ、佐倉真由子、こ、高校一年生ですっ、み、帝くんとは幼馴染で、あの、彼がごめんなさいっ、帝くんはハーフのせいかちょっと」
「あぁ、生まれは関係ない、こういうのは躾の問題だ、それに佐倉さんが謝ることでもない、君はこいつの親でも姉でも保護者でも無いだろ?」
「おい、なんだよその言い方っアンタ失礼にも程があるだろっ」
「失礼? へぇ、そう、じゃあお前流の礼儀に則ってやろう"見た目が多少整っていようが中身がコレじゃ価値もマイナスだな"」
「なん、テメッ!」
「あぁそうそう捕捉しといてやろう、わざわざ召喚されるくらいだからきっと勉強も運動も人並み以上に出来るんだろうな、でも"勉強が出来るのと頭が良いのは別カテゴリ"で"親の肩書きが役立つのは大概 脅迫かコネ入社か見合いの時くらい"だ」
「ッ?! ちが、」
「違ったか? 本当にそんなつもりが無かったか? お前は卑怯者じゃないか? お前の幼馴染に誓って?」
"脅迫"という言葉にイマガミミカドは血の気が引いた様子でございました、今まで散々そうして人間関係を掌握してきたのでございましょう
自身が持つ整った容姿と高い学力に運動能力は、異性からは好まれ同性からは妬まれるのはいつものこと、理不尽な言い掛かりを付けられることもしばしばございました
けれどもそんな相手も、彼の父親が外交官だと分かると自分に対する敵愾心を収めるのでございます、ですから彼は幼い頃からずっとそうしてきたのでございましょう、そうするのが一番円滑で楽ですから、なぜそうなるのかと考えもせずに
そして"お前の幼馴染に誓って?"という言葉も、理解力の高い彼にはすぐにその意味が分かったようでございました
たった十数年の短い人生のその殆どを、親よりも、誰よりも長く彼女と過ごしてきたのでございます、彼女は誰よりも多く聞いたに違いございません
"外交官の息子"という言葉を、彼がどんな時にその言葉を使ってきたのかを、その結果がどうであったのかを
『もう我慢できない! さっきから聞いていればユーシャを咎めることばかり!!』
『浄化の一行が出立すればそれは各一行に周知されるから貴方のことは知っているわ、貴方も、それにマユコも役にも立たない招かれざる客人であるのだからでしゃばらずに大人しく神殿で奉仕活動でもしていればよかったのよ』
『いくら何でも暴言が過ぎるぞエリダヌス、アクィラもだ、最初に不躾な態度をとったのはこちらだ、それに今はマユコのことは関係ないだろう、どうしていつもお前たちはそうなんだっ』
『お黙りなさいハダル、あちらの肩を持つのですか』
『マヨールまで!』
一方的にイマガミミカドが詰られている姿に耐え切れなくなった相手方の巫女たちは、なんとも教養の無さを感じさせる態度をご披露なさって下さいました、それを流石にまずいと感じたのかあちらの神官が窘めると、火に油を注ぐように今度は仲間内で言い争いを始めたのでございます
(これが加護の力かよ、えげつないにも程が在るだろ)
勇人青年の眼には神の名の下に平等と平和を説くはずの聖職者が理性を失い、道理を見失い、彼らが最も忌避しなければならない筈の堕落に身を委ねる姿が映ったのでございました
勇人青年を咎める言葉に引き合いに出されるサクラマユコが普段どんな扱いを受けているのかも容易に想像できるありさまでございます
イマガミミカドの先ほどの言動を思い出せば、彼が彼女を庇っているなどということも無いのでございましょう、無意識に吐き出される暴言は、このセラスヴァージュへと渡ってくる前からと考えることもできました
彼女を庇護しているのは、窘めようようとした神官と、今まさに涙ぐむサクラマユコを慰める獣人の二人だけなのでございましょう
彼女の幼馴染の筈のイマガミミカドは、彼女が慰められる姿を眼にしても巫女たちが言い争う姿にうろたえ、どちらへ行ったらいいのかとおろおろとするばかり、その上、時折 神官を睨みつけてさえいるのでございます
「佐倉さん大丈夫か?」
「ひく、ぅ、だいじょぶ、です、ありがと、ございます」
『すまないマユコ、わたしのせいだ』
「うぅん、カネスのせいじゃないよ、あの、神代さん、この人はカネスです」
「ああ、初めましてカネス、神代だ」
『カネスだ、争いごとを持ち込んですまない、最初はそちらのマサムネと以前一度縁があって、それで話していただけなんだ、それがどうしてこんな…』
「帝くんが、柴犬で獣人とかすげぇって騒いで、それで他の日本人がいるなら顔見に行こうって」
「なるほどそれでか、いや、あんたは悪くないよ、それよりも佐倉さん、そっちに居るのが辛いならこっちに来るか?」
