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さてさて、勇人青年は手製の菜箸を使って鍋から煮込んだ芋を取り出すと、まずはご自身で味見をし、次にスプーンに一欠け芋を載せるとそれをシリウス青年に手渡し、彼は相変わらずもぐもぐとする義母、巫女スピカの口元へとそっと差し出しました
彼女の口がそのまま開かれることはなく、スプーンを受け取って自力で食べるその姿にシリウス青年は何時ものようにがっかりとなさっていましたが、巫女スピカは気に止めることもなく
そっと煮物を口に含み、ゆっくりと咀嚼なさってからしっかりと頷くと、勇人青年はほっと一息つき、できた煮物を人数分の皿に取り分けはじめます
特に分量には気を使っているのがよく分かる慎重具合でございましたが、可能な限り差が無いように気をつけなければ、誰々の方が多く食べた!、と喧嘩になるのでございます
勿論若い巫女お三方のことでございますが、子供らしくて大変よろしいのではないでしょうか、たとえ外見は脳筋王子と色街覇者に生ける屍で、中身としては二人ほど世間的に既に結婚していてもおかしくは無い年齢だとしても
「おーい、昼飯できたぞーっ手を洗って集合ーっ」
『『『!!、はーい!』』』
『わぉうわん!(父ちゃんおれも食べてくる!)』
「あぁ、気をつけてな」
路銀稼ぎの為に剥ぎ取った魔獣の毛皮や牙などを付加価値を高めるため浄化と加護を付与していた巫女の少女たちの背中に声を掛けると、すぐさま元気のよい返事が返されました
一方で正宗は結局生肉を好む嗜好は変化しなかったようでございます、一人 食事の為に森の中へ入っていく彼もこちらへ来てもう六ヶ月、故郷での月日に照らし合わせれば彼ももう立派な大人でございます、身の丈は勇人青年と同じくらいでございましたが、その体つきはとうてい一般人とは思えない程に逞しく成長しておりました
手を洗って集まってきた巫女たちの爪の間まで赤い汚れがないかどうかを確認し、綺麗に洗浄されたことを確認した勇人青年が"よし"と言うと、巫女たちは順に食事を受け取り美味しそうに食べ始めました
手に入る食材と、味を確かめる巫女スピカの関係で、母から指導を受けた所謂ところの"最近の料理"の登場頻度はかなり低く、祖母の料理をする姿を見て覚えた和食ばかりが活躍する食事品目でございましたが特に不満の声は無いようでございます
勇人青年らの影響で使い始めた箸を握り箸状態で刺すようにしてぎこちなく使いながらも食べる不器用なその様子も、指が思うように動かずボキボキと箸を圧し折ったり、零さないうちにと慌てて口に入れた勢いで箸先をベキリと噛み砕いていた頃に比べれば随分と上手く扱うようになったと錯覚さえ感じる勇人青年でありました
たとえドスリと箸を突き刺す姿が箸ではなく何か別の鋭利な刃物だったとしても違和感など全く感じられない姿であろうとも
(箸と言えば……こいつは随分と上手く使うんだよな…最初から当たり前のように)
巫女プラウ協力の下に ほろほろと口の中で崩れるほどに柔らかく煮付けた甘辛い肉を口の中に放り込みつつ眺める先には、美しい所作で器用に箸を使いこなし巫女スピカに"あーん"をして拒否されるシリウス青年の姿がございました
勿論、箸の扱い方など今まで見たことも無かったのに早々簡単に習得できる技術ではございません
手が不自由なために現在はスプーンを使用しておられる彼の義母 巫女スピカが教えたと考えるのが妥当でございましょう
巫女の少女たちが最初は珍しそうに食べていた和食風の味付けもお二人は違和感無く受け入れていたようでございました
シリウス青年が保養地での買出しで醤油風味の豆を買う勇人青年にそれを買うのか と尋ねたのも、義母によってそれを使った食事を食べていた経験があったからでございましょう
もっとも彼が幼少期を脱した頃には かなりの高齢の彼女を心配して火や刃物を扱うのを嫌がり、勇人青年と合流するまではシリウス青年がご自身で料理を作っていたようではございましたが(彼自身の前衛的料理が受け入れられなかったのは兎も角として)
では巫女スピカが勇人青年と同じように地球からこちらへ喚ばれた異界人なのか と問われれば、それも違うように見受けられます
顔の造作は老いて張りが無いとはいえ日本人のそれではないことは明白であり、髪色は薄れてはおりましたが薄い橙色でございます
赤味の濃い金髪と言えなくもございませんが、少なくとも日本人である可能性は少ないでしょう、何より彼女の年齢は既に数百歳、地球人類としてはありえない寿命でございます
(まぁ浄化に関する召喚は何度もあったみたいだし、以前に来た日本人が広めた可能性もあるよな、日用品で見つからなかったから箸は手作りだけど)
『おかわり』
『わたくしもお願いしますわ』
『はぐ、ひゅぐ、ぼ、ぼくもおねがぇぐうっふげぇほがほ!』
「あーもー慌てて掻っ込むからだぞ、ちゃんと全員分おかわりあるんだから皆もっとよく噛んでゆっくり食べろ、消化に悪いぞ、お前はお前で無言で差し出すんじゃなくてせめて一言くらい何か言えよ」
『何か』
「……嫌味以外に開く口は無いってか」
『驚きました、察することができたんですね』
「……。」
他の巫女に先を越されて慌てて掻き込んだことで落ち窪んだ眼をぎょろりと見開き死病に侵されたような苦悶の形相でえずく巫女アプスの背中をとどめを刺さんとするかのごとく左右からどんどんと叩く巫女二人、そんなお三方から微妙に視線を逸らしつつ彼女たちの器に追加を盛り付け、続いて勇人青年は無言で差し出されていたシリウス青年の器を受け取りつつお小言を言いました
普段は殆ど話さず、たまに口を開くとほぼ漏れなく嫌味が付与される彼も、食事に関しては彼の義母スピカが味見を勤めている関係か文句が無いのが救いでございましょう
因みに、このように和やか(かどうかは個人の主観にもよるとは思いますが)に食事をしてはおりますが、ここは小一時間ほど前に出来たばかりの更地で、周囲の木は斬り倒されたり薙ぎ倒されたりして端々が炭化しており、そこかしこの大地は抉れ、巫女たちが路銀確保の為に諸々を剥ぎ取った"残り"がそこかしこに転がっておりました
いくら浄化し巫女スピカが元に戻すとしても食事をする環境ではないことは確かでございます、勇人青年は見なかったフリで凌いではおりますが、彼的には本心では散らかした物(比喩的表現)は食事前に片付けて欲しいと毎回思っているのでございました
(まぁ若干一名ほど、戦闘にも食事の支度にも関わらないヤツがいるけどな、誰がとは言わないけどな!)
寧ろ食事の支度は関わったら命が危ない気さえしますが、一体それは誰のことでございましょうね