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「えぇ…と、買い物って言っても…俺、金を使うどころか街中に来るのすら初めてなんだけど」
『せいぜい騙されないよう気をつけることですね、わたしは強盗に襲われようとも助けませんので無駄な期待はしないで下さい』
「あぁ、うん、早くばぁちゃんのところに戻りたいんだな、分かったから睨むのはやめろ」
『貴方の"ばぁちゃん"ではなく、わたしの"母さま"です』
「あぁ、うん、ケレスさんケレスさん」
『その馴れ馴れしい口を毟り取って差し上げましょうか』
「ごめんな! ケレスさまな!」
勇人青年を瀕死に追い込んだお説教を受ける巫女の少女たちを巫女スピカの住まう分社に残し、瀕死状態から回復した彼と、お説教をする為に邪魔と判断されたシリウス青年、そして幼獣正宗は旅向けの日用品や保存食、調味料の買出しに市場に訪れておりました
「ところでさっきから大人しいけど正宗どうし…あれ? どこいった?!」
『貴方の目は節穴のようですね』
「えぇっどこにぃうぉぉぉおおおおおっ?!」
ゴミを見るような眼で見られた勇人青年が見たものとは…
『さっきの坊やなかなかカッコよかったわ~』
『ホントホント、とっても素敵だったわ』
『坊や将来イイオトコになりそうねぇ~』
『今から唾付けとく?』
『あぁ~ん、サ・ン・セ・イ』
『オネェサンがイイコト教えてア・ゲ・ル』
『うぅ~?わぉん??(いいこと?お父ちゃん喜ぶ?)』
『立派な男になったって大喜びしてくれるわよ』
『わう?!わぉうわん!!(ほんと?!おしえておしえて!!)』
『あらん、勉強熱心ねぇ、まぁ~っ小さいわりには逞しい体つき!』
「やめろ正宗はまだ生後二週間なんだぞぉぉおおお!!」
奥に素行の宜しくない様子の人々がおられる路地裏への入り口で獣人を含め様々な種族の女性に囲まれ、無垢な瞳をきらきらと輝かせ大人の階段を騙まし討ちで昇らされそうになっている幼獣正宗の姿でございました
「ま、ま、正宗、お前何であんなところに?!」
『きゃぉうわん!(女の子が悪い大人に苛められてたから逃がした!)』
「そ、そうか、女の子を助けたなんて偉かったな正宗、それは兎も角として、そんなに急がなくても嫌でも大人になる日が来る、焦ってもいいことは無いんだから、子供のうちは子供にしかできないことを頑張ればいい(やばかった、すっげぇやばかった! こ、これって加護の効果とかいうヤツか? 俗に言うチートハーレム的な…!)」
『きゃんわん!(わかった!)』
『自力で救出できないからと言ってわたしを盾にするのはやめて下さい、救えないのなら大人しく見捨てればいい、仕方がなかったと自己憐憫に浸るのが貴方に出来ることです』
「あぁ、うん、悪い悪い、ケレスさまに、あなたの義息子さんに幼い子供を堕落の罠から救ってもらって凄く助かったってお礼言っとくな」
『とても頼もしい姿だったと付け加えておいて下さい』
『任せとけ任せとけ、さ、正宗はちゃんと服を着直そ…あれ? お前何で服を着て、いや、そもそも何で二足歩行なんだよぉぉおおおおッ?!』
『きゃわん?!わんわんわんっ(お父ちゃんどうしたっお父ちゃんどうしたっお父ちゃんどうしたっ)』
「ちょ、ま、いつ、いつからなんだこれぇぇえええええッ?!」
『耳障りで煩い上に顔も鬱陶しいです、叫ぶならどうぞ奈落の底でお二人で気の済むまでご存分に』
精神の磨耗はあらゆる物事に対し鈍感にさせるものでございます、一日ほど経って今更ながらにやっと幼獣正宗が獣人化していることに気付いた勇人青年でございました