「…大丈夫です、心配してくれてありがとう神代さん、確かに帝くんはこっちに来てからなんだか、その、ああいうこと前よりもいっぱい言うようになったけど、でもカネスと、その…、彼が…、ハダルさんが庇ってくれるから」
「そうか、ならいいんだ、良かったな」
ほんのりと顔を赤くした彼女を見て、勇人青年はだいたい察したようでございます
つまりイマガミミカドはこの幼馴染のことを憎からず想っているのでございましょう、今までも故郷でこのようなことがあったに違いございません
アマノリュウセイの召喚に際しては相手の承諾があったと聞き及んでおります、ですから恐らくイマガミミカドも承諾をしたのでございましょう、そして幼馴染を残していっては知らないうちに虫が付くかもしれないと(まぁ元の時間軸に戻れるはずですのでソノ辺りは男心だったとしても)故意に彼女を巻き添えに……
それが故郷では類を見ないほどの美女に取り囲まれて増長し、さらにサクラマユコを庇う神官の姿を見て己の所業を棚に上げ暴走したのでございましょう
「(でももう無理だろこれ、前どうだったかは知らんが今は完全に彼女の気持ち離れちゃってるもんなぁ…)えー…あー…(何か別の話題でも…)あ、そういや勇者でもないのに何で勇者とか呼ばれてんだ?」
「あの、それは、自己紹介の時に今上帝は仮の名で真名は勇者だ、って…それで…」
「あー…(厨二病も患ってんのかよ)」
『それで? 耳に煩わしいこの状況にいつまで甘んじろと?』
「あ、悪い悪い、早くケレスさまのとこに戻りたいんだよな、分かってる分かってる、えーと、キミらだけでも中入ってお茶でも飲んできな、あの神官が迎えに来るだろうからさ」
「おい! 勝手なこと言ってんな! 真由子はそんな奴らほっといてこっちに来い!」
「なんだ、他人の会話盗み聞きする余裕はあったのか」
「ンだとこのやろう!」
イマガミミカドの注意が逸れると、目敏くも早々に気付いたのか争いの火は再びこちらにまで廻ってまいりました
なんともお忙しいことでございます
『何で引き止めるのよユーシャさま! そんな役立たずそのまま向こうに引き取ってもらえばいいじゃないの!』
『その通りだわ、戦えもしないのに色目を使うことだけは一人前のこんな女っ』
『まだそんなこと言ってるのかお前たち!』
『カミシロ、アマノリュウセイでなくて正解でしたよ』
「あ? なんだよシリウス唐突に」
『母さまはこれまでにも何度も浄化の旅に出ましたが、この巫女たちのように醜い姿を晒した事は一度も無かったそうですよ』
『なんですって? 今の言葉は聞き捨てな、…は…破戒僧シリウス!』
初めてシリウス青年に気付いた相手方の巫女は、ざっと血の気の引いた顔を晒し怯えるように数歩後ずさるのでございました
しかし破戒僧とは、なんとも言い得て妙な表現ではございませんか
『ですからもし今回の浄化でアマノリュウセイが来ようがわたしは気にも留めなかったでしょう、しかし今、万に一つもこのように醜い姿を母さまに負わせることになっては、と 心の底からぞっとしました』
"本当に、来たのが貴方で良かったです"と勇人青年では無く相手の巫女たちを見下すシリウス青年の極薄の冷笑の効果は絶大でございました
そこで見事、諍いは強制的に終わったのでございます
今回ちょっと長かったですね、区切りのいいとこまで書いたら大分オーバーしてしまいました
それにしても今上帝()、帝単体でも充分ヤバイのに現代ではこんな無礼な名前付ける親がホントに居るかも知れないんですよね(ウワー。コワイナー。)
念のため捕捉しておきますが今上帝とは"当代の天皇陛下"のことを指しています、正気を疑われますのでリアル今上姓の人はお気をつけください、いやマジで
文字代えて御門くんとかでも恐らくアウトですから創作上のキャラ名なら兎も角、現実ではホントお気をつけて~!
(とか言いつつ自分で現人神神也とかいうぶっちぎりのDQ名を使ってみる冒険心)
しかし名前の問題は本当に深刻ですよね、子供の名前考える時は自分がそう呼ばれることを何回もシュミレーションしたり、可能なら知り合いに協力してもらって暫くその名前で呼んでもらうとかして嫌悪感が無いかどうか検証してからがいいかもしれませんね、ほんと
あ、深い付き合いの無い友達とか知り合いは、良くても悪くてもイイナマエダネーって社交辞令するのがデフォルトの処世術なので参考にはならないです、多分
深い付き合いでも優しさのベクトルが違うとイイナマエダネーです




