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『何ですかこれは』
「黒板だ」
『わたしの眼は貴方と違い節穴ではないので、見れば分かります』
「俺の眼だって節穴じゃねぇよっ、それは置いといてさっき巫女たちに纏わり付かれてた俺はどんな風に見えた?」
『ああ、つまりそういうことですか』
つまり、視認できないまでも絵でくらいハーレム状態を経験したいということなのでございましょう
余程、彼の雄染状態は深刻らしく、せめて少しでも真実の姿を眼にし精神の均衡を保ちたいということでございますね
一足先に入浴を済ませた彼は巫女スピカから筆記具を借り、シリウス青年が入浴を終えるのを待っていたのでございます
(五感からの情報の侵食がヤバイ、本当の姿とか一時間にも足りないくらいしか見て無いし、時間的比重もだいぶ偏っててそろそろ女の子だってこと忘れそうだ…、このままいくと女の子なのにオカマ…じゃなくて最近の表現だと男の娘か? ソレ扱いとか男…いや漢扱いとかしそうでマズイ、流石にソレは十代の多感な年頃の女の子にはやっちゃダメな対応だろう……)
勇人青年から黒板と白墨を受け取ったシリウス青年は記憶を手繰り寄せ、カリカリと先ほど買い物から帰ったときの様子を描き始め、その手元は迷い無く彼の見た真実の光景を浮き上がらせたのでございました
さてその出来上がりと言えば流石に美男子、イケメンなどという流行の軽い表現ではなく正統派の表現が似合うだけはあり、芸術の才能もなかなかのものでございます
「こ…これは……!」
前衛的でございました、凡人には理解出来る筈もございません
「いや、これ、上なのか横なのか、こ、こう? こう見ればいいのか?」
『貴方の三半規管は存在すらしていないのですか?、こうです』
「あぁ、こうね、こう……(いやぜんっ…ぜんわっかんねぇよ!)」
流石に写真レベルの写実画を期待していたわけではございませんが、人間かどうかどころか描かれた人数さえ不安になるような前衛具合でございます
その上、何やら想像すらつかないものまで描かれており、勇人青年はますます混乱したようでございました
「なぁ…この、これ、これなんだ?」
『術ですね』
「は?」
『巫女たちを覆っている術です』
「お前、そんなものまで見えんの?」
『この眼はそのためのものですから』
「へぇ…なんか混乱しそうだな、いや元からだから混乱とかないか」
『慣れました』
「え、じゃあそれ後天的なものなのか?」
けれどシリウス青年は、勇人青年の素朴な疑問に極薄の冷笑を返すだけでございました
*** *** ***
二日後、保養地を空ける準備の整った面々はそれぞれに荷物を背負っておりました
特に体力のある幼獣正宗と巫女たちは、南方に行かなければそうそう流通していない調味料だということで買えるだけ買ってしまった方がよいと判断し奮発して買い占めた醤油風味の豆の入った大きな瓶と、その他に見つけた やや塩気の足りない味噌の大瓶、その他の調味料などをそれぞれ背負っており、特に巫女アプスはその姿から何の拷問を受けているのかと恐怖に震えるような有様でございます
因みにシリウス青年は巫女スピカが腰掛けた背負子を背負っており、肩には彼女の為のたっぷりの荷物とご自身の僅かな荷物を持ち、それ以外の荷物は一切持っておりません
「えーと、忘れ物は無いな……ん?」
保養地の中心に大通りに面して設けられた巫女スピカの分社の前に立ち、ざっとそれぞれに持った荷物を見回していた勇人青年は、周囲を遠巻きに囲むようにしてこちらを眺める人々の姿に気付いだようでございました
(あー、そういやそうか、外見上は種類の違うイケメンが三人もいるもんな)
意識のある状態で巫女たちと街中に出るのは今回が初めての勇人青年は、はじめてこの現象に出くわしたのでございます
同じ美形でもシリウス青年と買出しに出た時には、彼は元々この地に生活していたせいか、ここまで注目されるということは無かったので美形が人の目を惹くという現象を勇人青年は初めて見たのでございましょう
特に巫女ミアプラの現在の外見は聖職者に肝心のストイックさとは真逆のもので、たまたま彼女と眼が合った(と思い込んでしまった)女性などは
『あぁん…っ、わたし、授かっちゃったかもv』
(おいおいおいおいおいおいおいおいっ)
よろめきながら乙女座りで座り込み、想像妊娠までする始末でございます
『おぉう…っ、オッサンも授かっちゃったかもしれんv』
「(ぎゃぁぁぁああああア゛ア゛ア゛!!)早く出発しようすぐ出発しよう今出発しよう!!」
続いて筋骨隆々の頭頂部以外は毛深く且つ脂ぎったオッサ…中年男性も視認に耐え難い恍惚とした表情を浮かべてよろめきながら乙女座りで座り込みズボンの裾から毛皮と見紛う程に豊かな脛毛を披露した姿を眼にした勇人青年は、悲鳴をあげるようにして面々を急かしたのでございます
幸いなことに他の面々は衝撃的なその様子を見ることはございませんでしたので、不幸なことに勇人青年はその恐怖を分かち合うことが出来ず、その後暫く独り悪夢を見続けることとなったのでございます
こうしてやっと浄化の旅が始まったのでございました