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(怒られてしまいましたわ)
(カミシロが加護無しだとは気付かなかった)
(空を移動して、ぜぇ、浄化予定地手前まで、ひぃ、一気に移動して、おぇっふ、時間を長く取る作戦は、ぐぇっふ、失敗でひゅねぇえ゛っふげぇふごふ!)
有り難いお説教をいただいた巫女たちは、念話をしながらもごりごりと擂り鉢で薬草を丁寧に擂り潰し、薬草を仕分け、乾燥させ、調合する作業をしておりました
その頭にはそれぞれ立派なこぶを頂戴したようでございます
その一方で土の巫女スピカはあいかわらずお口をもぐもぐとなさりながら、時折隣に控える樹木から吸い飲みを差し向けてもらいお茶を飲んでいらっしゃるようでございます
巫女たちの頭部の立派なこぶはこの樹木によって作られたもので、普段は吸い飲みを差し出すのを初めとした食事の介助や移動などは必要ないと言ってもシリウス青年が申し出るのでございますが(移動や力仕事以外は大半が断られるとしても)、入浴や生理現象、彼が席を外したときなどはこうして樹木を操ってご自分で問題なく過ごしておられるのでございます
(…でもカミシロ殿が瀕死になった時のことを思い出すと)
(これはもう確定)
(あの胸を引き絞られるような痛み、これが噂通りなら、げふっ、間違いないでひゅっごひゅっ)
なるほど、たった二日の人間関係でも立派に芽生えるものがあったようでございます
(((そう、普段は口煩くて煩わしく感じるのにいざ怪我や病気になったら心配せずにはいられないというお母さん!!)))
咒いでも幻術でも催眠でもなく超自然発生的愛情込みの紛うことなきハーレムでございます、なんということでございましょう、加護もチートも知力も体力も魅力も無い彼になんとハーレムが…!
しかも現在の視認状態は兎も角として真実は高レベルの美少女揃いでございます、これがまさか奇跡…いえ、何かの罠やも知れません、ここはぬか喜びなどせぬよう気を引き締めて高みの見物…いえ、見守っていこうではございませんか!!
(この推測は恐らく間違いでない、奉仕活動時の村娘たちの証言と一致する)
(ええ、親は、特に母親は口煩いという話ですわね、わたくしも耳にしましたわ)
(身嗜みに、げふっ、気をつけるとか)
(女は腰を冷やしてはいけないと言われた、今巻いている腰のケープもその一環)
(食べる時の作法もそうですわ)
(ちゃんとすると、褒めて、なでなでしてくれまぶぅげぇっぶぉっほ!)
(残念なことに、おんぶは最初に山を降りた時の恐怖から無しになってしまいましたが、手は今でも繋いでもらっておりますわね)
(村娘たちは母親が口煩くて嫌だと言う割りに嫌そうな顔ではなかった、あれが"愛される子供"だとすれば)
(わたくしたちは)
(今まさに)
(((愛される子供…!)))
どれもこれも総て勇人青年がご自身の精神衛生上の問題から強く必要性を感じ、年頃の娘のデリケートな心を傷付けないよう頭を雑巾のように絞って考えた注意事項でございました
しかしそんなこととは露ほども察することの無い巫女たちは何やら怪しい恍惚感に陶酔しているようでございますが、犯罪行為に走らない限りは個人の思想は自由なものでございます
この場合総ては見なかったことにして明日の夕食のメニューでも考えるのが建設的というものでございましょう
お三方の現在の姿での恍惚とした表情と悩ましげなポーズは視覚的にも精神的にも中々の破壊力でございましたが、まことに幸いなことに巫女スピカは老眼でございましたのでその精神力が試されることはございませんでした
「ただいま~、奮発して調味料結構買ったから次回からもうちょっとレパートリー増ぇあぎゃぁぁあああア゛ア゛ア゛ッッ?!」
しかし満足のいく買い物を終えて戻った勇人青年はやや精神の鎧が綻びており、その視覚的試練の直撃を喰らったようでございました
比喩的表現で付け加えるならば、定番の"買い物から帰った母親に「お帰りなさいお土産は?!」攻撃"も充分にその威力を発揮し、勇人青年は物理的にも試練を受けることとなり、またも巫女スピカの世話になったのでございます
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「あ゛ー…生き返る…いや比喩じゃなく本気で」
『女難の相でも負っているのではありませんか』
「シャレにならないからそういうこと言うのやめろ、マジで」
さて、一行は土の巫女スピカの出立の準備が整うまではこの保養地で足止めでございます
巫女たちの説明によれば、他の属性の巫女はそれなりに人数がいるとのことでございましたが、土の巫女に限っては、その特性上 能力の影響力が広範囲に及ぶ為か、力を持つ者は極僅かなのだそうでございます
その為、土の巫女は必ず何処かの保養所もしくは大都市に任地を定められ、巫女不在の折に代任を据えることもできず、任地を空ける際にはそれなりの量の薬剤を作り置かなければならないのだそうで、現在彼らは巫女スピカがその力で栽培した大量の薬草を指示の通り乾燥、調合などをしているのでございました
現在はとりあえず本日の作業を終え、一日の疲れ、特に勇人青年の場合は多大な精神的肉体的疲労を癒すため温泉にその身を委ねているのでございます
動物らしく風呂嫌いの幼獣正宗をなんとか洗いあげ、毛皮の隅々にまで染み込んだ赤黒い汚れを落とすと、きゃんきゃん鳴きながら浴場から逃げ出したその後ろ姿を見送り、彼はやっと一息ついたところでございました
温泉には義母の入浴介助をいつものように断られたシリウス青年も同じく湯船を共にしてはおりましたが、勇人青年が口先だけでなく巫女スピカにシリウス青年に助けられた礼を表したことに驚いた様子で、機嫌が良いかは判断がつきませんが悪くは無いようでございます
『外見に伴わない中身は兎も角として、見た目は一般的基準で言えば美形でしょう、ここは喜び甘んじて受け入れるのが冥土への土産では?』
「中身は兎も角ってお前……あれ? お前もしかして?!」
『何ですか、貴方 頻繁に叫んだり大声を出したりしていますが煩いですよ、深く自嘲して下さい』
「あれ、何か最後のヤツ字が違う気が……いやそうじゃなくまさかお前 彼女達の姿がちゃんとッ?!」
そのまさかでございます
『ああ、そういえば術が掛かっていたようですね、貴方の眼にどう映っているのかは知りませんが、わたしの眼にはそういったものは無意味です』
「ちょっ、ばっ、なっ、ふっざけんなおま、ずりぃぞ自分だけぇええエエ゛エ゛エ゛ッッ!!」
巫女スピカの樹木はドリアード(ドライアド)とかではなく、モロに樹です