しかし、このように鈍くてこれから先 彼は無事生き残ることができるのでございましょうか
いえ、心配するようなことではございませんでしたね、失礼致しました
*** *** ***
『きゃうんわん?(お父ちゃんもうだいじょうぶ?)』
「あぁ、うん、大丈夫大丈夫俺は大丈夫なんともないなんともない…それより正宗、父ちゃんの手を離すなよ」
『わん!(わかった!)』
さて、諸々の衝撃をなんとかやり過ごし、ようやく本来の目的に戻った勇人青年らでございます
まず、全く持って協調性の見当たらないシリウス青年から金銭価値の講義を受けるのを早々に諦めた彼は、市場を流すようにゆっくりと歩き回り、人々の買い物をする姿を眺め、どの店にも置いてある特定の食材に焦点を定めて価格の変動を観察なさいました
口頭で値段を告げる店もございましたが、値札が添えられている店が多く、この市場に集まる客は識字率が高いのだろうという推測を勇人青年はなさったようです
大陸全体や国家単位の識字率は分かりませんがここは保養地ですので金銭的にゆとりのある層、貴人客も多いのでしょう、勿論 直接貴人が訪れるなどということは殆ど無く、実際にはその使用人などではございましょうが
幾ら預かり幾らの釣銭を貰ったのか、値段丁度の金銭預かり、そんな売買の様子を暫く見れば、勇人青年の故郷で通う小学校程度の計算能力があれば 割合と早くこちらの数字や数の数え方など貨幣価値を判断することは難しいことではございません、都合良く十進数であることも分かり、僅かではありますが彼を安心させたようでございました
そして巫女たち手製の薪が想像以上に法外な値段で押し売りされたことも発覚いたしましたが、損をしたわけではないのでそのことについては忘れることにしたようでございます
さて、入手経路は多少血生臭くとも肉類は無料で手に入るとして、まずは日持ちのする良く乾燥された野菜類や穀類 乾パン、そして痛むまでに食べきれる量の生野菜などを購入した勇人青年は、スパイスを扱う店の前で暫し考え込みました
『兄ちゃんどうした考え込んで』
「うーん、いや、見たことの無いものが多いなと思ってさ、どんな味なんだ?(流石にスパイスは高いんだなぁ、地球でも昔は金の代わりになった程だし)」
『あぁ、これとか珍しいヤツなんかは味見もできるぜ、なんせ南方の珍しいやつだからここらじゃ食べたこと無い人間が多いだろうしな、味が分からなきゃ買ってももらえない、ほら、手ぇ出しな』
「へぇ…これは辛味か、おっと正宗、これはお前には刺激が強すぎるから我慢な、ん?、こっちはしょっぱいが塩じゃないんだな(見た目は小豆サイズの黒豆だけど味は醤油に似てるなぁ、欲しいけどこれは他の店には無かったし適正価格が分からないな、それに味噌味もあればいいんだが……)」
『…それを買うんですか』
「ん? あぁ、欲しいなぁ(何だ流石に未知の食い物は嫌なのかコイツ)」
『買うなら安くしとくぜ、珍しい味だからなかなか売れないしよ』
「お、それなら買おうかな、一秤どれくらい?」
『こいつに一杯で7アメルだ、結構安いだろ?』
「はっはっは、この眼に誓って安いんだろうな?」
7アメルと言えば彼の故郷で言うところの七万円ほどでございます、勇人青年は立てた親指で斜め後ろに立つシリウス青年の唯一開いた第三の眼を指し示し笑顔で尋ねました
唐突に引き合いに出されて機嫌の急降下したシリウス青年にギヌロと目線だけで遥か高みから見下され、店主は中々の立派な髭面からヒィヤアッ!と乙女のような悲鳴を上げたのでございます
アメル(万)、イメル(千)、ウメル(百)、エメル(十)、オメル(一)
というかんじでチョーテキトーです